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解決策

次の日の授業の後、マリンが小包をくれた。

ピンクのギンガムチェックのリボンで結ばれた可愛い包みだ。


「これ、きのうのお礼。テキスト見せてくれたから……チョコレートだよ。ヴォックスのために頑張って作ったから食べてほしいな!」

ちょっと照れたような笑みとともに差し出されたそれを、俺は大事に受け取った。


「ありがとう、何か悪いな、逆に。そうだ、後でロフトでギット達と食べようかな」

「ロフト?」

俺はあの屋根裏部屋についてマリンに簡単に説明した。それからベスが不在で丁度お菓子がなかったことも。


「ふーん、そんな場所があるんだ、いいな。でもこのチョコレートはヴォックスのために作ったんだから……ヴォックスだけに食べて欲しいの」と、少し拗ねたように言ってくる。

分かったと言って俺は鞄に包みを入れたその時、マリンがサラの方に一瞬視線を向けたような気がした。


俺がサラの方を見ると、サラはもう教室を出ていくところだった。


** *


 放課後のロフトにて、俺達はトラムが持ってきたスゴロクのようなボードゲームで遊んでいた。ベスを入れて四人でやった方がやっぱり盛り上がるよな、などと言いながら。

 リラックスした、ゆったりとした時間が流れていた。


 そこに突然一階のドアをノックする音が聞こえてきた。

 空耳かもしれないと思ったが、どうやらそうではないようだ。控え目なノックが間隔を空けて続く。普段ノックする人なんていないため、俺達は訝しげに顔を見合わせてしばらく見送ったが、やがて「どうぞ」と返事をした。ベスのお母さんかもしれない。


 ギィィィ……とゆっくりドアが開く。


「お邪魔しまーす……わ、すごい、本がいっぱい! この階段の上……なのかな?」


——マリンだ。


薄暗い書籍庫の中でも存在感を放つその華やかさで一目で分かった。


——なぜここに?


 俺達は理解が追いつかず、ギットはなぜかソファの上で姿勢を正したりしていた。


「あ、いたいた! そこが『ロフト』なんだね、楽しそー!」

 と言ってマリンは階段をゆっくりと上がってきた。

 いきなりのことに衝撃が走る。

「ちょ、ちょっと待てマリン!」

「え?」

 俺は階段途中のマリンを制するように手の平を向けた。

「もしかして……上がっちゃダメなの?」

 ダメってわけではないが……前例もない。一度このキュートな小悪魔の侵略を許してしまったが最期、二度と元に戻れなそうな予感に俺達は大慌てなのだ。

「私が交換生だから入っちゃダメなの? 一人でこの町に来てすごく寂しいのに……。それともヴォックス私のこと嫌いなの?」

今にも泣き出しそうな表情のマリン。


——ロフトに上げてあげるか? マリンも一緒に遊びたいだろうし、ここで帰すなんて冷たすぎる。ちょっと談笑するだけだ。きっとみんなで仲良くなれ—いやいかん、なんかいけない気がする——


俺の思考回路は複雑な衛星軌道を描いて脳の周りを巡った。


「わ、分かった。俺も下りるから、いったん外に出よう。ちょっと散歩でもしよう」


それが俺の出した解決策だった。


** *


「へ、へーん。これってデートっていうんだよね?」

 俺の腕をとって歩くマリンは上機嫌だ。


 ノースリーブのシャツにミニスカートのお嬢様は、この町の案内をご所望との事だが、大したものが無いため困った。しかもこうもぴったりくっつかれると、道行く人の視線が痛い——この小さな町ではあっという間に噂が拡まってしまうだろう(という懸念とは裏腹に、こんな可愛い子を連れて歩く誇らしい気持ちも正直あった)。


 どこを案内しようか少し思案したが、見栄を張っても仕方あるまい、とりあえず町をぐるりと周って目についたところを紹介することにした。


 書籍庫を出て少し北へ歩くと、この町を東から西へ流れる川にあたる。

 領地をアーチ状に囲う山脈からもたらされるこの川と、町の近くの泉から引いている新鮮な水のおかげで、俺達の町は水には困らない。いくつかの井戸もあるし、長い時間をかけて整備したという上下水道もある。


 川の東西には水車があり、住宅街へ向けて引かれた用水路に川の水を供給する。用水路のゆるやかな流れは、視覚的にも聴覚的にも、この町に住む人々の穏やかな気質に寄与している。


 用水路より外側の、町を囲うようにして生えているリゾの木の蔦や、その足元に繁っているロジク草の菜種からは、潤沢な油が採れ、通りの灯籠や家々の灯りに使用されている——などと説明しながら歩き、町の中心、時計台広場まで来た。


 マリンは終始やや大袈裟なリアクションで俺の話に耳を傾けていた。珍しいものなど何もないだろうに。


 この広場では月に一度、月末にナイトバザーが開催される。家族や友人と露店を出したり、楽器を演奏したりして、自由な時間を屋外で過ごすのだ。特に夏の長い夕方、ゆっくりと暮れていくグラデーションの空に包まれて食事をしたり音楽を聴くのはとても素敵だ。今月末がベストシーズンかもしれない。


 広場から町の入り口に続くメイン通りを歩く。


 パン屋や金物屋を見つつ、ちょっと休憩しようかとバーに入る。ここのバーはカフェも兼ねていて、未成年にはジュースを出してくれる。


 俺達はミックスジュースを注文してスツールに腰掛けた。

 マリンは頬杖をついて、ニコニコしながら正面から俺の顔を見つめている。


 今になって不思議な気持ちになってきた。


 出会って間もない他所の街の少女と、自分の町の慣れ親しんだ景色の中にいることに。

「あのさ、なんでマリンは俺とデートしたいと……思ったっていうか、仲良くしようと……思ったんだ?」

 たどたどしく質問をしてしまった。

「エヘヘ、なんでだと思う?」

 何を言っても当たらない気がした。

「ヴォックス、本校ですごく注目されてるんだよ。特殊なオーラを纏った分校生がいるって」


 俺が……注目? 特殊なオーラ……?


「そう! 特殊な……なんていうか、この世のものとは思えないような、そんなオーラ」

 マリンは完璧な笑顔で言った。

 しかしマリンが背にした夕陽はその笑顔に不気味な影を作り、俺はゾクっとした。

 在処の不明な自室のドアノブを、見知らぬ誰かに好奇心でガチャガチャと弄られているような感覚がした。

「そのオーラに興味があるんだ! きっと新しい、みんなが知らない魔法に関係してるんじゃないかなって。そう、魔力が滲み出たもののはず——そんな気がする。 だからヴォックスの側にいたら、それが何なのか分かるかなって。ヴォックスは……自覚してないみたいだね?」


 そんなオーラがあるなんて考えたことはない。誰かに言われたこともない。


「みんな鈍そうだもんね。それかあえて言わないだけか。でも私や一部の本校の子はそういうの敏感だから。オーラが増えたり減ったりしてる様子もわかるよ」


 入学式の時に? そんな風に見られていたのか。


「ヴォックスに興味があって接近しようとしてる子、結構いるんだよ。だけど私が一番乗り! エヘヘ」

 そのために交換生として来た訳か。そのために俺と——

「それだけじゃないよ」

 マリンは俺の額に指をぴっとさす。


「顔もタイプだし」


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