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うららかな陽気と小鳥の囀りは獅子をも眠らす

 風にとけるような鼻歌を口ずさむ寵姫は膝の上で陽に輝く金色の髪を梳く。

 それに惹き寄せられるように覚醒した王がゆっくりと瞼を開けると、和やかな寵姫の姿が目に入った。


「あら、起こしちゃいましたか?」

 少しの間黙って真下から幸せそうな顔を堪能していると、不躾な視線に気づいたのか俯いた寵姫と目が合う。

「いや、ちょうど起きようと思ったところだ」

 と言っても、王は相変わらず寝転んだままで起き上がろうとはしない。


 庭の一角に置かれ、二人がたびたび愛用しているのは、上背のある王が寝そべるには少々窮屈なベンチ。

 そこで膝下を投げ出し横になって会話をしていたはずだが、陽気の心地よさに負け、いつのまにか寵姫の太ももに頭を載せたまま眠ってしまっていたらしい。  

 が、そのおかげか夢見の悪さの割には後味の苦さを引きずらずに目が覚めた。


「王が寝こけてる間に仕事に戻る時間を過ぎましたよ。誰も呼びに来なかったので、起こしませんでしたけど、大丈夫です?」

「獅子王の眠りを邪魔できる者などいるか、まったく不甲斐ない。そのせいで不都合が出ても知ったことか、尻拭いくらいは奴ら自身でするだろう」


 身勝手で偉そうな態度に何故かしみじみとした様子の寵姫は、悪戯っぽく笑って王の鼻先をちょんと摘まむ。


「王は王に生まれて良かったですねぇ」

「お前でも地位と権力を羨むか」

「いえ、そういうわけじゃなく、王ならその行いに賛否両論は受けても、性格にはそんなにとやかく言われないでしょ?」


「それはなにか、王でなければ俺の中身は我慢ならん男とでも言いたいのか?」

「そんなそんな、生まれながらに立派な王だと褒めてるんです。さすが獅子王」

 一目で不機嫌になったとわかる王を茶化すように、指先だけで拍手する寵姫の口ぶりが、先ほどの夢の余韻か奇しくもブライヤー卿のもののように聞こえた。


「ふん、お前が生まれていたかどうかという頃には獅子王など存在しなかった。それまでの俺など持て余され、王子とは名ばかりの躾がなっていない餓鬼だ」

「知ってます」


 はっきりと確信を含む寵姫の頷きに、王は片眉を吊り上げる。

「何をだ?」


「私が生まれる前のこと、王がかつてまだ剣しか持たぬ王子だった頃のこと。例えば――ウォガールに反感を持つ国へ武器の材料を横流しした商人や、他国の間者であった侍女、宗主国の王族暗殺を企んだ従属国の貴族。……反乱の芽を人知れず取り除き、自身が血と汚名にまみれることで国を乱さず国を護ろうとしていたことを、知っています」


 それは紛れもない事実であって、けれど周知のものは違うもの。当時でも知っている者はごく少数だけ。

 誰かが、いや、寵姫が王の真実の姿を知っているということはこの上なく嬉しい、しかし、

「……何故――?」

 そんなことまで知っているのかと碧い眼を眇めて問う王に、寵姫は愛着のあった玩具を懐かしむように笑う。


「お伽噺の中には獅子王の話がたくさんあったの」

「……あのじじい」

 今更ながらに王はブライヤー卿にしてやられた気分になった。


 一緒に暮らして一年以上、二度目の春を迎える頃には、二人きりなら寵姫の口調もずいぶん砕け、とても王に対する言葉とは思えぬほどに気安いものになる。

 なにより言動の折々に、明らかにその素性に繋がるヒントが星の数ほど散りばめられてきた。

 相変わらず肯定や認知が抜けていても、さすがに王はある確信を得た。


 かつて帝王学の一種として、王は歴代の策士から手ほどきを受けていた。幼いながらにそこそこ優秀な生徒であった彼にさとられず、その行動に関して事細かな裏付けを取れたのは、師であるブライヤー卿ぐらいのものだ。

 その男が手製の物語を与えこそこそ育てた娘ならば、寵姫はやはり――。


「博識なお前のことだ、俺を育てたのがブライヤー卿だと知っているだろう。実質前代の王であった奴には跡継ぎがなく、血の繋がらない王子でも息子みたいなものだったらしい。それにしても悪魔の如き手厳しさでな、もしいたのが娘ならどうするのかと冗談で聞いてみたことがある」


 数拍置いてもったいぶれば、じっと無言で先を促す寵姫の瞳に、堪えきれずににやりと笑う自分自身が映る。


「娘がいたなら世話を焼き過ぎて過保護になるだろうが、本当はこれでもかと甘やかしたかったそうだ」

「…………」


「まあ、何が言いたいかと言うと、ブライヤーに倣うわけではないが、俺も娘を猫かわいがりしてやろうと思う」

 はたして可愛がるのはブライヤー卿の架空の娘なのか、できてもいない自身の娘なのか、あやふやな口ぶりの王に寵姫は泣きそうな顔で釘を刺す。


「……王が私にお望みなのはお世継ぎでしょう?」

 

 「それも――そう――だ」と王は名残惜しげに寵姫の膝を離れた。

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