番外編 ~Welcome to My World~①
**ここから絵本** と **ここまで絵本**の間は、私の自己満足がために入れた例の絵本の内容なので、話の大筋のみ読みたい方は読み飛ばして下さい。
「生まれたのが女の子で良かったですね。弟なら僕をさしおいて一揃いの両親に甘やかされるくらいならと、王宮に呼び寄せ勉強させてやるところですよ。いえ、むしろこれ幸いと僕の娘として連れ帰るのもありですか、……やだな、冗談ですよ、父上」
眠る赤子の小さな拳に人差し指をつっこんでいた青年の目が本気であったのに気づいている母親は、同じく冗談などとは思わなかったらしくすぐさま取り返した娘を寝床の籠ごと自身の傍へと移した無言の夫に向かって、したり顔で言う。
「ほら、言った通りでしょ。結局性格もあなたに似ているじゃない」
「……何のことだ」
「きっと僕の乳兄弟を目の敵にして嫌がらせをし続け、なおかつ、僕が女であったなら、母上が引き取る子どもも女だったかもしれないのにと、父上が愚痴っていたことですよ」
「思ったことは確かにあるが、口に出してはおらん」
「あら、あなたそっくりの女の子がほしかったの?まぁ、父親似の女の子は幸せになるって言うものね。それに――、誰に似ていても私が出て行けば済む話だったから」
まるで零れる涙を隠すように俯いた先で女が片方の目元に指先を当てると、その夫と長男は雰囲気や年齢こそ違えど造りがそっくり同じ顔を見合わせる。
もしも王宮で生まれた子どもが少しでもフィリーアに似ていれば、確実に寵姫の死後、乳母には別の者が雇われたことだろう。出て行った彼女が王都に住むことはあったかもしれないが、王城の門が開いているのか閉じているのかわかる距離にさえ近寄らなかったはず。
「…………俺たちが生き写しで良かったぞ」
「僕もです」
「さて二年近く行儀よく王座に座っていても、未だに臣下に持て余されるかわいそうな僕ですが、そろそろ皆が探し始める頃でしょう。名残惜しいですがそろそろお暇しますよ。――僕の代わりに是非これも妹に読んであげてください」
立ち上がった青年が差し出したのは、辺境では手が届かずに痒い思いをするだろうところを狙い澄ましたように実用的な、育児に役立つ贈り物ばかりを持って来た男にしてはセンスのない、埃の沁みついた古い絵本。
**ここから絵本**
昔、昔、ある国に、獅子に憧れる仔猫がいました。
その国の偉い人である優しいトゲトゲ男爵は、立派な百獣の王にしてあげようと仔猫に約束します。
男爵と仔猫は国中を旅してまわりました。悪者退治や修行の日々です。
トゲトゲ男爵の温かい応援のおかげで、やりたい放題だった仔猫もしだいに立派な獅子へと成長していきます。
その道中、男爵と仔猫は国の片隅にある廃墟に独りで暮らす少女に出逢います。
小さくて白い、花のように可愛らしい女の子には名前がありませんでした。一度もお母さんとお父さんに会ったことがなく、小さいころ育ててくれたおばあさんも数年前に死んでしまったそうです。
二人と一匹は少女の両親を探して旅をすることにしました。
すると少女の父と仲良しだったと言うポニーとドーベルマンが見つかります。
「おばあさんは隣の国の魔物に追われてやってきた」
~省略~
「少女が生まれてすぐにお母さんが魔物に食べられ、ずっと戦っていた茨の怪物も少し前に力尽きた」
彼らはいろいろ教えてくれました。
驚くことに死んだおばあさんはその魔物の一族でしたが、少女やこの国の人が食べられないようにと、人里離れた不便な場所で誰にも内緒で少女を育ててくれたのです。
そしてこちらとあちらの特別な血が混じる少女を食べればこの国の魔物になれると、隣の国の魔物が今もしつこく少女を探しているというではありませんか。
情け深いトゲトゲ男爵は「魔物が来ぬようなんとかせねば」と怒り、情けない仔猫は「魔物が来たらなんとかしろよ」と少女を睨みました。
家族のことがわかっても、やっぱり少女の名前だけがわかりません。
けれど名前のない少女を魔物は見つけられないので、悲しいのに安心です。
~省略~
仲良くなったというのに、魔物から隠れるため、少女は泣く泣く男爵と仔猫にお別れを告げました。
「名前を持たないお嬢さん、どこででも逞しく生きていけるよう、私から良いモノをあげましょう。あるべき未来に導くお守りですよ」
そう言って男爵がトレードマークである胸元のブローチを外し、少女に手渡します。
「わぁ、生まれて初めてもらう贈り物。ありがとう」
嬉しそうに少女が笑うと「きっと立派な獅子になって、隣の魔物を懲らしめる。その時はぺろりと一呑みにせず、ちゃんとゆっくり八つ裂きにして『生まれてきてごめんなさい』って泣かせるね。そして君がどんな名前でも生きていけるようにしてあげる」と少々物騒ながら、仔猫も少女に自由な未来をと約束します。
けれど魔物や怪物の血を引く自分にはどこにも居場所がないと少女は浮かない顔です。
「百獣の王たる者は血筋なんて気にしない。それに名前がないなら君が魔物や怪物の子だなんて誰もわからない」
こうしてトゲトゲ男爵には及びませんが、ほんの少し少女を幸せにできた仔猫は、また少し立派な獅子へと近づいたのです。
**ここまで絵本**
「――そうこうして、トゲトゲ男爵には到底真似できない活躍を続け、立派な獅子となった仔猫はフィリーアのような少女と再会し幸せに暮らしましたとさ」
リビングのソファに座る壮年男は、太ももの上に寝転ぶ娘にせがまれ、その大柄で強面な風貌には不似合いながらも、なかなか上手に絵本の読み聞かせをしていた。しかし最後のページの最後の行に男が独自のアレンジを加えると、薪の爆ぜる暖炉の傍で洗濯物を畳んでいた女が顔を上げる。
「ちょっと変な対抗心で勝手に話を付け加えないで」
「しかし男爵への依怙贔屓だけでなく、そこかしこに仔猫への悪意と偏見を感じるだろう?」
「もう、いつまでたっても大人気ない。……どうしたの?」
「えと、シシと一緒で女の子は本当にしあわせになれたのかなって」
幸せを増したハッピーエンドのはずが、どこか腑に落ちない様子の娘。その素朴な疑問に両親は顔を見合わせる。
「母さんは彼女が十分幸せになれたと思うけど、なんで?」
「花のようにかわいい女の子はずるがしこいシシにさらわれて食べられちゃうって。特に首かざりにするほどお気に入りのフィリーアは都合よく手に入った、ただのジョウビショクだったって言ってた」
思いがけない妻の嬉しい言葉に、鼻の孔をこっそりふくらませ「誰が考えたのかは知らんが、国旗になぞらえての話だろうか。それなら戒めの鎖と言われるよりは断然……」などと考えていた男は、娘の言葉にあらっと声を零した妻の表情がどことなく薄くなった気がした途端、焦りから両手を無意味に動かし弁明に努める。
「そ、そんなことはないぞ、出逢いがどうであれ、きっといつまでも大事にしたはずだ。それにいつも傍に置きいつでも食べたいということは、断じて、ただの常備食なわけがない。――ところで誰に聞いた?」
「コノエちゃん」
「まったく、どこのガキだ、変なことを吹き込んだのは?」
鼻から荒々しく息を噴き出して「そんな戯言は信じるな」と娘に言い聞かす夫の言葉を妻は耳ざとく訂正する。
「とりあえず女の子じゃなくて、今も王宮の主を護っているおじさんのことだと思うけど」
単語を話し始めた頃当然ながら近衛長官と発音できず、コノエちゃんと呼んでいた娘。少し大きくなった今でも誰も訂正しないものだから、そのまま定着してしまったようだ。
「あの野郎……」
「ふぇっ、父さま怖い……」
「あーあー、もう、自分の娘に怖がられて傷つくくらいなら最初からそんな顔しなければいいのに。アルヴェルも、優しい自慢の父さまなんでしょ? びっくりしただけよね?」
ソファから飛びのいて母親の背に隠れた娘から顔を隠すためか、横の壁に向かって項垂れる男を見兼ねた妻が優しく娘の頭を撫でると、こくんと小さな頭が頷いた。それを横目に見た男は気を取り直して、奴は金輪際この家には立ち入り禁止だと立ち上がる。
「ちょっと、そんなことでいちいち手紙を飛ばさないで。向こうの人たちがどれだけ戦々恐々するか知ってるの? あなたの封書は三秒も持てば生贄として喰われると言わんばかりの扱いなんですって」
母親が足止めしなさいとばかりに男を指差すと、先ほどまでビクビク隠れていたはずの娘が駆け戻って来て右足の甲の上に陣取り、父親の脚に両手両足でしがみ付く。
もう若くはないとはいえ日々鍛錬を欠かさない男にとっては、幼い娘一人ではその足を止める重石にはならない。その気になれば娘にしがみ付かれたままでも自由に歩き回れる。しかしせっかく引っ付いてくれたのだからと、男の脚はその場に根を生やした。
「そんなことより、そもそもあいつが一度でも王宮に戻れば復活した寵姫に阻まれ戦場には戻って来れん、王なしの飛び地で兵が勢いを失うくらいならさっさと撤退しましょうかとネチネチ脅すから、二年も会えなかったんだぞ」
何故そんなことを言ったのかと訊ねれば、彼なら「そのおかげで戦にかかる月日が短く済みました」としれっと答えるだろう。
「当然です。ホイホイ王が戻って来たなら、二度と隣国との戦場などには戻さなかったでしょう」
「どうやってだ?」
「……毎日朝昼晩と、閨で可愛く甘えて涙ぐみ、寂しいから行かないでとしな垂れかかった、かも?」
「なにっ――……」
思案顔の頬に人差し指を添える妻を、雷にでも打たれたような衝撃が走る表情で見つめる男はくるりと身体の向きを変え、ゆっくりと歩み寄る。右足が持ち上がるたびにきゃっきゃと楽しげな声を上げる娘とすぐ近くで対面した母親は上へと視線を辿らせる。
「今でも遅くない、どれほどのものだったか、やってみせてくれ」
胸に飛び込んでこいとばかりに頭上で広げられた両手の片方を、妻はお尻を浮かせもせずに伸ばした腕先で軽く叩き落とした。
「もう若くもないのに嫌よ。――まあ、近衛長官には一度灸を据えてもいいかもね。彼が自軍の兵たちにまで手を回したせいで前線の王に寵姫が死んだことが終ぞ伝わらず、知らないと知らなかったとはいえ、『なんでさっさと帰ってこないの』って、あの頃の私はあなたへの愚痴まみれだったわ。それにそもそも彼が情報を差し止めていたせいで、王が怪我をしたという報せが王宮の者づてに聞くまで私に届かなかったから、犬に先じて宰相がニュースを持って来たのかと驚いたものよ」
「…………聞き捨てならん。それはもし宰相がわざわざ報せなければ、王の負傷を知らないままだった寵姫は死ななかったかもしれんと?」
「まあ、可能性はゼロではないわね」
「あぁんの、じじいめが……」
おどろおどろしい雰囲気を背負って、目尻を吊り上げたついでに眉の間も凸凹に盛り上げ、こすり合わせる歯の隙間から呪詛の如き重々しい言葉を吐いた瞬間、それまで大人しく父親の足元に纏わりついていた娘が飛び上がって「ひぃゃあぁぁぁ……」と悲鳴を上げる。廊下との境目で転びそうになりながらも、なんとかついた手の平で四つん這いになって走るように部屋の外へ逃げて行った。
妻は自業自得だと魂が抜けたように身動き一つせずに落ち込む夫を慰めもせず、涙混じりに逃げた娘の素早さに打ちひしがれる父親は、二度と娘の前では獅子王として鍛えた表情筋を活躍させないでおこうと心に決めた。




