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元ヒロインの、7年間

 私が体を奪われたのは、10歳の時。そして現在は17歳、高等部二年生である。

 この7年間のことを少し振り返ってみよう。


 例えばあれは、10歳の時。私が鏡に閉じ込められたその日のことだ。

 ユリ―は、階段から落ちて怪我を負っているにもかかわらず、痛めた足を引きずってドレッサーの前に座った。鏡に映る自身の姿をぼーっと眺めたかと思うと、ぽろぽろと涙を流し始めたのだ。



「あぁ、私の願いが本当に叶ったのね…神様ありがとう…。」



「これで、これで…ゎたし…。」



 身体を奪われ絶望の中にいた私は、その感極まった様子で泣くユリ―に、多少は救われたのだ。

 この子には何かとつてもない願いがあるのだ。そして、その願いを叶えるためにはどうしても私の身体が必要だったのかもしれない。こんなに切なく泣いているのだから、きっとそれは大切な願いなんだろう。

 自身の中の恐怖を、絶望を、泣いている少女の純粋さを受け入れることで蓋しようとしたのだ。ユリ―という仮称を与え、切なる願いのために身体を貸してあげる。これはきっと善行なのだと信じて。




 そんな想いは、怪我もすっかり完治した数か月後のお茶会で裏切られた。



「私、ダリア様のお兄様に突き落とされたんです…。私、ふらふらと一人で歩いていたのではありません。ちゃんと使用人の方々と共に歩いていたのに、私だけがぶつかって階段から落ちてしまうなんて…運が悪かったと思いたくても、どうしても信じられないのです…。」



 このお茶会は、あの事故が起きたアームストロング家で開催されていた。

 開催の理由は、リリィ・ホランドとダリア様の兄、ダンテ・アームストロング様との婚約の発表だった。正義感が強く人柄の良いアームストロング公爵の「ご令嬢に怪我を負わせた責任をとりたい」という想いから、将来公爵となる息子の妻に私を選んだのだ。ただ、ホランド家が伯爵家の中では裕福で多少力があるからというのも考慮されているだろう。

 私は喜んでいた。ダンテ様はたしかに今はお転婆で、少し乱暴者のイメージはある。しかし、ダリア様同様聡明なお方で、これまた聡明だと噂の第一王子の遊び相手に選ばれるようなお方である。容姿だって、きっと将来は一目置かれる麗しさを携えるようになるだろう。

 今はまだ幼くても、もう数年でユリ―の願いの支えになってくれるような人物のはずだ。現に、さきほどアームストロング家の鏡の前で身支度されているとき、私に対して申し訳ない気持ちを使用人に吐露していたのだ。


 両親から婚約の話を聞かされたユリ―は、自室に戻ると静かに微笑んでいたから。だからきっとユリ―も喜んでいるのだろうと、そう思っていたのに。

 ユリ―はあろうことか、お茶会当日に招待された他の令嬢の前でダンテ様を非難し始めた。



「…たしかに、うっかりぶつかるにしてはできすぎていますわね…。」



「だから、さきほどからリリィ様は怯えているのですか?」



「…公爵様は、良いお方です…私を想ってこの婚約を整えてくれたことは理解しているのです…。でも、いつかダンテ様にまた同じような目に遭わされるのではと、どうしても不安が…。」



 ユリ―が体調悪げに駆け込んだパウダールーム。目ざとい令嬢たちはそれに気づき、後をついてきてリリィに問うたのだ。なにか、嫌なことでもあるのかと。

 私は信じられなかった。公爵家に対する不敬ともとられる発言。たしかにあの日のダンテ様は、非常に不用心であったし、責任を取るために公爵家と婚約することになるなんて、偶然にしてはできすぎている出来事だ。でもそれは両親にまず伝えるべきであって、この貴族社会で隙を見せてはならない相手に言ってはいけない。アームストロング公爵家にもホランド伯爵家にも、良いようにはならない。



「でも、こんなことを心優しい両親にも、公爵様にもお伝え出来ず…。」



「…そうなのね。…リリィ様、お可哀そうに。ねぇ?」



「えぇ…この婚約が、リリィ様の望み通りになるように私たちも手助けしますわ。」



 ああ、終わった。この婚約は白紙だろう。白紙どころか、次期公爵に対する名誉棄損で賠償を求められるかもしれない。

 きっとこのご令嬢たちは、何も知らないような顔で大人にこの話をするだろう。「可哀そうなリリィ様」と付け加えて。それを聞いた大人たちは、このホランド家に都合がよすぎる婚約を潰しにかかるはずだ。リリィ・ホランドの不敬を理由に。

 

 パウダールームの鏡の中、私は身体を返してもらった後の自身の人生に対して頭を抱えることしかできなかった。

 しかし、それでも私はまだユリ―を信じていた。彼女はきっと、元平民の少女で、貴族の常識に疎いだけ。これから少しずつ学べば、この大きな失敗も少しは風化できるはず、と。




 一か月後、案の定公爵家との婚約は解消された。当たり前だ。両親も肩を落としていたし、不敬にあたる行為をしたユリーを叱った。

 しかし予想外だったのは、公爵家から名誉棄損に対するお咎めがなかったこと。ユリ―の恐怖心も当然のものだと、しかたがないことだと公爵様は納得してくれたらしい。

 たしかに、あのお茶会の時期、ダンテ様はかなり手を焼く方だと聞いていた。それを間近で見ていた公爵様は、他の人よりも自身の息子の行動を重く受け止めていたのかもしれない。かなり予想外の出来事に、私は自身を無理矢理納得させ、ユリ―の幸運を喜んだ。

 しかし、ユリ―にとってはこれは予想外ではなかったのだと、その日の夜に知ることとなった。



「公爵がゲーム通り、かなりのお人よしで助かったわ…。」



 げえむ、とは何だろう。公爵がかなりのお人よしだと、なぜ知っているのだろう。



「まあ、これで罰を受けることになっても、私には都合がよかったけど!」



 ご機嫌にベッドに飛び込んだユリ―。

 罰を受けてもよかった?もしそれで、家族が辛い目に遭うことになっていたら?貴女はそれでもよかったと、それも都合がいいことだと、そう言うの?

 声が届かないことは理解していたのに、私はベッドで幸せそうに眠るユリ―に叫び続けた。

 貴女の願いは、私の家族の不幸なのかと。




 婚約解消の件以降、ユリ―に目立つ行動はなかった。家では基本いい子だったし、他のご令嬢との交流も恙なく行っていた。

 ただ、たまに影が差すことはあった。気の弱そうな使用人への態度が少し雑だったり、お茶会でふとダリア様やダンテ様のことを良くない風に話題に出したり。それは、目立って取り上げるほどのことではなかったけれど、それでも、私のユリ―への純真な少女としてのわずかに残った期待を崩していくには十分だった。


 そして、王立学園の中等部へと入学後。期待は完全に失われた。

 第一王子と同じ学園に通うようになったからだ。第一王子はダンテ様と同じく一つ上の学年。同学年で幼馴染の二人は常にともに行動をしていて、”ダンテ様が怖い”と言っていたユリ―が接触を図ることはないだろうと、そう思っていたが。


 案の定、ユリ―は定期的に第一王子に接触しようとし、自身が婚約解消を願ったダンテ様にも素知らぬ顔で挨拶する。おまけに、ダリア様に対する悪口を以前に増して言うようになった。ただ、ダリア様に直接何かをすることはなかったから、それだけは少しマシだと言える点だ。


 私は悟った。ああ、この子があの日流した涙は、ただの横恋慕だったのね。

 第一王子とのロマンスを願い、そのために誰でもいいからと願い、そして選ばれたのが私の身体だったのね。


 これが、私の人生で二度目の絶望だった。

そして、王子との恋愛を夢見る少女が私に身体を返してくれる日はきっと来ない、私は身体を貸したのではなく奪われたのだと、その日になってようやく理解したのだ。


 中等部を卒業する頃には、すでに嘘つきのリリィ・ホランドが出来上がっていた。

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