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元ヒロインと、元悪役令嬢の一ヶ月


「ダリア様〜〜!!朝ですよ、起きてくださ〜い!」



カンッ、カンッ、カンッ、カンッ!!




 いつかコメディ劇で見たメイドがやっていた、フライパンの裏を叩いて主人を起こす、という一幕。

 私はこれを、ここ一ヶ月ほどダリア様相手に行なっている。

 ダリア様、ああ見えてかなり朝に弱い。初めて見た時は、非常に驚いた。ダリア様はほぼ寝たままで、メイドたちによって身支度をされていたのだから。起きているのだろうが、意識が覚醒していない状態で、自力では頭を完全に支えきれておらず、メイドがダリア様の頭をガシッと掴んだ時は思わず小さく悲鳴を上げてしまった。

 一通りの身支度を済まされたダリア様は、そのままソファーへ誘導され座らされる。そしてメイドがモーニングティーを持ってくる間に、徐々に覚醒していくのだ。メイドがモーニングティーを持ってくる頃になってようやく覚醒したダリア様は、唐突に外に向かって祈り始める。そして、少し自慢げに、これが私の1日の始まりなの、と仰った。

 自慢げなダリア様に、「それはそのお祈りのことでしょうか?」と尋ねると、「それ以外に何があるの?」と聞かれたため、私は失礼を承知で答えたのだ。

 まるで、幼児の朝支度を見ているようでした。と。




「ぅぅう、おきる、おきるわよぉ...ちょっと待って...。」



「待ちません。ダリア様がお祈りの態勢に入るまで続けます!」



「...わかったわ...。」




 ぐったりした様子で起きあがろうとするダリア様。あの時、始めは私の言葉をあまり理解してくれなかった。自身の寝起きの悪さを、通常だと思っていたらしい。しかし、その後すぐモーニングティーを持ってきたメイドに、自身の寝起きの悪さを尋ねた。気まずそうな顔をして黙るメイドに、素早く察したダリア様は「もういいわ、ありがとう。」とだけ述べて、それはもう美しい姿勢で紅茶を飲んでいた。

 そして、私と二人きりになるとすぐ、毎朝メイドより先にダリア様を起こすよう、命じられたのだった。




「ダリア様、今日も美しいです。」



「ありがとう。貴女が鏡の真ん中に立っているせいで、私には全くその美しさが分からないのだけれど。」



「あ、すみません!」



「構わないわ。じゃあ、そろそろ手鏡の方に移動しましょうか。」



「はい!」




 ダリア様と過ごすようになって、早一ヶ月。私は基本的にはダリア様の家に住み着き、ダリア様が移動する時は手鏡に入って共に移動している。

 あの日初めて手鏡に入って分かったこと。姿見から現実と繋がる時は、現実と連動している私の世界の姿見を覗けばいいだけ。ダリア様からも、姿見越しに私の動きや私側の世界を見ることができる。

 しかし、移動を伴う手鏡はそうは行かない。なぜなら、この世界には手鏡がない。基本的に位置を固定され、移動がない鏡だけがあり、常に移動することが前提の手鏡は見当たらないのだ。だから、手鏡から相手を除くことはできないと思っていた。

 でも、あの日は違った。あの日私は、ユリーについて行った図書館で、私の存在に気付いてくれるかもしれないダリア様を学園の鏡越しに追いかけた。考えなしに追いかけた私は、もう学園から帰宅しようとしているダリア様を引き止める方法なんて当然持っていない。

 どうすれば話せる?ダリア様の家の鏡にお邪魔する?などと考えていた時、思い出したのだ。ダリア様は、手鏡をいつも鞄に入れていたはずだと。

 ダメ元だった。というよりも、正直混乱していて深く考えていなかった。とにかく私は手鏡にワープできないだろうかと、手鏡が入っているダリア様の鞄を凝視した。

 すると意識がブワッと飛んだのだ。いつもの私の世界は懐かしい真っ暗闇になり、直径1mほどの楕円の縁からは政治学の参考書が見えていた。

 よく分からないが、この集中を、解いてはいけない。直感だった。そして参考書を目を見開いて凝視していた私は、ダリア様を驚かせたのだった。



 馬車に乗り込むと、ダリア様が手鏡を鞄から出してくれる。以前よりコツを掴んだ私は、集中は必要なものの、もう目を見開いてはいない。




「昨日の夜、ユリーの様子を見に行ったんでしょう?どうだった?」



「特に変化はありません。ただ、やはり家の空気は以前よりも悪いですね。」




 馬車の中は二人の作戦会議の場所だった。

 ダリア様に見つけてもらってからのこの一ヶ月、状況が大きく変わったかというと、そんなことはない。ただ一つだけ変化がある。

 それは、ダリア様に関する悪評が、拡められなくなったということだ。





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