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第八話 それは会話ではなく


~事件当日 夕方から夜~


 クライファス達は音と叫び声に驚いて、ガゼボから急ぎ塔の前――東の前庭に駆け付けた。


 石畳の上、倒れて動かない侯爵の周囲には砕けた陶器の鉢、緑の葉、茶色の根と土、そして、真っ赤なポインセチアの葉。

 じわりと広がる真っ赤な血が、同じく真っ赤なポインセチアの葉に染み込んで見分けがつかなくなっていく。


 クライファスを含め、集まった人間たちが「どこから落ちた」と塔を仰ぎ見た。

 四階建ての塔。

 一階は本棟への渡り廊下と繋がっている。

 二階は領主の私室で、地上からは建物の外壁から少し突き出た屋根のないバルコニー。

 もしや二階のバルコニーから落ちたのか、と思った時。


 ――ぱたり。


 塔の最上階、四階の窓の鎧戸が開いた。

 そこから上半身を乗り出し、顔を見せたのは。

 艶の無い黒にも見える濃茶色の髪を一本の三つ編みにまとめた――


「ルルディ嬢……」


 クライファスの口が、小さな声でその名を呟いた。

 ほぼ同時に、塔の最上階から上半身を乗り出したルルディ嬢が、身を翻して塔の中へ姿を消す。

 かと思ったら、手に大きな布を持ってすぐにもう一度姿を見せた。手に持っているのは表地は白、裏地は赤の一枚布。

 つまり――クライファスのマントだった。


 ルルディ嬢がマントを浮遊布にして、ドレスの裾を押さえて落ちるように出窓から降って来る。長い一本の三つ編みが背中で跳ねて、振り子のように揺れた。


「お父様!?」


 続けて、執事が二階の私室から飛び出すように姿を現し、バルコニーから下を見て叫ぶ。


「もしや、今の音は旦那様でございますか!?」

「そ、そうだ! 御領主様が落ちて……っ!」


 真っ先に気付いて大声を上げた警備兵が、助けてくれと周囲に叫ぶ。

 執事が専属医を呼ぶよう申し付け、その場は一気に騒がしくなった。




 クライファスは立ちすくむルルディ嬢に駆け寄り、傍に寄り添った。

 皆が見守る中、駆け付けてきた医師が倒れて動かない侯爵のそばにしゃがみ込む。

 そして――沈痛な表情で首を横に振った。


 日は完全に落ちた。警備兵たちが手持ちのランタンを掲げるが、どうにも暗い。

 執事が警備兵に指示し、その場を取り仕切った。

 トランペタスがクライファスの傍を離れ、執事と医師に話を聞きに行く。 

 そして執事と医師が話し合い、侯爵の遺体を丁重に運ぼうとしたその時。

 暗がりの中、ランタンと思しき明かりが近づいてきた。


「何の騒ぎだ、これは。誰か説明を」


 近づいて来た総勢五名の内、不審げに声を上げたのはルルディ嬢の兄、継嗣のカラモス卿だった。


「若様! 旦那様が…………」


 執事が駆け寄り、一連の経緯を説明する。

 侯爵が私室で休憩を取っていたこと。いつもの習慣で、この間だけは人払いをして一人だったこと。

 そして、転落したこと。


「扉のすぐ傍におりましたが、特にお声もかからず。いつもと同じく、お静かにご休憩を取られていた、と思うのですが」


 カラモス卿が近くにいた医師に顔を向けると、医師は残念ながら、という風に首を横に振った。

 周囲を見回そうとして、すっかり暗くなっている現状にカラモス卿が舌打ちをする。


「おい、輝光石を出せ、色付きじゃない方だ」


 一緒にいた従僕の一人が手に持っていた二つの箱の内、大きい方を開けた――瞬間、溢れる眩い光。

 箱の中には、魔力を通せば白い光を発する『輝光石』がいくつも入っていた。

 カラモス卿が箱の中からいくつか取り出し、ひょい、と宙に放る。

 すると輝光石はまるで見えない手で運ばれるかのように、木の枝の上、トピアリーの上、鉢植えの植物の上に運ばれていった――『念動』である。


 灯りに照らされて良く見えるようになると、カラモス卿は割れた鉢植えに目を止め、次いで、上を見上げた。


「この鉢植え……四階のものか」


 四階の出窓に吊り下げられていたはずの三つの鉢植え。それが輝光石によって明るくなった今、どこにも見当たらなかった。

 カラモス卿の視線が、散乱した鉢植えの破片とルルディ嬢を行き来する。


「ルルディ、この鉢植えはどうした、説明しろ」


 問い詰める冷たい声に、ルルディ嬢が緊張して震える声で答える。答えて返事を返すが。


「わ、わかりません」

「わからないはずはないだろう、ちゃんと答えろ」


 続けられたそれは、会話ではなく。 


「い、いえ、本当に……本当に知らないのです」

「では、勝手に落ちたとでも言うのか、こんな風のない日に。嘘をつくな、ちゃんと答えろ」


 カラモス卿の望む答えが返ってくるまで繰り返される、ただの一方的な決めつけだった。

 しかしながら、ルルディ嬢も鉢植えのことは知らない、としか答えられず。とうとう最後には、キーボス家嫡男のカラモスは妹であるルルディ嬢に厳しい表情で言い渡した。


「ルルディ、記憶を失うほど、ビュロン殿下からの婚約破棄がつらかったのは同情するが……私の許可があるまで、自室での謹慎を命じる――連れていけ」


 カラモス卿に命じられた警備兵と侍女が、ルルディ嬢に近づいて来る。悄然と肩を落とし、ルルディ嬢は力なく歩き出そうとしたが。

 ふと手元に目をやり、足を止めた。浮遊布として使ったマントを、抱きしめていたことに気が付いたからだ。


「あ……申しわけ……お借りしてしまいました。お返し……」

「いや、返却は次にお会いする時で結構」


 次、とクライファスは強調した。これを最後にはしないと心を込めて、マントを預ける。

 大きな声ではっきりと言ったため、カラモス卿にも聞こえただろうが偶然である。故意ではなかったが、クライファスにも悪意はあるので良しとした。

 

 言われたルルディ嬢は少し迷う素振りを見せたが、じっとマントを見つめた後、大切に胸元へと抱え込んだ。か細い声で礼を述べ、今度こそ本館の正面入口へと消えていく。

 クライファスは視線を逸らさず、黙ってその背中を見守り続けた。



 クライファスがルルディ嬢を見送っている間に、トランペタスはカラモス卿へ穏やかに問いかけた。明るくなって助かりました、と礼をする。


「ところで、この輝光石はどうされたのでしょうか」


 礼儀に則った丁寧な問いかけを、さすがに無視はできなかったようで。カラモス卿は不愛想ではあるも、答えを返す。


「花園の照明用だ。花園の夜間の警備にランタンを使っているが、輝光石に変更するか検討しに行っていた」


 カラモス卿はこれ以上会話をするつもりはない、という風に話を打ち切った。次いで、今後の段取りの相談を名目に、場を取り仕切っていたのは執事を連れていく。

 代わりに警備隊長が前庭の警備兵を増員させ、指揮を取り始めた。

 大きな箱を持った従僕はその場に残り、「うっかり紛失」がないよう見守っている。


 トランペタスは箱を持った従僕に近づき、気遣わし気に労わりの声をかけた。


「花園との往復、さぞや大変でしたでしょう。椅子をお持ちするよう、声をかけてきましょうか?」


「あっ、いいえ。大丈夫です、お気遣いなく」


 しばらくは、二人の間で社交辞令的な会話が交わされていたが。身分はともかく、従者という立場は同じである。

 トランペタスが従者であれば共感しかない話をすれば、すぐに打ち解けた。


「急に花園へ行くとおっしゃって……しかも、こんな高価なものをお持ちになって」


 輝光石は灯りの魔法を付与すれば、より強く発光する性質がある希少な石で。よく高級照明器具に使われるが、松明やランタンとは比べようもないほどに高価である。


「先ほど、カラモス卿は色付き、と。もしや、最近発表されたばかりの白色ではない輝光石を?」


「はい、ご存じでいらっしゃいましたか。錬金術の触媒の元売りというツテで、若様が入手されました。……ええ、本当に……いくら夜間に色を変えて美しく照らしたいとおっしゃられても、こんな桁違いに高価なものを花園に放置はありえません」


 ありえない、と(なじ)る従僕は、さらに憤慨したように続けた。


「しかも、我らに先に行って設置しておくよう指示したくせに。遅れて花園に来た途端、回収するよう命令したんですよ。まったく、なんのために設置したのか」


「遅れて……? 一緒に花園へ行ったのではないのですか?」


「あ、はい。先に石だけ渡されました。でも、遅れてと言っても、すぐですよ。そうですね、お茶を蒸らす時間ぐらいです」 


 なるほど、とトランペタスは相槌を打った。お互い、主の気まぐれには苦労しますね、と愚痴に合いの手を入れ、和やかに談笑する。

 そうしている内にクライファスがやって来たので、トランペタスは従僕に挨拶をしてその場を離れた。




 ルルディ嬢を見送ったクライファスは、正面玄関のすぐ近く、現場から少し離れた場所でのちょっとした騒ぎに気が付いた。

 クライファスはトランペタスに近づき、声を出さずに視線だけで注意を促す。


「えっ、何故ですか、隊長! どうして俺が辞めさせられることに!?」


 大柄な警備兵が警備隊長に詰め寄っている。少し離れた所からクライファスたちが見ているのにも気づいていない。


「何故も何も、前から決まっていただろう。調整があるから今日明日ではないが、五日後には警備から外す。これは決定だ」


 なぜ、どうして、と警備隊長に詰め寄るも答えは変わらず、決定に変更はない、と隊長は繰り返していた。


「なあ、トラン」

「はい、殿下」


 ルルディ嬢が消えていった正面玄関、東の四階建ての塔、騒ぎ立てている警備兵。

 クライファスは輝光石によって照らされた、色鮮やかな木々で彩られた前庭を眺めながら、小さく口を開いた。一陣の風が吹き抜けていく。白いマントが揺れ、裏の赤がはためく。


「十年前に、領主夫人の転落事故。そして今、領主の転落事故。俺は、これを偶然による事故とは思わない」

「奇遇ですね、僕も同じ意見です」


 蔓草の絡まったアーチに片手を置き、クライファスは侯爵邸を仰ぎ見た。


「誰が、何故、どうやって。俺は「誰が」も、「どうやって」も、わからんが。「何故」なら、分かる気がするんだ」


 クライファスの視線の先には、立派なキーボス侯爵邸本館、ルルディ嬢が軟禁されている部屋があった。

用語説明

輝光石:

魔力通したら(スイッチ押したら)、明かりがつく照明(LEDランタン)、そんな感じ。


念動:

魔法「見えざる手」とゲームブックにありました(懐かしい)。超能力でいう所の念動力です。「手で持てる程度」のものを動かすことができます(両手でどっこいしょー!みたいなのは対象外です)。対象を視認していないと発動せず、見えていない物は動かせません。

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