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本編別視点の話①:寵姫の心、誰知らず

寵姫視点で本編をざっと振り返る感じの話です。

0話同様長くなってもなと、簡潔にしたため、ころころと場面や時間軸が移り変わります。

そしてやっぱりほのぼのしてません…重ため(?)な話が苦手な方はスルーでお願いします。

 王宮に住み始めてからそんなに月日を経ずに知ったのは、自分の素性や諸々の事情。


 何かの折りに見かけた肖像画の一つにソーン・ブライヤー卿を見つけると、少し若いが墓を訪ねてきたあの老人で間違いない。

 それがなくとも、リストと犬を役立てろと置き去りにした老人の言葉は、王都で何人かの権力者や使用人相手に試した効果を目の当たりにすれば、確かに黄金以上に価値があり、使わないのは宝の持ち腐れだと馬鹿でもわかる。


 それにあのブライヤー卿が関わっているのなら、ただの同姓同名だと思っていた他国の重鎮たちに関しても、どうやら本人たちである可能性が極めて高い。

 であれば、契約が終了した後でリストを復元して売っても、未開の地である大陸の外に隠居先を構える資金にできそうなくらいだ。


 そして老紳士が犬と呼んでいた存在は突然現れた新しい飼い主にも懐くようよく躾けられていて、驚くことにウォガールだけでなく、大陸中で放し飼いにされていた。

 挨拶がてらご機嫌伺いにとやってきた近衛長官(ドーベルマン)によると、そういうことらしい。


「前主であるお父上顔負けに“取って来い”をさせるのがお上手とあれば、どんな犬も懐きますよ。――もう何年も経ってしまいましたが、人知れずお亡くなりになったお母上とおばあ様、そして最近亡くされたお父上のこと、まとめてですがお悔やみ申し上げます」

 何気なさの中に爆弾を潜ませた近衛長官の言葉に、さすがに驚きつつも噛み砕いていた茶菓子を噴出さなかったのは、世話をしてくれた老女が身内だと嬉しいのにと懐いていた時期があったのと、屋敷を訪れた老紳士が――父か母かその友人の――父かもしれないと薄々思っていたかもしれない。 


 その時の雑談の中で、近衛長官が「市場近くの古本屋店主は珍しいもの好きらしく、掘り出し物が見つかるでしょう」と薦めていたのを思い出し、女官長――やこっそりついて来るだろう護衛兼見張りの兵達――と街に繰り出すついでに古くなった詩集を手放そうと決めた。

 一期一会に出逢う人や大小様々な犬たちと戯れ、新鮮な食材が並ぶ市場で都会ならではのおいしい物に舌鼓を打ちつつ、その古本屋を訪れてみれば探すまでもない。馴染のある絵本の番外編が軒先の最終処分特価の籠からはみ出している。


 これを読めと言わんばかりなのに、勿体付けるように紐でグルグル巻きにされていて、中身は買ってからのお楽しみらしい。

 王宮に帰り着いて寝支度を整えると、「それを選ぶなんて通だね」と嬉しそうだった店主から、ほぼ詩集と交換するようにして手に入れた絵本をさっそく読んでみる。


 それはいつもの影になった事実を描くお伽噺とは違い、孤児(みなしご)の少女が主役の何の変哲もない話。

 本編で活躍する男爵と仔猫と短い旅をする間に、少女に父母がいない理由や育ての親のおばあさんの正体などが徐々に紐解かれ、少女を孤独にした元凶の魔物をいつか獅子となった仔猫が懲らしめてあげると約束して幕を閉じる。


 いつもの本よりページが分厚く堅いなと思いながら読み進めると、最後の方でトゲトゲ男爵が名無しの少女に手渡したブローチは、仕掛け絵本のように台紙から取り外せた。

 封蝋でできたそれには、いつかの杖と同じ(ブライヤー家)の家紋。


 それもそうか、獅子王を作り上げたのはブライヤー卿なのだから、トゲトゲ男爵は取り潰された名門家の最後の当主であるべきだと今更ながらに思い至る。

 とすればもしかしなくても、名もなき少女は文字通り自分のことで、この封蝋は父から娘の私に託されたものなのだろう。


 何のためにと不思議に思いながらも、少女の境遇を実際の情勢に当てはめてみる。

 すると――、ブライヤー卿失脚の駒になる以上に最悪なことを、血筋だけなら隣国王家に連なる自分がウォガール王の子どもを産むという約束をしてしまった重大性に気づく。


 それでも、既に王との間には、離れがたさを感じさせる何かが芽吹き始め、いえ、とうに花開きかけていた。かといってこのまま傍にいれば、自分の愚かさで無くしてしまうかもしれないものこそが無くしたくないと願うようになるだろう存在(ひと)

 思わず身体が震えたのは、真夜中近い時刻にも関わらず薄着で外にいたからだけではない。


 終わりのない葛藤。

 探しに来たらしい王とも顔をまともに合わせられない。


 もうすでに手遅れかもしれず、問題が解決するわけでもないのに、初めて今夜は気分じゃないと王の誘いを断った。

 子どもを作りたくないと告げれば、気遣うように身体の側面を遠慮がちに撫でるこの腕が、きっと容赦なく私を追い出す。


 乱暴かと思えば傷つかないようにと労わってくれる。獅子王になっても優しいと見直せば、自身の欲通り無慈悲に動く。犬や鼠の臭いには鋭いくせに、肝心なことには鈍い人。逃げないように不自由な王宮に閉じ込めたという顔で、なんだかんだと安全な場所で自由にさせてくれる。

 そんな王といるのは作らない笑い方が自然とできるほど楽しかった。


 社交術として鍛えた笑顔や処世術として身に着けた性格の影になり、本人ですら忘れていたを引き出す唯一の人。

 どちらにしろ、傍を離れてあの人を失うしかないのだろうか――。


 一日かけて悩み、結局、悩むことを諦めた。


 どんなに頑張っても子どもに恵まれないかもしれないし、隣国の王も高齢だから明日にでも没するかもしれない。なによりこの人の傍にいたいのは明らかなのだし、と寵姫は王の首に回した腕の輪を狭める。


 そもそもブライヤー卿なら獅子王が私にどのような利用価値を見出すかなんてすぐにわかったはず。なのにこの出逢いを阻まなかったのは、別にそうなったらそうなっただとでも思ったのでしょうと開き直った。

 獅子王の近くにやりたいだけなら、最初から戸籍をでっち上げて王宮で働かせるとか、もっと他のやり方があったのだから。


 今となっては戸籍をもらっていたことが幸いだったのか、そうじゃないのか判断に困る。けれどあれがあればいざという時には別人になれると、安直に、追い出されるまではと居座ることを決めたのは確か。


 核心に迫られれば首を縦にも横にも触れなくなるのがわかっていながら、頭の切れる獅子王なら気づくだろうと、虫が食ったか靄にぼやけたような思い出話を聞かせ始めるのには、一年とかからなかった。


 私本人ですら王宮に来るまでは知らなかったあれこれを、ぽつり、ぽつりと吐き出せば、私を潰そうとする重荷と罪悪感をその肩に担いでもらえたようで、身勝手にも少し心が軽くなる。


 それに――、もう私にはなれない“私”を、いつか離れるとわかっていても、この人には少しでも知っておいてほしかった。


**


 長いこと使い道がまったくわからなかった封蝋のブローチは、利用できるメッセージが隠されているわけでも、誰かに渡すモノでもなさそうだった。


 その正体に気づくまでは、何気なくブライヤー卿の肖像画を見に行っては、やっぱり同じ家紋だと思いながらも微かな違和感だけを覚えた。

 最初はその違和感が何なのかさえもわからなかったけれど、ずっと眺めているうちに封蝋の家紋が絵のステッキに彫られたものと、ほんっ……の、わずかに違うことに気付く。


 茨は寸分の狂いもなく同じもの。でも、封蝋の片隅には何度見ても見逃してしまいそうな、小さな小さな、花らしきものが咲いている。

 茨に花といえば……フィリーアだろうか、でも何故――。


「あっ――……、」


 いつかのブライヤー卿の言葉とあの番外編の内容を思い返せば、全てが繋がった。

 故国の横槍を防ぐために、私を私と特定する名前を明かさなかった祖母、けれど最初の贈り物である名を知っておいてほしいと思った器用すぎる父が封蝋に託したのだろう。


 父親からの最初の贈り物。

 誰にも呼ばれたことがない、きっと誰にも呼ばれることのない、私の名前。


 だから王が唐突に、胸の奥にしまっておいたその名を呼んだ時には呼吸が止まった気がした。

 辛うじて返事をしなかったのは、名前で呼ばれるなど初めてのことでうまく反応が追いつかなかっただけかもしれない。


 もしかしてブライヤー卿が教えていたのだろうか、そうでなくともこのままぽろりと教えてしまえという誘惑にも、なんとか踏み止まった。


 だって寵姫はいつか王の元を去る。もしも寵姫である今、名前がフィリーアだと告げれば、その時にその名の私もいなくなってしまう。

 ただ、たとえ勅命を使って王宮に残れたとしても、新しい戸籍では寵姫としては振舞えない。寵姫としての私が欠けても、それは(フィリーア)ではない気がする。


 珍しく除草されずに王宮の庭でひっそりと育つ植物。その名前を、王は口にしただけ。

 ほんの偶然だったのだけれど、それでも「フィリーアが好き」だという言葉を騙し討ちのように言わせれば、まるで胸の奥にほんわりと温かい何かが灯ったような気がする。ありえないこととはわかっていてもその名の私自身で王と共に生きたいと願ってしまった。


 けれど本来王宮にはフィリーアの居場所がないのは嫌と言うほどわかっている。

 フィリーアが自由に生きるのはどこか遠くでなければ、でも、ここを離れた場所にはこの人がいない。

 彼方を見るうちに無意識に王の腕に絡んだ手は、ついてきてという催促なのか、離れたくないという悪あがきなのか。

 

**


 しばらくして、生まれたばかりの息子を初めて腕に抱いた時の気持ちはなんとも形容しがたく、彼そっくりの父親へのものとは微かに種類が違っても、甲乙つけがたい愛しさ。

 細めの猫ほどの重さしかない身体は比べものにならないくらいずっしりとして、小さな鼓動による温かさは嬉しいはずなのに涙が出そうになる。


 あの屋敷を逃げ出していれば、持つことのできなかった愛しい存在たち。人との繋がりや家族のある幸せを知らなかったとはいえ、追い出されるままに手放せると思っていたのが今では不思議でしかない。


 そしていつか訪れるだろうと身構える絶望は、幸せな時ほど恐ろしく感じるのだと、新しい命がお腹に宿る前に身を持って知っていた。


 だんだん近づき大きくなる終末の足音が聞こえていながらも、絶対数年、きっと一年、まだまだ半年、まだ数か月、たぶん半月、あと一週間、せめて一日……くらいなら大丈夫だと、ぎりぎりまで「このままでは取り返しのつかないことになるかもしれない」と叫ぶ理性をごまかし続けた。


 戦場へと向かう王を見送る時には、すでに私の一部を捉えた絶望は影に潜み、いつでも飛び出してくる気がして、獅子王に傷が一つつくだけで寵姫は死んでしまうと告げた。そうすることしかできなかったから。


 ……さすがに王に敵の攻撃が届いてしまったら、死に際を長引かせてなんていられない。王の怪我の責任の半分以上は私にあるのだから。

 獅子王ならどんな刺客が何人襲って来ようとも切り抜ける――、もうそんな確証のない期待はしちゃいけない、初志貫徹に徹しなくては。


「あ、しまった」

 下を向いたまま欠伸をしてしまった拍子に、ずっと目頭を強張らせていた反動か、緩んだ目尻から零れた滴が紙に丸いしみを作った。


 これではまるで私が泣いていたみたい、と眉をしかめた寵姫は書きかけの手紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てる。

 ずっと前から決めていた。隣国が獅子王に手を出せば寵姫を殺す。そうしたら少し時間を置いて、ほとぼりが冷めた頃に使用人として王宮に戻って来るという算段。


 寵姫が死ねば、有能将校に捨て身の特攻をかけさせ、一般国民まで人海戦術に借り出してでも獅子王の首を取ろうとするのは隣国の死期を早めるだけ。無意味な言葉を喚くだけの、半死半生の弱国にトドメを差して後始末するくらいなら、例え王がいなくともウォガールは十分機能する。


 もともと寵姫がブライヤー卿の娘だと繋がる物証はどこにもなく、ウォガールが公式記録を手に頑として寵姫と乳母を別人と認めるのであれば、例え隣国の老王やその郎党が寵姫は生きていると言い張り息子ともども利用しようにも、「起きている人間の寝言は聞くに堪えん」と獅子王がいてもいなくても一笑に付せられるのだから。


 そのために必要な新しい戸籍と採用辞令は元々手に入れている。

 もちろん印籠のごとき王すら平伏す絶対命令権をもってすれば、獅子王ですら私を寵姫とは呼べなくなる。

 

 戦をしかけたとされる隣国だけど、それは優位に進められるよう計画通り寵姫か王子が手元にあればの話だったはず。素知らぬ顔で誘拐事件とは無関係だとやり過ごそうとしたところを、起きた獅子に骨までしゃぶり溶かす獲物として狙いを定められた以上、頼みの綱の寵姫が公式に死ねば、さすがに獅子王の首やウォガール侵略を諦めるでしょう、――安いものだ。


 寵姫が死んでも乳母として出戻れば、我慢するのはそれまでに離れている時間。そして戻って来た時には赤の他人しかいない王宮に縋る温もりがないということだけ。

 けれど自分からは触れずとも、王子に会いに来た王が偶然(・・)乳母に触れることもあるだろうと、そこまで後ろ髪を引かれない。……寵姫という珍しい響きに流されているだけで、乳母には食指が動かない、というのでなければ、たぶん。


 さすがにのろのろと進む筆が時々止まるくらいには寂しいけれど、二度と会えないわけではないし、王が他に現を抜かさなければ、本当の墓に入る前にもう一度くらい誰の目も気にせずにあの腕の中で微睡めるかもしれない。

 その希望だけでも十分。


 雁首揃えて「死ぬな、思い止まれ」と喧しいのはうっとうしかったけれど、まさか宰相たちの方から別人としてでもいいからこの際乳母となってでも残ってくれと言い出してくれるなど、まさに棚からぼたぼた餅が落ちてきたようなもの。

 やはり「一時的にでも居場所をくらませられるのは、情報をもらえないことよりも、着々と溜め込んだウォガール(自分たち)の情報を他に流されるかもしれない」という疑心暗鬼が働いたのね。

 実際はそんなことよりも怒りのあまり凶行に出かねない獅子王を少しでも静めたいがために宰相たちが絞り出した苦肉の策だった。そうとは知らずに死期の近づく寵姫はにんまりと笑う。


 そして、死した寵姫は息子の乳母となった。

繰り返しですが、本編執筆中にできた後付け設定との食い違いが直しきれてなかったら、すみません。

「ん?」と思われた方、ご指摘いただければ助かります。

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