#6
甘味処のおばちゃんの話だと店まではバスで来たと言っていたらしい。
ということはこの道は当然、徒歩でってことになるよな?
文学館まで徒歩で30分くらいとは言ってたが、ちょっとサバよんでないか?
ハイキングコースになっているとは言え未舗装のその道はこう……車で走っていても、がたがたと揺さぶられ気が滅入る。
電線が道に沿って延びてなければ先へ向かう気すら起きないところだ。
だいたい、俺は都会が似合うんだ。
池袋鮫、だぞ?
伊豆鮫でも田舎鮫でもないんだ。
都会という厳しくも華やいだ海を、己の牙で切り裂いていく。
ここにはネオンもなければ喧騒もない。タバコの自販機すらないじゃねぇか。
だいたいなぁ……お。
心の叫びを繰り返しているうちに、とうとう着いたようだ。
古びた作りの洋館。二階建てで壁にはツタが絡まっている。それなりには広そうだ。
まだ昼だってのに押し迫る周囲の森が館を取り囲み、暗く陰鬱な空間を作り出している。
窓から漏れる灯りが見えなければ、野に埋もれた廃虚にすら見えかねない。
駐車場が2台分しかないところに人気のなさが伺える。
しかし俺以外には車が来ていないが、ここの管理人はいったいどうやって生活を……
車を降りて入り口に近づく。
洒落た西洋ランプが玄関を照らしている。
えーとあれはアールヌーボーだかアールデコだかとかだったっけ。
玄関のマットレスで靴についた土埃を軽く落とすと、館の重々しい扉を開いた。
蜻蛉、蛾、蜂、甲虫……昆虫をあしらったデザインのランプが、奥のほうにまで並ぶ。
さながら周囲の森が、館の中にまで侵食していっているようだ。
入ってすぐの場所に小さな椅子が置かれ、老婆が独り座っていた。
微動だにしないその老婆は、趣味の悪いオートマタ(自動人形)にも思える。
古びているがある種の趣のあるこの洋館の、内装の一部として完全に溶け込んでいた。
声をかけようとした矢先、老婆がゆらりと揺れる。
「大人は二百円でしゅ」
小さな、口の中にもごもごと溜め込んだような声。
不気味な気配に気おされそうになりながらも、ポケットからタバコ用の小銭を取り出すと机の上に置く。
老婆は慣れた手つきでパンフレットを取り出すと、無造作にスタンプを押した。
蛾のマーク。
誰が作ったのか、触角の毛の部分まで精緻に浮かび上がるスタンプ。
赤いインクが早く乾くようにパンフレットをひらひらさせながら、まず軽く一階を一巡する。
趣味の悪いものが、あちこちに並べられている。
畸形の生物のホルマリン漬け、小動物の骨格標本、羽をもいだ蛾の標本や、異国のものであろう様々な醜い像。
書庫には本はほとんどない。
って、文学館じゃないのかよ?
パンフレットの表面を改めて見ると、記念館と書いてある。
……ぬぅ。作家先生とか聞かされたから、まんまとミスリードにひっかかったってわけか。
頑張れ俺。
ここは踏ん張りどころだ。
お。
書庫のがらんとした本棚の片隅に、金属製のプレートがついている。説明文か。
『その死後、書籍資料を託された友人が探したが、僅かばかりしか残っていなかった』とある。
ミステリーだな。
んで、もし紀子がここにきたとしたならば、その消えた書物と例の都市伝説の工場とナニかつながるってのか?
一階をあらかた見終わった後、二階へつながる階段を見つける。
その階段ってのがまた、歩きにくそうな……なんというか階段の踏み板全てに鬼のような模様が彫られている。
それなりに磨り減っているが……踏み絵? 鬼を? 魔除けかナニカか?
この韮洗陶蝶という作家の家、尋常じゃぁないな。
作家というよりは趣味の悪いコレクターという感じだ。
確か、怖い話ばっかり書いていたんだっけ?
……ホラー小説を書くための気分を盛り上げる演出なのかな?
そろそろ蛾の赤が滲まないだろうと、パンフレットを開いた。