元ヒロインは、祈る
プラウド・アームストロング公爵夫人。ダリア様とダンテ様の母君。
彼女の逸話は、「素敵なお話」として私たちの母親世代から非常に高く評価されており、特に貴族令嬢は幼い頃から何度も聞かされる話だ。私もまだ自由だったころに、何度か聞かされた覚えがある。
この話をする夫人はみな、少女の顔に戻ってしまう。高嶺の花にあこがれ、ロマンスを夢見ていた頃を懐かしんで。
それは現国王陛下がまだ学園に通っていた時代のこと。
このドラモンド王国の隣国にあたる二つの国、ライオネル王国とフロイラ王国からそれぞれ留学に来ていた令嬢がいた。そして、ライオネル王国から来ていた留学生がプラウド様だった。容姿端麗で優秀なプラウド様は、その出自も隣国の公爵家であることから、一年生にして生徒会の役員になられた。
当時既に王太子になられていた国王陛下とプラウド様が並び、学園のことや政治のことについて語り合う姿は非常に絵になるものだったという。いつ婚約発表がなされるのだろうと、誰もがこの二人のロマンスを夢見たが、実際のところこの二人の間にロマンスはなかった。
卒業パーティーの日、学園の生徒たちは大変驚いた。なぜなら、プラウド様をエスコートしていたのは国王陛下ではなく、別の男性…のちに、現アームストロング公爵となる人だったからだ。高位貴族で美形ではあったが、表立った行動をせずひっそりと学園生活を過ごしていらした公爵様は、肩書のみが先行した地味な男だと当時は思われていたのだという。そして、国王陛下がエスコートをしていたのは、なんともう一人の留学生でありフロイラ王国の侯爵令嬢だったアイン・ステイーズ様…現王妃殿下である。
なんと、学生たちが全く気が付かない間に、国王陛下はアイン様を見染めアプローチをし、多少の反対を食らいながらも無事婚約。卒業パーティーで婚約公表することになっていたらしい。生家があまり力を持たないアイン様が婚約者だと知られると、嫌がらせを受けるかもしれないという配慮だった。そして、プラウド様も、そのお二人の関係性を隠すことに一枚噛んでいた。「私が婚約者だと、皆さん思われていたでしょう?」と楽しげに笑うプラウド様に、周りの人々は「なんと美しく、聡明で、心優しい方なのだ」と感動したらしい。
そしてプラウド様は、学園生徒の憧れを向けられたまま、無事に「淑女の鏡」となったのだ。
はじめは地位しかないと思われた公爵様も、学園卒業後にそのお人柄と当主としての能力の高さが周知されるようになり、瞬く間に二人は理想の公爵夫妻となられた。
熱が入った母の語りに飽き飽きしながら聞いていたこともあり、当時は疑問に思わなかったこの話。今なら一つ、思うところがある。
公爵夫妻は、どのようにして婚約に至ったのか?
例のお話では、なぜかそこに関する情報が一切ない。国王夫妻の馴れ初めと、そこに献身的に協力したプラウド様の話ばかり。国王陛下と噂になっていたということは、入学時に公爵様と婚約はしていなかったのだろう。本当は婚約していたとしたら、隠していたということになる。しかし両陛下と違い、身分が見合っており、政治的な問題もなかったはずの二人が婚約を隠す必要性はない。
一つの仮説が、思い浮かぶ。
「ダリアッ!!貴女、こんな成績をとって、私の顔にどれだけ泥を塗ることになると思っているの!?」
「今回は体調が優れず…申し訳ございません。」
「体調が優れないで許される世界じゃないのよ、貴族の世界はッ!!いつまでたっても、何一つ満点を取ってこない…恥ずかしくないの!?」
「確かに今回の結果は私の慢心によるところです。そちらは反省しております。しかし、お母様。私はいつも一位をとっており、この一回きりに四位がそれほど大きな問題とは思えま「黙りなさい!!言い訳ばかりして、その一位に何の意味があるの!?私は、次期王妃に相応しくなるように、満点をとれと言っているのです!」…学園のテストで満点を取れるのは、その分野の天才のみです。そういう仕様です。才能を超えるほどの努力をすれば可能性はありますが、そんなことをしていれば肝心の王妃教育が疎かになります。」
「何を言っても言い訳、言い訳…いい?貴女は私とお父様の娘なの。当時は今のように成績が公表されることがなかったけれど、お父様はいつも一位だったわ。私も一位だった。その娘の貴女が、満点如き、できないはずないでしょう?」
「お父様は満点を取ったことはないと言っていました。おそらくお母様も。あの世代で一つでも満点をとったことがあるのは、王妃殿下のみ…」
ダリア様が言い切る前に、プラウド様がダリア様に掴みかかる。
ああ、やはりそうだ。彼女は王妃殿下となったアイン様に嫉妬しているのだ。
アイン様は、政治力が非常に高いことで有名だ。それは他国との社交上手、というのではなく、政策や交渉などの専門的な知識がなければ到底立ち入れない領域に関して、かなりの才覚を持っている、ということだ。宰相も顔負け、なんていうのは噂話だが、今の話を聞く限り無い話ではないのだろう。
学園には政治学という講義がある。おそらくそこで、アイン様は満点をとっていたのだ。そして、そのことに国王陛下は気が付き、その才能を見込んで婚約された。総合的には一位をとれても、専門的な領域にまでは手が回らなかったプラウド様は、王太子妃の座を奪う戦いで負けたのだろう。
強い後ろ盾を持たず、一部の才能が突出しているが、その他は凡才の域を出ない、凡人の脇役と思われていたアイン様。
強い後ろ盾を持ち、すべての分野で秀才を発揮していた、まるで主人公のようなプラウド様。
きっとプラウド様は、アイン様を敵だと認知していなかっただろう。アイン様も、自身が土俵に上がるなどとは考えていなかったかもしれない。学園の高嶺の花、ご令嬢の憧れであったプラウド様は、当然のように思っていたのではないだろうか。自身こそが、この国の次期王妃なのだと。
プラウド様は、相も変わらずにダリア様に喚き散らかしているが、ダリア様はきっと慣れているのだろう。罵倒されようが手を挙げられようがどこ吹く風のような顔だ。
しかし、時折心配そうにこちらを見ては、あっちに行けと手を動かす。その目に一切の悲観はない。ただただ、悪いものを子供に見せまいとする母のような、心配そうな眼をしているだけだ。
この虐待と判断できるような状況に慣れていることは非常によろしくないことだ。しかし、当のご本人が、私がここで届きもしない抗議の声を挙げることを快く思っていない。
ならば、私にできることはない。
私はダリア様から見えない場所に移動し、バルコニーに向かって手を組んだ。毎朝、ダリア様がしているように。聞こえる怒声を意識から追い出すように、私とダリア様を出会わせてくれた存在に、私は静かに願った。
どうか、ダリア様が解放されますように、と。




