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 ある日曜日、私はハンナを連れて公園へ行った。ハンナを遊ばせてやりたいという気持ちもあったし、同じような場面を作ればあの謎の少女にも会えるかと思ったのだ。

 ハンナはあの日のように滑り台で遊んでいた。私はバッグからランチボックスを取り出すふりをし、目はしっかりハンナとその周囲を見張っていた。オレンジ色の影が見えた。私は、素早く、そっと近寄った。オレンジ色のワンピースを着た、金髪の少女がハンナの背後に立った。それからその少女は、ハンナの背中を思い切り押した。ハンナは滑り台の一番上から落ちた。私はハンナを受け止めると、その少女を追いかけた。

‘ハンナ、先に家に帰っていなさい!’

 少女の脚は意外に速く、何度か振り切られそうになった。私は必死に追いかけた。

‘待ちなさい!何も君を取って食おうというんじゃない!話がしたいんだ!’

 少女はひたすらに走り続けた。そして妻が言った通りクインラン家へ入っていったようだった。

 私はクインラン家のベルを鳴らすかどうか迷った。もしクインラン家とヴォリス家がグルであるなら、あの少女とも関係しているのなら、到底ベルを鳴らして素直に中へ入れてもらえるとは思えなかったからだ。

 クインラン家の門をよじ登り庭へ降り立つと、少女が走って行った方へと向かった。私が門をよじ登り苦戦している間に時間はあったのに、少女はまだ私の近くにいた。チラチラと見える程度に。私をあざ笑うかのように。少女は間抜けにも、堂々と玄関を開け、そこからクインラン家の家へと入っていった。私は、少女がドアの鍵を閉めてしまう前に家へ入ることができた。至近距離に少女がいたが、すばしっこく、捕まえることができなかった。

 家の中は静まり返っていた。少女の気配も、クインラン夫妻の気配もなかった。ひとまず安心した。

‘お嬢ちゃん、出ておいで。何もしないよ。僕はただ理由が聞きたいだけなんだ。正直にお話ししてくれるなら、僕は君を叱ったりしないから。’

 二階で、ドアのきしむ音がした。

 私は、そうっと階段をのぼった。それにしてもクインラン家は広い。二階にも部屋がいくつかあり、どの部屋に少女が隠れたのかわからなかった。

 パシャッ

 左奥の部屋からカメラのシャッター音のような音がした。少女が私の写真でも撮ったのだろうか。さっきからどうも観察されているような気がしてならない。もしそうならばまずい。

 音のした部屋へ、足音をたてずに近寄った。手にはバットを握っていた。ハンナにあんなことをするような子だ。なにを仕掛けられるかわかったものではない。

 部屋のドアノブに手をかけた。私は一気にドアを開けた。

 そこには誰もいなかった。部屋を間違えたのだろう、なんということだ。きっと少女は私を見て笑っていたに違いない。

‘隠れずに出てきなさい!どうして君たちはいつもそうやって僕を困らせるんだ!’

 私は部屋のドアを片っ端から乱暴に開けた。

‘もうやめないか。’

 階下で突然声がした。

‘もうやめないか。いつまでそうやって君は、自分の子供たちをいたぶり続ける気なんだ。’

‘うるさい!お前には関係のないことだ!早くイザベラを出さないとお前らも同じ目にあうぞ!’

 私は、自分でほとんど何を言っているのかわからなかった。

‘クインラン、親愛なるローガン。僕は君を兄のように慕ってきた。でも聞いてくれ、ローガン。ハンナもデボラももういないんだ。君は死んでもなおハンナを苦しめ続けようというのか。’

 話をしているのはゲイリー・ヴォリスだった。

‘ゲイリー、お前は何を言っているんだ。知っているんだぞ。お前がモイラを殴っていることを・・’

 声が震えた。状況が何もかも飲み込めなかった。

‘ローガン、しっかりするんだ。私はゲイリー・ヴォリスではない。スティーブ・クインランだ。そしてこの子は、お前が今必死に捕まえようとしているイザベラだ。’

‘誰だ。私はイザベラなんて知らない。’

‘しかし君はさっきイザベラの名を叫んだだろう?そしてこう言った。どうして君たちはいつもそうやって私を苦しめるんだと。君たちとは誰のことだ?イザベラは何者だ?君はそれを知っているはずだ。’

 オレンジ色のワンピースを着た少女がスティーブを名乗る男の後ろに隠れるように立っていた。

‘パパ’

 初めてまともに顔を見たその少女イザベラは、ハンナによく似ていた。

デボラの口と鼻、私の目。額の形も少し私ににているだろうか。

‘イザベラ・・・’

‘君は、23年前、デボラと結婚した。その翌年デボラは妊娠した。双子のハンナとイザベラだ。’

‘そうだ、それがどうした!’

‘ハンナの方の夜泣きがうるさいと、君はデボラを頻繁に殴るようになった。デボラはそれを2人が小学校に入るまで隠していた。’

‘何を言っているんだ。もしそうならなぜお前はそれを知っているんだ!’

‘デボラが死んだからだ。一昨年の暮れごろから、君の怒鳴り声がよく聞こえるようになった。前まではこのことを隠すために声は出さずにいたんだろう。私の妻モイラがデボラに問い詰めた。デボラは一切を私たちに話した。私は精神科医だ。君の様子とデボラの話から、私たちは君に内緒で薬を投与することに決めた。’

‘なんの話だ、お前はただの使用人だろう!’

‘違う、私はスティーブ・クインランだ。君はデボラの様子がおかしい事に気づき、その夜はことさらにひどくデボラを殴った。少ししてぱったりデボラの声がなくなった。私とモイラは警察へ電話した。それより以前に電話したときは、まだ確証がないからと動いてくれなかった警察も、その時ばかりは出動してくれ、君は捕まった。’

‘では、なぜ私はここにいる!捕まってなんていない、とんだおおぼらだ!’

‘君には責任能力がないと見なされた。私も証言した。だから君はここにいる。’

‘ここ?私の家か!精神異常者がすぐに家に帰されるのか!’

‘ここは君の家ではない。私の家でもない。よく見ろ。’

 壁はピンクがかったような白だった。いくつもあった部屋は?ハンナの机は?デボラと私のベッドは?

‘ハンナは?ハンナはどこだ・・・’

‘ハンナは君の家の物置小屋で見つかった。デボラが死んだとき、イザベラが私にハンナがいなくなったと訴えたんだ。寒い時期に小屋に何日も閉じ込められていたそうだ。’

‘でもモイラ・・・モイラはどうなんだ!モイラは傷だらけで私の病院に来たぞ!’

‘いつのことだ?君がここへ入ったのは一昨年の暮れからだ。デボラにしたことへの責任から逃れたかったのか?モイラは傷ひとつなく元気に暮らしている。君はずっと壁に書かれた文字に話しかけていた。’

 壁には‘デボラ’‘ハンナ’と書かれており、少し上から消された後があった。

‘イザベラがどうしても君に会いたいと言うから私が付き添って面会させたが、イザベラは君が壁に書いた文字を消そうとした。それに気づいてから君の様子がおかしくなった。壁に新たにイザベラの名前を書き、異様なほどの剣幕で壁に頭や拳をぶつけ始めた。’

‘パパ、ごめんなさい。パパに、ハンナもママももういないって伝えたかったの。’

 すべて合点がいくようにも思えたし、すべてが嘘のようにも思えた。私は一体どれだけの間ここにいるのだろう。もう可愛い娘を抱きしめることもできない。

 イザベラがクインラン家に帰って行った。私の手から離れていった。愛情を与えたかったはずなのに、娘が、妻が、遠く離れていく。ここでは頭がおかしくなっていたほうがいいのかもしれない。真実などはっきりとしていない方が幸せなのだ。

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