魔法は禁止
分校先生は、立てた人差し指の上でボールを器用にクルクルと回転させている。
ドッジボール——2チームに分かれ、相手にボールをぶつける球技だ。ぶつけられた選手は相手チームのコートの外野へまわり、外野の選手がヒットをとると自陣の内野に戻れる。最終的に内野の選手がゼロになったチームが負けだ。
「今回はそれぞれ5人ずついるから、内野3人、外野2人の配置でスタートしましょう。念のため言っておくと、魔法を使うのは禁止よ。攻撃にも防御にもダメ。発覚したチームは即失格よ。体力づくりが目的なんだからね」
魔法禁止ならそこそこ戦えるかもしれない。正直、ベスを除けば分校生は魔力に自信があるとは言えず、エリート集団である本校生対してその点では分が悪い。しかしチームワークで戦えるとすれば、俺たちは幼馴染の利点を活かせるはずだ。
きっとグロウ一味はチームワークに関してはとんちんかんチーム。体格がいいから力まかせに攻撃してくるか、グロウにボールを集めてワンマンプレイをするだろう。
「1試合だけじゃすぐ終わっちゃうから、3試合先取したチームの勝利とするわよ」
——3試合先取か。相手の出方を見て対策すれば崩せるかもしれない。
トラムも同じことを考えているようで、目を合わせて肯いた。
チーム名は「本校チーム」「分校チーム」では味気無いため、他のを事前に決めてある。
本校は「グロウ・シュピーゲッツ」。さすがの自己顕示欲だ。
分校は「分校ホエイルズ」。あのくじら水晶からとった。
さっきまで俺は全くやる気がなかったのだが、こうして相手と対峙して構えるとだんだんとワクワクしてきた——自然なことなのだろう。勝っても得るものはないし、負けても失うものなどないのに、「勝ちたい」という気持ちが湧いてくる。これが、スポーツ。
「みんな準備はオーケー? 行くわよ。グロウ・シュピーゲッツVS分校ホエイルズ、試合開始‼︎」
ホイッスルが高らかに鳴った。
** *
ボールはグロウの手にある。シュピーゲッツが先攻だ。
グロウは不敵な笑みを浮かべ、コキコキと首を傾けて慣らしている。髪につけた過剰なアクセサリーが揺れている。あれに当ててもヒットがとれるとのことだ。外さなかったことを後悔させてやりたい。
俺達ホエイルズのスターティング・フォーメーションは、内野に俺とギットとトラム、外野にベスとサラを配置した。内野に戦闘力の高いメンバーを集めて、相手の火力の最大値を計る意図だ。
シュピーゲッツはもちろん内野にグロウ。他のとりまきの個性は良くわからん。クククク……ケケケケ……と威嚇してくるところは以前と変わらない。
「ヌワハハハハ‼︎貴様らは一勝することもできん!このグロウ様は魔法だけでなく運動も超一流だということを見せてやろう」
「グロウ君、かっこいい!」「グロウ君やっちゃってー!」と、とりまきが囃し立てる。
グロウは片手でボールを掴み、ゆっくりと大きく振りかぶった。一瞬ためをつくると、そこから素速いモーションでボールを投げた。
「フンッ‼︎」
ものすごいスピードのシュートが放たれた。
狙いは——俺か!
ほとんどボールの形が見えない。反応が完全に追いていかれた。
バスンッ‼︎
「つ…………!」
「……ほほう、少しはやるようだな」
俺はボールをキャッチしていた。
反射的というか、無意識に胸に抱えるようにボールを受けた。
かなり重いシュートだったようだ。大きな衝撃を喰らい、一瞬息が止まった。腕も若干痺れている。
だがいける——! ドッジボールなんて全然やったことないし、俺達はキャッチボール程度の練習しかしてこなかった(グロウが相手だと思わず、こんな豪速球を想定していなかった)。だが意外にも対応できた。俺にできるのであれば、ギットやトラムでもいけるだろう。彼らは俺よりも運動神経がいいのだ。
「イイね、ヴォックス。ナイスキャッチ。そのまま攻撃してみたら?」
トラムに背中を押され、俺はグロウを睨みつけ振りかぶる。
「ヌワハハハハ! こい!」
「オラァ!」
ボールを投げる手を、グロウをやり過ごしてその隣にいたとりまきAに向けた。そしてシュート。虚を突かれたとりまきA(Bだったかもしれない)はキャッチできず、顔面にボールを喰らって倒れた。作戦成功。
「いいぞーヴォックス!」「ナイスナイス!」
味方チームから歓声があがる。
多分ドッジボールの技の典型的なものなのだろうけど、思いつきが上手くハマって俺は少し昂揚した。「……っし!」と声も漏れた。
やっぱりいけそうだ。グロウ程ではないが球のスピードも十分でていた。
アウトになったとりまきAだかBは、俺達のうしろの外野へ移動した。
グロウは体を折って長い腕を伸ばし、ボールを拾った。そしてぬるりと顔を上げると、そこにさらに不敵で、いや不敵を通り越して不吉とも言うべき笑みを浮かべた。
「フフフフフフフ……。かかったな……!」




