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第四話 ×灰かぶり姫 〇水まき姫


~事件前夜~


 パーティ会場からルルディ嬢を連れ出し、キーボス侯爵家へと。

 あの会場に令嬢の兄であるカラモス卿はいた。いたが、あの状況で助けに動こうともしていなかったので、クライファスは無視した。

 カラモス卿――婚約破棄を叫ばれた妹を助けもしない兄である。そんな者に任せるのは不安しかない。


 なので、混乱し、恐縮するルルディ嬢を落ち着かせ、王都のキーボス侯爵邸まで送り届ければ。

 待っていたのは、狂乱と見紛う激昂と叱責だった。


「このっ、この愚か者が! 愚女もここに極まりおって! お前を、王子の婚約者にしたわしの苦労を……このろくでなしがっ」


 杖を振り回して打擲する――寸前に、クライファスは侯爵を止めた。そして、止められて暴れる侯爵が執事から耳打ちされて、こちらの身分を知った後の手の平返し。


 送り届けたは良いが、送り届けない方が良かったのでは、とも思える状況で。

 こんな、暴力を振るわれている状況を見過ごすこともできず、辞去の言葉を言うに言えないでいる所に。先ほどまで口汚く罵っていた侯爵の、その口から堂々と流れ出る、滞在を歓迎する阿諛追従(あゆついしょう)


 先ほどの醜態を、恥ずべきものとカケラも思っていないのだと証明された。心底辟易したが、ルルディ嬢が無傷で退室するまでしっかりと見届ける。

 その後クライファスは精一杯表情を作り、ぜひ滞在させてもらおう、と礼儀正しく返した。


 慌ただしく用意された客室に通されてからの、仲間内での話し合いは。


「あれは、ない」

「なんだ、あの親父」

「クソをつけろよ、クソを」

「おい、お前ら、『殿下の御前』だぞ。ちっとは言葉を選ぼうぜ」


 罵倒を(たしな)める声も上がるが、それは言葉遣いだけで。

 内容は否定しなかった。


「クソをお上品にって、どう言うんだ……?」

「えー、〇ンコ?」

「それ、もっとひどいだろ。でかい方の奴、とか?」

「ダメだろ、ダメ親父じゃダメか? ……シャレだよ、ワザとだよ、笑えよ」


 それでも、クライファスが自国ではない他国の内情に口出ししてしまったことには違いない。

 騒ぐ随員たちを横目に、素直に謝罪を口にした。


「捨て置けなかった……すまない、勝手なことをした」


「いえ、殿下が気に病むことはありません。婚約破棄をしたのは、ビュロン第一王子。殿下はその行動を咎めていません。ただ、ルルディ嬢をあの場から連れ出しただけです」


 騒いでいた随員たちが、そうだそうだ、と合いの手を入れる。


「先ほども、キーボス侯爵に御挨拶をなさっただけで。振り回していた杖を下ろしたのは先方の勝手です。それに……あれを見て平然としていたなら、そちらの方が問題です」


 トランペタスのいつも通りの柔らかい声に、クライファスはようやく肩の力を抜いた。

 随員たちが、よく止めたさっすが王子様かっこいーっ、と賑やかす声に、振り返って苦笑を浮かべる。


「殿下、晩餐の後……は、遅いですから。明日、ルルディ嬢にお会いして、少し話をうかがってみませんか」


 礼儀上、夜に未婚の淑女に会うのはよろしくない。なので、明日の面会予約を使用人に伝えようとすると。


「あっ、じゃあオレ、殿下の使者ってことで、排泄物お父上サマに言ってきますよー! んで、ちょっと、屋敷の人に話を聞いてきますーっ!」


 随員は元気に手を上げて立ち上がると。


「それでは殿下、お手を煩わせて申しわけありませんが、侯爵閣下への文を一通」


 ぴしりと姿勢を正し、宿泊の礼と本題の面会を書いたカードを手にすれば、御役目頂戴いたしました、と貴族の子弟もかくやという見事な一礼。

 先ほどまで、クソだの排泄物だの言っていた者と同一人物である。


 カードを手にした随員が優雅な仕草で身をひるがえし、軽やかな足取りで部屋を出ていくその背中を見送り。


「なぁ、トラン。キグナスバーネの教育って……」


「殿下の護衛も兼ねておりますので、性格より腕前を重視して選抜しました」


 ご覧の通り、ちゃんと礼儀作法(上辺の取り繕い)も教育していますよ、とトランペタスがにこやかに返答した。



 ――そして聞き込みから戻って来た者の話を聞いた一行は、あまりの内容に絶句した。



~・~・~



 事件当日、夜明け前。


 空がようやく白み始めた頃。

 夜番をしていた随員がトランペタスを起こし、次いで、クライファスを起こした。

 視線だけで窓際に誘導し、下を見るよう指し示す。


 窓の外、中庭に向かうドレスを着た人影が一つ。夜番が遠見の魔法を使って目を凝らす。

「ルルディ嬢です」


 人影は、中庭にある花壇に向かい、手を差し伸べた。

「手から水……水やりをしているようです」


 次に五段のフラワースタンドに向かい、所狭しと置いている鉢植えすべてに水をかけていく。

 一つ目のフラワースタンドの鉢植えが終われば、次も、その次も。

 中庭すべての花に水をかけ終わると、ようやく人影は屋敷へ戻っていった。


「聞いた通り、本当に花に水やりをしてるんだな。侯爵はなんだってそんなことを命じているのか」


「一応、ですが。このクリサンセム国では意味があります」


 花弁はこの国の主要な産物で。特に花神から祝福のあった花弁の買取価格は、桁が跳ね上がる。


「自分の世話した花に神のおとないがあった。それが、ただの平民であれば金銭に。しかしそれが貴族であれば――どれほどの名誉になるか」


 ――自分の世話した花に、花神様の祝福が。


 ――我が息子の生誕の花木を、花神様が愛でられた。


 ――我が娘が、毎日水をやりして世話をしている花に、花神様が参られた!


「当然、本当に世話をしているのは庭師で。単に、腕の良い庭師を抱えている、というだけの話なのです。――ですが、水の一滴(ひとしずく)でもかければ、『自分が手を掛けた花』と強弁を。この国では花神の息子、花神の娘、そう自ら喧伝する貴族がほとんどです」


「来訪があるかもしれない、来訪があれば他の貴族より抜きんでることができる――ただそれだけのために、こんな時間から屋敷中の花に水を……?」


 しかも自分がするでもなく、娘のルルディ嬢に命じて、である。

 全員そろって、痛まし気な視線を人影に向けた。


 話によれば、輸出する貴重な花弁の加工もルルディ嬢一人に任されていると――信頼から託されているのではなく、ただ単に使用人のように扱われていると。


 聞き込みに行った者が、こんな話を容易く仕入れてこれた理由も――使用人が当主の娘であるルルディ嬢を見下し侮り、(さえず)り放題だからである。


 聞き終えた一行の眠気は吹き飛び、もはやもう一度眠るという選択肢はない。


 明日の面会、そしてルルディ嬢の救出について、声を潜めつつも全員が熱心に語り合う。

 いつの間にか日は完全に上がり、明るい朝が来ていた。


 希望の朝になれば良いと、クライファスは昇る朝日を見上げた。

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