舞台「婚約者より病弱な友人を優先する男など願い下げです」を鑑賞した二人の会話
気晴らしに訪れた流行りの舞台は確かに人が好みそうなものであったが、目の前で優雅に紅茶を楽しんでいる彼女にとってはどういうものだったのか。舞台終わりに適当に見繕って入ったカフェで、私はいつものように彼女に向かって問いかけた。
「今日の舞台、貴女はどう思った?」
「……そうですね。過去起きたことをベースにしている割には、あまりにも突飛だったというか現実味がないというか。感情移入は難しかったように思います」
「私もだ」
ストーリーは伯爵家のご令嬢と婚約関係にある公爵家の貴公子が病弱な友人に入れ込み、婚約破棄され生家からも追い出されるというもの。
最近流行りの流れで、今回の主役はご令嬢と彼女に恋していた隣国の第三王子だった。病弱な友人は子爵家の儚くも美しいと有名な人で、公爵家の貴公子は彼女に言われるがまま毎日子爵家に通いつめ婚約者を蔑ろにしていく。最後には「彼女は病弱さからまともな結婚もできないので、公爵家に引き取る」とまで言いだす。伯爵令嬢は打ちひしがれるがそんな隙を隣国の第三王子が見逃す筈もなく、馬鹿な貴公子と身の程知らずの病弱娘はあとは破滅に向かって行くだけ、というものだ。随分省略したが、大体こんなものである。
現実で起こるか、と問われれば難しいと言うほかない。過去似たようなことがこの国で実際にあったというのは事実だが、史実ではまず悪役の二人は公爵家の貴公子ではなく男爵家の三男であったし病弱な娘は平民の娼婦だった。主役の伯爵令嬢も確か男爵家の跡取り娘で、隣国の第三王子の役どころに当てはまる人物は過去の資料になく、おそらくその後釜に据えられた子爵家の次男のことだと思われる。
舞台にするにあたり様々な改変が必要であったのは当然なのだろうが、そうであるなら史実ベース、なとど謳わないほうがよかっただろう。史実のほうは教科書に載るレベルの事件であるので、我々のように違和感を覚える人も多い筈だ。
「そもそも病弱な友人がいたとして、それが異性であれ同性であれ、婚約の継続が難しくなる程に入れ込むものだろうか」
「それは同意します。お相手が余命幾ばくも無いという状況であればまた話も違ってくるかもしれませんが、大体この手のお相手は病弱であることが本当でも、命の危機が差し迫っている訳ではないことが多いですから」
「……余命幾ばくも無く、話が違ってくる状況とは?」
「そうですね。あと数ヶ月で亡くなる方の願いを叶えたいだとか思い出を残したいだとかであれば、それを邪魔するのは不謹慎かと。また、心証もよくないですね。それが正当なものであったとしても、あとから方々でいろいろ言われそうです」
「ああ、人は美談を好むから」
「ええ、ただ」
「ただ?」
そういった考え方もあるかと感心していると、目の前の彼女は普段あまり食べられない素朴なバターケーキを飲み込ながら小さく頷いた。
「余命幾ばくも無い方が、そこまで頻繁に友人を呼びよせるかは別ではないでしょうか」
「そうか。死が差し迫っている人にそこまでの気力があるかどうか、だな」
「はい、人と会うのは体力のいることですから。それにそういった時、普通はまず家族が傍にいる筈です。両親兄弟、祖父母。そういった近しい人を退けてまで、ただの友人がずっと傍にいるものでしょうか」
「いられたとして一ヶ月に一日以下、それも時間は限られるだろうな。そもそも会えない状態である可能性も高い」
「そうですね。大病であればあるほど、普通は家族以外の面会はできない筈です。治る病気であっても、心細くて誰かに傍にいてほしいというところまでは理解できますが、それが特定の一人というのも不思議な話です。そこまで誰かに想われるような人なら、ほかにもそういう友人が複数いておかしくないのに」
確かにそうだ、前提からしておかしい。家族以外の特定の一人を指名し続けている以上、その一人に対して並々ならぬ執着があるのは火を見るよりも明らかだろう。
「そうなれば始まりから悪意か故意があると見たほうがいいということかな」
「始まりの年齢によるかもしれませんが、おそらくは。ただもう一つ気になることがありまして」
「聞かせてくれ」
「何故毎回、この手の物語ではご両親が空気なのかと」
「それは本当にそうだ」
私は彼女の意見に強く同意した。ここなのだ、一番に現実味を感じないのは。いかにフィクションといえ、家族が一切出てこないというのはおかしい。家族の動向についてのナレーションがあればまだいいほうで、ないことのほうが多い。今回の舞台でもなかった。
「両親だけではない。この手の舞台では大体が貴族社会に身を置く人々のロマンスを切り取っている筈なのに、その派閥や親族が出てくることはほとんどない。想像力を膨らませる余地があるといえばそうだが、成人するかしないかくらいの少年少女にあんな大立ち回りが本当にできるのかどうか」
「はい、物語を物語として楽しむ為にもやはり多少の現実味は欲しいところです」
「……まあ、現実では起こらないことであるから舞台になるのだろうが」
「……現実なら、起こる前に潰しますもの」
私たちは顔を見合わせて、そして笑い合った。そう、現実では物語にならない。そのくらいは分かっている。
「では、今回の舞台はいまいちだったということかな」
「いいえ、勧善懲悪は見ていて心が晴れます。それに物語の形がある程度決まっているので安心できますわ」
「貴女は大きい音の演出でさえ怖がるから」
「……びっくりするではありませんの」
普段であればどんな物事にも動じない彼女だが、こうやって忍んで舞台鑑賞に来ると演出のひとつひとつに肩を揺らすのだ。リラックスできている証拠であるのだろう。可愛らしくて微笑ましい気分になる。
「わたくしにばかり聞きますが、貴方はどうでしたの?」
「そうだな、おおむね貴女と同じ意見だが」
「だが?」
「病弱な友人役の女性の演技は見事だった」
ストーリーに物足りなさを感じたのは事実だが、今回の舞台の役者たちは本当にいい仕事をしていた。その中でも特に、病弱な友人役の女性は素晴らしかった。
「各々の心の内を表現するシーンで彼女はずば抜けていた。主人公を食う勢いだったな」
「ええ、彼女の演技には息を呑みました。やはり悪役は特に演技力が問われますね。あの舞台の主役は彼女ではありませんでしたが、彼女なしではあの舞台の成功はないでしょう」
「ほかの役者たちが悪い訳でもなかったけれどね」
「はい、わたくしもそう思います。ストーリー自体はよくあるものでしたが、演出も斬新で見入ってしまいましたわ」
珍しくにこにこと上機嫌で笑う彼女は愛らしく、できればずっと眺めていたいくらいだった。けれど、立場上そうもいかない。さっきからパチパチと簡単な光魔法で警告をされ続けている。
「……さて、そろそろ視線が痛いから行こうか」
「そうですね」
「また来よう」
「はい、是非」
立ち上がり、彼女の手を取る。迎えの馬車は、もう外にいるようだ。
―――
「……ねえ、やっぱりさっきのって公子殿下と公子妃殿下だったよね?」
「そうだと思う! お二人って、たまにお忍びで舞台を見に来るって聞いたことあるし! 護衛っぽい人もいたし!」
「きゃーっ、え、何食べてた? 同じの食べようよ!」
「ていうか、何の舞台見てたんだろう? 同じの見たーい!」
麗らかな午後、小さく平和な公国のとあるカフェではそんな会話が飛び交って、紅茶と素朴なバターケーキのセットが飛ぶように売れていきましたとさ。
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