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作戦会議

青かった水晶は赤黒く濁り、その中では濃く分厚い黒い霧のようなものがたちこめている。今やくじらの姿は霧に包まれていて見ることができない。


俺は自分の身(あるいは意識)に起こったことを試験官に話した。

水晶の中に吸い込まれる感覚、割れたカケラに映った青年の映像、黒い丸穴から伸びた干乾びた腕、それらについてなるべく詳細に話した。乱れた呼吸を整えながら。


そして立体感のない影のようになった右半身を見た。

身体を縦に真っすぐ二分割するように黒くなった右半身は、どうやら動かすことはできるようだ。腕を上げたり、手をグーパーして確かめた。ただし感覚がない。壁に触れた手も、床に置いた足も、何の感触も脳に伝えることがなかった。だからどう動かしていいか分からず、物を掴んだり、歩いたりすることができない。 俺は壁にもたれるようにして床に座っていた。


「一体何があったのでしょうか? ヴォックスの身体はどうしてこんなことに……」

受験生を代表するようにトラムは試験官に質問を投げた。


「うん……ヴォックス君の話から推察するに、これは仮説だけど……いや、ほぼ確実と言っていいかもしれない」

試験官は言葉を慎重に選ぶように話す。

眼鏡の奥の目は一点を見つめている。そしてゆっくりと口を開く。


「彼は、ヴォックス君は、転生者だった可能性が高いわ。 別世界からの」


「……!?」


一同は理解できず、次の説明を待った。


「つまり、このくじら水晶に触れることで、彼の中にあった転生前の記憶が水晶内部に表出したと考えられるわ。検知されるだけでなく具現化されたのだと。 なぜならその記憶はとても強力な負の感情を孕んでいた。怒り、憎しみ、哀しみ、絶望。形を成すほどに。 あまりに強力な負の感情に接触してしまったヴォックス君は、抗えずつかまり、侵され、捕らえられてしまった……その半身を。そう考えられるわ」


「そ、そんなことって……!」サラが混乱している。


「通常であればそのようなことはなくて、多少の負の感情の記憶であれば水晶は白く濁り、くじらの動きが止まるだけよ。しかし彼の転生前のそれは、想定をはるかに超えるものだった。現世にあってもまだ強い負のエネルギーを残していた。迂闊だったわ……ごめんなさい」


「ど、どうしたらいいんですか!? このままだとヴォックス……どうなっちゃうんですか?」

サラは目に涙を浮かべながら言う。


「見ての通り彼は半分を失っているわ。今は半分だけの命で生きているということよ。それだけではもちろん不十分。年齢や性別に関わらず、人はひとつの命で生を保つの。だからこのまま生き続けることは……」


「ウ、ウソよ……」

サラはガクッと床に膝を着いてうなだれた。


たしかな重さをもった沈黙が生まれた。


残された時間は少ないようだ。


「そうだ、それなら捕まっちまった半分を取り返せばいいってことだろ?何か方法はあるんじゃねーの!? そうだろ、先生!?」

沈黙を押しのけるようにギットが言う。


「そうね……その通りよ。取り戻すための方法、あるには、あるわ」


「……!」


試験官(賢者)が提案する方法は2パターンあった。


ひとつは、「転生を発生させる方法」。 捕らえられた右半分を再度転生させて引き寄せ、こちらの身体に戻すのだ。シンプルだ。ただし転生の原理はいまだ解明されておらず、どんなに優秀な賢者が力を尽くしてもすぐに実践できる可能性はほぼ無いに等しい(よって不採用だ)。


ふたつめは、「右半分の意思で元の身体に戻る」方法。 捕らえられている右半分に対して、呪縛を打ち破るよう促して取り戻すのだ。しかし、壁に釘を打ちつけるような強い力で拘束されているであろう右半分に、そのような意思と力をもってもらえるか……。


「でもそれしかないんだろ、先生」


「うん……でも魔法で意識を変えたり力を与えたりできるような問題でもないのよ……どうしたら……」


「僕が説得します」トラムが前に出た。


「僕が右半分のヴォックスに戻ってくるように説得します。 ヴォックスは絶対に……こっちの世界が好きだから、戻ってきたいと思っているはずだから。僕が水晶の中に入って話します。 水晶の中に入ることはできますよね?」


「うん……それは私の魔法でできるけど……」


「だったら俺も行くぜ。あいつとはずーっと仲良しなんだ。いつも一緒だったんだぜ。俺はあいつといると楽しいんだ。だからあいつも俺といると楽しいはずじゃん。何があったのか知らねーけど、俺の顔見たら絶対戻ってきたくなるって!」

いつもの能天気口調だが、ギットの目は真剣だった。


「私も……行く。私だって小さい頃からずっと一緒よ。ヴォックスのこと何だって知ってるし、たくさん遊んだんだから! 最近は上手く話せなくなっちゃったけど……でもヴォックスは私達のこと好きなはずなの。戻ってこないなんてことないの!」


「僕ももちろん行くよ。いつも優しくしてくれるヴォックス。僕は本当のお兄ちゃんだって思ってるんだ。これからもずっと、ずっと一緒にいたい!」


四人は決意を固めたように、強い眼差しで試験官に言った。


「わかったわ、やってみましょう。みんなに任せるわ」


作戦は決まった。


何だよ……バカやろう。 俺は、俺はここにもいるんだぜ。


俺の左半分は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。


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