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前編

 いつもどおり騒がしい昼休みのことです。放送部による校内放送が開始する音楽が流れ始めました。しかし、生徒達は全く関心を示しません。

 彼らのほとんどは決まって一つのことしか話さないので、放送を聞く必要なんてなかったのです。その話題とは、この高校の英雄のことでした。

 英雄。ヒーロー。そんな存在が、自分達の高校にいるとしたらそれはもうその人の話題で持ちきりになるでしょう。

 英雄と聞いて普通何を思い浮かべるでしょうか。例えば、何かスポーツで最後に逆転の点数を入れた人とか? そんなもんじゃないんです。

 彼は本当のヒーロー。悪の組織をやっつける、正義の味方なのです。

 そんな英雄の話題で今日も騒がしい校内。昨日はすごかったよね。悪の組織が放った殺戮兵器を華麗にやっつけちゃったし。うんうん、彼こそこの学校の誇りだよ。たった一人を除いて、皆、彼のことが大好きでした。男も女も、彼に言い寄られたら頬を染めずにはいられません。たった一人を除いて。

 なので、誰も次の瞬間に校内放送から流れたその言葉を聞き逃さなかったのです。先ほど除かれた一人は、皆が静かになってようやく気がついたのですが。

「今日は僕達の英雄、ヒデオさんにインタビューさせていただきたいと思います!」

 その瞬間、学校内を割れんばかりの拍手喝采が響き渡りました。実際に窓ガラスがいくつか割れてしまったほどです。

 すぐに「静かに!」という言葉を大勢の人が一斉に言いました。ヒデオさんの言葉を聞き逃したら大変じゃない。俺、こんな時の為にICレコーダーを持ってきていたんだぜ! 云々。ちなみに学業に関係ないものは持ち込み禁止ですが、何しろ先生もヒデオのファンですので、後で録音データ送ってね、などとこそこそ耳打ちをしている始末です。この先生も本来なら処罰されるべきですが、何しろ校長もヒデオのファンですので、きっと処罰どころか録音データの横流しをねだられるでしょう。

「ヒデオさん、お忙しいところ来て頂きありがとうございます!」

「いえ、これもヒーローの役目ですから」

 ヒデオの声がスピーカーから流れます。そのいい声に皆うっとり。何人か、教室を抜け出した人もいます。何をしているんでしょうか、せっかくのヒデオなのに。

「では、早速ですが質問に移りたいと思います。よろしくお願いします」

「ええ、よろしく」

「それではまず、ずばり、なぜヒーローになろうと思ったのか教えていただけますか」

「ふふ、いきなり良い質問をなさる」

「恐縮です」

 生徒達は内心冷や冷やとしていました。放送部の馬鹿がヒデオを怒らせるんじゃないかなどと考えているようです。

「そうですね。簡単にいえば、憧れですね。俺はヒーローが好きだった。初代ヒーローをご存知ですか?」

「初代ヒーロー? ヒデオさんが初めてではないのですか?」

「ふふ、やはりご存知ないですよね。いえ、お気になさらず。ただ俺は、あの人を助けたかったんです。俺を助けてくれたヒーローを、この手で助けたかった。それだけなんです」

「それで、その人のことは助けられたんですか?」

「いいえ。まだあの人に再会することすら出来ていない。本当の意味では、ね」

「はあ……? それはつまり……?」

 放送部の馬鹿、失礼、放送部の部員がヒデオのミステリアスな部分を無遠慮にも解き明かそうとしたその時でした。マスコミというのはいつもそうです。いえ、そんなことはどうでもいいのですが。

 悲鳴が鳴り響きました。次の瞬間、放送部の部員は慌ててブザーを鳴らします。

「緊急! 緊急! 巨大なクマが現れました! 東棟の生徒は急いで西棟へ避難を。90秒後に第1ブロックから第7ブロックを全て閉鎖、不可侵戦闘領域を作ります!」

 何やらロボットものみたいなアナウンスが流れます。ちなみにこれは放送部の馬鹿の趣味で、不可侵戦闘領域やら第なんとかブロックみたいなのは存在しません。とにかく急いで避難させたいだけです。

 そういえばここは東棟でした。急いで西棟に避難しないと。

「俺の出番のようだな。いくぞ!」

 その瞬間、スピーカーからドアが開く音がします。放送室に何者かが入っていったようです。

 俺、こんな時の為にモバイルWiFiルーターとビデオカメラとパソコン持ってきたんだぜ、との声がスピーカーから響きます。なんとヒデオの戦闘をストリーミング放送をするようです。ちょっとちょっと、それ完全に学則違反ですよ。

 東棟の生徒たちは急いで西棟に避難します。ヒデオの勇姿が見たかった、という生徒を先生が、ストリーミング放送を映してやるから大丈夫だ、と宥めます。いい先生ですね。もう学則も何も関係ありません。だって校長がヒデオのファンなんですから。校長室もきっと、ビデオカメラ持ってきたのか、でかしたぞ、などと言ってふかふかの椅子に座ってパソコンを立ち上げているところでしょう。

 西棟の教室に避難すると、すでにスクリーンにヒデオの姿が映し出されていました。避難が終わるまで変身を待ってくれていたみたいです。ヒーローに喧嘩を売るためにはまずヒーローの変身を待たなくてはならない、というのは社会で生きていくために必要な常識ですが、ヒーローが変身を待ってくれるなどというのは前代未聞です。流石ヒーローといったところです。

 スピーカーを通してヒデオの変身口上が流れます。

 ヒデオを霧が包み始めます。

「幻を斬り、霧を晴らす」

 台詞と同時に、彼の付近を漂っていた霧は一気に晴れていきます。その様子はまさに神の降臨かのよう。

 そして霧が完全に晴れると、そこに立つのは甲冑に身を包むヒデオ。

「我が影より出よ、幻を滅する影の剣よ」

 言葉の通り、ヒデオの影が剣となり浮かび上がってきます。なんというフュージョン。なんという手品。幻を見ているかのようです。幻を滅する剣なのに。

「幻を以って幻を討つ、幻影戦士ヒデオ見参ッ!」

 そう言ってヒデオ、もとい幻影戦士ヒデオは剣を構えます。

 今のが彼の変身シーンです。以後何度も彼は変身しますが、その度に使われます。いわゆるバンクですね。使い回しと言ってはいけません。

 剣を構えた彼は東棟へと走りだしました。カメラも追います。あまり揺れると見ている方が酔うので、手ブレしないよう最大限の注意を以って追っているのが映像から分かります。それでも揺れます。それほどヒデオの脚力はすごいのです。カメラを揺らさずには追えないのです。足が速いのはヒーローの最低条件ですよね。

 おっと、カメラが敵の姿を捉えました。凶暴化したクマのようです。クマは可愛いとかいうイメージがぬいぐるみのせいで定着していますが、本当はとても危険なんです。

 しかしなぜクマが。学校の中にどうやって入ったのでしょうか。

 ヒデオはクマと対峙します。慎重に間合いをとるヒデオ。クマはヒデオに向かってその腕を振り下ろしました。ヒデオは後ろに跳び下がり、腕の振り下ろしを避けると剣を構え直しました。

「はああッ!」

 叫び、強く踏み込むヒデオ。その突き出した右手には影の剣。

 生徒たちの間で幻滅突きと呼ばれる技。刺突したその相手を幻のごとく霧散させる必殺技です。

 次の瞬間、クマの姿は消え、黒い霧となりました。ヒデオが影の剣を一振りすると、その霧も晴れます。

「インタビューの続きをしましょうか」

 ヒデオは言いました。

「俺には愛する人がいるんです。実は今朝、その人の靴の中に手紙を入れました。それが入っていた人は……是非俺と交際をお願いしたい。俺がこの力で一生守るから」

 彼の言葉を聞き終わるや否や、女子達は、いや、男子達すらも自分の靴の中を確かめ始めました。

 そして一人の女子生徒が、ぽつりと呟きました。

「またね。最悪……」

 その一人の女子生徒は、今までずっとヒデオに興味を示さなかった、ヒデオの声に耳が孕むと言わなかった、ヒデオの顔を見ても頬を染めなかった、あの、たった一人除かれた女子でした。

 彼女がそう言った瞬間、皆は静まりました。皆わかっていたのです。ヒデオの愛する人が誰であるか。そして、ヒデオの為には彼女に手をあげることもできない。

 皆が嫉妬の目つきで彼女を睨みます。

 彼女はヒデオになんか興味はありませんでした。

「ヒーローの恋人なんて、真っ平御免だわ」

 そう言って彼女は手紙をビリビリと破くのでした。

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