陛下の「なんだ、あれは」②
なぜか「なんだ、あれは」って言わせたくなったので、誰得かわからないものを好き勝手書いてます。
①同様読み飛ばしても大丈夫です。
ヒヨコよろしくひょこひょこ庭を座り歩きする、陽に輝く小さなものが二つ。
「なんだ、あれは?」
「片方は私の息子です」
「何故俺の子以外の子供がいるんだっ!? ……ん? あ――、ふぅ……」
見慣れない子どもが何かと問うたため、乳母の返答がその子どもに向けてだと王が勘違いしただけで、乳母の言葉は正しい。しかし、王の反応も寵姫と乳母の関係の切れ端を吐露した以外の意味にもなり、なんとかセーフと取れる。
すぐに怒鳴ることでもなかったと気づいたが時すでに遅く、腹に響く王の怒声に金色の頭が二つ、首をすくめて振り向いていた。
一人は王の子供時代よりも線が細いとはいえ何から何までそっくりな息子、そしてもう一人は同じような金髪の髪をしているが、王子よりも背が少し高くひょろりと痩せて見える。
心配そうにおろおろする子ども二人に、なんでもないとやんわり手を振る乳母は微塵も気にした風もなく王に向き直る。
「そろそろ同じ年頃の子供と触れ合うのもよろしいかと、殿下に引き合わせました。乳兄弟として紹介するのを機に、王宮に遊びに来る許可もいただいています」
「王宮に見知らぬ子供がいる理由はもういい。何故お前に突然息子ができたんだ」
「乳が出なければ乳母にはなれません。乳が出るということは、子供を産んだということです。そしてその子はあちらにおります。当然今日連れてきた子と陛下は血の繋がりはありません。さらに陛下が殿下の乳兄弟に今日初めて会ったのも仕方がないでしょう。今まではずっと街に住む子供好きのおばさんの所で厄介になっていましたから」
「……乳兄弟も俺と同じく金髪碧眼なのだな。ちっともお前には似ておらん」
「ええ、私の子は父親そっくりなのです」
「その父親は先の戦に参加したとか」
「ええ、頼りの一つも寄越さず終いです」
はぐらかす乳母の言葉に一切の嘘がないのが忌々しい王は、内心で「子供の世話が仕事の孤児院の女が子供好きとは限らん。便りを寄越さずとも戦地の情報全てがその手に渡っていただろうが」と反論しまくった。
「ふふ、私が言うのもなんですが、殿下の乳兄弟は仔犬みたいに可愛いでしょう? きっと大きくなったら殿下の役に立ちますよ」
別に幼い時から兄弟代わりの腹心の部下を作るのはいい。けれど、自分の息子であっても乳母の関心と愛情を一身に受けるのを、あれは幼い自分だと脳内変換することで、やっと手を出さずに耐えれているところ。
どこの馬の骨との知れない乳母の息子が、実の息子となまじ似かよった金髪碧眼であるが故に自分との顔や身体的特徴の違いが浮き彫りになり、本当に別の男との子どものようで気に障る。
ちっ、また、あのように息子面して乳母に纏わりつかずともいいだろうに。
それからしばらくの間、無意識に息子の乳兄弟に当たりがきつくなってしまった大人気ない王が何度も乳母に窘められる姿が目撃されたとか。
*****
「ちちうえ、ははうえはどんな方だったのですか?」
乳母に寝間着のボタンを留めてもらっている王子はとっくにお伽噺を卒業していたが、父親に亡き母の話を聞かせてくれとせがむ。
ここ最近はいつも「隣国の老王も死に、年々乳母の皆に対する勅命厳守のチェックも緩くなってきた。もしかしたら寵姫だとバラしても開き直って居座り続けるのではないか。いやあれの性格ではやると言ったことはやる。しかし真実を知れば王子も引き留めるだろうしうまくいけば……」と葛藤している王の口は考える前に動いていた。
「そこにいる……」
え? と疑問符を浮かべる王子の横で、鬼女もかくやと乳母がぎろっと睨むので、王は何食わぬ顔で続きを話す。
「……乳母と背丈や年の頃、顔立ちや性格までも同じで、濃いブラウンの瞳は王ですら真っ直ぐ射抜く。乳母と違うことと言えば、いつも軽く結うか垂らした蜂蜜色の髪の先をふわふわくるくるさせているのが可愛らしかったことくらいだ」
「そうなん……え?」
「……なんですか?」
面喰った様子の王子に見下され、憮然とした面持ちで成り行きを見守っている乳母の瞳は濃褐色。獅子王にすら物怖じしない彼女に、素直な王子が乳母とはそれくらい偉い役職なのだと誤解していた時期もあるのは王宮の笑い話の一つだ。
そして本当の――庶民の――親子同然に四六時中一緒に暮らしてきた王子は当然、乳母が髪を解いた姿を何度も見ている。
「ふん、概ねそこらの町娘とかわらん、少し物を知っているだけのどこにでもいる娘ということだ」
万が一、子どもに母親を追い出す最後の一押しをさせたとあっては救いようがないと、さすがに王は軌道修正を図った。
「そうですよね。で、では、は、ははうえ……とは、どのように出逢ったのですか?」
「乳母に聞けばいいだろう?」
「知らぬとの一点張りです」
「そうか、ではこの際だから乳母にも聞かせてやろう」
にやりと笑った王は過去を思い出すように目を閉じ、顎を擦る。
「なんだ、あれは……そう、冬の訪れを待つ頃だった」
酒場で交わされる噂話くらいの神妙さで語り出した王を、乳母はさも残飯を漁る野良猫でも見るかのように唇の片端を下げて歪めた。
「国を想うがゆえに謀反の罪人となった貴族を憐れに思った俺は、その男がひっそりと大事にしていた別荘に故人を偲びに行ったのだ。するとそこには、白くほっそりとした少女が住んでいてな。突然軍馬に乗って男が現れたものだから驚いたのだろう、涙をこらえながら逃げた。すると男の本能は追いかけたくなる。即行押し倒して口説き落として城に連れ帰ったのだ。それからはもう閨で恥ずかしがる姿が放し難く、それこそ戦に出るまでは毎朝毎晩蜜月だった。俺と離れる時など、『行かないでくれ、王が怪我をすると死んでしまう』と震えながら縋ってきてな。俺が寝込みを襲った女などあれくらいだ……またこの腕に抱いて眠る夢くらい見せてほしいものだ――どうだ?」
「あまりのくだらなさに反吐が出そうです」
一息に馴れ初めを語った王は何故か王子ではなく乳母に感想を求め、乳母はそんな王の思い出を一刀両断した。
これに焦ったのは王子だ。
「乳母――!?」
「失礼しました。陛下の頭の中には筋肉以外のものも詰まっていたようで意外と想像力がおありらしく、口が滑りました。正しくはあまりの白々しさに鳥肌が立ちました、でした」
咎めるように驚きの声を上げた王子に謝ったものの、続いた言葉はまったくフォローになっておらず、王子はますます唖然として乳母の首を心配そうに見つめる。
獅子王の怖ろしさは赤子でも本能で察すると言われるくらいで、王宮や後宮の者が不用意に母である寵姫のことに触れる度に見てきた父親の極端な反応は、実の息子でも身を竦ませるほどの何かがあった。
「くっくっく……あながち嘘ではあるまいが。いいか、息子よ、寵姫との思い出を貶されても、お前の大事な乳母を叩き出さない俺の優しさに感謝しろ」
「何を得意げに。叩き出されないと思っているからこその態度です。なんなら今夜から別で寝ましょうか? 寂しくて夜に泣いても知りませんよ」
「……お前は、…………絶対に、父親似だろう」
逆鱗の上に置いた虎の子のごとき事柄に対し、侮辱ともとれる物言いをする乳母を――最後の一言では心底嫌そうな顔になったが――笑って流す父王に、乳母の言動以上に愕然とした。
この晩は「乳母がいなくとも眠れるし、もう夜泣きする年でもない」と怒ることも忘れて促されるままに床についた王子であったが、思い出したように次の夜から添い寝は要らないと―泣くのが本当は誰なのか知らずに―言い張ったために、落胆して滅多にしなかったはずの寝酒に「まだあと一年はいけたはずなのに……」と愚痴をこれでもかとまぶした王の姿が目に浮かぶ。
*****
「父上も他の皆も口を噤むけれど、母上は、どうして亡くならねばならなかったんだろうか?」
「私はご葬儀の後で雇われましたので、その前のことにはお答えできません。亡くなられた方のことは詮索せずに静かに眠らせてあげるのがよいでしょう。ですが、ご寵姫が亡くなったのは、ちょうどあちらの国が陛下の首を取るのに手段を選ばなくなった時期のはず。もしかしたら戦場で傷つかれた陛下をお護りしたのでしょう。きっと今は殿下のことをお傍で見守っておられますよ」
「そうなのか、うん、そうだな。それだけで十分だ」
「なんだ……、あれは?」
「私には殿下が母君の墓参りを乳母としているように見えますが」
「馬鹿馬鹿しい、茶番にもほどがある」
乳母の言葉に一切の嘘がないのが、ことのほか王の癪に障る。
何だかんだ言っても王は乳母に対して好き放題していたし、名実ともに隣国がウォガールの一部となってしばらくすると、乳母も王に好き放題させていた。
今では「え? 貴方、寵姫と同じ人ですよね?」くらいのことを面と向かって言わない限り、「乳母とは別人なんだし、死んだ寵姫を掘り返すな」という勅命に反したことにはならないようなもの。
聡い王子に両親のことを感づくなというほうが無理だが、乳母の言葉で王子がほぼもろもろの事情に合点がいったとばかりなのが末恐ろしい。
ブライヤーの裏事情は知らんだろうが、好奇心でむやみに核心には触れてくれるなと願うばかりの王であった。
*****
後に獅子王唯一の寵妃と呼ばれる少女が王宮にやって来た頃の年齢よりも、その一人息子は大きくなっていた。
姿形は父王にそっくりでありながら、一回り小さな――けれどバランスよく引き締まった――体躯。柔和な眼差しと人好きのする笑顔が魅力な彼の物腰と性格は父に似ず、非常に穏やか。また君主として将来有望そうな才智が如何なく発揮され始めたため、彼の人気は老若男女問わず高い。
しかし王家唯一の跡継ぎとあって、貴族であってもおいそれとはお近づきになれない。
そのため年頃の女性には物陰からこっそりと覗かれることも多く、その中の強者に至っては絵師や持前の絵心をフル活用して、遠目からでもその姿を紙に留めようとする者もいるくらい。
今も健気に庭から彼のいるテラスを見上げる少女が一人。
それらに気付きながらも別段気に留める風もない王子の口からは、ふとした疑問が零れる。
「あのように今でも陛下のお心を一身に集めていながら、何故、姿絵の一枚どころか、母上の名すら墓に残されていないのだろう?」
「さあ、どうしてでしょう、不思議ですね。けれど呼び名に関しては、たぶんご寵姫というのは後にも先にもその方だけでしたから、名前を呼ばれる必要がなかったのでは?」
「かもしれないが、陛下にはよく『姿絵など要らん、母が恋しければ乳母を見ろ、黙って本当の母と思え』と言われた」
「そうなのですか? もし殿下が私を本当の母のように思ってくだされば、この上ない幸せです」
「もちろんそう思っているけどね、僕ももう乳母離れを考える年かとも思うんだ」
にこりと微笑みを交わす二人の間の雰囲気は和やかとしか言い様がない。しかし何故かある種の緊張感が漂い出したと感じるのは、茶菓子をテーブルに並べる給仕の気のせいでもない。
「ご立派です、殿下。寂しいですが、私が結婚しない限りは乳母でいるという約束を撤回して下さるのですね」
「いいや、次期王として軽々しく約束を違えては民の不信に繋がるだろう。手っ取り早く、乳母じゃなく本当の母になってくれればいいのにと思ってね」
もうダメ、居た堪れないと顔に書いた給仕は、優雅と粗雑の分かれ目ぎりぎりの手付きで乳母と王子のティーカップに紅茶を手早く注ぐと、逃げるようにその場を下がる。
「それは身に余り過ぎて、恐れ多いです。うふふふ……」
「陛下の手綱を握る乳母なら問題ないさ。あははは……」
「あらあら、私の命など陛下の気まぐれ次第ですよ。殿下の父ながらお優しい、ふふ……」
「いやいや、貴方でなければ毎日切り殺されてるよ。我が父上ながら恐ろしい、はは……」
「…………なんだ、あれは」
薄ら寒い笑みと会話を紅茶で温めるかのように、テラスでおやつを摘まむ息子とその乳母に遭遇した王は戸口でたじろぎながら呟いた。するとちょうど背後を通りかかった近衛長官が思わずというようにその独り言に返事をする。
「子は父親の背を追いかけ、追い抜いて行くものと言います。殿下が陛下に中身まで似ず、よろしゅうございました」
「どういう意味だ」
呼び名なし→ちちうえ→父上→陛下、で数年ごとに成長していると思っていただければ…




