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#2

 声の主は勝手に事務所内に入ってきた。俺はこいつを知っている。

 そう、バー『フィヨルド』のナンバー1ホステスのミンクちゃんだ。入り口のドアにもたれかかるようにして「いつもの」胸を強調したポージング。

「ねぇ、ゆきゆきぃ、あたしぃまつのあきちゃったぁ」

 

 男の顔つきががらりと変わる。

「みんみ~ん。ごめんねぇ。もう終わるからねぇ」

 さっきまでの渋い顔の男はもう居ない。ミンクちゃんはぱたぱたと駆けてきて、依頼人の横にふわっと座る。

 そしてその腕に胸を押し付けるようにしがみついた。

「えへへぇ」

 依頼人もそれに合わせるように笑った。

「えへへ」

 はたから見てても、馬鹿っぽい。

 

 と、ミンクちゃんがくるっと振り向いた。いえ。馬鹿だなんて思ってないです。

 

「なんかねぇ、むすめさん、ぷちいえで、っぽいぃぃかんじよぉ?」

「ぷち家出ですか?」

 依頼人の代わりにミンクちゃんが答える。

「いえでしたこぉーさがすのわぁ、とくいよねぇ~」

 ミンクちゃんのお店のママ、お鈴さんにはよく家出猫の捜索依頼を頼まれる。なんども家出するものだから、値段も割り引かれて「捜索」回数券まで作られてしまった。

 まあその分、こうやってお客を紹介してくれるのだが……

 

 男は立ちあがり、一瞬だけ顔に厳しさが戻る。

「相場以上の金は出しているつもりだ。意味は分かるよな?」

「さめちゃぁんにくちどめりょうねぇ♪ みんくにも、なにかちょぉだぁいぃ!」

「よぉし、みんみんのほしいもの、なぁんでもくちどめしちゃうぞぉ」

「えへへぇぇ、うれしぃなぁぁ」

 少し厚めの封筒を机の上に放り投げると、腕にミンクちゃんをぶら下げたまま男は出ていった。

 ミンクちゃん、フォローしてくれたんだなぁ……高い『手伝い賃』をあとで巻き上げられそうだ……

 

 封筒の中には新札できっちり30万入っている。

 まずは三島家のメイドさんに電話かね。

 

 だが、その前に。台所に置いてあった中華丼の器を足で扉の外に押し出すと、昼飯を食いに出かけることにした。先ずは腹ごしらえな。

 途中で郵便受けの中身をがっそり鞄に移す。中から取り急ぎ家賃や光熱費や通信費やらを抜き出し、コンビニでもろもろの料金を支払い次はファーストフードへ。

 ハンバーガーをくわえながらいつものようにDMを選り分けた。郵便受けの中身など月に二、三回しか見ない。とりあえずあんまり溜まりすぎると、まっとうな手紙というか督促状が届かなくなる。

「長旅になるかも、だからなぁ……」

……出会い紹介……お金貸します……通販AV……出張ヘルス……外国のクジを買いませんか……ろくなもんがねぇな。特にエロ比率の高いこと。この街らしいけどな。DMの内容ってのはこの街……池袋そのもの。

 最後の一本を食べたポテトの箱にDMを丸めて押し込むと、そのままごみ箱に捨てる。ポテトの箱に入りきらない方が断然多いのに、なぜか箱に詰め込もうとしちゃうんだよな。あれだけ来てた郵便物も、手元に残ったのは薄汚い茶封筒がひとつだけ。

 依頼人本人の顔を見ないで引き受けたりはしない主義だ。依頼ではないだろうが。茶封筒を透かしたり裏返したりしながら『我が城』へと戻る。

 

 

 

 筆で書いたのか多少読みにくい字。裏には何も書いていない。中になにか微妙な厚さのモノが入っているようだ。

 表に書いてある住所はいくつか持っているダミー用の住所。転送依頼をしてあるだけだから、ちょっと調べられればすぐバレるんだけどそれなりに役には立つ。

 

 ……えーとこの住所を教えてあるのは……昔のダチと、別れた女、あとは、田舎のばーちゃんくらいか……

 

 全員、遠い記憶の向こうの連中だ……探偵に感傷は似合わない。茶封筒はたたんでズボンのポケットにしまいこみ事務所の扉を開けた。

 まずは電話。一週間って期間は、意外に短い。油断していたらあっという間だ。デジタルがあまり好きでない俺は、アナログ中のアナログ、黒電話の受話器を持ち上げた。ダイヤルのころころ音が、静かな事務所内に響いた。

 

 



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