元ヒロインは、知る
ユリ―の意図に疑問を持ってから半月。
私とダリア様は特に変わりのない日々を過ごしている。それは、私からすればユリ―の意図もよく分からず、身体を取り戻すための糸口もいまいち掴めずの、何の成果もない日々だった。
しかし、ダリア様は違うようだ。私の不安そうな顔を見ると、静かに微笑んでは「大丈夫よ」と言ってくれる。しかし、何を以て大丈夫と言ってくれているのかが私にはわからない。一人で何かを考えているのか、何かをしているのか。鏡越しに黙って探ってみようかと思ったこともあるが、なんだかそれはダリア様を信じていないようで気が引けてしていない。
そして、何か計画があるのか本人に聞こうかと思い始めた時には、試験前になってしまっていた。
ダリア様が努力家なことは、一緒に過ごしていると分かる。テストが近づくにつれ、馬車の中でも参考書を開くようになった。放課後はいつも、筆記用具を持って生徒会室に行くようになった。婚約者であり生徒会長の、第一王子アザレア様はとても優秀な方らしい。学年も一つ上だし、きっとテスト勉強を一緒にやっているのだろう。
現実を生きているダリア様に、現実に居ない私の問題を押し付けられなかった。
試験が終われば、パーティーまでは一か月をきることとなる。アームストロング公爵家には、公爵夫人お抱えのデザイナーがいて、ダリア様のドレスは最優先で作ってもらえるのだという。だからダリア様は、パーティー一か月前というギリギリの日程でも、ドレスを用意してもらうことができる。それは、ダリア様曰く、「パーティー準備で試験結果が悪くなるといけない」という公爵夫人の拘りであり、「その”お母様の気遣い”によって、試験が終わってからも休む暇なくパーティー準備をすることになるのよ」とのことである。こう言っては失礼だが、ユリ―がやったことで唯一良かったと思えることは、公爵夫人が義母にならずに済んだことかもしれない。
来年には王太子妃となり、いずれは王妃となるダリア様。つまりは筆頭公爵令嬢である彼女の人生に、私が汚点をつけていいわけがない。きっと、パーティーの日直前までダリア様とちゃんと話し合える日はないだろう。そう思っていた。
だから、私はその話を聞いて、酷く困惑したのだ。
「ダンテ、ダリアの成績を知ってるかい?」
「知らねえけど…いつもどおり、一位だろ。」
「…生徒会室で話そうか。」
それは、たまたま人通りの少ない廊下付近の鏡を通った時のことだった。アザレア様と、ダリア様の兄で一瞬だけ私の婚約者だったダンテ様の会話が聞こえたのだ。
成績発表の日は今日だったのね。ダリア様は全くそういう話をしないし、様子もいつも通りだったから、全く分からなかった。
アザレア様の様子からダンテ様は何かを感じ取ったらしく、嫌そうな顔をして生徒会室へとついていく。そして、その”何か”を感じ取ったのは私も同様で、ダリア様の話を勝手に聞くのはよくないと分かっていながら生徒会室の鏡へと移動した。
「ダリアの成績だが、今回は四位とのことだ。二年生にとって、ダリアの首位脱落はかなり衝撃だったのか、その話題で持ちきりだよ。」
「あぁ…やったな、あいつ。」
「四位でも素晴らしい成績なことに変わりないと思うが…夫人は荒れるだろうな。」
「あの人にとっては一位かそれ以外だからな。まあ、一位だったとしても、満点じゃないって説教が付くけどな。」
「この学園のテストで全教科満点は不可能に近いな。各科目、先生は専門家ばかり。その専門家集団は、突出した専門性を持つ学生を見つけるために、それ相応の難易度設定をテストに付している。もしダリアが満点を当然のようにとる人物なら、王妃ではなく学者になる方が国のために有益だ。」
「そんなことはどうでもいいんだろうよ。あの難易度のテストで、いつも得点率八割キープしてるのなんてお前とダリアくらいだ。それを言っても、あの人は全く聞き耳を持たない。」
この学園の試験問題を受けたことも見たこともない私は、試験がどんな難易度かなんて全然知らなかったが、つまりこの学園のテストは満点を取ることを期待されたテストではない、ということだろう。
なのに、公爵夫人は満点をとらなければならないとダリア様を追い詰めている。不可能に近いそのハードルに少しでも近づくために、ダリア様はずっと首位をとり続けていた。
そして、今回のテストで初めて、首位から転落したのだ。タイミングを考えれば、原因なんて一目瞭然だった。
これ以上彼らから一方的に話を聞くべきではない。
そう思った私は、急いでアームストロング家へ帰ることにした。ダリア様と直接話をしなければならない。ダリア様に邪魔にならないようにしたいのだと、ちゃんと伝えなければ。
「なんですか、この成績は!!!」
ばちん、と、乾いた音が響いた。
急いで戻って向かったダリア様の部屋。そこには怒り狂う公爵夫人と、この状況を黙って受け入れている少女がいた。
振り上げられたその手を制止することもできない私は、その光景をただ眺めることしかできなかった。




