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追憶の夜-来実知夏-

 慎がその生涯を終えた、そのわずか後。

 来実知夏が行方をくらましたのは、そんなタイミングだった。




「ふぅー……」

 来実冬哉は大きく息を吐いた。こうして溜息をつくのが癖になってしまったのがいつからだっただろうかと振り返れば、間違いなく高校三年の春からであることに間違いはなかった。

 17の春。

 歯車が狂いだしたのは正確にはそれよりも少し前からだ。級友たちが次々と死んでいき、そして残された奴らもみんな暗い顔になっていった。その一方で妹は狂気じみた行動を繰り返し始め、誰にも悩みを相談できなくなっていたあの時期。

 警官になろうと思ったのは、そうすれば妹を守れると思っていたからだった。そうすれば友人たちを守れると思っていたからだった。

「まぁ、守る相手があんなに死ぬとは思わなかったけどな」

 高校を卒業するまでに4人、一人前になるまでに妹を含めて6人の身近な人間が死んだ。いくらなんでも死にすぎだと冬哉ですら思った。

 職を辞そうと思ったことがないわけでもなかったが、冬哉がそれをしなかったのは「自分のような思いをする人がいなくなればいい」という思いからだった。

「無理だろうけどな」

 独り言も増えた。社交性がある程度必要な職場で、冬哉は気づけば浮いていることが多くなっていた。

 今日はそんな視線にどうしても耐えられず、無理を言って休みをもらってきたのだ。

「久しぶりだな、知夏」

 来実知夏の部屋は、10年前と同じ姿で保たれている。冬哉の両親がそれを決めた。冬哉はただそれを粛々と守っているだけだ。

 来実知夏が行方を晦ましてから10年がたつ。3年前に、知夏は死んだ。冬哉を含む家族は渋ったが、失踪宣言が出されたのだ。法律上この国に知夏はもういない。

 それ以来、両親は知夏の部屋の掃除をやめてしまった。今では冬哉が休みを取れたときに、こうして掃除をしに来るくらいだ。埃っぽい空気を換気し、てきぱきと埃を払っていく。これだけの範囲を掃除するとなると、表面的なものを取り払うだけでもゆうに数時間はかかってしまう。いつものことだが、疲れ果てた冬哉は知夏のベッドにごろりと横になった。

「……ん」

 だから、それを見つけたの場偶然だった。横になったベッドから、机の下を見て。その奥に、紐のようなものを見つけたのは。

「なんだこれ」

 今まではずっと、そんなものはなかったはずだった。何度も掃除してきたのだから、それくらいは覚えている。

 椅子を引っ張り出すと、冬哉は机の下に潜り込んでその紐を調べてみる。机の奥のスペースに続いているらしく、簡単には見つからないように細工されていたらしい。

 試しにぐいと引っ張ると、糸が板を引っ張って隠されていたスペースに入っていたものがドサドサと落ちてくる。

 それは、手記だった。長い時間をかけて劣化しつつある、知夏の手記。数えてみれば、全部で12冊。

「嘘だろ……、何だってこんなものが……」

 手記が見つかったということに驚きながら、心のどこかで全く驚いていないことに冬哉は気が付いた。それは生前の知夏が、奇声を上げながらもどこか一貫した行動を取っているように思っていたからだろうか。

 手記の文字は1とナンバリングされているものこそ整然と字が並んでいるが、半ばを過ぎるころには乱れ、後半ではパッと見ただけでは何を書かれているかもわからないありさまだった。

「……」

 そして、それはきっと両親に見せてはいけないものだと、そう理解した。

 あの両親はきっと、知夏の狂気を理解できない。冬哉もまた同じだが、それでも兄妹だったのだ。まだ理解してあげられるはずだと、そう思った。

 冬哉はゆっくりと考えると、手記を両親に見とがめられずに持ち出す方法を考え始めた。




 冬哉が手記を読み終えたのは、それから2か月と少し後のことだった。

 そこに書かれていたのは、少女のほのかな恋心と、そしてそれが崩れてどうしていいかわからなくなっていった女の狂気だった。

 加波慎の世界が崩れた瞬間、来実知夏の世界もまた、終わりを迎えていたのだった。

「……」

 置いていかれたような気分だった。実際、置いて逝かれたのだろう。来実冬哉は、加波慎を中心とした一連の騒動で死ねなかったのだ。友人だと思っていたのに、今は彼らの存在がどこか遠い。

「……」

 こうやってぼんやりと考え事をする時間を取ったのはいつ以来だっただろうか。今の冬哉はいくらでも思考に費やす時間を得ることができた。ただ、手元には最近手放さなかったあの本はない。白衣を着た女が「これはあまりよくないものですね」などとのたまって取り上げていった。何を言っているのかはよくわからなかった。

「……」

 冬哉はいま、病室にいる。

「……」

 手記に書いてあることを読み終わった時、錯乱したらしい。その時のことはよく覚えていなかった。

「……」

 そして、こんなことを部屋の中で一人考えているのは、まるであのころの慎のようだと、そう思った。

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