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エピローグ

柔らかくふっくらとした雪がちらちらと舞い降りて、世界を白銀に染めている。そんな光景を俺は図書室の窓辺から眺めていた。


薪ストーブのパチパチという音だけの深い静けさは、ひとりぽっちの室内を優しく包んでいた。


読みかけの本を閉じて伸びをする。


待つことにはもう慣れた。


きっとまだ終わっていないのだろう。こういう時に流れる時間は本当にゆっくりなのだ、時間にはその時々の速度というものがあるのだ。


ギットは隣の教室で追試の最中だ。一体何回目だろう。


数をこなす毎にあいつも成長し、俺の負担も減ったのはたしかだが、そろそろ一発で決めるようになってほしいものだ。


でも、これが俺の日常なのだ。愛すべき日常。


あの問題を解決した翌日、先生はみんなに全てを説明してくれた。


くじら水晶の中の前世と俺がずっとつながっていたこと。そのつながりが増大した影響で世界が改変されたこと。先生とサラと俺で今回は怪物を完全に消滅させたこと。そして世界は元の状態に戻ったこと。


転生前のあっちの世界の俺と、今の俺との関係については、なんというか表現が難しく、先生も説明を割愛していた。しかしそれはたいした問題ではない——俺とこの世界が今、これから、どうあるべきかはとても明確なのだから。


みんな世界が改変されていた時の記憶はなかった。でも、元に戻ってからの状態に何かしらの違和感をもっていたため、先生の説明にはすぐ納得した。入学試験の時のことを触れないようにしていたこともずっと気がかりだったようで、長いことつっかえていたものがとれたみたいに安心していた。


そしてみんなは俺に優しく声をかけてくれた。「本当に良かった」って。


机の上に両手を広げてじっと見つめる。きっと今はあのオーラは出ていないのだろう。結局俺には見えなかったが——ほんとに鈍感。でも、一本の細く繊細な糸のようなものは出ているのかもしれない。彼のところへ。


「つながり」と俺は小さく声にして言ってみた。 するとそれに呼応するように薪の一部がカタンと落ちた。


本のページを開いて、読み途中だった箇所を探す。そしてそこの数行手前からまた読みはじめる。物語の中に心と思考を委ねる。そうしてだんだんと薪の燃える音すら意識から遠ざかっていく——が、前ぶれもなく図書室のドアが勢いよく開かれ、元気な声が飛び込んできた。「イェーイ!」


物語の精霊や静けさの精霊は一斉にぴゅうと退散した。


「やったぜやったぜ百点満点どんなもんよ、ニャハハハ!」


室内の机や本棚をかき分けるようにやってくるギット。答案用紙をひらひらさせて得意気だ。

うん、だからさ、一発で決めろよ。


窓の外の様子を見ると「お、雪もだいぶ落ち着いてきたじゃん。帰ろーぜ」とギットは言った。


俺は本を鞄にしまってコートを羽織り、ストーブの通気栓を慎重に閉めた。炎は穏やかな波となり、やがて消えた。この薪はギットのお父さんが割っているものだ。


先生にもさようならを言い、俺達は校舎の外に出た。扉の上の賢者学校の紋章にチラと目をやる。


今年最後の定期試験が終わった。


冬の空気はキンとして寒いが、幸い今日はほとんど風がない。


ギットとふたりでブーツを沈めては上げてを繰り返しながら向かう、いつもの屋根裏部屋(ロフト)に。


「いやーなんかよぉ、いいことある気がするんだよなぁ、早くロフトに行きたいぜなぁおい!」


いつにも増してギットはご機嫌だ。テストが無事済んで解放感に満ち満ちているのだろう。


そんなギットを見ていると俺まで気分が良くなってきた。他愛もない話をしながら真っ白な息を吐いて、離れの書籍庫の前まで来た。


フードと肩と鞄に載った乾いた雪をはたいて落とし、冷たいノブを回してドアを開ける。


ギットは俺に続く。


外を歩いたからひどく身体が冷えた。早く温まりたい。


書籍庫の中は既に暖かく、二階からはガタゴトと物音がした。

トラムとベスが先に来ているんだ、もう何か楽しくやっているんだろう。


ブーツの底に雪がはさまっていないことを確かめ、ロフトに続く階段の小さなステップをゆっくり上がる。今日のお菓子はなんだろう、そんなことを考えながら。


階段を上がって室内に顔を向けた途端、


パァーン!


とはじける音とともに、カラフルな紙片が舞って降りかかった。


「ハッピーバースデー!ヴォックス!」


俺は目を点にしてその場に硬直した。


「え……? あ、ウソ……!」


ギットが背中を押して俺を中に入れた。そしてテーブルの上のクラッカーを取ると、

「俺からもお見舞いだ!」と言って超至近距離射撃をしかけた。


耳がキーンとする。


『お誕生日おめでとう!』


最近色んなことがあって、すっかり忘れていた。


テーブルの上には大きなチョコレートケーキのホールがドンと置かれ、たくさんの細い蝋燭がささっている。 1、2、3、4、5……きっと16本なのだろう。


ベスは小さな手で可愛くパチパチと拍手し、トラムは暖炉のような優しい笑みで祝福してくれている。ギットは肩を組んできて、俺の身体を楽しそうに揺すった。サラはもじもじと恥ずかしそうにし、照れ笑いしながら拍手してくれた。


——サラ?


「あ、あのさ、これからは私も来ていいかな、ロフト……たまに」


心がポカポカする魔法にかかった。


サラがいて、嬉しい。


「うん、もちろん」


世界が少し改変された。




Fin


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