元ヒロインは、頑張る
「ダリア様!!」
「っ!びっっ...くりさせないで頂戴。学園では話しかけない約束でしょう?鏡と会話なんて、私の気がおかしくなったと思われるわ。」
「す、すみません、でも、私、ユリーのことでダリア様ともっとちゃんと話さなきゃって...!」
「...その愛称、やっぱり呼ぶ気になれないわ。貴女よく体を乗っ取った偽物を、そんな可愛らしさ呼べるわね。」
「初めは、悪い人か分からなかったから...。」
「少なくとも良い人ではないことくらい、分かるでしょう。」
はぁ、と溜息をつきながら、ダリア様は周りを窺う。私も話したいと思ってたの、そう言ってダリア様はツカツカと歩き出した。女子生徒の話し声が近づいてきている。人の目があるし、もうここで会話することはできない。今朝のように馬車で話すには、時間が足りないだろう。
「ダリア様!!今晩の就寝前のお話します!それまで私は、私にできることをやっておきますね!!」
大きな声で叫ぶ。淑女の話し声のみがあるこの廊下でなら、きっと私の言葉はダリア様に聞こえているはずだ。
今は昼休み。ダリア様の就寝時間までなら、まだかなりの余裕がある。できることをしなければならない。
今日はたくさん歩く日になりそうだ。
アームストロング家のロビーにある電話。その電話機の横には、連絡内容をとっさに記せるように、常にメモ帳とペンが置いてある。常においてあるものは、この鏡の世界でも私が使えるようになっている。
この世界のことは、まだよく分からない。現実にある全てのものがあるわけではない。おそらく座標軸が確定できるもの、つまり、「所定の位置」が存在するもののみがあるのだ。だから、人と一緒に移動する手鏡はないのだと思う。ドレスなども、一度着られた後はドレスルームにずっと終われ続けているものが、私の世界で再現されているのだろう。
私はその電話機の横のメモ帳に、この後ダリア様に報告すべきことを記していく。ダリア様は現在隣の部屋で、ご家族とお食事をされている。たまに聞こえる話し声は柔らかく、ご家族の仲が良好なことが窺える。
しかし、その柔らかさが時々崩れることを、私は知っている。
先ほどまで聞こえていた話し声が、女性の声によってぴたりと止む。女性...おそらく公爵夫人が、何を言ったかは私には聞こえなかった。ただ、おそらくだが、その言葉はダリア様に向けられたものだろう。
ダリア様に、これ以上ご迷惑をかけてはならない。
その想いを胸に私は、止まっていたペンを再び走らせた。
「ふぅ...待たせたわね、リリィ。それで?今日はあんな急にどうしたの。」
「まず私、ダリア様に話していなかった情報があるんです。」
「げえむ」という単語を、かつてユリーが呟いたこと。その際、公爵様のお人柄をよく知っている風だったことを、ダリア様に説明する。そして、それをもとにユリーの正体を考えたが、あまり当てになるものではないこと。ユリーはたまに、独り言でダリア様の名前を呼ぶことはあっても、王子の名前は呼んだことがないと気づいたことも話した。
ダリア様は、少し考えこむ表情をしたあとに、実は私も、と切り出した。
「偽物...ユリーの目的は、アザレア様ではないんじゃないかと思ったの。今日、二人で話す機会があってね。」
「二人で!?なにかされませんでしたか?」
「されてないわ。昼ご飯を食べていたら捕まっちゃったの。油断してたわ。...それにユリーは、父だけでなく、母のことも知っているようだった。母が少し様子がおかしいこと、もう気づいているでしょ?あれを知っている人は、身内だけなの。」
いつも余裕のある表情もダリア様の顔が、少しだけ崩れている。本人はいつものように微笑んでいるつもりだろうが、少し、眉間に皺が寄っている。
公爵夫人のことにどれだけ踏み込んで良いのか分からず、黙り込んでしまった私に、ダリア様は言葉を続ける。
「あの子、もしかして私のこと好きなのかしら。」
「えっ!好きだったら今までの行いはなんですか?」
「さぁ...構ってほしかったんじゃない?私が無視し続けたせいで、エスカレートしたのかも。相手してあげないといけなかったのね。」
「そんな、子供みたいな...。」
「子供...?」
呟いたダリア様は、少し目を細めて何かを考えているようだった。でも、あの時の目は。ダリア様はそう囁くと、はっとしたように顔を上げ、私に向き直る。
「ごめんなさい。ちょっと、ひっかかる部分があったの。また確信が持てたら伝えるわ。」
「わ、分かりました。」
「ユリーは、自分の気が向けば身体を返せると言ってたわ。なんとなく、それは本当だと思う。ただ、返す気があるかと言うと、今のところ望み薄ね。私が見たことのない展開を見せろ、なんて、よく分からないことを言われたわ。」
「見たことない展開?......逆に、見たことある展開はなんでしょうか。彼女は何を指して、見たことない展開と言ってるのでしょうか。」
「劇とか?」
「劇で見たことない展開を見たい...それ、私の身体を奪ってまですることですかね?」
「そうね、あまりにも地味だわ。さきほどの「げえむ」と言い、彼女の発言はよく分からないものが多いわね。」
「そうですね...。実は今日、ダリア様と昼に話した後にホランド家に行ったんです。ユリーが日記とか隠してたりしないかと思って。」
「収穫はあった?」
「いいえ。ユリーの部屋には一切、そのようなものはありませんでした。ただ...。」
「ただ?」
「使用人が噂をしていて...ユリーは学園を出た後に、修道院に送られるかも、って...。」




