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1 叛逆

それが始まりだった。


西暦はもうすぐ2020年。

行き交う車のクラクションがそびえ立ったビルに反響する。

彼女はこの空間が嫌いだった。

昔ながらの英国の様相は何処へ消えてしまったのか。

生れた頃は、まだあった。

煉瓦造りの背の低い家々。道の広い優雅な街並み。噴水のある緑の公園。

どれも文明の波に飲み込まれかけていたが、彼女の周囲には確かに存在した。

その角を曲がれば

あの通りを抜ければ

この坂を下りれば


子供たちが携帯端末を片手に横切る。整備された建物に日の光が乱反射する日曜日の真昼間。

彼女はこの時間帯が好きだった。

遠出して(とはいえ徒歩で向かえる距離ではあるが)小さな公園へと赴いた。

公園には普段の生活ではめっきり見なくなった植物が生い茂っている。

美しいもの、華々しいもの、薄いもの、乱れたもの、なんでも芽吹いていた。

彼女は日曜になると、この整備されていない無人の空間へと足を運んだ。

夏の空に茂った草花。整っていない素晴らしさ。

息をつく。

そこで彼女は気がついた。

腰掛けていた禿げたベンチの傍に見たことのない花が咲いていることに。


アザミ


彼女はその名を知らなかったが、淡い赤紫色に魅せられたように手を伸ばす。

どこか欠如したようなフォルム。完成されていない美しさに彼女は心惹かれた。

長い金髪を左手で撫で押さえながら、空いた右手を差し出す。

指を子猫の顎をさするように這わせる。

花弁のこそばゆさを指先に感じ腕を引くと


その時にはもう人差し指は無かった。


彼女はきっと混乱しただろう。第二関節まで抉り取られた自身の指を見て、そして、その指先をもそもそと食している眼前の植物を見て。


その後彼女は消えた


この日が最初だった。

植物が人類を、人類の創作物を嫌悪し、それに牙を剝いたのは。

そしてこの日が最後だった。

世界は植物に侵攻され、ほとんどの人類や建物は喰われ、生き残った者は日の光の届かない場所へと移り住む。


これが最後だったのだ。

人類が植物を軽視していた日は。





**********************


ヒイラギ(かなで)がこの話を聞く時いつも不思議に感じていた。誰が特定したのかよ、と。

旧イギリスでの出来事の、しかも無人の公園にいたはずの彼女への不幸を。

「馬鹿馬鹿しい」

しかし、それが怪談で終わらなかったのは旧日本国も実際に植物の叛逆に遭い滅んだからだ。


イギリス、日本だけでなく各国、各地方で同じ現象が次々おこり、半年後には全員地上から逃げ出す羽目になった。

西暦がその年終了し、人類は地下へ潜ったのだ。

日の光の届く場所は危険だ。植物が猛威を揮う。

日本の例を挙げるならば、イギリスからの報告について語る首相以下各大臣が生放送中に全員喰われた。

豪奢な花瓶に挿した一輪の青白いユリにな。

それを見た各地方の知事は実に速やかに逃走を図った。それにつられたジャーナリストが。さらにつられて日本国民がそれぞれ用意してあったシェルターへの避難を行った。ただ、そのシェルターを事前に用意していたのは自衛隊ではなく、ほぼ武装した軍隊のような組織であったことは当時大きな社会問題となりかけた。

だが、その組織のおかげで国民の3分の2は各々の避難所へ逃げおおせた。


「正義の味方、プラントキャッセ様の登場ってか」

ヒイラギはへらへらと「なんでフランス語なんだよダセえ」と呟く。


・・・プラントキャッセは個人名ではなく日本国軍から改名した組織名だ。植物と戦い、いつか地上を取り戻すと誓った組織。

日本の例を挙げてきたが、さらに絞ってここ、オオサカ支部に話を移すと、ここのトップは皆が知っているようにモチヅキ知事だ。だが、実質統治はわれわれの組織、プラントキャッセの重役達だ。

ここプラントキャッセ・オオサカ支部は闘うことで市民を守り、守ることで市民から支持されている。


「守ってるんじゃなくて、あいつらが地下には侵攻してこないだーけ」

軍服をばさばさはためかせ、やはりへらっとした表情で抗議する。


・・・・・・ともかく、われわれの役目はオオサカの民を守り貫くことだ。

ここで重要になるのが君たちに支給される武器なわけだが、まださすがに何の知識も持たぬひよっこ共に貴重な上に危ないものを渡すわけにはいかない。まずは1年間講義と訓練を受けてもらう。実践用の訓練等はその後だ。では手始めに歴史。本日は概要だけ聞いてもらおう。メモの必要は無い。

今は地下歴39年だがこの組織が本格的に植物との戦いを決意したのが約14年前の地下歴25年。この辺りは周知のことだろう。では26年以降の歴史を追っていこうか。この年は、


「0年から24年の歴史は教えてくれないんですかぁ?」

講堂の一番後ろを陣取ったヒイラギが更に声を上げる。やはり顔は嫌味に歪ませているが。


講師の手が震える。握りしめられた教鞭がミシっと不吉な音を立てる。


「・・・26年春には強兵のため人員を募っ」

「貧しさで飯も食べられない人を食事と金で釣っといて募集とは、いや、恐れ入るね」

ミシミシ

「・・・・・・・27年10月には遠征部隊を編成」

「編成しただけっていう最大の成果が出ましたねぇ。その年」

ベシっぴきっ

「・・・・・・・・・・・・28年3月には青年部隊を」

「腹ペコのおっさんだけじゃなく若年の輩までつれて

「ヒイラギいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

ばっきぃぃ

「わお、こっわ」

へらへらと

「貴様!授業の邪魔ばかり!そもそもなぜこの講堂にいる!!ここは1年次最初の授業だ!!貴様らは今何年次生だぁ!!」

「いちねんちぇい」

「黙れ!坊主にするぞ!」


怒鳴られながらもヒイラギはにやにやとした表情を崩さぬまま、右手を狐のようにして口先を開け閉めする。五月蠅いと言わんばかりだ。


「貴様ら4年次生は今日から実践を想定した4人1組のチーム戦が始まっているはずだ!そっちはどうした!!」

「行ってみたけどチームのメンバー全員がいなかったので自主休講」


これは嘘偽りのほとんどない概ね真実の言葉だ。ヒイラギ自身は興味本位で赴いてはみたのだ。ただ誰も揃っていなかったというのは嘘で、一人だけ待機場所に10分前集合しているのを見かけたが無視して帰ってきたというだけで。

残り二人は顔も知らない。


「では、その両隣の二人はいったいなんだ!」


おりょ?っとヒイラギの首が面舵をとるとそこには厚着の少女がいた。厚着というか小柄だけに、サイズの合わない軍服が厚手に見えるだけかもしれないが。

次に取り舵。そこには目立つ金髪の青年がいた。ヒイラギが感じた彼の第一印象は「馬鹿っぽい」。この印象は第二、第三になろうと変わらなさそうだと思った。


「だれだ?」


両者とも帯剣している。一年次生ではない。


「貴様ら全員今日からチームだろうがああ!」


より大きな怒号が飛んでくる。

ヒイラギは得心がいった。そういえばずっと講師は「貴様()」と言っていた。こいつらのことかと。


「逆に考えれば、チームの4分の3がここに揃ってんだから良いじゃないですか」

「まあ、たしかに・・・・ってなるかあああ!」


へらへら


「貴様ら全員何しにここに来たんだ!」


はじめて二人と目が合う。


無表情、馬鹿っぽい笑顔、嫌味な表情。

傍から見ればそんなものだろう。

ただこの時ヒイラギたちは互いの瞳の中の表情を読み取っていた。

つまらない、つまらない、つまらない。と。

植物と戦う?市民を守る?地上を取り戻す?

下らない。とは思わない。これはこれで立派な理念だ。目指すものを笑おうなどとは思わない。

ヒイラギたち自身も熱い太陽の輝きに思いを馳せることがある。湿気の無い空気、地上の景色。どれも感じてみたい。ただ、

土地を縛り、軍人を縛り、国民を縛ろうとする。そんな組織を卑小だと思ってしまうのだ。

生れてこの方組織で育てられた3人でもわかる。ここに来て闘おうと決意した者のほとんどが飢えや貧しさから脱するための最終手段としてこの道を選んだのだ。

貧窮が増す原因の多くは組織だ。

プラントキャッセが格差を生み、その格差故に軍人志望が増加する。

地下で得られる資源、栄養は多くは無い。それを軍事の動力源として必要以上に搾取し、さらに戦力を増やそうとするこの組織を


つまらない


そう感じてしまうのだ。


だから「何をしに来た」と聞かれれば3人はこう答える。



「「「退屈しのぎをしに」」」


無表情に、満面の笑みで、へらへらと


即座に講堂から追い出されたことは言うまでもない。


一定数のアクセスがあれば続けます

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