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後編

 世界一の金持ち、兼、世界一の美貌、兼、世界一の力、兼、世界一の美声。

 ヒデオは手に入れたいものはなんでも手に入れてきました。たった一つ、たった一人の女の子を除いて。除かれっぱなしの彼女。その名は明かせません。プライバシーとか、そういうのではなくて。もっと深い意味があるのです。仮に除かれる女の子ということでノゾコにしましょう。

 ヒデオはずっとノゾコに憧れていました。ヒデオはヒーローです。ヒデオはノゾコに憧れていました。

 しかしノゾコは全く振り返りません。

 ヒデオが学校の敷地内を歩けば男子も女子も頬を染めるというのに。

 ヒデオの一挙一動に黄色い歓声があがるというのに。

 ノゾコだけは、全く彼に関心がありませんでした。

 今日もリムジンに乗って登場するヒデオ。そしてそれを取り囲む生徒たちを見て、ノゾコは軽蔑の眼差しを向けていました。

「全く、毎朝騒がしいったらないわ」

 そう言った瞬間でした。ノゾコは全身黒タイツの男に掴まれたのです。

「な、なに?!」

 ヒデオの想いを全校生徒は知っています。だから彼らはノゾコに悪さはできない。黒タイツのそれは悪の手下でした。人質に良いと踏んだようです。

 全身黒タイツはそこらに霧をまき散らすと消えてしまいました。

 スピーカーから緊急ブザーが鳴り響きます。

「緊急! 緊急! 某女子生徒が悪の組織にさらわれました! ヒデオさんが好きな某女子生徒が!」

 ヒデオはリムジンから飛び降り、叫びました。

「なんだって! くそ!」

 ヒデオを霧が包み始めます。

「幻を斬り、霧を晴らす」

 彼の付近を漂っていた霧は一気に晴れ、そこに立つのは甲冑に身を包むヒデオ。

「我が影より出よ、幻を滅する影の剣よ」

 ヒデオの影から、剣が幻のように浮き上がります。幻を滅する剣なのに。

「幻を以って幻を討つ、幻影戦士ヒデオ見参ッ!」

 幻影戦士ヒデオは剣を構えます。

「待っててくれ! 今行くぞ!」

 そう言うと彼は跳躍しました。悪のアジトへと飛んだのです。流石の生徒たちもそこまではついていけません。ただヒデオの無事を祈るのみ。

 え、攫われた某女子生徒? 誰でしょう、それは。

 ヒデオは跳び、飛び、飛びまくり、悪のアジトに到着しました。

「彼女を返せ!」

 ヒデオは手下たちをぼこぼこにやっつけます。

 彼の顔は輝いていました。愛する人を救う喜びに満ちていたのです。

 ノゾコが拘束されている部屋まで彼はたどり着きました。

 対峙するのは全身黒タイツ。

「なぜここが分かった!」

「ずっと前に調べはついていたのさ! 悪いが彼女を返してもらう!」

 彼は剣を構え直しました。鋭い刺突。黒タイツは破け、ノゾコを拘束する縄も切れました。

「やっと助けられた、君を」

 ヒデオはノゾコに向かって言いました。

「初代ヒーロー……」

 そう、初代ヒーローとはノゾコのことだったのです。

「やめてよ」

 ノゾコは言いました。

「私はヒーローなんかじゃないの。ただの女の子」

「なあ、俺は君を救った。もういいじゃないか。俺の女になってくれ。これからだってずっと守るよ。君のことを」

 彼はそう言ってノゾコの腕を掴みました。強く。

「私は私を助けてくれるあなたのことなんか、好きにはならないわ。そんなことで人を自分のものにしようとするのが気に入らない」

 ヒデオは手を振り上げました。拳で殴られるノゾコ。

「私はあなたとは違うの。助けてくれたからって好きになったりしない」

「こんなに想ってるのに! 助けてやったのに! どうしてだよ!」

 もう一度振り上げられる拳。しかしノゾコは怯まずに言います。

 ヒデオの顔をしっかりと見て。

「じゃああなたは私の名前を言えるの?」

 振り下ろされようとしたその拳はぴたりと止まりました。

 ノゾコは続けます。

「もう充分でしょ。離して」

 ヒデオはしばらく動きませんでしたが、数秒して彼女を掴んでいた手を離しました。

「とにかくここを出ましょ」

 そう言ってノゾコは部屋を出ました。ヒデオも彼女についていきます。

 ノゾコは迷いながらも、出口と書かれた扉を見つけ出しました。

 彼女はその扉を開きます。その瞬間、ヒデオは叫びました。

「いけない! 罠だ!」

 その扉の奥にある扉、扉、また扉。どこまでも続くかのような扉の連続。それらがすべてバタンバタンと開いていきます。

 その奥にいるのは悪の組織のボスでした。

「くそ、こうなったらやるしかない……」

 ヒデオは駆け出しました。いくつもの扉を越えてボスの元へ。

 ボスは笑います。

「勝てるかな、貴様に!」

 ヒデオは斬りかかります。それを素手で防ぐボス。

 もう片方の手でヒデオの腹を殴り、蹴り飛ばします。吹き飛び、横たわるヒデオ。

「ぐっ……!」

「さあどうした? 早くしないとお前の想い人が大変だぞ、くくく」

 そう言うとボスはその右手を伸ばしました。触手のごとく、ニュルニュルと伸びます。その手の先は鋭利で、勢いよく突かれたら体に穴が空いてしまうほどのようでした。

「彼女に手を出すな……!」

 彼は立ち上がり、剣を構え直しました。

 ボスの右手は今すぐにでもノゾコの体を貫きそうです。

「今こそ示せ、その力を……!」

 そう言って彼は自らの腹に剣を突き立てました。

「滅せよ……!」

 彼の腹に影の剣は深く突き刺さりました。その途端、悪のアジトも、ボスも、霧となりました。

 少年と、ただの少女がいるだけ。

 腹に大きな穴が出来た少年はその場に崩れ落ちました。

「大丈夫……?」

 少女は横たわる少年の顔を覗き込みました。

「やっと分かったよ。君はただの女の子だったんだ」

「そうよ。そしてあなたもただの男の子だったの」

 少年は涙を流しました。

「どうしよう。今まで幻を詰めていた分、僕はこんなにも空っぽだ」

 そのお腹には大きな空洞。そこに彼は沢山の幻を詰め込んでいたのです。

 嗚咽混じりに話す少年に少女は言います。

「大丈夫。大丈夫よ。全ては幻滅するところから始まるの。これから私達は始まるところなのよ」

「そうか……」

 彼は涙を拭いました。

「そうだな……それじゃあまず」

 少年は目に涙を浮かべながらも、笑って言います。

「君の名前を教えてよ」

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