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王の帰還

 二年に渡る遠征を経て、ウォガール国は戦をしかけてきた隣国の軍隊を完膚なきまでに叩き潰し、その国すら滅ぼした。

 色とりどりの花びらが舞う中、帰還した英雄たちを一目見ようと国中の人が王都に押しかけている。

 勝利の結果、元々大陸で一・二を争っていた領土がさらに拡大し、名実ともに大陸で最大最強の国になったも同然であり、騒ぐなと言うほうが国民には酷だろう。

 ウォガール全土の至る所で、暇さえあれば人々は歌い、踊り、酒を酌み交わす、まさにお祭り騒ぎ。

 大地がまるで全身を震わせるカラフルな生き物のように、ウォガール国は勝利に湧き立っている。

 しかし、久しぶりの家族との再会を夢見、意気揚々と城に戻って来た王の心は、天地が引っくり返らんばかりの衝撃に見舞われていた。

「何と言った?寵姫が王子を残して死んだだと? そんなことが信じられるか」



 王は帰城した足で今まさに寵姫に会いに行こうとしたところを、いつもなら影のごとく控える近衛長官にその前に宰相と会うようにと緊迫した声音で制された。

 何事かと思いながらも乞われるまま庭横の広間に立ち寄ってみれば、入り口付近で控えていた侍女にワインを注がれた杯を渡され、待ち構えていた臣下たちが堰を切ったように祝辞を投げかける。

 そんな人波を適当に受け流しながら、祝いの席なら寵姫も連れてこいと王が先ほどの侍女に命じた、その瞬間――、辺りは水を打ったように静まり返り、命を受けた侍女も困った様子で助け舟を求めて目を泳がせる。


 沈黙が広間を支配する中、腹を括った顔の宰相が王の前に進み出ると、誰かの嚥下する音が大きく響いた。

 異様な場の空気を訝しむ王の要望など聞いていなかったとでもいうように、宰相はしきり直しとばかりに改めて祝辞を述べて王の帰還を喜び、最後に恭しく弔いの言葉を添える。すると同様の弔辞を居並ぶ臣下たちがここぞとばかりに次々に述べた。

「ご無事のご帰還、なによりです」「これ以上はないほどの勝利とは、さすが獅子王」「ただご寵姫のことは残念でしたな、心からお悔やみ申し上げます」

 揃いも揃って何を言っているのだと、眉を顰めた王は常にも増して剣呑な目つきで臣下一同を見渡す。


 よりにもよって寵姫が死んだと言うなど性質が悪い。

 出立前には首も座り感情を表すようになった息子の横で、戦場へ向かう王を見送った寵姫の姿は今でも思い出せる。

 二年会わなかっただけで王が寵姫の容貌を忘れるはずもなく、そもそも寵姫と呼ばれる女は王宮に一人しかないのだ、どうあっても人違いは起こらない。

 自分たちが同じ人物について話しているのは確かなのだから、これが酔って浮かれた重鎮たちのおふざけなら、王に向かってなんとも命知らずな、いや、腹立たしさよりもこの国の行く末が心底心配になる。


 それは命や地位を賭けるほどお前たちには面白い冗談なのか、と宰相に的を絞って睨めば少し怯んだ様子ながらも、それでも前言を撤回しようとはしない。

「しかし本当なのです。半年ほど前、王子殿下が二歳になられた翌日、突然のことでした。――前線にも使いを出しましたぞ、近衛長官よ」

「確かに。しかしその頃は奇しくも戦の山場でありましたので王には報せず、ご寵姫のお心通りに対処いたし……」


「そんなことはどうでもいいっ」


 突然の王の怒声と陶器が砕ける激しい音に、周りを取り囲む大の男たちは揃って首を竦め、まるで足元にじわじわと広がるワインがその首から流れる血かと思うほど表情から色が失せる。

「あれが死んだはずがないっ」


 背後に控える近衛長官の言葉を遮るように祝いの杯を床に叩きつけた王は、忠臣たちに向かって怒鳴り、微塵も寵姫の死を認めない。

 その様子は、少なくとも五年はかかると言われていた戦を半分の年月で終わらせた、冷酷非道と名高かった評判に狡猾な戦上手と付け加えた男とは、とても同一人物とは思えない。


 しかし聞き入れない王の剣幕も当然だろう、誰も彼もが最愛の者を亡くしたと同情の瞳を向ける中、その視線を一身に集める王が指差す庭には、支えなく歩き回れるまでに成長した我が子の世話を焼く一人の女、それが――、


「寵姫そのものの女があそこにいるが、ではあれは幽霊か?」

「あれは乳母でございます」


 王は宰相の言葉に驚き、さらにそれに続いた言葉にあんぐりと口を開け、どうにもこうにも二の句が継げなくなった。その顔色は今にも倒れてしまいかねないほど青い。

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