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どうしても知りたい寵姫の事情は五里霧中

 実際、戦争相手に動揺を与えるためだけであれば、寵姫の死は噂で済ませても事足りた。

 そうでなくとも他国を理由なく侵略しても周辺諸国はウォガールを非難する代わりに、獅子王に目を付けられた国の不遇に同情するだけだろう。

 そういう暴挙にでても不思議がなく、また矢面に立たされないのが、獅子王が獅子王たる所以だ。

 

 では何故、寵姫は自身の抹殺を強行したのか。


 当然のごとく寵姫の死には、その生まれやブライヤーの置き土産が関わっているのだろうが。ブライヤーの犬に手を噛まれそうになったのか、本当は寵姫ではなく間者の元締めを殺したかったのか、それとも単に父親のせいだったのか、王の思考はいくつかの可能性に辿り着くが一向に終着点を見つけられない。


 寵姫とブライヤーの親子関係を確信する頃には、寵姫との生活は当たり前のものになっており、過去の矛盾をつけば寵姫を失ってしまうかもしれないと気づかないフリをしていたのが裏目に出た。

 なんとか聞き出していれば、寵姫の死を避けられたかもしれないのだから。

 あえて藪をつつかなかったせいで蛇を誘い出したとしたら皮肉なものだ。


 それでもまだ後悔だけして過ごすには早いと、考えに考え、記憶を片っ端からほじくり返した王は、寵姫を意気消沈させた絵本のことを思い出した。

 しかしどんなに頑張っても、それが変なタイトルだったことしか記憶にない。


 寵姫の死には寵姫を挙動不審にさせた原因だろうあの絵本が関わっているのかもしれない、いいや、そうでなくては手がかりがなくなってしまうので困る、が、中身すら思い出せないのでは探しようがない、他に何か答えに近付けそうなものはあっただろうか、うーむ、やはりあの絵本しか……と結局は堂々巡りを繰り返す。

 職務怠慢もいいところの王の傍では、居並ぶ権力者たちが舌戦を繰り広げていた。


「戦をしかけてきた国の民には、それなりの責めを与えるべきだ」

  ――確かに、隣国さえ大人しくしていれば、寵姫は今も寵姫のままだっただろう。

「吐き出せない不満は必要以上に持たせるべきではない」

  ――獅子王の手綱を握っていながら、死んでも寵姫が言い出せなかった事情とは一体何だ?

「ご寵姫に手を出したあちらに非があるのだ、温情をかける必要はない」

  ――そうだ、そもそも隣国が寵姫を狙ったのはただの偶然か?

「もちろんご寵姫を失ったのは嘆かわしいが、だからと言ってウォガール国民以下の扱いなど彼女が望むはずがない。例えあちらの国民全てを死者の国に捧げても、ご寵姫が生き返るわけでもないのですよ」

  ――はぁ、偶然だろうがなかろうが、隣国の人間全てを大陸から消したら寵姫が生き返るというなら、願ってもない話だ。

「国を動かす立場の人間が残らず血の海に沈んだのだ、なまじ自治を認めても碌に機能せず、また我が国への害になるだけじゃないのか」

  ――そんなことになれば、何のために戦に出たのか分からなくなるから、却下だな。


 隣国の民の待遇をどうするか、徹底的な従属を望む側とそれは行き過ぎだと諌める側で意見がまとまらず、半日近くも議論は白熱したまま。

 そんなテーブルの上座に腕組みをして座る王は終始一言も口を出さず、傍目には瞑想して見えた。


 ただ眉間の皺は深く、目頭に向かって引っ張られた両眉はその尻を厳めしく上げている。少しでも集中を乱そうものなら取って食われそうな雰囲気だが、何時間も微動だにしないので「あれは獅子王の石像、張りぼて、怖くない、怖くなーい」と自己暗示に走った臣下たちがここぞと意見を交わせるのがせめてもの救いだった。


 しかし、仲裁役が欠けているせいで結論に至らないのもまた事実。

 これでは水掛け論もいいところ。時間の無駄だと、いつもならとっくに憤っているはずの王の沈黙は、嵐の前の静けさとも取れる。それなら嵐の規模が小さい内に爆発してもらおうと、一人の勇者が口を開いた。


「へぁぃ……、ヘイカはどうお考えですかな?」


 裏返った声で噛んだ宰相に、左右に座る身分や才覚だけなら宰相よりも遥かに上な者たちが、改めて彼に尊敬の念を抱いたなどとは、目を開けた王にびくつく本人のみが知らない。

 見るからに不機嫌な獅子王の邪魔をするなど、並大抵の人間にできることではなく、さすが|獅子王(・ ・ ・)の宰相に抜擢された男だと一同が見守る中、「もうこんな時間か」と呟いた王はのそりと立ち上がる。


「当然ウォガールの法と秩序を受け入れさせる。その妥協点を決めるのはお前たちの仕事だ。――むざむざ寵姫を死なせたお前たちだが、そのくらいはできるだろう? できないのなら他に椅子を譲れ。俺が一度で頷く方針を明日までに決めて持って来い」

 これでしばらくは邪魔されんなと会議室を出ていく王の後ろで、ウォガールの重鎮たちはこそこそと顔を見合わせる。 


「ほ、ほら生半可な処罰ではお怒りはおさまりそうにない。他国民に同情してこちらに飛び火したらどうするんだ?」

「かといって――誰にとは言わないが――酷いと王が責められれば、それこそ我ら一巻の終わりではないか」

「……やはりあの方のご意見をきくべきかのぅ」


 そんな声を拾ったのを最後に、王は入口近くにいた侍従に女官長を呼び出すよう伝えて、王宮内唯一の子ども部屋へと向かう。

 目的地に到着後、住人が不在なのをいいことに王は本棚や玩具箱を隅から隅までひっくり返した。


「あ、あの……陛下?」

 箪笥の中に綺麗に収まっていた衣類を、わき目も振らずに放り出すのに忙しい後ろ姿に遭遇した女官長は、開けっ放しだった扉の脇で立ち尽くす。


「探し物だ。――いつか、寵姫が買った絵本のタイトルを覚えているか? 長ったらしい、売れていないくせにさも大人気とでも言いたげな、ちょっとイラっとする中古品だ」

「ああ、初めてご一緒に出掛けた際の……いえ、申し訳ございません。何年も前のことですので題名は……、猫男爵が女の子を幸せにする話だったような、違うような、なんとなくは覚えているのですが……」

 少し肩を落とした王は、呆気にとられたままの女官長に「用はそれだけだ」と退出の合図を出した。


 それでも一人ガサゴソと家探しを続ける王の周りでは、次々と扉や引出が残らず開けられ、内装品は壁にかかっている絵まで外され、部屋中に本や服、玩具や調度品が散乱している。


 ものの数分でまるで泥棒、いや、竜巻にでも入られたような悲惨な状況になった部屋で、「もしや壁や床に隠しているのではないだろうな」と、適当な壁に王が手にした燭台の狙いを定めた瞬間――、

「なんですかっ、このありさまは?」

 と、戸口で――会って間もない王に対するには不自然な、そして普通であれば不敬罪にも問われかねない形相で――声を荒げた乳母は腰に手を当て、仁王立ちで王が引っ掻き回した室内を指差した。


「絵本を探している。たぶん、猫男爵とやらが出てくる奴だ」

 当然とも言える憤慨を歯牙にもかけない王に、手を頬に当てた乳母は溜息を吐く。


「陛下はお忙しいのですから、そういう用事は使用人にお申し付け下さればよろしいでしょう?」

 この乳母の言葉を寵姫の言葉に翻訳すると「いい年したおっさんが、仕事をほっぽりだしてまで息子の部屋で絵本探し、なんて嘆かわしい」となるだろう。

 いっそ、そうはっきり言ってくれたほうが無意識に翻訳せずに済み、すっきりするのだが。


 呆れた様子の乳母は投げ飛ばされた本の中から目ざとく何冊かを拾い上げ、王に差し出す。

「猫男爵の話は聞いたことがないですが、長靴をもらう猫やほらをふく男爵の話ではだめですか?」

 乳母の問いかけに被らせて、間髪入れずに「だめだ」と答えた王は「寵姫が死んだ理由がどうしても知りたくてな。あの絵本に何かヒントがありそうな気がしてならんのだ」と言いかけ、息を止めた。


 やはり有るか無いかも不明な手がかりをちまちま探すより、本人から理由そのものを引き出した方が手っ取り早いと思い直したのだ。 

 寵姫は寵姫の存在は殺したくせに、何だかんだで寵姫そのままの人格の乳母として王宮に留まった。多少なりとも寵姫の過去を知る方法は残されている。


 ただ「さあ、吐け」と詰め寄ったところで、ブライヤーと寵姫の死後に現れた乳母が教えられることはないだろう。

 しかし寵姫は事ある毎にはっきり話せないことは濁し、それとなく真実を仄めかしてきた。「これこれこういう理由で」とは言えずとも、「もしかしたらこうだったかも」と真相を語らせることは出来そうだ。

 獲物の急所に食らいつく寸前の肉食獣のように、にやりと笑う王に乳母が顔を顰めたのは言うまでもない。

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