2 チーム
やられたらやり返すしかない。
というのがヒイラギのポリシーのような趣味のような観念として存在するのだが、今回に限っては自粛し、第3講義室から潔く立ち退いた。
講義室にいたあの講師をいじめ・・・もとい追いつめるのはたいへん愉快ではあるが、それ以上にこの退屈な人生に少しの潤いを与えてくれそうな人物が現れたからにはそちらで遊ぶしかない。ヒイラギはそう判断し、無表情の少女とにこやかな青年と共に歩いていた。
「そういえば行き先同じなんだね、僕たち!」
まだ出会って5分。相手の出方を待とうと黙っていたヒイラギの隣。金髪長身の青年が沈黙を破る。
「声でかいよ」
へらへら。
うるせえ。
まだ5分。されど5分。
この広い組織付属の学び舎の中で5分も一緒に歩いていれば何らかの関係性を抱くだろう。
「・・・チームは、部屋一緒」
「へっ!?」
表情の薄い少女が声量も強弱を付けず話すと青年が驚嘆の声を上げる。
4年になればチームで滞りなく活動していくために部屋を共有する。
去年講師共に耳にタコ出来るくらい念を押されていた。「共同生活で互いを知ることで運命共同体としての意識を根付かせ、助け合い、生存確率を上げるのだ」と。(ヒイラギはこれを聞いて「運命共同体ということは1人が死ぬとあと3人も死ぬんですね」という屁理屈を思いついたがセンスの無い文句だったので吐露しなかった。)
チームであることが明かされた今、ヒイラギ達3人が同じ場所を目指すのは何ら不思議なことではない。これから1年間過ごす部屋の確認。話してみるのはそれから。
こいつ馬鹿っぽいと思ったが本当に頭が弱いのだろうか。とヒイラギが疑問を抱いたところで
「僕たちチームだったの!?」
「「・・・・・・なんだただの大馬鹿か」」
へらへら。
頭ふにゃふにゃだ。
「貴様ら全員今日からチーム」先ほどの講師の言葉は確かに3人の耳に届いていた。届いてはいた。しかしそれが脳に届こととそれを脳に留めることは違う。金髪の青年にとってはそういうことだ。
「そうかー。これからよろしくねー」
馬鹿な青年は満面の笑みでヒイラギに握手を求めてくる。
「男の手ぇ握っても嬉しくねえな」
拒否
「つんでれさんだなあ、じゃあ・・・ちっちゃい子!よろしく!」
無言という拒絶で返す。
「僕は女の子の手、握りたいのになあ」
この青年。欲望に忠実である。
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オオサカ支部なのだからもちろん本部も存在するはずだ。各地方に散らばるシェルターでもプラントキャッセの支部が展開されているはずだ。
だがいずれにしても「はず」の話。
なぜなら地下に電波は無い。互いの無事を逐一確認する術はすべて地上に置いてきてしまったのだ。いくら組織が凄まじい権力、権威、力を有していようと現在の地下の技術力には限界がある。人類が地上にいた頃には日常の一部と化していた「上下水道の整備」と「電気の供給」をすることが今の組織の程度である。これすらも滞るのだ。40年かけても。通信機能をこの地下に回復させるぐらいなら飯を増やす努力をする方がまだ有意義で実利がある。
生きるだけで手一杯。これが現状で、日本全国のシェルターでも似たようなことが起きているだろう。
その様子は組織の校舎の窓からもよく見られる。
コンクリートで造られた無骨なデザインの建物。これが現在ヒイラギ達が歩みを進める組織の学生用の校舎であるが、円形をしており、遥か下からこの建造物を見上げれば、これと隣に立つもう一つの円柱(こちらが軍の施設)だけで地下を覆う土色の天井を支えているようにも感じるだろう。
ここを中心に街並みが広がるが、一面に灰色。ポツリポツリと明りが見えるがこれは工場と富裕層宅のみだ。欲に富んだものが住む南側以外の区画は、街灯が虚しくセメント製の住宅と働く人間を橙色に染めるのみである。
だが、労働をしている人間は少なくとも虚しくはない。
多くの人は成すべき労働すらないのだ。
機械は無く、牛も豚も鳥も魚も無く、野菜もほとんど無い(花をつけるものは危険であるのでほとんどが根菜)。銀行なんかも当たり前に無い。そもそも貨幣経済は40年前に瓦解した。
このシェルターで働いている者がいるとすればそれは医者か建築関係者か軍人、または盗人、性欲を満たす店の人間だ。
食事や最低限の生活用品は組織から支給されるため「生きる」という活動には支障を来さないが、「人間らしい生活」は送れない。また、病気になったとき、医者に包むものも無い。
そんな状況から脱するため自身、もしくは息子・娘を組織の軍にやる。これで本人の生活は組織で学ぶ5年間は保障され、無事軍人になった場合には家族への仕送りが期待される。ヒイラギ達が見た今年の入学生もほとんどの志願理由がこれだろう。面接の際は全員「オオサカを守りたいから」と答えるが。
「つまんね」
ヒイラギは窓からこの景色を眺めるといつもそう思う。
軍人が満たされるだけの資材、食糧があるにも関わらずそれを民間人には配布しない。餌は自分で取りに来いと言わんばかりにこの円柱の建物に軍人を集め、使う。
目の前に人参を吊るされた馬は駆けるしかない。
組織の思うつぼなのだろう。
それが退屈でならない。
「まあねー」
「・・・同意」
足並み揃わず歩く3人。かちゃかちゃと腰の刀が声を合わせず鳴く。
向かう先は掲示板。
「僕たちのチーム何番かなあ」
「12」
「・・・63」
「んー・・・88!」
適当に決められているであろうチーム番号を各々適当に予想する。
目的の緑の掲示板に辿り着く。
張り出された紙を見て、
「やった!!」
「「ちっ」」
●88番隊配属 以下四名
ヒイラギ 奏(男)
ヤナギ 昴(男)
サライ 杏(女)
カツラ 雅(女)
互いの名前が必然明かされる。ただ女性が二人いるようなのでどちらが隣の少女かは分からないが。
ヤナギという名の馬鹿な青年に正解を掴まれつまらないと思っていたヒイラギの目に彼の好奇心を掻き立てるに十分な文字が飛び込んできた。
●88番隊配属 以下四名
ヒイラギ 奏(男)
ヤナギ 昴(男)
サライ 杏(女)
カツラ 雅(女)
第一回チーム戦 優勝