「魔法の鏡」<エンドリア物語外伝18>
オレはいつものように魔法協会エンドリア支部に仕事の報酬を受け取りに行っていた。受け取ってサインをしたところで、経理のブレッド・ドクリルが話しかけてきた。
「ドリット工房の話きいているか?」
オレと同い年のブレッドは、噂話が大好きだ。政治ネタから貴族のゴシップまであらゆる分野の情報に詳しい。
「ドリット工房…たしか、魔法道具の工房だったよな?」
「ルブクス大陸最高の魔法工房だ。王族、貴族御用達のオーダーメイド専用。高級路線一直線のあそこが、ついに作ったらしい」
ブレッドが、オレに顔を近づけて声をひそめた。
「魔法の鏡」
魔法の鏡は魔法道具店なら、どこでも置いている。価格は使える能力によって違うが、見た目にこだわる場合が多く、高めの商品だ。
「特殊な能力があるのか?」
「ヒントをやる。発注者はセファン王国のミラベル女王」
「ミラベル女王、誰だ、それ」
「知らないのか」
「セファン王国は知っている。魔法で使用するレア鉱物が算出するところだろ」
セファン王国にしか産出しないレア鉱物が欲しいと、ムーがこっそりリング型の異次元召喚獣で地下トンネルを掘っていた。護符のひとつが桃海亭の地下の異常に気がついて、200メートルほどで阻止したが、完成したら500キロの長大なトンネルになっていた。
この200メートルの地下トンネルは、そのまま残っている。いつか金ができたら、ニダウの警備隊に報告して埋める予定だ。それまで、誰も気がつかないことをオレは願っている。
「変なことには知っているのに、ミラベル女王は知らないのか?」
「知らない」
「すんげーーーぇ、美人だ」
「そんなに綺麗なのか」
思わず、食いついた。
「みたいだ。噂だとな」
「なんだ、見たわけじゃないのか」
「胸もボン、で、いい女って噂だぜ」
見てみたい。が、500キロは遠い。
「そのミラベル女王が頼んだって言うのが…」
ブレッド、さらに声を潜めた。
「…質問に答える鏡」
「悪魔の鏡みたいなものか?」
魂の欠片と引き替えに、聞きたい質問に答えてくれる鏡だ。
「魂をあげたくなかったんだろうな、リスクなしで質問に答えてくれるみたいだ。どうしらた、もっと綺麗になるの?どうしたら、もっとスタイルが良くなるの、っていうのを聞きたいんだってよ」
「そんな答えがわからないような質問の答えを、鏡はどうやって知るんだ?」
「オレにわかるかよ、ドリット工房の秘密技だろ」
「本当にできていたら、すごいな」
「オレも欲しいよ」
「オレは学生時代に欲しかった。で、試験にこっそり持ち込む」
「全教科満点だな」
笑って別れて、店に戻った。
桃海亭が氷漬けになっていた。
「また、派手だねえ」
フローラル・ニダウのご主人が、オレに話しかけてきた。
巨大な氷の中に桃海亭が建っている。なぜか、入口の前だけは氷がないようだ。
「何があったんです」
「いきなり、空から何かが降ってきて、見ての通りの氷漬けになったんだよ。でも、ムーくんもシュデルくんも無事だよ。ムーくんは、さっきお菓子を買いにでかけたし、シュデルくんも普通に店を開いているよ」
オレは礼を言って、店に戻った。
氷に包まれているせいか、いつもより若干寒いが、我慢できないほどじゃない。
「おかえりなさい、店長」
「なんか、氷に包まれているな」
「そうみたいですね。とりあえず、ムーさんがチェリースライムで補強してくれて、店は崩壊しないみたいです」
「ならいいか」
オレは受け取ってきた金をシュデルに渡した。
「金庫に入れてきます」
奥に入ったシュデルに変わって、店番にカウンターにはいった。
扉が音を立てて開いた。
「おまえがシュデルか!」
ナイフを持った男が飛び込んできた。
「そうだ」
「嘘をいうな!」
「そう思うなら聞くなよ」
「シュデルはどこだ!」
「出かけている」
「本当だな!」
そこに大柄な男が飛び込んできた。
男は右フックで、先に入ってきた男を吹っ飛ばした。
「いつもすみません」
オレは後からはいってきた男に礼を言った。
ニダウ警備隊隊長のアーロンさん。
時々、ではなく、頻繁、というか、ほぼ毎日お世話になっている。
「シュデルは、どうしている?」
いきなり、聞かれた。
「シュデルですか?いま、奥の部屋に」
「気をつけろ。賞金がかかった」
「はぁ?」
シュデルを殺したい人間はたくさんいる。数だけで言えば、ムーやオレなど足元におよばない。王侯貴族、宗教関係者、政治家、軍の幹部など、後ろ暗い秘密を持てば、シュデルを警戒する。シュデルを殺そうとする暗殺者は、桃海亭にも頻繁に来る。表だってシュデルを殺そうとしないのは、父親のロラム国王がにらみをきかせているからだ。
その暗黙のルールが破られた。
「金貨1000枚、絶対に外に出すなよ」
「すごい賞金額ですね」
20年くらいは、働かないで暮らせる。
「この件を取り扱っているのは、ルッテ商会だ。殺せば確実に賞金は支払われる。店を氷漬けにした魔術師は捕まえたが、他にも相当の数の殺し屋がニダウに入ったのを確認した。プロの殺し屋だけでなく、金に目がくらんだ素人もくるだろうから気をつけろよ」
「誰が賞金をかけたんですか?」
「まだわからない。いま、至急で調べさせている」
「迷惑かけてすみません」
オレは頭を下げた。
「気にするなといいたいところだが、警備隊としてはいい加減にしてくれと言うのが本音だ。何かわかれば、こちらかで向いて報告するから、お前もシュデルも店から出るな」
「ムーが外にいるのですが」
「戻ってきたら、あれは縛っておけ」
「はい?」
「これ以上のトラブルに対処できる警備隊が世界中のどこにある!」
怒鳴ると気絶している男を引きずって、出て行った。
オレは物置にムーを縛る縄を探しに行った。
「ちょうど、野菜も肉も切れていて、パンも夕方に買いに行くつもりだったんです」
夕食の支度ができなくてシュデルが困っている。
「肉ならあるしゅ」
ムーが指したのは店の隅。
シュデルを殺しに来た男が8人、縄で縛って転がしてある。おかげで、ムーを縛る縄がなくなってしまった。
しかたなく、モンスター捕獲用の網に入れて、天井からつるしてある。
「あれはダメだ。シュデルが料理しにくい」
「豚さんは、どうしゅ?」
「豚も大変そうだな」
「鶏さんならどうしゅ?」
「鶏ならいいかもな。シュデル、鶏ならさばけるか?」
「鶏って」
「ちょっと、鶏に変化してもらって…」
「いやです、絶対にやりません」
「冗談に決まって…」
シュデルが目を見開いた。
オレはシュデルの視線の方を見た。
鶏がいた。
人間が5人、鶏が3羽。
「ムー!」
残った人間の5人は、逃げだそうとで暴れ出した。縄に縛られたまま、死にものぐるいで暴れている。
ムーが指をピンと弾くと、人間8人になった。暴れていた5人も驚いて動きを止めた。
「やりすぎだ!」
「ボクしゃんがやったんじゃないしゅ」
まずい。
幻覚魔法を扱う者が、桃海亭にまぎれこんでいる。
8人の中にいるのか、それとも別にいるのか。
「ウィルしゃん」
「わかっている。でも、どうしようもないだろ」
オレの言葉が終わる前に、男が壁に激突した。
完全に気絶しているらしく、ズルズルと崩れ落ちた。
新しい刺客、見えなかった9人目だ。
オレはそいつを荷造り用の紐で縛りながら、おびえている8人に声をかけた。
「ええとですね、あちらにある張り紙を見てください。読めますか。【店内魔法禁止】ですね。実はこの店に展示してある商品のひとつに、魔法を使われるのが嫌いな商品があります。どれかは教えられないのですが、近くで魔法を使うと吹っ飛ばします。問答無用です。魔法を使える方がいらしても、店内では使わないでください。逃げるために使用する予定がある場合は、警備隊の詰め所、または牢でやってください。ご協力をお願いします」
幻覚を扱う男は、捕まった男たちを暴れさせ、その混乱に乗じてシュデルを襲うつもりだったのだろう。
ムーが幻覚を使う男の頭をつっついた。
「ダメダメしゅ」
「そういうなよ。姿を消して襲ったくらいでは、シュデルが殺せないことを知っていたんだろ」
プロの暗殺者達が襲っても、シュデルの暗殺は成功していない。素人でが、通常の方法で殺せるはずがない。それなのに、賞金をかけるという暴挙にでた人物がいる。
思わず、口にでた。
「いったい、誰なんだろうな」
「ありがとうございます」
アーロンさんが持ってきてくれた肉と野菜をオレは恭しく受け取った。
「請求書はあとで渡す」
「差し入れじゃないんですか?」
「当たり前だ」
アーロンさんが来たときには、捕まえた襲撃者の数は12人に増えていた。
「こんなに、どこに入れろというんだ、ニダウの仮牢は満杯だ!」
「オレに言われても」
「ボクしゃん、いい考えがありましゅ」
アーロンさんは細い目をさらに細めた。
「言わなくていい」
「北の刑務所まで、ボクしゃんが魔法で送りましゅ」
「やらなくていい」
「画期的な方法しゅ」
「送った人間は無事に届くのか?」
「ウィルしゃんなら、大丈夫しゅ」
「却下だ」
アーロンさんは店の外にいる警備隊に襲撃者達を引き渡した。
「賞金をかけた人間がわかった」
「もうわかったんですか!」
魔法協会本部の調査部でも数日はかかる。
「賞金はすでに取り消された。取り消しに代理人が来たところを捕まえて事情を聞いた」
「取り消された?」
「魔法道具の不具合ということだが、事情が事情で」
アーロンさんが言葉を濁した。
「わかっているなら、教えてください。シュデルの命が狙われたんですよ」
「いつも狙われているはずだが」
話をそらそうとするアーロンさん。よほど、話したくないらしい。
「誰が、なぜ、シュデルに賞金をかけたんですか?」
オレは話を引き戻した。
絶対に話してもらうぞという意気込みが伝わったのか、アーロンさんは仕方なさそうに話し始めた。
「賞金をかけたのは、セファン王国のミラベル女王陛下。理由は、鏡が言ったからだそうだ」
「鏡?」
ブレッドの言っていた話が思い出された。
「もしかして、ドリット工房がつくった、何でも答えてくれる鏡のことですか?」
「知っているのか?」
「今日、魔法協会のブレッドに聞きました」
「その魔法の鏡に聞いたそうだ。ルブクス大陸でもっとも美しいのは誰なのかと」
「何考えているですか、その女王様」
「美しい女王で、美容に関することには惜しみなく金を使うことで有名だそうだ」
「まさかと思いますが、鏡の答えがシュデルだったから、殺そうとしたなんて言わないですよね?」
「そのまさかなんだ」
オレはシュデルがその場にいなくて、良かったと思った。
そんなことで命を狙われたと知ったら、オレだったら立ち直れない。
「ウィルと言えば、女王陛下も鏡が壊れていると思っただろうが、シュデルでは実際に比較しないとわからないだろう」
「比較するも何も、シュデルは男です」
「質問は、美しい女性ではなく、美しいのは誰だと…」
「わかりました。とにかく、シュデルの前では絶対に言わないでください。それから、なぜシュデルが襲われたのか箝口令で絶対に漏れないようにしてください」
「努力はするが、この件は警備隊だけでなく魔法協会やロラム王国も絡んでいる。シュデルの耳にいれないようにするのは、こちらで頼む」
そういうと、早足ででていった。
「もう、帰ったのですか?」
来客用のお茶をもってきたシュデルが聞いた。
「そこに肉と野菜がある。請求はあとでだそうだ」
「高そうですね」
「それと賞金はとりさげられた。人違いだったそうだ」
嘘は言っていないと思う。
本当は魔法の鏡が正常に動いて、真実を言っていたのでなければ、だ。
「それはよかったです」
シュデルが肉と野菜を持って、奥のキッチンに戻っていた。
オレはシュデルがいないうちに店にも箝口令を敷くことにした。
「おい、道具達。今の話をシュデルに絶対に言うなよ。シュデルがすごく悲しむからな」
「まだ、やるのか?」
「放っておいてください。無駄なことだとわかっています。でも、こうでもしないとボクの気が済まないんです」
泥まみれのシュデルが、シャベルで土を削っている。
「そろそろ夕飯にしないか?オレが作るから」
「店長だけで、どうぞ」
そっけなく言われた
オレはアーロンさんと道具達には口止めをした。シュデルに教えたのはその場にいたもう1人の人物。
「ムー、少しは反省したか?」
縄でグルグル巻きにして、足元に転がしてある。
「ボクしゃん、悪くないしゅ。真実は大切しゅ」
「目的はそっちじゃないだろ?」
「何をいっているかわからないしゅ」
「セファン王国のレア鉱物がそんなに欲しかったのか?」
「欲しいしゅ!」
シュデルが掘っているのは、ムーがセファン王国を目指して掘っていたトンネルの続きだ。
ムーは女王の行為を教えることでシュデルと道具達を味方に付け、セファン王国までのトンネルを完成させようとした。
ムーの目論見が外れたのは、道具達がシュデルの復讐に手をかさなかったことだ。道具達はシュデルに同情し慰めはしたものの復讐には反対したらしい。業を煮やしたシュデルは、自力でセファン王国までの穴の続きを掘っている。
「シュデル、飯は作っておくから、適当なところであがれよ」
オレはムーを肩に担いで店に戻った。
窓に鈴なりになった人々が、オレを見て落胆のため息をついた。
誰の目でも”ルブクス大陸でもっとも美しい人”でないとがわかるだろう。
「あれだと、ダメかな」
アーロンさんが言っていたとおり、シュデルが狙われた理由は町中にすぐに広まった。
オレは商店会会長のワゴナーさんに相談した。
ワゴナーさんは、店の前に巨大な立て看板を立ててくれた。
【この店にルブクス大陸でもっとも美しい人がいるという噂は間違いです。そんな人はいません。商店街及びお店の営業の邪魔になりますので立ち止まったり、中をのぞいたりしないでください】
靴屋のデメドさんに「美形のシュデルくんがいると有名なのに、あんなもの立てて何か意味があるのかねえ」と笑われた。フローラル・ニダウの奥さんからは「逆効果」と冷たく言われた。
外が騒がしくなり、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
来客は豪華な服を着た中年の男性だった。
「こちらにシュデル・ルシェ・ロラムがいられると聞いたのですが」
「どちら様でしょうか?」
「失礼しました。私はセファン王国のミラベル女王の使いで参ったもの。
シュデル・ルシェ・ロラムをセファン王国にご招待したいと女王がおっしゃっています」
よほど、シュデルを見たいのだろう。
「わかりました。どうぞ、連れて行ってください」
オレは足元に転がしておいた、グルグル巻きのムーの襟首をつかむと、ミラベル女王の使者に差し出した。
「これが、シュデルです」
「この方がシュデル・ルシェ・ロラムですか?」
「そうです」
「ボクしゃんがシュデルしゅ」
レア鉱物が見られるなら、シュデルを身代わりくらい喜んでやるようだ。
マジマジとムーを見た。
ムーの顔立ちは悪くない。色は白く、大きな青い目は澄んでいる。
「一緒に来ていただけますか?」
とりあえず、納得したようだ。
「はいしゅ」
縄に巻かれたまま、ピョンピョンとはねて、使者のあとをついていった。
翌日の夜、オレ達はいつものように食卓を3人で囲んでいった。
シュデルは笑顔で、ムーも笑顔で、オレは痛む胃を押さえていた。
10分ほど前に魔法協会から届いた緊急連絡書には、こう書かれていた。
[本日の朝方、リング状の物体がセファン王国に出現し、レア鉱物が産出する鉱山に巨大な穴をあけて逃走した。人的被害はなかったが、鉱山に埋蔵されていたレア鉱物のほとんどが消失。セファン王国はこの件について魔法協会に調査を依頼した。近日中に呼び出しを行う予定であるのでウィル・バーカー及び、ムー・ペトリの両名に桃海亭での待機を命じる。ルブスク魔法協会災害対策室 ガレス・スモールウッド]
帰ってきたムー。
長く続くトンネル。
トンネルに延々と置かれている怪しげな鉱物。
もし、ここに本物の魔法の鏡があったなら、オレは聞いてみたい。
ルブスク大陸で誰が一番の美人なんてことより、ずっと簡単な質問だ。
「トンネルがばれない方法を教えてください」