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第三話 クリサンセム入国


~五日前~


 商業国家ベネスィー国の水神祭が開催され、終了した。クライファス一行は各国の参加者と交流を深め、いくつか商談をまとめた後に出国したが、思い出話は尽きなかった。

 中でも繰り返し話されるのは、ベネスィー国の水神祭のその最中、空に舞う水神そのものの話で。

 旅の随員たちが思い思いに話す。


「雨の中、増水していく川がいつ氾濫するか、見るも不安だったが……凄まじかった」


 雷鳴轟かせる豪雨の中、今にも溢れ出さんとする川から水が逆巻く。渦を巻いて吸い上げられていくその先で、雷光を纏って千早振る水神が空を舞い、激流を吞みこんでいく。

 まさしく絶景であった。


「ベニスィー国って、雨が多くて河川が多いのに、氾濫のない国って本当だったんだな。……いやまあ、でも? 確かにすごいけど? ウチの国の豊穣神様だってすごいよな!」


「だよな! お袖が触れたら季節関係なく、へたしたら植えた瞬間から、一気に育って辺り一面小麦とかカボチャが実るもんな! ……俺も一回だけでいいから、死ぬまでにお会い、いや、遠目からでも見てみたいなぁ」


 随員二十名がわいわいと騒ぐのを横目に、クライファスはトランペタスと共に今回の旅――売り込みの手ごたえを確認していた。


 輝くばかりの黄金の髪、鷹のように鋭いインペリアルトパーズの瞳のクライファスは、大国ケレアウィスの第三王子である。少し前に二十歳になったばかりで、しばらくは軍部に身を置いていたのだが。

 今回、侍従兼友人兼命の恩人のトランペタスに世界へと連れ出された。


 名目は、葡萄酒販売促進の旅(キャンペーン)。与えられた肩書は、キグナスバーネ直属『葡萄酒大使』。

 トランペタスの実家キグナスバーネ侯爵家は、葡萄酒の大家である。


「百年ぐらい前までは『水棲魔獣の住処(すみか)』などと呼ばれていたそうだが。我が国と遜色ない大国だった」


 クライファスがしみじみと思い返していると、文官服のトランペタスがにこりと柔らかな笑みを浮かべた。


「新設される港の再来年の竣工式に、無事、我が家の葡萄酒が選ばれました。家に良い報告を持ち帰れます。これも、殿下が我が家の葡萄酒を売り込んでくださったおかげです」


 トランペタスはそう言って、ベビーブルーの淡い瞳を嬉し気に細めた。


「いや、俺でなくても、あの葡萄酒なら選ばれるだろう、本当に美味かった。あと……葡萄酒以外にも、くどいぐらい甘い果実酒があったな。でも飲んでると香辛料のぴりっとした辛み、胡椒風味があって、なんというか……クセになる感じがして、あれも良かった」


「それは嬉しいですね。ああいう定番とは少し違う変わり種、何故か一定層に受けて、安定した売り上げが見込めるのです」


「出来も良いが、意匠を凝らしたボトルのあの高級感。水神祭に、どこもかしこも自慢の商品を売り込んでいたが、キグナスバーネの葡萄酒は誰もが目を奪われていた」


「殿下という広告塔が良かったのもありますよ。商談に来る人波が切れなくて、嬉しい悲鳴でした」


 水神祭ではクライファスは終始笑顔を浮かべ、疲れた表情を見せることなく愛想よく会話に応じていた。


 真白の服に真っ赤な幅広の布(サッシュ)を肩から反対側の腰へ斜めにかけ、背中にはためくロングマントの表地は白、裏地は赤。肩から伸びる赤い肩章が、マントの動きに合わせてひらりと翻る。

 眩く輝く黄金の髪は、大国ケレアウィスの第三王子は冠要らず、と吟遊詩人に称されたほどで。

 祝祭で、クライファスは大勢の人に取り囲まれた。


「……人に笑いかけて……良いんだな。(たしな)められなかった……」


 思わず、と言った風にクライファスの口から小さな呟きがこぼれた。逃さず拾ったトランペタスが、冗談めかして柔らかく言葉を返す。


「礼を言えば警戒されて、笑ったら注意される――どう考えても、今までがおかしかったのです。晴れて我が家の広告塔になったのですから、存分に愛想を振りまいてください」


「そう……そうだな、本当にここは、王城じゃないんだな……。

 そうだ、ベネスィー国の箒星部隊、しかも精鋭の『蒼』の部隊長と話したぞ! すごかったな、十機の飛行部隊を率いての公開飛行演技」


 噛みしめるように呟いたクライファスが、一転して明るい声を上げた。

 話題に上げたのは、ベネスィー国の誇る飛行部隊。杖に乗り、自由自在に空を舞う航空部隊である。今回の祭りでは、箒星部隊は雨上がりの夜、光を発する『輝光石』を携帯して空を飛んでいた。


 夜闇の中、白、青、赤、緑、様々な光が舞い踊る、整った雁行型での一糸乱れぬ飛行。トップスピードで急上昇したかと思えば、見せつけるようにゆっくりと緩やかな弧を描くといった、見事な展示飛行。


「あの『輝光石』も驚いた。今までは白一色だったのが錬金術で色変えできるようになったと、噂では知っていたが。見たのは初めてだった」


「ですね。ああ、そういえば。その錬金術で使う触媒の産地が、帰路に入っています」


「……ん? 海路で直接、ケレアウィス(自国)ではないのか」


 てっきり船での帰国と思っていたクライファスは、素直に疑問を口にした。陸路だと、断崖絶壁、踏破不可能な山脈が立ちふさがっているからだ。


「はい、陸路です。ベネスィー国を抜けた先に、山に囲まれたクリサンセム国という小さな国があるのですが。その国を通って近道します。山に着いたら我が家ですので」


「うん……? 山は、クリサンセム国との国境線で、こっち側はクリサンセム国の国土だろう……?」


 ――え? 山に着いたら我が家、つまりはキグナスバーネ侯爵家ってこと? え、我が国の?


 クライファスが軽く混乱し、言葉もなく見つめていると。


「山は、我がキグナスバーネ侯爵家の領地ですよ。初代国王陛下が、『ケレアウィス(我が国)を囲む山脈すべて』を我が家の領地として、爵位を授けてくださったのですから。

 なので、山はすべて丸っとキグナスバーネのもの! ……と、我が家の初代が」


「建国王――!!!」


 元凶はお前かと、クライファスは思わず遠い空の彼方の建国王に叫んだ。

 トランペタスの話によると、山を丸っともらったキグナスバーネ家は、前人未到の山脈を越えたのだと。越えて、道を通したのだと。


「断崖絶壁に沿って縄を巡らせました。手の平ほどの足場を、縄を掴んで山を越えます」


「…………」


 鹿が行けるので人間も行けます、と――トランペタスがいつもの優しく穏やかな表情で、『道』と思えない『道』の話を語る。二人の話を小耳に挟んだ随員も、旅の間に気安くなったクライファスに笑いかけた。


「大丈夫ですよ! オレらが、ちょっとイキった生意気な新人の登竜門に使ってるぐらいです。たまーにこっちの忠告を聞かずに落ちてしまう奴もいますが、殿下なら問題ありませんって!」


 それはわざと落としたのでは、え、俺、大丈夫か、とクライファスは密かに思った。


 不穏な考えを(よぎ)らせている間に、随員は便利魔法の『浮遊』が使えるのなら余裕だ、大丈夫だ、と太鼓判を押す。

 国防のためにも、あえて軍は通れないような『道』にしているのだと、さらに説明が加えられた。

 なお、高等魔法の『飛行』は使える方が稀なので、話題にさえ上がらない。


「手紙は送っておいたので、その内、我が家から迎えがくるでしょう。で、話は戻しますが、その通らせてもらうクリサンセム国が、質の良い触媒の産出国です」


 崖下に真っ逆さま、の可能性に(おのの)き震えるクライファスを置き去りに、話は続く。


「実はあの触媒の元となるのが、花弁なのです。クリサンセム国産の花弁は術の触媒として良質なのですが、その理由が――『神』です」


 クリサンセム国の主神は『花神』。

 美しく咲いている花の元へ訪れ、愛でられた花は魔力を多く含んでより良い魔術の触媒となるという。

 人の言葉であえて言えば、鳥や蝶に似た姿をしているらしい。虹色の燐光を放って顕現するため、明るい光を目指していけば、そこに愛でられた花が残されているという。


「そのクリサンセム国を通らせていただくのですが――旗を」


 先ほど陽気に話しかけて来た随員が、指示を受けてぱっと広げたのが――真っ白な羽が中央で左右に分かれた真紅の旗。


「意匠が羽なので、旗を掲げる時、翼を広げるって言う時もあるんですよ!」

 旗を広げた随員が、誇らしげにばさりと振る。


「これは我が家(キグナスバーネ)の軍旗です。クリサンセム国では、これを掲げていれば野盗は襲って来ないので、ご安心ください」


 大国ケレアウィスの第三王子であるクライファスは、その旗の逸話を知っていた。

 王家に代々伝えられている話を思い出す。

 最初その旗は、黒地に交差する一対の剣、中央にドクロ印だったという。それを、建国王が玉座についた時に変えさせた。

 旗は華やかな赤に、剣を別れさせて翼のようにしたほうが良い。いっそ羽根にした方が縁起が良い、と言って。


 キグナスバーネ家は貴族でもなんでもない、ただの山賊、野盗の集団だった。現王家は、山賊の力を借りて玉座を得たのだ。

 建国王としては、赤は流れる血の色で、羽根みたいに軽く滅びろ、という悪意からだったそうだが……初代キグナスバーネを名乗る蛮族は喜んだ。

 王はその無知を嘲笑った。嘲笑って、爵位を授けた――感謝からではない、謀反を恐れてのことだ。


 月日は流れ。

 旗の色は葡萄酒の赤と白! と言って元気いっぱいに軍旗を掲げるキグナスバーネ侯爵家は、今なおすこぶる健在である。

 クライファスは何度目かの、初代……っ、と心の中で叫び。同時に、他国の野盗さえも恐れるキグナスバーネ侯爵家……っ、と心の中で机を叩いた。


 なお、(領地)に不法侵入してくるやけに装備の整った襲撃者は――きちんと身包みを剥ぎとり、逃亡者は追いかけて追い詰めて一匹たりとも逃がしはしません、と旗を掲げた随員が誇らしげに胸を張った。


 クライファスは思った。

 それは野盗じゃない! クリサンセム国の者は旗を恐れる正当な権利がある、と。



 そんな会話をしながら一行はクリサンセム国に入国し。


 婚約破棄の場面に出くわしたのだ。

途中のクセのあるお酒の話ですが。作者:蘭錘道様 「あてどない植物記」№89 おとなのりんご酒に フウトウカズラ、のお話を参考にさせていただきました(許可を得てます)。とってもおいしそうです。


小ネタそのいち

ケレアウィス国の豊穣神イメージ=Stardewの妖精ちゃんです。あの、空気読まずに実らせちゃって、こっちの計画ぜんぶ狂わせる困ったちゃんな妖精ちゃん、アレです。


小ネタそのに

ベニスィー国は「これは政略結婚です」に出てきました。時系列でいえばこの作品はそれの百年後ぐらいです。

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