元ヒロインは、悪役令嬢
私、リリィ・ホランドの身体を奪った彼女…私は彼女を勝手にユリーと呼んでいる。私の名前の由来となった花の別名らしいから。ユリーは、私の身体を奪って以降、ダリア様を目の敵にしては悪評をわざと流したり、婚約者の第一王子に対して下心をチラつかせるような発言をしたりする。
彼女の思惑はおそらく、第一王子をダリア様から奪うこと。
その計画として、ダリア様を貶めようとしているのだろう。
しかし、その計画はあまりうまくいっていない。
「…中庭でホランド伯爵令嬢がまたアレをしていましたの、見ました?」
「あらぁ、性懲りも無くよくやりますわねぇ。」
これは、高等部二年のとあるクラスで行われている令嬢たちの会話。私は教室に必ず一つは設置されている姿見の中から、その話を聞いている。
「あの方、ダリア様の美しさに嫉妬していらっしゃるのよ。」
「まさか、ご自分が本当に王太子殿下の正妃になれるとでも思っているのかしら?」
「側室にすらなれないわよ。だって彼女、すっかり“悪役令嬢”だもの。」
「悪役...ではなく、ただの悪女ですわよ。」
「だめよ、”悪女“なんて貶める言葉、口にしているのを誰かに見られたら、私たちこそ悪女のように言われかねないわ。”悪役令嬢“くらいなら、流行りに流された戯言程度に思ってもらえるでしょう。なんせ相手は、あのリリィ・ホランドだもの。」
「それは名案だわね。彼女の味方なんて力も知恵もない、楽に蜜を吸いたい子息だけですもの。」
悪役令嬢というのは、この数年続けて流行の、恋愛劇で出てくるヒロインの敵である。ヒロインの恋愛を嫉妬心から邪魔をし、最後には断罪される存在。
ダリア様と第一王子の仲を妨害しようとしているリリィ・ホランドはまさに、劇に出てくる悪役令嬢のようなのだと評判である。身体の持ち主としては、非常に嬉しくない評判だ。
しかも残念なのは、たいていの悪役令嬢の設定は、貴族としての地位が高く、色気があり大人っぽく、人が近づきにくいカリスマ性とオーラを放ち、聡明故にずる賢い。どちらかというと、ダリア様のようなお方が当てはまるのだ。ずる賢いという部分は知らないが。
対して私、というかユリー扮するリリィ・ホランドときたら。伯爵位だから地位はまあ高め程度、顔を可憐だとは思うが、勝手に漏れ出てくる色気なんてない。さきほどのユリーのように頑張れば、女性にあまり相手をされない男性がその気になってくれる。
そしてなにより、計画の杜撰さがひどい。裏表の顔は見事に使いこなすのに、やっている悪事が大半は誰かしらにバレている。
中等部の頃はまだもう少し上手くやっていた。ユリーに同情し、ダリア様を批判する者だってそれなりに居たのだ。それこそ、ダリア様が悪役令嬢で、私がヒロインだという意見もあったくらいには。
しかし、徐々にユリーの思惑はバレ始める。先程みたいに裏を目撃されたり、話の内容に矛盾があったり。
今ではすっかりユリーの嘘は暗黙の了解として浸透しており、みんな素知らぬ顔なのだ。嘘とみんなが分かっているのだから、わざわざそれを咎める者もいない。
つまり、誰にも相手にされていない。
ユリーだけが、なぜかそれに気がついていない。
あの子息だって、楽なお使いで良い思いができる、くらいに考えているだろう。
「ほんとうに、呆れた子...。」
令嬢たちが居なくなった、静かな教室を眺めながら私は一人呟いた。
いずれあの身体を取り戻しても、私はもう誰にも相手をされないだろう。だって、嘘つきのリリィ・ホランドだもの。身体を奪われたなんて、きっと誰も信じないわ。
ねえ、ユリー。あなたは、そんな無駄なことをするために、私の身体を奪ったの?




