炭酸
真夏の熱気に浮かされた、束の間の白昼夢。
「また、遊びに行きましょうね」
そう微笑む彼女――菜々美さんに伝えられなかった想いは、炭酸の泡のように弾けて消えた。
目が覚めれば、そこは代わり映えのしない自室。
届いたのは、英検の勉強を理由にした素っ気ないドタキャンの連絡。
そして、親友の波留から突きつけられた、あまりにも「苦い」真実。
期待が大きかった分、抜けていく空気の音はあまりに虚しく響く。
甘い炭酸がただの砂糖水に変わってしまうような、少年・陽太の、長く、残酷な夏の一日を描いた物語。
炭酸
―――また、遊びに行きましょうねっ。
彼女はそう言って、くるりと身を翻した。
離れていく背中が名残惜しくて、気づけば手を伸ばしていた。
《待ってくれ、まだ伝えてないことがたくさんあるんだ。》
「僕は君が、“菜々美さん”のことが―――」
***
「……イテっ!!」
目覚めるとそこには、見慣れた部屋が広がっていた。
彼女の姿や、先程までの光景は無い。
あるのは八月特有の蒸し暑さと、ベッドから転がり落ちた時の痛みだけ。
―――ピコンッ
【陽太君ごめん。英検の勉強しなきゃだから、今日遊びいけなくなっちゃった。】
……あと、苦い現実も追加で。
「はぁ~、どうしたもんかな。」
夏休みも終盤。
世間一般で言う、“ドタキャン”をされた僕は、空いた予定をどう埋めるかで
頭を悩ませていた。
宿題?
とっくに終わってる。
ならゲームか?
やり込みすぎて最早、俺TUEEEE以外何もできない。却下。
「う~~~~ん。」
ひとまず、枕に顔をうずめて考える。
その場で三転倒立したり、犬神家の一族ごっこをしてみても
一向に良い案は浮かばなかった。
―――ピコンッ
それからしばらくして、スマホから通知音が鳴った。
《もしや、彼女からのメールか?!》
一縷の望みをかけて手に取った。
【陽太今日ヒマ~? カラオケ行かね?】
午後の予定が決まった。
***
「いやぁ、陽太。今日来てくれてサンキューな。」
「良いって事よ。波留の頼みだしな、断る理由がないさ。」
僕は今、親友であり、悪友でもある汐留 波留と二人で
カラオケボックスの中にいる。
彼もまた、ドタキャンされた人間の一人らしく、せっかく予約したのもなんだし
欠員メンバーの代わりに僕を誘ったらしい。
彼曰く、「メンバー全員、食中毒になった。」との事。
……それがほんとなら、軽く事件なんだが。
「そういや陽太、予定大丈夫だったか? なんかあった気がしたけど。」
「あぁ、それね~。無くなったからいいの。」
「ちなみに詳しく聞いても。」
僕は、今日菜々美さんと出かける予定だったこと、
またそれがドタキャンで無くなったことを彼に話した。
「あぁ~、なるほどそういう事か……。」
「あれ? 波留、なんか歯切れ悪いな。なんかあったか?」
「え、えっと。その……落ち着いて聞いてくれよ。」
彼のいつになく真剣な目を見て、ゴクリと喉を鳴らす。
「彼女さ―――今日彼氏と遊んでるぞ?」
心臓が痙攣を起こした。
胃の中がせり上がり、毛穴という毛穴からドロリと液体が噴き出した。
「えっ?な、何の冗談だよ。マジで面白くないって……。」
震える声で言葉を返した。
しかし、彼の顔色は依然と変わることが無い。
無言でスマホの画面を見せてくる。
【今日は彼氏とデート。めいいっぱい楽しむぞー♡♡】
「あ~、s、そっか。そうだよな……。」
「なんかごめんな、陽太。お前には、ふさわしい人が絶対―――」
波留の言葉が、一切耳に入ってこない。
まるで深い、海の底にでもいるかのようだ。
果てしない暗闇と無音が僕を襲う。
《……もう、どうでもいいや。》
―――プシュー
何かが抜けていく音がする。
それは果たして、コップの中のコーラからか? あるいは僕から出ているのか?
答え合わせをする気力を、今の僕は持ち合わせていなかった。
夏のラムネのように、膨れ上がって、最終的に炭酸が抜けていく。そんな恋模様を描きました。
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