スポーツ
賢者がおろそかにしがちなもの、それは——体力。
あらゆる魔法のエキスパートであり、万事に関する深い知識を有する賢者といえど、その業務は体力勝負。
国王や領主のために従事する内政業務は常に多忙であり、遠征を伴う外交業務は様々な環境に対応せねばならずとにかくハードだ。
賢者志望者の大半はこの体力問題で振るい落とされているという。要するに頭だけいいヤツはもうグッバイということだ。
もちろん、賢者学校にも体力づくりに関するカリキュラムが組まれている。そして本日はその一環としての「球技大会」が開催されるわけだが——
** *
「ヌワハハハハハ‼︎ここが分校か!小さいな、狭いな!しかし丁度いい!この俺様の名前を拡める手はじめとしてはな!ヌワハハハハ‼︎」
赤煉瓦の分校校舎のその奥のグラウンドへ、ぞろぞろと例のとりまきを引き連れてグロウが我が物顔で入場している。
そう、球技大会は本校と分校の交流戦として行われることになったのだ。分校はまだ一期生の5人しかいないため、本校の有志が募集された。しかし分校との交流戦なんぞのためにわざわざ時間と労力を浪費しようとする者などほとんどいなかったらしい。グロウとそのとりまきを除いて。
「あら、私もいるわよ、ヴォックス♡」
本校の問題美少女マリンが俺の肩をツンツンとつつく。7月に交換生として分校に来た時、最終的に突き離して別れる結果となってしまったのだが、あまり気にしていないのだろうか。
「そんなことないよ、すっごく悔しかったんだから。でも興味の方が勝っちゃったみたい。私、ヴォックスの事まだまだ知りたいんだ。あきらめないぞっ!」
マリンは満開の花束のような笑顔を咲かせたが、それは以前のものとはどこか違って見えた。ほんのわずかだが。あるいは季節が巡って見た目が少し大人びただけかもしれない。
「それに、ヴォックスのこと興味ある本校生はまだいるんだよ。前にも言ったでしょ」
俺とマリンから少し離れたグラウンド外に、研究熱心そうな生徒が3人いた。
ひとりは眼鏡のブリッジをクイッとしながらこちらを凝視し、ひとりは何かメモを取りながらブツブツ言っており、ひとりは心細そうにキョロキョロと辺りを見回している。いずれも女子生徒で、制服のリボンの色からすると同級生のようだ。グロウ一味とはだいぶ毛色の違う落ち着いたインテリの部類の印象だ。
「エヘヘ。私たちは競技には参加しないよ。補欠兼マネージャーっていう体でやってきました!楽しみにしてるよ、ヴォックス」
研究対象はやっぱり俺か。まさか本当に本校生にそんな目で見られていたとは。
マリンは俺から不思議なオーラが出ていると言った。そしてそれはある時には視覚的にも確認できるということだ、感じるだけでなく。 教師に相談すればいいのだがそれが出来なかった。そうすることで何か大きな問題のトリガーを引いてしまう気がして。 それに、相談したとしてもはぐらかされるような気もした。これはなんとなくだ。早急に対応しなければならないようなことなら教師や学校側から先に言ってくるだろうし。
「ヴォックス達が今日負けたら、今度またデートしてね!約束だよ、絶対だよ!」
マリンは一方的に約束を取り付け、本校生の輪に戻っていった。




