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第1話:薔薇の刻印

肌を撫でる風が、血の匂いを運んできた。古城の石壁から滲む腐臭か、それとも誰かの迷信がまだ生きているのか――ユリア・ヘルツには区別がつかなかった。


壁に掛かった肖像画の女が笑う。赤く染めた指先で、白い薔薇を撫でている。薔薇はいつまでも白く、滴る血に濡れていた。視線を返すたび、胸の奥で疼く何かが揺れる。


「約束は覚えているか?」

部屋の陰から声がした。甘く、滑らかで、砂糖で磨いた刃のような声。ユリアは手を見た。掌の皺に、薔薇の痣が黒く爪を立てている。


「覚えている」

自分の声なのに、どこか他人の響きに聞こえた。記憶は欠け、断片だけが宙に浮かぶ。血と宴、女の笑い、そして一度だけ聞いた叫び。


夜が来ると、町の灯は一つ、また一つと消えた。足は自分の意思とは無関係に、城の外へ向かう。薔薇は静かに、根元から赤を吸い上げるように咲き始めた。


遠くで、誰かが泣いた。いや、風がその音を運んだのか。ユリアは振り返らず、ただ薔薇の赤に目を奪われる。冷たい美しさと、甘くて苦い血の香りに包まれながら。


「これが…私の世界か」

掌の紋章を撫でる指先が、ほんの少し震えた。覚えてはいない過去も、選べない未来も、すべてが血と薔薇で染まっている。


その時、声は再び囁いた。

「さあ、契約を果たす時だ――」


ユリアはただ黙って、薔薇の海に足を踏み入れた。美しく、そして恐ろしい一歩を。

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