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王が見逃がした寵姫の糸口

 最初の一カ月、王が連れ帰った少女は扱いがやっかいだと王宮内で遠巻きにされていた。


 それと言うのも王が「王宮内では好きにさせろ、ただし見張りと護衛は怠るな。――あれの名前? 知らんな、好きに呼べばよかろう」などと放り出したから、臣下一同は堪ったものではない。

 二人の契約を知っている宰相の私はというと、王位継承者を産むかもしれぬ者の待遇への手抜きに溜息を漏らす度、文句あるかと王に睨まれるのが辛かった。


 だが他の者にしてみれば、少女は側妃でもなく、身分どころか名前もない馬の骨。常識の枠外で考えれば王の私室に住み込む侍女ともとれるが、実際には毎晩のように寵愛を受ける者。しかし、それとて王の心変わり一つでいつでも追い出される存在。なにより、護り疑いわがままを聞き入れろと難題を課す王は、少女の名前にさえ興味がない素振り。

 

 少女の価値が不明だからと邪見にすれば王の不興をかいかねず、かといって取り入り過ぎれば王の関心が他に移った時や少女の正体が好ましくなかった場合に困ると、上においても下においても弊害が出かねない。

 しかし当然横には置けないと誰も彼もがえもいわれぬ距離を保つ中、そんなことには知らん顔の少女は地味に話し相手を増やしていった。

 かくゆう私も茶飲み友達となり、彼女が寵姫と呼ばれるようになってからも日々王に負わされる心労を癒してもらっている一人。


 次はいつお茶に誘おうかと考えていると、

「またか」 

 と忌々しげな呟きが聞こえた。

 

 声に出ていたかとドキリとし、思わず背筋を正す宰相には目もくれず、王は机横の窓を睨む。

 二人は執務の真っ最中なのだが、宰相以下何人もの役人が既に目を通している書類に延々と王がサインをするという退屈極まりない事務仕事なため、どちらともなく外の景色を眺め片手間がてらにこなしていた。

 それでも、眼下の庭で読書中の寵姫に近づく若者に目ざとく気づいたあたり、特別気にかけているのは疑いようがなく、ぶっきらぼうなだけで―おかしな契約を交わしていても―やはり少女は王にとって大切な方なのだろうと思う。

 だからなのか、こう言っては身も蓋もないが、窓の下を注視する王が恋人の浮気疑惑に悩む男にしか見えない。


「あの方と早馬ですか。……若い者同士の方がすぐに親しくなるだけなのかもしれませぬ、そうお気になさらず」

 嫉妬することでもないですよと宥める宰相の言葉に、さも見当違いだと呻く王は眉間を押さえた。

「違う、早馬が渡した紙の束だ」

「早馬ですから、手紙でございましょう。どれもたいした内容ではなく、近況報告や愚痴の類で……ああ、時々広告もありましたかな。商業物以外は国内で出されたものがほとんどですが、それが何か?」


*****


 宰相は手紙が届くことの何が不思議かと問うが、―天涯孤独の身の上で知人もいないのを(自分)以外知らないとはいえ―名無しの女宛てに、誰が近況報告や愚痴を送ってくるというのか。


 まさにブライヤー卿が「鞭の傍には飴がないと」と形容したとおり、謀とは無縁で宰相としては素直すぎるこの真面目さだけが取り柄のような男は、「宰相など獅子王を裏切らないと信頼に足る者であれば十分」と今は亡き鶴の一言でその座に就いた異例の出世頭。

 その裏表のなさから、獅子王となった男が身構えずに話せる数少ない存在だが、国の舵取りを一任するには少々甘すぎる、やはり自分が目を光らせねばなるまいと王は気を引き締めた。


 遠巻きにされていた頃、女は話しかける相手を選んでいたように思えてならず、手紙や手土産をもらう度に増える訪問者の中に、それなりの地位の者が目につき始めたのを偶然だと簡単には流せない。


「初対面のはずの、どこぞの貴族に仕える侍女や出入りの行商人からも何か受け取っていただろう」

「王のお傍におられる方ともなれば、取り入ろうと物を贈る者もおりましょう。……はっ、私は純粋にお茶を楽しんでおるので、そのような邪な奴らとは違いますぞ。あ、いや、とにかく、行商人は贔屓にしてくれと異国の詩集を献上したとか。私にはよくわからない内容でしたが気に入っておられたご様子、若い女性の感性には訴えるものがあるのやもしれませんな」


 自分の言葉に狼狽える宰相の思惑はさておき、まあ、ありそうなことでは、ある。

 馬の骨なら好都合と思った奴らが将を射ようとする前準備だと、そう結論付けてしまえば、それまで。

 当然起こりうると予想していたことで、本人にもいの一番に釘を刺しておいた。だとしたら心配すべきは、あの女が獅子王に歯向かう者どもに餌付けされていないかどうか。


 しかし、どうもそういうことでもなさそうな気がする。

 例えば敵意丸出しで挨拶をした役人が、今では視界の端に入ったらこの世とおさらばだと言わんばかりに、寵姫あれの気配がするだけで怯え縮こまるようになった。

 根拠というほどのものはないが、ちりちりとした違和感が拭いきれない。


「――あれは明日、街に出かけると言っていたか。近衛長……いや、奴は早々に顔を見せに行ったな、女官長を供につけ事細かに報告させろ」


 そう命じておいた王が街から戻ったばかりの女官長を呼び出せば、いかに二人が王都観光を楽しみ、朝から晩までウォガールの食を堪能したか本当に事細かに語られる。


「本日は朝市に始まり…前略…らしく、ご寵姫は大きい街に行ったことがなく見るもの全てが珍しいとさまざまな店に立ち寄り、積極的に店員や買い物客に話しかけ…中略…というようにその人懐っこく屈託のないご様子に老若男女を問わずおモテになり、まさに引っぱりだこでした。三食の合間に間食を何度もなされ、…中略…なども食べましたが、特にお気に召したのは甘辛いタレを絡めた揚げ肉ですね。そうそう花は派手な切り花よりも素朴な生花がお好きだそうで…省略…」


 詳細をとは言ったが、嗜好調査のためについて行かせたわけではないと呆れ顔を作れば、「と、言うわけで、これといってご寵姫に不審な動きはありませんし、接触してくる不審者もおりませんでした」と恰幅の良い女官長はすぐに察して報告を締めくくった。


「買ったのは食べ物だけか?」

「それ以外には、二束三文で詩集を売った古本屋で、特売に出ていた絵本を一冊」

「絵本?」

「はい、『トゲトゲ男爵と仔猫シリーズ待望の番外編 時には名もなき少女のために』という」

「なんだそれは、有名なのか?」


 王の記憶のどこも刺激しないのは、子ども時代に受けた情操教育の乏しさのせいか、それとも思わずげんなりしてしまったその売れ残りそうなタイトルのせいか。


「いえ、孫が五人いる私でも存じ上げませんので、自費出版された鳴かず飛ばずのものでしょう」

 売れない話はシリーズにならないだろうが、金持ちの道楽であれば、売れずとも著者の気が済むまで出版するかもしれない。 

 絵本や今回の外出は女の行動の違和感には関係ないかと王が結論付けたその晩、寵姫の様子がこれでもかとおかしかった。


 まず、もう日付が変わる時刻だというのに、寝室どころか私室のどこにもいない。

 逃げたかと探し歩いてみれば、上着も着ずに庭のベンチに腰かけていた。

 寵姫は歩み寄る王を見ようともしない。無理やり覗き込めばどこかすまなそうに目元を歪め、何も聞くなとばかりに顔を背けるので、首の後ろを掻いた王は黙って腕を掴み部屋まで連れて帰る羽目に。

 しかも、その晩は同じベッドで眠りながらも、月のもの以外の理由で初めて夜の営みを拒まれた。


 まさかこれが原因かと、サイドテーブルに無造作に置かれていた絵本を盗み読んでみても、孤児みなしごが自身のルーツ探しを本編のキャラに手伝ってもらい幸せになる話で、これといっておもしろくもなければ感情移入して気を沈ませるほどの出来でもない。


 なんなんだと思いながらも、塩を振られたナメクジのごとくしょ気る女の慰め方など知らない王は、背を向け寝たふりをする女の肩から肘までを申し訳程度に何度か撫で、後は放っておいた。

 すると次の夜にはけろっと元通り。「人は後悔する生き物ですが、後悔しかできなくなるまでは何とでもなるのかもしれません」と脈絡のない御託を並べ王の首裏に手を回すので、たいしたことではなかったのだろうと判断した。


 王がこの時もう少し寵姫の事情に頓着していれば後の惨事を防げたかもしれない。

 しかしそんな事は知りようもない王は、寵姫が気まぐれに世界情勢について助言めいたことをしていると突き止めたため、すっかり彼女の異変など記憶の彼方に追いやってしまった。


「そういえば、どこかの貴族が傭兵をこそこそ雇っているそうで、領民は街にたむろするごろつきに迷惑しているらしく、碌でもないことに使われなければいいのですけど」

「大陸の北方では飢饉の気配があるとか、恩を売るなり、物資を高く売るなり、準備をしておいて損はないかもしれませんね」

「海沿いの国々がウォガールとの交易を見直そうだなんて、怖いもの知らずってこういうことかしら」などなど。


 驚くことに、寵姫の情報の信ぴょう性はすぐにそれぞれの筋で証明された。

 つい先日外国で起こった事やウォガールの密偵ですら掴めていない情報をちらつかされれば、獅子王の目を盗んで会いに行くのにも十分魅力的。


 王宮に来るまでに偶然手に入れた情報ばかりとは思えず、一体どこでどのように手に入れてくるのかと誰も突き止められない中、一人寵姫の元の棲家を知っている王は、寵姫がブライヤー卿の子飼いだと仮定し、何の変哲もない手紙が何かしらの暗号だと決めつけ、その内容を改めて深読みしてみた。


 昔渋々取った杵柄で解読してみれば、手紙やら詩集やら寵姫の手に渡ったもの―ちなみに絵本には馴染のあるメッセージは隠されておらず、どう読んでもただの駄作のままだったが他―の半分以上はまさに国内や大陸各地の情勢について表している。

 しかもその情報の仕入れの速さと質の良さは、現役のプロが恥じ入るほどだ。


「それもそうだな……」

 もやもやさせられた違和感の原因に辿り着き、何故今まで思いつかなかったのかと呆れた。


 寵姫がブライヤー卿の間諜を受け継ぎ束ねているとすれば、人知れぬ存在であったことやそれを活かして王宮内に居場所を作れたことまで、全ての辻褄は合う、いや、そうでなければ辻褄が合わない。

 この時、ブライヤーが秘密裏に育てた後釜だと王が信じて疑わなかったのは、寵姫が生まれた頃独身の卿が齢五・六十だったため、無意識に子宝に恵まれる可能性を弾いたからだ。


 違和感の正体が判明しすっきりした王はその夜、寝床を温めていた寵姫の上で珍しく獅子王の顔を作った。

「いつもお前に擦り寄ってくる犬がいるが、万が一にも鼠が混じっていれば、どうなるかわかっているな?」

「……犬なら飼うのに目を瞑るけれど、鼠なら即刻駆除ですか?」

「そうだ」


「…………」「…………」


 お互いがお互いの次の反応を待ったせいで、無言でしばし見つめ合うことになり、それ以上言葉を続けない王に不思議そうな顔の寵姫は珍しくおずおずと片耳を自分の肩に近付ける。

「えーと、…………それだけですか?」

「それだけだ」

「………私の責任を問うたり、犬や犬が取って来たものを寄越せとは言わないのですか?」

「鼠は勝手に棲みつくもので、ここで見つかる鼠はどこかの国では犬だ。こちらの犬と間違うこともあるだろう。別に責めんが、お前の前の飼い主に少なからず懐いていたような犬など要らん」


 こうして自身に害がないから、どうせ情報はウォガールのために使われるのだからと放っておいたツケが、寵姫に群がる者たちに二人の時間を削られるという形で巡ってくるとは思わなかった。

 そしてブライヤー卿の後継者と思った寵姫が実は娘だと気付いた時に、何故卿が娘を隠し戸籍さえ与えなかったのかと、寵姫がいるうちに本気で探っておけば良かったと後悔したのも当然ながら後々のこと。

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