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二十五年目は、どんな道?

作者: 小椋正雪


「いいかい汐ちゃん。二十五歳だよ」


 なんとなくで、うちにみんなが集まり、なんとなくで飲み会になったその夜、すっかり酔っ払った春原のおじさまはちょっと焦点の定まっていない目でわたしにそういった。


「それっくらいがちょうどいいんだ。いい感じに身体はまだ動くし、仕事にはある程度慣れてきているから心にも余裕がある。そしてなりより、ろうg——将来について考えるのはまだ考えなくていいんだよっ!」

「はぁ……」


 この場にいるわたし以外が、大なり小なり酔っ払っている。

 子供の頃はそう言うものだと思っていたし、中学生くらいまでは自分から正気を正体をなくすのがそんなに楽しいのだろうかと思っていたが、十八歳になったいまではちょっとだけ羨ましい。


「それで、二十五歳になったらなんなんです?」


 わたしがそう訊き返すと、春原のおじさまは一瞬停止して、


「なんかでっかいことをやるのは、それくらいの歳がちょうどいいってことさ!」


 半分ぐらい残っているビールのジョッキを掲げ、そういったのだった。


「でっかいこと……ですか」


 烏龍茶のグラスを傾けながら、わたし。

 ちなみに岡崎家のルールでは宴会時、お酒は絶対にジョッキ、ソフトドリンクはグラスと決まっている。

 以前、わたしが間違えて飲んでしまい、たいへんなことになったしまったためだ。

 その件は、いずれ話すとして——。


「たとえば、巨大化して大阪のあのビルをチョップで破壊したり?」

「なんで巨大化するの。でっかいことやんなとはいったけど、でっかくなれとはいってないよ!?」

「そりゃまぁ普通できませんけど、春原のおじさまならいいそうですし」

「あのねぇ……」


 顎髭を撫でながら、春原のおじさまは唸るような声をあげる。

 こうみえて、学生時代は髭がなく、しかも髪を金色に染めていたらしい。

 この場にいるみんなはそっちの方が馴染みが深いというけれど、わたしにとっては小さい頃から黒い髪だったおじさまの方が馴染みがあるのが、不思議といえば不思議だった。


「そうだなぁ……たとえば外国行くのとか」

「エベレストとかですか。あるいはギアナ高地」

「なんでそう両極端なの!?」

「いつかいってみたいなとは思っていた場所でして」

「はぁ……僕がなにもいわなくても、汐ちゃんはなんかしでかしそうだね」

「そんなことないですよ」


 すっかり出来上がって暴走してみるみんなを眺めながら、わたしはそう答える。

 おとーさんは現在右腕を藤林杏先生にキメられ、左腕を坂上智代師匠に捉えられ、両足はことみちゃんに逆エビ固めをくらっている。

 その隣では椋さんと柊のおじさまがいちゃつきあい、その真横であっきーと早苗さんが同じようにいちゃついていた。

 そしてそれをみながら春原のおじさまの妹である芽衣さんが「エッチなのは駄目! 死罪!」とか叫んでいる。


「たぶんわたし、どこかに行こうと思っても、みんなと同じ場所にいることを最終的に選ぶと思うんです。誰かに背中を押されない限りは」

「そうかな……汐ちゃんはそんなことないとおもうけど。っていうか僕の妹なにやってんの」

「そろそろお開きにします?」


 床の上にあぐらをかきギターを奏でる芳野さんの右脚と左脚を膝枕にして眠る公子(こうこ)さんと風子(ふぅ)さんを避けながら、わたしはおしいれから大量のタオルケットを取り出す。

 こんなこともあろうかと、岡崎家の押し入れにはほぼ人数分を用意してあるのだ。






 ふと、だれかに呼ばれた気がして目を覚ました。


「うふふ〜朋也だいすき〜」


 藤林先生がそんなことを言いながら胸板に頬擦りをしている。

 しかしそれは残念ながら春原のおじさまだ。

 そして当のおとーさんはというと、


「渚、おまえいつのまにそんなでか——なんだよもぐなぎって……!」


 ことみちゃんに正面からしっかりホールドされていた。

 正直、これはちょっと羨ましい。

 わたしはその——誰かの胸の中にいる記憶がないので。

 一方だきついていることみちゃんはというと……。


「ごめんね汐ちゃん……だんご大家族はガン◯ムじゃないの……」


 うん、しってる。

 ——まぁみんな、それなりに楽しい夢を見ているようだ。


「ちょっと、風にあたってこようかな」


 そもそも家の中全体がちょっとお酒くさくて、それだけでわたしも酔いそうである。

 それなら気分転換にちょうどいいと思って、サンダルを引っ掛け、近くの公園にでも行こうかと扉を開けると——。


「ようこそしおちゃん、時間トレインへ」


 いつのまにか、年代物の列車の中にいた。

 なんとなく、子供のころおとーさんと一緒にのった電車に似ている。

 いや、いまはそれよりも。


「なにしてるの、お母さん」


 全身黒ずくめのドレス姿に黒い筒のような帽子も。


「わ、わたしは渚ではありませんっ。ナ、ナーテルですっ!」

「ナーテル」


 正直、あまり似合っていなかった。


「ガタンゴトンしている女子高生役の方が似合うよ?」

「わたし、こうみえても享年二十代ですっ!」


 なるほど、そういう抵抗があるにはあるらしい。

 っていうか享年て。


「まぁいいや。それでここはどこ? おか——ナーテルさん」

「オカナーテルさん……なんか薬みたいな名前です……こほん、ここは時間トレイン。乗っている方のみたい過去や未来がみえるんです。——ほら」


 おかナーテルさんが、車窓を指差す。

 その向こう側が一面のお花畑で、その真ん中をつっきるように、小さな女の子が楽しそうに走っている。

 その面影を、わたしはよく知っていた。


「わたしじゃん」

「はい。乗っている方のみたい過去や未来が見えますから」

「未来って、どれくらい?」


 今のがわたしが五歳のころのだから、ざっと十三年前になる。


「いくらでも。しおちゃんのみたい景色がみえます」

「ふぅん……じゃあ、わたしが二十五歳くらいのときでも?」

「もちろん、みたいと思ったら、みえますよ。ほら」


 おかあさーテルさんが、再び車窓を指差す。

 わたしはその先の景色に目を凝らすと——。

 一面の砂浜だった。

 どこかの南の島らしい。みたことのない翠と蒼のまじった綺麗な波が、ゆったりといったりきたりしてる。

 そんな砂の道を、Tシャツにジーンズ、麦わら帽子といった極めてラフな格好をした女性が歩いている。

 手に持っているのは、大きなトランク。

 多分車輪が砂を噛むのがいやだから直接持っているのだろう。

 かなり大きいというのに中身が軽いのか腕力があるのか、軽々と片手に提げて歩いている。

 その面影も、わたしはよく知っていた。


「わたしだ……」

「はい。しおちゃんです」


 おかあさルさんが、小さく頷く。

 女性が何かに気づいたように顔を見て、小さく驚く。

 まさかわたしたちに気づいたというわけではないと思うのだけれど、わたしは反射的に窓から離れていた。


「しおちゃん?」

「んー、ありがとう。もうこれくらいでじゅうぶん」

「いいんですか?」

「うん。だって、未来を詳しく知ったら、なんか損じゃない」


 今の光景が、これから必ず起きるとは限らないだろう。

 未来はいつだって不確定だって、その道の専門家であることみちゃんもよくいっていた。

 なによりその場所を知ってしまうのはもったいない(・・・・・・)

 わたしは、わたしの足でその場所に来た時にはじめて、その場所のことを全身で感じたいのだ。


「なるほど……しおちゃんらしいです」

「ありがとう、おかあさんテルさん」

「もう偽名が偽名になっていないですっ!」


 自分で偽名っていうのもどうかとおもう。


「でもさすがしおちゃんですね。このトレインに乗っても、自分でみてみたいという強いひとは、なかなかいないです」

「そうかな?」


 普通は、そういうものだと思うんだけど。


「はいっ、わたしの自慢の娘ですっ!」


 そういっておかあさん(略)は、わたしを力一杯抱きしめた。


「ちょ、その格好だと暑い……暑苦しい……!」


 もふもふしたドレスがまるで全身に巻き付くと、それはもう毛布に包まれているようで……。






「暑いってば!」


 ふと、目を覚ました。

 みれば、私の両手両足お腹にすら、みんなが抱きついていた。


「んー、もぅ!」


 適度にひっぺがして、タオルケットを羽織り直す。

 ふと窓を見上げると、ちょうど月が昇っていた。


「時間トレインか……」


 どこか、遠くで。

 聞こえるはずのない、列車の通過音がかすかに響いた気がする。


「二十五のわたし——どこに行くんだろうな」


 どれだけ歩き、何を食べ、そして何を見るんだろう。

 再び押し寄せてきた眠気に身を任せ、私は目を閉じる。

 いまから、それがちょっと楽しみだった。


Key25周年に合わせた、久しぶりの汐十七歳編でした。

CLANNADももう20周年ですし、思えば遠くに来たものです。

これから先、どんな景色がまっているのか……作中の汐も楽しみにしていましたが、私も少し楽しみですね。

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