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本編別視点の話②:乳母だってヤキモキしてました

乳母視点で本編をざっと振り返る感じの話です。

前話同様長くなってもなと、簡潔にしたかったため、ころころと場面や時間軸が移り変わります。

少しはほのぼのしてる…と思いたいです。そして見方によっては0話あたりで人でなしだった彼女の好感度が少しは回復してたらな、と。

 広間で、何かが割れるような音がした。


 その際に聞こえた怒鳴り声は間違いなく、あの人。

 近衛長官の情報操作が巧くいき、隣国から正式にもたらされたという降伏宣言を素直に受け入れていれば、寵姫が死んですぐの頃に帰って来られたでしょうに、老王の首を落として隣国を滅ぼすまで頑として前線を離れなかった頑固者。


 獅子を猫と思い込んで噛もうなどという愚行に隣国が走りでもして、万が一何かあれば――と、今日までどれほど気を揉まされたことか。


 それでも「帰って来たのね」と、膝の上でうとうとする幼子の頭を撫でる乳母は目元口元を柔らかくして呟く。


 寝息をたてる息子が膝枕を覆うスカートに涎でシミを作る頃、傍目にはいつも通りでも若干途方に暮れた様子のあの人が庭に現れたので、初めが肝心とやや形式ばって、腰から上で新人臣下としての挨拶を述べる。


 それでも、どうせこの人のことだから勅命など関係なしに抱きつくなりなんなり、したい放題触れてくるのでしょうと乳母はかねてから予想していた。

 しかも予定よりも再会までの時間が長くなったおかげで、そのための心構えと対応準備に万全を期すことができた。


 内心では「さあ、初っ端なんだし、多少のことは勅命違反にならないよううまく流すので、久しぶりのスキンシップを気の済むまでどうぞ。さあ、さあ」と乳母は諸手を広げて静かに見上げるが、何故か小さな息を零した王は無反応に立ち尽くすだけ。


 …………いやだ、子どもを産んだ後でも暴漢から取り返してくれるくらいには好かれていると思ったのは、ただの恥ずかしい勘違いかと小首を傾げる。

 

 その後気を取り直した王と二・三言葉を交わすと、唐突に降って来たのはプロポーズもどき。

 王妃になるにはそれなりの身分と臣下の同意が求められるのは常識。それをさも場当たり的に言われれば嬉しさ激減通り越して、不可解極まりない。


 しかも乳母相手に乳母の仕事を王妃として無給料(ただ)でやれなんて、そんな口説かれ方では、袖にするしかないでしょう。

 

 絶好の触れ合う機会になるだろうという期待に反して、手ごたえなく終わった再会にがっかりしてからそう日を開けず、王に子ども部屋を荒らしまわされ――貯めた給料で買い与えた思い入れある玩具にヒビが入っているのを見つけ――少々ご立腹の乳母は相談に来た重鎮たちに、王への仕返しとばかりに快くアドバイスを与える。


「敗戦国とはいえ飛び地ですし、暮らしぶりや文化などはあちらの民の好きにさせればいいのでは? ウォガールのもので良いと思うものは自ずと取り入れ、自然と混ざるでしょう。かといって国の運営を丸投げするのは心許ないですから、こちらからそれなりの人材を派遣し、あちらの生き残った貴族の娘でも陛下の後宮に入れましょう――と、いうように今まで他の征服した国にやってきた通りで何がいけないのです? ご寵姫がなくなったとはいえ、こちらにもあちらにも多くの死人が出たのです。何も今回だけ特別にすることはないでしょう。陛下も真新しいご褒美がもらえて、少しは大人しくなるんじゃないかしら」


 しょげる獅子王の背中を想像した乳母がふふんと笑うと、浮足立って慌てたのは重鎮たち。

「新しい妃を迎えるなど却下だっ!!」「乳母殿は我らが八つ裂きになるのを見たいので!?」「何か憂さ晴らししたいことでもありましたか? ……いつまでも上がらない給料ですか?」


 それなりの労働条件で雇ってもらっているので別に不満はないし、好んで血生臭いものなど見たくない。

 しかし自分たちから訊きに来ておいて、各々上がり下がりする眉毛の本数を数えられそうなほどの至近距離に顔を突きつけ、口々に文句を吹きかけるとは。


 王は乳母に新しい妃を娶らされたと知ればショックを受けるでしょうけど、どうせ通わないなら増えても増えなくても同じじゃないと呆れる乳母を尻目に、人質の後宮入りのみ省いて王に提出する案が纏められた。


**

 

 もう、いつまで経っても不合格。

 一言、「寵姫など過去のことだ、ちょうどいいから新しく乳母でも口説くか」と女癖の悪さを発揮して、臣下の前で乗り換えたと言わんばかりの言動をすればいいんですよ。

 そしたら私は乳母として、使用人以上愛人以下の存在になるなり何かできそうなのに。


 寵姫だった頃の私を必要とする他の人たちはうまい言い訳を用意して、乳母として私を扱いつつほしいものを手に入れているというのに、肝心の王がこんなだなんて……。


 思い出したようにどんなに寵姫が特別か吹聴しては、まるでその寵姫が生きていると言わんばかりに懐いて来るから、いつまで経っても人の目がある所では乳母は王につれなくするしかないじゃない。ま、人目がなければ乳母が王に対して気安くなるのは、言わずもがなだけど。


 あっちが人前で仲良くできるよう計らってくれないなら、建前上隠れてそうできるチャンスを自分で作るべきね、とわりとすぐに悟った乳母が息子を連れてキャンプに出掛けると、やはりあの人は簡単に釣れてくれた。

 

 アレかアノ事というのは、先日寝ていた王の手が乳母の服の中に忍び込んでいたことか、会う度に大人気なく王子の乳兄弟を威嚇して泣かせることを言いたいのでしょう、違います。それとも……で思い浮かべたのは何かしら。いえ、ともかく、敢えて最近イラっとしたことを挙げるなら、若い後妻に子が産まれたと一家揃って挨拶に来ていた貴族の奥方をじぃー……と見ていたことだけど、そのことだとはこれっぽっちも気付いていないはず。

 

 ……もう若くもないし、胸もあんなに大きくなくて悪かったわね、ふんっ――とそっぽを向いた乳母に「まさか、単にくるくるふわふわ揺れる髪の毛がフェティッシュなだけなの!?」と横目で見られていたなどとは露知らない王は純粋に、誰にも憚ることなく家族だと言えるのはなんと羨ましいと眺めていただけだったが、当然乳母がその事を知る由もなかった。


 誤解したままでもこれが俗に言う、餅を焼くと茶化される気持ちらしいと乳母が知れば、誰かに嫉妬するなんて生まれて初めてだと、獅子王に痺れ茸を食べさせようとしたのもその夜眺めた流星群に負けず劣らずの良い思い出になる。


 ――最近、なんだか私から乳母は寵姫だったと暴露させようとでもしているみたい。

 この人のことだからもしそうなれば、鬼の首を獲ったかのごとく、自業自得なのだから隣国無き今、勅命など無効だと私に詰め寄るのでしょう。

 でも、女が一度こうすると決めたこと、簡単に負けてなるものですか。


 とはいえ、これは今のままでも十分幸せだと思えるから言えることなんだとわかっている。

 それに、とっくの昔に墓まで持っていく気だった大きな隠し事を吐き出させてくれ、すっきりしたその口であなたに向かって嘘は絶対吐かないわ。


 もしも本当に自分で暴露してしまえば、寵姫の穴を乳母が塞ぐのもありかもしれないと思ったのは、誰にも内緒。


**


 元気に外で遊び、常識と道理をわきまえ、しぶとく成人してほしいと両親に期待される王子は、その願いを叶えるかのように大きな病気もせずに、くるくると入れ替わる模範教師と反面教師の傍ですくすく伸び伸びと成長した。


 ただ反抗期というほどのものでもないけれど、どこをどう見たのか“亡きははうえの後釜を狙ってちちうえを誑かす乳母”と息子に睨まれる節がある。


 違うのだと仄めかすのはいいけれど、「そこにいる」はどうしたって逆転場外ホームランじゃなくて一発退場のファールでしょう。

 なんとかお茶を濁すことができたまでは良かったが、その後に聞かされた王と寵姫の馴れ初め話はアウト以外のなにものでもなかった。


 ……さっき、明らかな勅命違反でバラされていても、本当に出て行けたかしら、私? という一瞬過ぎった疑問にも、「答えはそうなった時に考えましょ」とすんなり折り合いをつけた乳母は心安らかに床につく。


 しかしその翌日、王子に添い寝を断られると王の落ち込み様もさることながら、「まだあと一年くらいは一緒に寝られたはずなのに……もしかして私のせい?」と思い当たる節があるばかりか、さすがに自分の首も絞めた気がする乳母は、初めて夜を過ごすこととなった乳母用寝室で独り、心情的には広すぎるベッドの真ん中で丸くなり、沈むようにして眠った。


 かといってそれであの人が乳母に構うのを止めることはなく、手を替え品を替えちょっかいを出してくる。

 育ての親が生みの親だと概ね気づいている様子の息子の前でも、さすがに気恥ずかしいと素直に応えられない時もあった。


 そうこうする内に、何故か急に距離を置かれたような気がする。

 もしや遂に私に飽きたのかと思えば、少し、心臓に針が刺さったような痛みがした。


 けれどもともと奥さんの数には困ってなかった人だから、跡継ぎが大きくなれば選び放題の遊び放題よねと、大人になるよう自分を無理やり納得させた。


 なのに、ことある毎にものほしそうな碧い瞳がこちらに向けられているのにすぐ気づく。

 なんですか、セルフお預けプレイですか。


 あの人が変わったのは、「父上が母上の墓に何か箱を供えていました」と息子が告げ口しに来た日からの気がする。


 こっそり中を覗いてみようかしら……いえ、「これを開けたということはお前が王子の生みの親だと認めたことだ!!」などと書かれているかもしれない。そんな見え見えの罠だったら笑えないと頭を振る乳母は、しばらく悶々と過ごすことになった。


*****


 危惧したような隣国王家の残党による騒動もなく、無事一人前に成長した息子は、「もう獅子王は必要ない、むしろ新しい王が求められている」と早々に譲位を表明したあの人から、成人祝いとばかりに王冠を譲り受けることになる。


 若いけれど、同じく成人と同時に王位を継いだあの人に負けず劣らず立派で、穏やかさと優しさでは圧勝する君主になると期待され(家臣総出でこれを却下し、いつ喰いかかってくるかわからぬ欲求不満の獅子を頭に四六時中仕事するよりは、年若い王の方が心身穏やかだと判断した臣下一同の理解のおかげで)そこまで揉めることなく獅子王レオンハルトは表舞台を去った。


 息子の成長を傍で見守り、――ここ数年の態度にはさすがにちょっと不満があったけれど――二十年近くこの人と一緒に暮らせただけで満足。でもしかし、王でなくなったから解禁とばかりに我が物顔で乳母の手を取って歩く男に、それをさも自分こそが我慢したと言われれば、年甲斐もなく唇を尖らせもする。


 だから寵姫との思い出なりなんなりを全て捨てて、心機一転乳母との距離を詰めていってくれたらよかったのに、好感度が上司と部下程度の乳母にまるで旧知の寵姫にするように接するから。

 まあ、途中で「もういいか」と流された私も悪いんですが、と王を辞めた男を眺める。


 こちらが「もうお好きにどうぞ」と頭を切り替えた途端に我慢を覚えるなんて、なんて天邪鬼。

 重ねた年月のせいで渋さを増した精悍な顔。金色の髪は若い頃や息子に比べるとやや色素が薄まった気がするけれど、碧い瞳は出逢った頃と同じ輝き。

 

 まるで若い時のように触れられる場所と胸が暖かくなり、放し難く感じるのは昔馴染の人肌という以外にもやはり理由があるのだろう。

 王ではなくなったのだから、自分が乳母となっても変わることのなかったこの人に対する気持ちを、もう持て余さずともいいのかもしれないと期待を込める乳母の視界から、急にその姿が消えた。


 正しくは足元に跪いたようなので視線に追わせれば、あろうことか、庭で、獅子王が乳母に向かって土下座している。


 あの、周りがみんな目玉を穿り出して磨き直したいって顔になってるんですが、と視線を彷徨わせれば肩や顔がむず痒い。


 いつかの言葉はただの綾だとわかっていたはず。なのに、矜持を捨てるくらいなら王位を質に入れそうなこの人がここまでするなんて――。そういえば質に入れるどころか、数時間前にもってけ泥棒とばかりに王位を譲ってしまったわね。


 まったく、潔いのか頑固なのかわからないわと、嬉しさに早まる鼓動に急かされて、すぐにでも頷きたくなる。

 でも――と閉じた瞼の裏で、出逢った日から今日までの暮らしが走馬灯のようにスゥーと過ぎった。


 きっと私が流されてしまったのは、彼が私のために寵姫と過ごした時間を捨てきれないのかもと思わされたから。


 誰でもなかった少女がやはり名前を持たないままながらも、確かに誰かとして生きた時間。寵姫と似た乳母だけでなく、寵姫だった私もなくしたくないと、それほどまでに私の一部を私以上に大事にしてくれ、それでも私の意思を汲んで乳母として距離を置いてくれた……最後のは(間が悪)かったですけど。


 だから、この人の一世一代の求婚に応えるのは、すべての私(フィリーア)でありたい。

 ブライヤー卿の言葉通り、あなたならきっと()を見つけてくれるから、私も一世一代、下手な博打を打つわ。


**


 ――そして、その賭けによって負けた者はいなかった。


 そういえば、息子相手にはたくさんしたけど、私からこの人に口付けるのって初めてだわ。

 これからは遠慮しなくてもいいのねと、先ほどゆっくりと男の頬から離した唇を綻ばせ、しっかりと抱きしめてくれる腕の中、念願だった胸に擦り寄るようしてフィリーアはもう一度微笑む。

 

 女の頬を伝うことなく、熱を含む水滴が男の胸元に沁みこんで、静かに消えた。

結局、何が伝えたいのやら不明の文章で、それこそ蛇足になってしまったかもしれません…。

これに続く番外編で完結させたいと思いますので、もう少しおつきあい頂ければ嬉しいです。


またまた繰り返しですが、本編執筆中にできた後付け設定との食い違いが直しきれてなかったら、すみません。

「ん?」と思われた方、ご指摘いただけると助かります。

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