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第2話:契約者の論理

夜の町は静かだった。だが、静寂は欺瞞に満ちている。ユリア・ヘルツは城の廊下を歩きながら、掌の薔薇の紋章をじっと見つめた。黒く爪を立てる痣は、彼女が逃れられない契約の証。


「どうして…こんなにも罪を重ねるの?」

自問すると、どこからともなく甘く響く声が返ってきた。


「罪? いや、これは美の代償だ。お前は永遠を得た。それだけで、十分ではないか?」

契約者アクレムの声は冷ややかだが、洗練され、論理の刃でユリアを切り裂く。美と不死を手に入れる代わりに、誰かが苦しむ。理屈では正しい。しかし心は、耐えられないほど痛む。


城の図書室。古い書物をめくる指先は震えていた。そこには、16世紀に“血の伯爵夫人”と呼ばれた女の記録があった。処女の血で若返り、不死を得たという伝説――しかし文書には別の顔があった。権力者への嫉妬、密室での惨劇、信仰の名の下の恐怖。血と美に囚われた女は、誰も救わず、自らの美を守るために世界を犠牲にしていたのだ。


ユリアの胸が熱くなる。自分もまた、その血筋を受け継ぐ存在――不死の少女であり、悲劇の媒介者。恐怖と嫉妬が連鎖する町の未来を、彼女はすでに背負っている。


「私…誰も救えないの?」

呟きに答えるように、アクレムは囁く。

「救えると思うのは、愚か者の幻想だ。だが、試すことはできる──お前の意志で」


翌朝、幼馴染のレナが城を訪れた。笑顔の裏に隠れた不安を、ユリアは察する。町の人々の死と嫉妬が、レナにまで影を落とすのは時間の問題。だが手を伸ばさずにはいられない。

「レナ…危ないかもしれない。でも、私は――」


その瞬間、図書室の扉が激しく開き、冷たい風が巻き起こった。白い紙片が舞い上がり、血の匂いが混ざる。ユリアの心臓が跳ねる。


「――最初の選択を誤ったな」

アクレムの声が、耳元で笑う。


振り返った先には、まだ幼い町人が倒れていた。美しい薔薇の花びらが、彼の血に濡れている。ユリアは膝をつき、泣きたくなるほどの絶望を抱きしめた。


誰も救えない。誰も報われない。

だが、ユリアはまだ歩き続ける。薔薇の赤が、彼女を誘う限り。

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