十年片思いの国境薬師、命を溶かす煎薬のあと二度目の求婚でスープを吹き出す
「睡眠四時間。粥は三匙残し。安静時の脈は六十八、私を見ると七十六。最後の症状だけ処方が分かりません」
「それは病ではない」
ヴォイテク先生が即答し、杖で床を一度突いた。
寝台の上では、右肩から胸まで包帯で固められたボフダンが耳を赤くしている。発熱は下がった。傷の腫れも昨日より指一本分狭い。なのに脈だけ八つ増えた。解せない。
「王都の療養所を三つ断った患者だ。患者は薬草園ではなく薬師を指定した」
「私の処方記録が評価されたのですね」
「人の話を薬効へ戻すな」
十六歳の私は、そこで胸を張った。二つ年上の幼馴染みが国境守備隊で負傷し、わざわざ私の勤める薬草園へ運び込まれたのである。腕を買われたなら結構。寝不足であろうと働いた甲斐があった。
「明日から、朝の診察はここではなく食堂で頼む」
ボフダンが言った。
「同じ卓で?」
「ああ。お前の食事も見る」
「相互健康管理ですね」
「相互?」
「優秀な薬師を寝込ませないための措置でしょう。完治予定は二十八日後。それまで朝食に同席します」
私が帳面へ期限を書き込むと、彼は何か言いかけ、唇を閉じた。耳の赤みが増している。発熱の再燃かもしれない。
世話には理由がある。
その冬、私は一度だけ高熱を出した。前の雇い主は粥と毛布を寄越し、翌朝には寝台の脇へ請求書を置いた。
『薬師を寝込ませる方が高くつく。食べた分は働いて返せ』
粥代、薪代、寝具の使用料。完済には四十七日かかった。
だからボフダンの朝食管理も合理的だった。彼を治し、私は倒れず働く。貸し借りのない、実に清潔な関係である。
「では二十八日、よろしくお願いします、隊長」
「……二十九日目は?」
「治療終了です」
ヴォイテク先生の杖が、もう一度だけ床を鳴らした。
* * *
「砦に部屋を用意した」
完治を告げた朝、ボフダンは私の診察帳の上へ鍵を置いた。
「おめでとうございます。どなたが住むのです?」
「お前だ」
背後に並んでいた従者三人が、一斉に天井を見た。雨漏りでも発見した顔だが、本日は晴天である。
「俺の部屋の隣だ。離れていると様子が見えない」
「なるほど。通勤時間を削減し、薬師の稼働率を上げる施策ですね」
一人目の従者が額を押さえた。
「違う」
「助手を一人育てれば、もっと安く済みます」
二人目が壁を向いた。
「安さの話ではない」
「では緊急時の呼び出し要員ですか。砦付きならヴォイテク先生がいます」
三人目がとうとう口を挟んだ。
「隊長、その言い方ではまた薬効の話にされます」
「また?」
「何でもありません!」
何かはある。だが患者の秘密へ踏み込まないのも薬師の心得だ。
ボフダンは鍵を握り直した。傷をかばう癖は消え、肩の高さも左右同じ。体温平常、食欲良好、夜間覚醒なし。治療終了に異議なし。
「アイノ。俺は、お前に来てほしい」
「砦へ助手を派遣します」
「お前にだ」
「私は薬草園を離れられません」
鍵を押し戻すと、彼の指が私の指先を追った。けれど触れる寸前で止まり、拳になった。
まあ、患者には治療者へ依存する時期がある。二十八日も毎朝顔を合わせたのだ。急に切れば不安にもなる。
「朝食の同席も本日で終了です。自分で三匙以上食べてください」
「全部食べている」
「結構です」
「結構ではない」
「では五匙」
「匙の話をしていない」
知っている。食事の話である。
私は薬箱を抱え、従者たちの何ともいえない視線を三つ背中に受けて、薬草園へ戻った。
* * *
その後の十年、ボフダンはよく物を寄越した。
砦の厨房から届いた昼食には「余った」と札がついていた。守備隊八十人分を作る厨房で、私の好物だけ一人前余る確率については計算しなかった。補給管理の誤差だろう。
厚い外套には「国境の薬師が凍ると困る」とあった。薬師全体への福利厚生なら公平に配るべきだと礼状へ書いたところ、翌年から薬草園全員分が届いた。規模を拡大して改善するとは、隊長は指摘を素直に聞く。
私が砦へ届けた薬には、必ず本人の受領印が押された。たまに印の横へ「食べたか」「眠ったか」と追記があるので、「昼食は業務状況による」「睡眠は調合終了後」と職務報告を返した。
返事は毎回、「答えになっていない」。
私には十分な答えだった。
ボフダンの姿を見れば、十年前と同じところばかり拾ってしまう。考えるとき右の親指で人差し指の節を押す。嘘をつく前には一度息を吸いすぎる。私の名を呼ぶときだけ声が半音ほど低い。
だから私的な訪問はしなかった。診察なら脈を取れる。幼馴染みなら笑える。けれど十年も好きな男の隣室へ移れば、私はたぶん一日で役立たずになる。
そういうわけで顔を合わせる回数だけが減り、想った年数だけが増えた。大変に効率が悪い。薬なら廃棄である。
患者が朝に食べ残した匙数は覚えているくせに、私は昼食を忘れた。夜は調合台へ腕を枕にして眠り、起きると頬に薬匙の跡がついていた。スヴェアには「人間は乾燥薬草と違って積んで寝かせるものじゃない」と叱られた。
ヴォイテク先生は、記憶を保ったまま二度目の生を得る者がごく稀にいる、と話したことがある。
「そんな幸運があるなら、次は睡眠を一日六時間確保します」
「そこから直すのか」
杖が鳴った。
「ほかに?」
「……昼食も食べます」
「恋は?」
「薬効が確認できません」
先生はその日、三度も床を突いた。
* * *
砦が閉ざされたのは、春を待つ最後の寒波が来た夜だった。
門の内側で熱病が広がり、ボフダンは封鎖区域へ入った。こちらへ届くのは、一日二度の患者数と砦の灯だけ。二十三人、四十一人、六十七人。灯は毎晩増え、朝にはいくつか消えた。
薬草園にある未熟な葉では効かない。
成熟後に刈れば、一晩しか力を保たない。
患者ごとに症状が違い、完成した薬を外から運び込むこともできない。
最後の報告には患者八十人。重症十二人。調薬を補助できる者、なし。ボフダンの欄だけ筆圧が深く、紙が少し破れていた。
薬草が成熟した朝、私は籠へ刈った葉を詰めた。
スヴェアが私の手首をつかんだ。土のついた指が脈の上へ沈む。
「これは疲労では戻らない」
「分かっています」
「全員分を一度につなぐなら、あんたの魔力を残さず溶かす。煎薬が完成したとき、ここが止まる」
彼女の指が私の胸の中央を叩いた。
「分かっています」
「ボフダンもいる」
「患者八十人のうち一人ですね」
「そう数えるなら、声が震えない日にしな」
私は口を閉じた。吸った息が胸の途中で引っかかった。スヴェアは手を放さなかったが、調合台から私を引きずり下ろしもしなかった。
選ばないことを、誰かの命令にはしたくなかった。
籠を背負う。重さで膝が沈む。革紐を胸の前で交差させ、もう一本を腰へ巻いた。立ち上がる。右足、左足。息を二つ。扉まで七歩。
「帰ってくるとは言えません」
「薬草だって種を残す。人間だけ格好をつけるんじゃないよ」
「では、調合記録を残します」
「それも残しな。言えなかったことも」
私は扉を押した。
閉ざされた砦まで、荷車では間に合わない。籠の底が背骨を叩くたび、十年ぶんの言えなかった言葉が喉まで上がった。
今度こそ間に合う。
何に、とは数えなかった。
* * *
「この冬のあとも、俺の朝を見てくれ」
砦へ着いて最初に言われたのが、それだった。
ボフダンは壁に背を預け、立っているのが不思議な状態で私を待っていた。唇は乾き、呼吸は一分に二十七回。左手の指先が青い。額は熱いのに、手首は冷えている。
「診察が先です」
「ここを出るなら、一緒に出る」
「唯一の調薬師を生かして運ぶ判断ですね。却下します。私は残ります」
三度目の正解。私の中では。
背後の従者が呻いた。
「隊長、また薬効の話にされています」
「今のどこに薬効があった」
「私の生存率です」
「恋だ!」
ボフダンが叫び、咳き込んだ。呼吸数、三十一。まずい。告白らしきものより症状がまずい。いや、いま恋と言った? 誰の? 主語! 患者は大事なところほど省略する!
「喋らないでください。体力を使います」
「お前が使わせている」
「責任転嫁は回復後に受け付けます」
「回復後があるなら、全部聞け」
私は返事をせず、広間へ入った。
寝台は足りず、兵たちは毛布の上に並べられていた。一人目は瞳孔の戻りが遅い。二人目は咳より腹部の痙攣が強い。三人目は熱が低いのに脈が速すぎる。四人目は唇の色に比べて呼吸が浅い。
大鍋の煎薬を同じ濃さで配れば、半分は助かっても半分を悪化させる。
私は火の前へ座った。
「右列、呼吸の浅い者をこちらへ。左列、腹痛のある者。意識が途切れる者は奥へ寝かせないで、私から顔が見える位置へ」
従者たちが動く。
葉をちぎる。揉む。湯へ落とす。患者の舌を見る。鍋から一杯すくい、薄め、戻し、別の椀には苦みの強い沈殿を足す。
手が震え始めたのは十三人目だった。
指先ではない。手首から先が、心臓の拍ごとに跳ねる。匙が椀の縁へ当たり、かち、かち、と鳴った。
「押さえる」
ボフダンの手が私の手首を包んだ。
「寝ていてください」
「右へ三分の一」
「見ていたんですか」
「十年」
「調薬を?」
「お前を」
匙が止まった。
止めている場合ではない。十四人目は片方の瞳孔だけ開きが遅い。私はボフダンの手ごと匙を右へ傾けた。
「濃すぎる」
「二滴だけ戻します」
「俺にも仕事をさせろ」
「では椀を持って。傾けない。揺らさない。落とさない」
「注文が多い」
「十年分です」
彼の親指が、私の脈を確かめるように動いた。
一人ずつ飲ませた。喉が動くのを見た。吐いた者には配合を変えた。呼吸が戻らない者の顎を上げ、舌を押さえ、胸の上下が一つ、二つ、三つと続くまで離れなかった。
四十人目で、膝から力が抜けた。
ボフダンが背中を支えた。彼の腕も震えていた。私より高い体温が服越しに伝わる。
「もういい」
「まだ四十人」
「お前が死ぬ」
「八十人が生きます」
「その八十人にお前を入れろ」
「計算が合いません」
「なら計算するな!」
広間じゅうの顔がこちらを向いた。
彼は反論されると右の親指で人差し指の節を押す。いまはしていない。両手で私をつかみ、逃がすまいとしている。
「退避しろ。薬草を置いて、お前は出ろ」
「患者別に調整できるのは私だけです」
「知っている」
「では」
「知っていて頼んでいる。役に立たなくていいから、生きて出ろ」
その言葉を、私はうまく飲み込めなかった。
役に立たないものを置いておく理由がない。食べさせる理由も、眠らせる理由も、部屋を用意する理由もない。
「私は」
喉が張りついた。水を飲む時間が惜しいのではなく、次の言葉を出せば、十年守った計算が壊れる。
「私は、世話を、役に立つ間だけ置くための費用だと思っていた」
ボフダンの手が緩んだ。逃げられる隙ではなかった。聞くための隙だった。
「十六の冬に熱を出したとき、粥と毛布をもらいました。翌朝、代金を賃金から引かれました。薬師を寝込ませる方が高くつくからと。四十七日、働いて返しました」
彼の呼吸が止まり、次の一息が深く入った。
「だから、あなたが食事をくれるのも、眠れと言うのも、近くへ来いと言うのも、私を働かせ続けるためだと」
「アイノ」
「それなら理解できた。私も、あなたを好きなままでいられたから」
言ってしまった。
十年分が、なんと短い。薬草の効能書きより短い。しかも言い直せない。今すぐ砦の外周を三周して忘れたいが、膝が立たない。最悪の身体状況で最重要記録を提出してしまった!
けれどボフダンは笑わなかった。
私の手を持ち上げ、薬草の汁で緑に染まった指先を自分の額へ当てた。
「その男は、お前の身体を借金にした」
声が低い。熱のせいだけではない。
「粥一杯で、お前の四十七日を買った。毛布一枚で、眠る権利まで取り上げた。そんなものを世話と呼ぶな」
「では、何と」
「搾取だ」
彼の指が私の手の甲へ食い込んだ。
「俺が渡した食事に請求書はない。外套にも、部屋にも、朝にもない。お前が食べることも眠ることも、誰かへ返す仕事ではない」
「でも私は、何も返さずには」
「世話は請求書ではない」
鍋の底で煎薬が沸いた。
私はボフダンの顔を見た。目の下の隈。乾いた唇。寝ていない時間は、おそらく三十時間を超える。それでも彼は私から目を外さなかった。
「俺は十年前から、お前と朝を食べたかった」
「……診察ではなく?」
「違う」
「稼働管理でも?」
「違う」
「砦付き薬師の確保」
「違う」
従者が小さく拳を握った。いま喜ぶところなのか。私は十年間の誤診を三件まとめて突きつけられている。薬師としては大事故である。
「お前が好きだ。隣室では足りない。同じ家にいてほしい。食べたかと聞けば、俺にも同じものを食わせてほしい。眠れと叱るなら、お前も隣で眠ってくれ」
胸の内側で、拍が一つ抜けた。
魔力の消耗ではない。たぶん。たぶんだが、診断例が少なすぎる。
「先に言ってください」
「十年言っている」
「主語と目的語が不足しています」
「次があるなら全部言う」
彼は鍋を見た。
「だから、次の生では家族になってくれ」
軽口を返そうとして、やめた。
私は最後の葉を湯へ沈めた。緑がほどけ、鍋の中へ細い光が走る。胸から指先へ熱が抜ける。匙を握る力が消えた。
ボフダンが匙を受け取った。
「右列は薄く。腹痛の者は半量ずつ。あなたの分は一番苦いところです」
「分かった」
「残さないで」
「分かった」
「次の生の話は、飲んだあとで」
「返事は?」
「患者が先です」
彼は椀を口へ運んだ。眉間に深い皺が寄る。喉が一度止まり、それでも傾け直し、底に残った濃い沈殿まで飲みきった。
「苦い」
「効いている証拠です」
「お前は?」
「私も、十年です」
彼の顔が近づく。腕が背中へ回る。私は胸元へ額を預け、最後に数えた。
脈は速い。呼吸は乱れている。体温は高い。
生きる人の身体だった。
鍋から立つ湯気が薄くなったとき、私の心臓は次の一拍を打たなかった。
その後、砦の八十人は生き残った。
疫病の収拾については、別の誰かが長い報告書を書いた。ボフダンはそれを生涯保管し、私の調合記録だけは寝室へ置いたという。
彼が何年を生き、何度朝食を一人で食べたのか、私は知らない。
ただ、ヴォイテク先生の話は本当だったらしい。
私は二度目の生でもアイノで、彼もまたボフダンだった。
再会して二日目、私は煎薬を一鍋焦がした。それでも調合台から追い出されなかったので、三日目の朝は安心して盛大に寝過ごした。
「起きたか」
「寝坊時間、一時間十四分。出勤遅延、重大。朝食欠食、さらに重大!」
共同食堂へ駆け込むと、ボフダンが窓際の卓に座っていた。前の生より傷の少ない顔で、前の生と同じように右の親指で人差し指の節を押している。
卓には蓋をされたスープ、焼いたパン、卵、煮豆。私の席だけ、まだ湯気が立っていた。
「なぜ温かいんです?」
「残してもらった」
「追加料金は」
「ない」
「遅刻の罰は」
「ない」
「食後の業務は?」
「ない」
給仕がパン籠を置いた。
「寝坊した人には朝ごはんを残す。それだけですよ」
「でも、もう昼に近いです」
「お腹は時間割を読みません」
スヴェアなら気に入っただろう。作物と人間を同じ現実感で扱う者は強い。
私は椅子へ座った。スープを一匙。温かい。二匙。塩気がちょうどいい。三匙、四匙。パンを二切れ。卵を一個。煮豆も残さない。
誰も帳面を持ってこない。
請求書もない。
完食しても、働けと言われない。
「ごちそうさまでした」
匙を置くと、ボフダンが息を吸いすぎた。
嘘をつく前の癖。
「何を隠しています?」
「隠してはいない」
「では症状を。脈拍は?」
「測ってくれ」
差し出された手首へ指を当てる。速い。私の指が触れた途端、さらに増えた。
「安静時から九つ上昇。睡眠は?」
「五時間」
「不足。食欲は?」
「お前が来るまで半分しか食べていない」
「食事依存まで再発しています。重症ですね」
隣卓の従者が顔を覆った。
「隊長、二度目の生でももう診断されています」
「またなのか」
「患者の説明能力は生まれ直しても改善しないようです」
「アイノ」
「はい。次は瞳孔を見ます」
診察の合間に、私はお代わりのスープを一匙だけ口へ運んだ。
「結婚してくれ」
そのスープが、きれいな弧を描いた。
真正面のボフダンへ。
隣卓の従者へ。
卓布へ。
被害範囲、横一腕半。飛距離、推定三十六センチ。スープ一杯と卓布一枚が犠牲。重症者はボフダン。前髪から豆が一粒落下。これはひどい。十年待たせ、一度死なせ、二度目の生でようやく明確な主語と目的語を使った男への返答が、温野菜入りの噴射!
「熱っ」
「火傷! すぐ冷やして!」
「先に返事を」
「火傷を放置する求婚者がどこにいますか!」
「返事を聞かずに二度死ねるか!」
「死ぬ予定を立てないでください!」
従者たちが一斉に立った。
「冷水!」
「布!」
「隊長、求婚を食事中にするからです!」
「今しか二人とも座っていなかった!」
「立っていると逃げられると思ったんですね!」
「思っていない!」
思っていた顔である。耳まで赤い。火傷か羞恥か判別困難。診察対象として非常に面倒だ。
給仕たちは慣れた手つきで皿を持ち上げ、濡れた卓布を四方から畳んだ。一人がボフダンの前髪から豆をつまむ。もう一人が新しい布を広げる。
「次の求婚には蓋付きの椀を出します」
食堂のあちこちで噴き出す音がした。
「次がある前提ですか!」
「今回の返事をまだなさっていませんから」
「アイノ」
「まず問診です。動悸はいつから?」
「十年前から」
「長すぎます。ほかに症状は」
「お前が他人に笑うと胸が痛い」
「循環器ではなく性格の問題かもしれません」
従者が卓を叩いた。
「嫉妬です!」
「朝、お前が来ないと食欲が落ちる」
「依存傾向」
「隣へ座ってほしい」
「視力低下?」
「どうしてそうなる!」
「遠いと顔が見えにくいのかと」
「好きな女には近くにいてほしいんだ!」
食堂がまた揺れた。匙を落とす者、卓へ伏せる者、壁を向いて肩を震わせる者。任務中には咳一つしない従者たちまで、遠慮なく声を上げている。
私も耐えきれなかった。
ボフダンの額から頬へスープが流れ、顎先から一滴ずつ落ちている。その顔で、彼だけが真剣に返事を待っている。勇ましい国境守備隊長が豆をつけて二度目の求婚。威厳は壊滅、脈は上昇、食欲は半減。笑わずに診察できる薬師がいたら会ってみたい。
「笑うな」
「無理です。豆が」
「取っただろう」
「まだ葱が」
「どこだ」
「右の眉です」
彼が左の眉を拭いた。
「逆です!」
「お前から見て右か!」
「患者本人の右です!」
「最初に言え!」
「診察では常識です!」
「求婚中だ!」
私は腹を押さえた。息が入らない。椅子の脚が床を鳴らし、給仕が新しい卓布を持ったまましゃがみ込む。ヴォイテク先生がここにいれば、杖で何度床を突いただろう。たぶん杖を放り出して笑っている。
笑いながら、私は自分の椅子の背をつかんだ。
「何をしている」
「位置の調整です」
「なぜ」
「患者の顔を近くで観察するため」
「また診察か」
椅子を持ち上げる。二歩。ボフダンの隣へ下ろす。
卓の向こう側ではなく、隣。
従者たちの声が一段大きくなった。給仕が新しい椀を二つ並べる。今度は蓋付きだった。仕事が早い。
ボフダンがこちらを見る。返事を待つ顔だ。目尻が下がり、口元が笑いをこらえ損ねている。前の生の最後には見られなかった、朝食を食べ終えた人の顔。
「明日の朝食をお願いします」
給仕が頷いた。
「お一人分ですか?」
「二人分で」
ボフダンが私の手を取ろうとして、途中で止めた。私はその手首をつかみ、脈を測るふりで自分の膝の上へ引いた。
「アイノ。返事は」
「食後に」
「いま食べ終わった」
「あなたは半分残しています」
彼は自分の皿を見た。
「食べたら聞けるのか」
「診察語を使わず、もう一度」
「使っているのはお前だ!」
「私は薬師なので」
「では結婚後も毎朝診察するのか」
「誰が結婚すると言いました?」
食堂全員が息を吸った。
私は彼の隣で、蓋付きの椀を持ち上げた。
「さあ、隊長。まずは残り五匙です」




