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第七話 これはもしやデートというものでは


~事件当日 昼下がり 後半~


 階段を下りて塔を出た後、散策路を道なりに歩く。

 背の高い木々、大きなトピアリー、つる植物の絡み合った木製の柵に視界が遮られ、邸宅の前庭ではなく森の中を歩いている気分になる。


「思ったより歩くな……」


 塔の上から見た時には近く見えたが、曲がりくねった散策路に従って歩いていると、花園がなかなか見えて来ない。

 途中、馬の形に刈り込まれたトピアリーや、洒落たデザインの小鳥用の水盤(バードバス)など趣向が凝らしてあり、歩いているだけでもなかなかに楽しくはあるのだが。

 ルルディ嬢の静かな声は耳に心地よく、クライファスは大人しく案内に耳を傾けた。そうやって歩いていると、木々の向こうにようやく高い塀が見えて来る。


「まるで城壁だな」


 レンガ造りの塀は高く、二階建ての屋根ほどの高さがあり、外からは中がまったく見えない。入り口に見張りの兵士が立っていることもあり、塔の上から見ていなければ、これが花園であるとは思えなかっただろう。


 入口の見張りに声をかけ、中へ入ろうとするが。見張りがルルディ嬢を見て顔色を変え――ルルディ嬢が足を止めた。


「どうぞ、中へ。私はここでお待ちいたします」

「は?」


 当然、ルルディ嬢が案内すると思っていたクライファスは、声を上げて振り返った。

 ルルディ嬢が申しわけなさそうな表情を浮かべ、小さな声で謝罪する。


「この花園はお父様が管理しております。お父様から、私は決してこの花園に入ってはならぬと、固く申し付けられております。ご容赦くださいませ」


 その言葉を裏付けるように、見張りの兵士が大きく頷く。

 クライファスは少し考えた。


 ――今夜の晩餐、キーボス侯爵に招かれている。つまりは直接、侯爵に会うということで。ルルディ嬢の招聘(しょうへい)を願うのだから、侯爵の心証を良くしておかなければならず。


 ――侯爵本人が、恐らくは手塩をかけて管理している花を見もせず、感想の一つも言わず、娘さんをください、と。


「…………トラン、付いてきてくれるか。他の者はここで待機、ルルディ嬢についていてくれ」


 花園にカケラも興味は覚えなかったが、礼儀と心証のためだけにクライファスは見学を決めた。

 二人が中へ入ると、塔から見えた通り花の咲き乱れる見事な花園だった。赤バラ、白バラ、大輪の牡丹、芳香を漂わせる大振りのカサブランカ――華麗で目を引く、豪華絢爛たる花々。

 王城と同じく、威を押し付けてくるだけの花園。

 クライファスは少しだけ、ため息をついた。


 そんなクライファスに、トランペタスが声をかける。

「照明は松明ではなく、すべてランタンですね。火事を恐れてでしょうか」


 壁際には外灯としてランタンが置いてあった。昼日中の現在は灯されていなかったが。


「それなら輝光石……は、高価すぎるか。手癖の悪い使用人がいたら目も当てられん」


「それもそうですが。キーボス侯爵家が財を成したのはもう十年ぐらいになると。輝光石を普段使いにしていても、おかしくないかと思ったのですが」


 そんな風に話しながらぐるっと花園を見回して。

「うん、綺麗な花だな。見た」


 クライファスが言うと、トランペタスもあっさりと同意して、二人して外へ出た。


 外で待っていたルルディ嬢と合流し、再び、散策路に沿って屋敷へ戻る。

 ルルディ嬢へ問うと、案内後は塔へ戻り、作業の続きをするよう侯爵から命じられている、と返答があった。

 クライファスはその時は何も言わなかった。

 言わなかったが、前庭の東側、塔前の円形状に敷石が敷かれている所まで来ると、ルルディ嬢を引き留めた。


「浮遊布……いや、絨毯と思って乗ると良い」


 マントを外し、ばさりと広げた。マントの裏の赤が、鮮やかに石畳に広がる。


「この時間なら、父君は私室におられないだろう。目障……気を散じさせることもない」


「いえ、そのような、恐れ多い……」


「前庭、中庭、塔の四階、花園までの長い道のり。丁寧な案内への礼を、良ければ受け取ってもらいたい」


 礼だと強く言われたルルディ嬢は、恐る恐るという風情でマントに乗った。乗って、マントの端っこを持って浮遊魔法を発動させる。

 クライファスも端を持ち、浮遊魔法で上空へと。

 マントに乗った二人がふわりと宙に浮き、そのまま四階の出窓へと舞い上がる。


 眼下に広がるは、リシマキア・リッシーの黄金のカーペット、もこもことした紫のアルテルナンテラ。つる植物が絡み合ったバーゴラに、上空から見ればミニチュアのようなトピアリー。城壁のようだった花園も、ここからだと花の咲き乱れる可愛らしい花壇のよう。


 無言ではあったが、しばらく二人は景色を楽しみ。やがて、四階の出窓に手を掛けた。

 大きく開けば、等身大の出窓から入るのは容易く。亡くなった侯爵夫人がここを出入り口にしていたのも、納得のいく便利さだった。

 マントに乗ったまま、ゆっくりと床に下りる。


「それでは、また」

「はい……ぜひ、また」


 言葉をかけ合い、少し見つめ合った後、マントは預けたままクライファスは単身、地上へ降りた。


 降りると、トランペタスが随員たちに向かって首を振っていた。口を手を当てて、黙っているように、とのジェスチャー付きで。


「何かあったのか……?」

「いえ。なにも。特には」


 トランペタスはにこりと柔らかく微笑み、随員たちもにっこり笑って何も言わず。挙句、クライファスの不審げに見つめる視線を躱し、トランペタスは別の話題を差し出した。


「そう言えば、亡くなった侯爵夫人のこと、少しわかりましたよ」


 随員の一人が、ずいぶんと軽くなった金袋を返しつつ口を開く。


「亡くなった夫人、元々は伯爵令嬢だったそうなんですが。曰くつきの、というと誤解を招きますね。ええと……夫人の母親が、ほんとのほんとに、一度『花神様』の来訪があったらしく」


 この国の主神だったな、と全員が思い出し。

 夫人の母親が、のところで、本人じゃないんだ、とも心の中で指摘し。


「その娘、ということで。同格の貴族よりも格が高いというか、格上相手にまでマウント取りに行く、()の高い女性だったらしく」


 無言ではあったが、聞いていた全員の心の声が一致した瞬間だった。


「夫人が存命の間、夫婦仲は最悪だったそうです」


 そうだろうよ、と誰もが思った。

 そしてトランペタスの、どこか納得した声。


「ああ、なるほど。それで、浮遊禁止に。……好ましくない人物が、私室の前を行き来しているのは不快だったのでしょう。それで現在(いま)、たとえ別人であろうと、私室の前を浮遊されると思い出してしまうから」 

 

 思い出すのも嫌なので、ルルディ嬢の浮遊を禁止にしたのでは、と。


「もらい事故すぎないか、それ。ルルディ嬢には何も関係がないじゃないか」


 何の咎もないのに浮遊を禁止されて、毎日四階まで階段で、とクライファスは呟き、大きなため息をついた。


「よし、絶対に侯爵の首を縦に振らせるぞ。ルルディ嬢の勧誘、侯爵をどう言いくるめたらいいか、一緒に考えてくれ」


 クライファスは全員の顔を見回し、少し離れたガゼボに場所を移した。前庭の警備兵たちの耳には届かないよう、作戦を練る。


「あ、殿下。予備のマントです、どうぞ」

「……予備なんてあったのか」

「広告塔にはトレードマークなるものが必須らしいです」

「俺のトレードマークがマント?」


 トレードマークってなんだ、と呟くクライファスに、随員たちが口々に言い合う。


「白いマントのモノホンの王子様!」

「似合いすぎだよな、赤と白!」

「王冠要らずの金ぴかクライファス殿下が、この赤と白の衣装で詰め寄るんだぜ? あんなピー!親父なんか、首を縦に振らせるなんて簡単さ!」

「言えてる!」


 そして。

 作戦を練っている間に陽は傾き、やがて赤く染まった空は不穏な気配を漂わせる青紫へ。

 そして夜の青色(ブルーモーメント)が広がって。


 ドンッ、という何かが地面に落下した音がした。

 少し遅れてガシャンガチャンバリンと砕ける音が三回続き。そのもう少し後にさらにもう一度、大きなガッシャンという破砕音が響き、静かになった。


「御領主様が! 御領主様が落ちて……っ! 誰か来てくれ!!!」


 ――クリサンセム国キーボス侯爵家当主リゾマ、転落により死亡。

階段で四階、無ければ何も思わず階段で上りますが。目の前に使用可能なエレベーターがあるのに、使用禁止にして階段を上らせているようなものです。なんというイヤガラセ。


小ネタ

塔から花園まで、「つづらおり」九十九折、九折、と書きかけて、和風すぎるのでこの言葉を使うのは止めておきました。言葉の雰囲気って大事ですよね。

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