元悪役令嬢は、悪役令嬢と対峙する
正直に言うと、リリィ・ホランドの偽物について侮っている部分が私にはあった。
今までのちんけな嫌がらせから、あの偽物には大した賢さも実力もないのだと思ったから。賢くない、一人では何もできないからこそ、王家主催の社交パーティーという、派手で人目が多くある場を選んで私に何かを仕掛けてくるはずと踏んでいた。そして、逆に言うと、自身がほぼ舞台から降ろされたに等しい学園生活では、もう何も仕掛けることはできないだろうと。
しかし、その予想は大きく外れた。
油断していた私は、いつも通り学園の人通りが少ないところで昼ご飯を食べていた。そしてそこに、偽物が現れたのだ。昼食を抱えて。
「貴女とお昼ご飯を共にするなんて、考えたこともありませんでした。私の悪評ばかり流すから、きっと私を心底お嫌いだと思っていましたわ。」
「ふふ、その悪評に動揺されたことなんて、一度もないじゃないですか。」
「当然です。あのような程度の低いことに振り回されていては、王妃になんてなれませんもの。」
「…やはり、貴女はお強い方ですのね。」
敵意を感じないことが、逆に恐ろしいと思った。
目の前で昼食を食べている少女は、どこか柔らかな雰囲気を纏っている。それは到底、恋敵で、嫌がらせをし続けた相手との食事に合うものではない。
「……貴女が何を考えているのか、私にはわかりませんが、貴女がどのような嫌がらせをしてこようが私は狼狽えない。時期王妃になるを決まった日から、争いに巻き込まれることなんて想定済みですもの。貴女如きが私に何か影響を与えることはできないわ。」
「……………アザレア様の婚約者の立場が、危うくなっても?」
「え?」
先ほどまで柔らかかった雰囲気が崩れたのを感じた。顔は伏せられていて、表情は見えない。
「アザレア様が、別のお方を婚約者にしたいと申し出たら?」
「はっ、貴女、まだ愚かにもそのようなことを考えていらっしゃったの?アザレア様は賢いお方、貴女みたいな人には惑わされない。そんなこと、この数年でもう分かり切っているじゃない。」
「私が婚約者に、なんて話はしていません。ただ、私の何らかの行動によってダリア様の婚約者としての立場が危うくなったら。そうしたら、ダリア様は今のように気丈には振舞えないのでは、と申しているのです。」
「私がそこらへんの貴族令嬢のように、恋物語に花を咲かせるタイプに見える?他の女性をアザレア様が愛したとしても、私には関係ないわ。王妃としての役割を果たせるのならば。もし、その婚約者としての立場を他の女性に与えたいと言われても、そこに私の非はないのであれば、私は堂々と振舞うわよ。泣いて愛や立場にすがるなんてことしないわ。甘く見ないで頂戴。」
「でも、アームストロング公爵夫人は違いますよね?」
「…なぜ、そこで母の名前が出てくるの。」
「夫人は、ダリア様が完璧な王太子妃であることをお望みでしょう。完璧なご令嬢では、夫人は納得されない、そうでしょう?」
「……貴女、何者なの?」
我が家の毒。それは、母だった。
母は私と兄に多くを求める。特に私には、異常なまでに厳しい。それは、兄と差別されているのではなく、私が公爵令嬢で、王妃になれる存在だったからだ。
偽物の言う通り、母にとっての私の一番の価値は次期王太子妃であること。さらに言えば、非のうちどころがない完璧な次期王太子妃だ。しかしそのことは、世間には露呈していないはず。母の外聞はそれこそ”完璧な公爵夫人”であり、あの人の異常性はアームストロング家と王家しか知らない。
なのになぜ、この女は知っているの?
「…以前ダリア様がお気づきの通り、リリィ・ホランドではないことは確かですね。ダリア様、本物のリリィと接触されました?」
「いいえ。」
「…嘘。」
「嘘じゃないわ。」
「いいえ、嘘です。私、ダリア様が嘘を吐くと分かりますから。」
「そんなはずないわ。」
「あるんです。でもまあ、追及はしないでおきます。…リリィは私の情報なんて持ってないでしょう。彼女が貴女の役に立つことはない。これは警告です。」
「警告?」
「はい。リリィは貴女にとって毒になる存在です。不用意に近づけば、きっと貴女の邪魔になる。」
「今私にとっての毒は、偽物である貴女だけど。」
「でも私は、貴女に影響を与えられるような存在じゃないんでしょう。なら毒にはなりえません。」
偽物の雰囲気がまた柔らかくなる。私の顔をじっと見つめるその目が、優しさを帯びている。
その優しさは、リリィとは違う、別の優しさ。どう違うのかは、分からないけれど。なんだかむず痒くなってくる。
「…夫人の話を出して、申し訳ございませんでした。貴女に私の存在がとてもちっぽけだと突きつけられて、少し悪戯をしたくなりました。私はこれで失礼いたします。アームストロング公爵令嬢、ご昼食をともにさせていただきありがとうございました。」
リリィよりも上手なカーテシーを私にして、偽物は私の前から去ろうとする。
今ならなんとなく、私の質問に答える気がする。
「待ちなさい、偽物。」
「…なんでしょう。」
「その体を、リリィに返す方法はあるのか、そして貴女にその気があるのか。それだけ教えて。」
「方法はあります。単純です。私の気が済んだら返せます。返す気があるかと言うと、分かりません。この先の展開次第です。」
「展開…。」
「はい。良い展開になれば、返すかもしれませんね。」
「どんな展開だったらいいの。」
「…私が見たことのない展開、ですかね。」
「何よそれ、貴女が楽しめる展開を用意しろってこと?」
偽物は小さく笑うと、私に返事を返すことなく去ってしまった。伯爵令嬢が公爵令嬢を無視する。こんな場面が人に見られれば、彼女の評価はさらに下落するだろう。
一度リリィと話し合う必要があるだろう。あの偽物は、私たちが想定している人物像とはかけ離れているかもしれない。賢さ、性格、そして目的。考えなければならないことが多く存在する。
アザレア様の言う通り、今回のテストではお母様の小言がいつもより多くなるかもしれないわ。




