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元ヒロインは、耳を澄ませる。


 ダリア様の無茶ぶりによって第一王子であるアザレア様と哲学について議論をしてから半月。その半月の間、お二人のお茶会はなんと五回。ダリア様がどうにか予定にねじ込ませたのだという。そしてその五回すべてで、必ず私とアザレア様の議論の時間が設けられた。

 最初は、こんなことをしてダリア様のイメージに傷がつかないかと心配をしていた。お二人の想像以上の信頼関係を前に、その心配は無事杞憂に終わったが。しかし驚いたことに、議論初めは当たり前に半信半疑で付き合ってくれていたアザレア様が、段々と私の存在を受け入れ始めたのだ。たまにちらりと私(というよりは鏡だが)に向けるだけだった視線は、段々とこちらを向く回数が増え、四度目にお会いした時には完全に私を見て話していた。

 さらに驚いたことに、最後にあった五度目のお茶会ではなんと、ダリア様のお兄様兼アザレア様の親友であるダンテ様も同席されたのだ。

 アザレア様から全ての事情を聴いていたらしいダンテ様は、鏡に向かって話しかけるアザレア様とその様子を満足げに見ながら哲学を語るダリア様という異様な光景を、まさに信じられないという顔で見ていた。そして、初期のアザレア様同様、何かを窺うようにたまにちらりと私を見るのだ。

 そういえばこの人は、一時期の私の婚約者だったんだ。議論の束の間、ダンテ様と目が合った時にふとよぎったあの出来事。ダンテ様にぶつかって、私の人生は一変したこと。


 もしいつか、そのことをダンテ様が知ることになった時。私は平気だからどうか気に病まないでと、ちゃんと伝えられることを切に願った。





















「リリィ!とうとう決戦の日よ。きっと今日、偽物が動くわ。」




 漆黒の生地に超小粒のダイヤが散りばめられた、絢爛豪華なドレスを身に纏ってダリア様は私にそう言った。でも当の私は、そのダリア様の美しさに呆然としてしまい自分の人生がかかったことだというのに全くダリア様の言葉が頭に入ってこない。

 なんて美しいのだろう。頭の中は、そればかり。

 決戦の日である今日の王家主催のパーティーはなんと、少し早めになった、アザレア様立太子の正式発表の日でもあるらしい。そんな大事な日に事をかましてしまっていいのかと私は不安で一杯だったが、アザレア様にやらかす許可はとっているとあのダリア様が仰るので、私は考えないことにした。

 そんな二重の意味で大事なパーティーだから、今日のドレスは過去一番に美しいものにしてもらったのだと言う。そんなドレスに対して髪型はかなりシンプルだ。もともと綺麗なウェーブの赤髪なので何もしなくても一定の華やかさはあるのだが、ドレスが黒くて重い色な分、私はアップヘアの方がいいんじゃないかと思ったのだ。しかしダリア様は、アザレア様から今回のパーティー用に送られたバレッタで緩くハーフアップに纏めるだけでいいと言う。この方が印象に残るから、と。

 単純な見栄えではなく、印象に残ることの重要性まで考えられるなんて…私はいたく感動したのだが、ダリア様は静かに微笑むのみだった。ダリア様の凄いところを発見するたびに感激している私にはもう慣れきってしまったのだろう。




 公爵家にアザレア様がお迎えに来られた。ダリア様はそのままダンテ様と、婚約者がまだいないダンテ様は公爵夫妻とパーティー会場に向かうことになっている。

 アザレア様を前にした公爵夫人は、それはもう完璧な貴婦人だった。本当の彼女を知っている身としては、「立太子が決まった存在」であることにしか興味がないのだろうと簡単に想像がついたけれど。




「今日も美しいね、ダリア。」




 揺れる馬車の中で、アザレア様はまずダリア様のお姿を褒めた。きっとそれは心からの称賛であろうことが声音で分かる。私は邪魔をしないよう、今はダリア様のクラッチバッグの中だ。




「今、鏡の彼女はいるのかい?」



「えぇ、いますわ。」



「君ももう分かっていると思うけれど、僕は彼女の存在をとっくに信じているよ。だから、そろそろ直接挨拶をしたいのだけれど…いつになったら僕にも見えるようになる?」



「絵本の内容、覚えていませんの?」



「覚えているけど…。」



「じゃあ、『呪いを解く言葉』はご存じのはず。侍女が偽物に言っていたでしょう?」



「侍女…あぁ、『あなたは「待って!」…どうした、急に。」



「その言葉は、私が合図をするまで言わないで欲しいのです。」



「ちゃんと計画があるんだね。さすがだ。」



「ふふ、侮らないでくださいまし。」



「その作戦がどういうものか、きっと君は教えてくれないんだろう。…だからこそ、僕は言わなければならないことがある。鏡の彼女も、聞こえているなら聞いてくれ。」




 予想をしていなかったアザレア様からの名指しに、胸がどきりとした。悪い予感を、伴って。




「何を仰るつもりです?リ…彼女を傷つけるようなことは言わないでください。」




 同じ予感がダリア様にもあったのだろう。固い声で、私を想う言葉を吐いている。




「ダリア。以前にも話したと思うが、私は君の目的に対する真っ直ぐさが好きだ。そして同時に、手段を択ばない部分が不安だ。君は、目的のためなら簡単に君自身にも刃を向ける気がするから。」



「…。」



「この話をした時、君は国母になる覚悟で日々を生きていると私に言ったね。王妃候補としての責任をないがしろにする気はないと、きっとそういうことだと私は思って、無暗なことはしないだろうと勝手に安心していた。でもやはり不安が残る。顔に母君からの暴力痕をつけたまま学校に来た日、君がいかに本気なのかを思い知ったんだ。」



「あれはもう、今となっては完全に風化した話ですわ。全く私に不利益にはなっていません。」



「それだけじゃない!今日この日にわざわざ行動を起こすことのデメリットが当然あることくらい、君は分かっているだろう。確かに、私が立太子になったあとであれば君を守れる可能性は大いに上がる。でも、だからって立太子当日に事を起こすなんて…。何を言っても君は説得されないことは分かっているから黙認するが、本当は何もしないでほしいと思っているよ。」



「…その話をあえて彼女にも聞かせるのは、彼女の良心を利用するためですか。」



「あぁ。嫌な奴だと思われてもいい。君にも、彼女にも。」



「思いませんよ、あの子は。アザレア様がご想像しているよりもずっと、あの子は良い子ですから。信じられないほど心根が優しい子です。誰かの悪意や理不尽によって人生を奪われる、そんな経験を私はしたことがないけれど、きっと彼女のように穏やかには生きられない。怒り狂って、到底、貴方にも嫌われるような人間になってしまうでしょう。彼女はそんな風にはならない、澄んだ心を持っているのです。…自分にはないものをもつ人が、どれだけ羨ましく輝いて見えるか。きっと貴方は分からないわ。…お母様なら、分かるのかしら。」




 ダリア様の最後の一言は、アザレア様の口を噤ませてしまった。母親同士の関係に巻き込まれたダリア様の、毒を含んだ一言。こんなことをダリア様は、おそらく今まで一度も人に漏らしたことはないのだろう。だからアザレア様は、咄嗟に何も言葉を返せないのだろう。




「あぁ、馬車がつきましたわ。」




 ダリア様の言葉の後に、馬車から降りる音、そして馬車が立ち去る音が聞こえる。二人が会話をしないままなため、周囲の音がよく聞こえる。段々と騒がしさが近づいてきて、もう会場に入る手前なことを察した時、ダリア様の明快な声が聞こえた。




「アザレア様、安心してくださいませ。このパーティーで、私が自身を危険にさらすことは絶対にいたしませんから。必ず。」




 ドアが開く音、新たな来場者を知らせる声。

 その少し直前に、焦ったようにダリア様の名を呼ぶ、小さなアザレア様の声が聞こえた。



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