志望動機
明りとりの窓から午後の淡い光が射している。
ぼんやりとした意識から目覚め、俺は横になっていたソファから体を起こした。
なんだか遠い世界の夢を見ていたみたいだ。
「おはよう、ヴォックス。随分疲れてたみたいだね。予想してたより結構難しかったもんね……でも、ヴォックスならきっと大丈夫じゃないかな」
テーブルを挟んで向かいに座っているトラムが、いつもの上品な笑顔で言う。
「いやー、俺なんか時間ギリギリまでねばりにねばったもんね! まぁなんとかなるっしょ! ニャハハハー!」
こいつはギット。赤い短髪の能天気なヤツ。ソファの上に胡坐をかいて大口で笑っている。
今日の午前は入学試験の筆記テストだった。
俺たちの住む地域の領主は賢者の育成に力を入れている。平和な時代が続き、これからの発展のためには戦士や魔法使いといった戦闘力を重視した者よりも、広い知識と正確な判断力を兼ね備えた人材が必要と考えているようだ。
そんなわけで、この小さな町にも賢者学校の分校が設けられることになった。
俺はテスト初日を終えた安堵からか、眠ってしまっていたみたいだ。感触は悪くなかった。
階下からトントンという軽い足音と、カタカタという陶器の乾いた音が聞こえてきた。
「みんなー、お茶の時間だよー」
澄んだ青色の髪を揺らしたベスが、ティーポットとビスケットの載ったお盆を持って上がってきた。
ここはベスの家の離れの書籍庫だ。その二階の屋根裏部屋を俺達は溜まり場にしている。通称「ロフト」。
ベスはお母さんが用意してくれたお茶とお菓子を母屋から運んできてくれた。
「うほぉぉぉー! セネアの実のビスケット! 俺大好物なんだよなー!」
ベスがテーブルに置くや否や、ギットはバクバクと頬張りだした。あんまりがっつくものだからカスを床にこぼしている。いい食べっぷりだし美味しそうではあるが、後で掃除しておけよ。
「それにしてもよ、ベスのおやじさんは城の学者さんなんだろ? それだったら本校の賢者学校にした方がよかったんじゃねえの? おやじさんはあっちに住んでるんだしよ」
「うーん、そうかもしれないけど……いいんだ、僕はこっちがいい」
ベスは進学先についてはかなり悩み、両親とも何度も話しあったようだった。しかし慣れ親しんだ町と幼馴染みとは離れたくなかったのだろう。俺達は小さな頃からこの年下の美少年を弟のように可愛がっていた。
「トラムはあれだっけか? じいさんに行けっていわれたんだっけ?」
「じいさんじゃないでしょ! 町長様だよ!」
年下に叱られる男ギット。
「そうだね。それもある。でもそれだけじゃないよ。賢者はこの領土や町にとってとても役立つ職業だと思うんだ。誰にでもなれるものじゃないけど、都合よく僕たちの町に分校ができてくれた。これはチャンスじゃないかなって。 そう言うギットはどうして賢者になろうと思ったの?」
「え、あ、いや……そりゃおまえ……その、なんか、なんかモテそうじゃん! めっちゃ『かしこきもの』って感じでよ。オ、オールマイティーでよ! ニャハハハ!」
一同から溜め息がでる。
なんていい加減な動機なんだ。そもそもコイツは賢者が何なのか知っているのか……?まぁやる気がでるのならそれもありっちゃありなのかもしれないけれど。
「じゃあヴォックス、おまえはなんで賢者になりたいんだよ!? ちゃんとした理由があるんだろうな?」
それは前に言わなかったか?いや、言ってなかったか。
俺が賢者を志望する理由。それは、
それは……
…………あれ?
「どうした、ヴォックス?」
おかしい
俺はその理由を思い出すことができなかった。
賢者学校(分校)の試験編へ続きます
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