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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界に転生した兀突骨ちゃん、魔王軍相手に無双する

作者: かにくくり


 中国は三国時代。

 中原と呼ばれる広大な地域の南方に位置する烏戈国を治めているこの私、兀突骨(ごつとつこつ)大王が率いる軍隊は精強として名高い。

 その秘密は我が軍の兵士が身に付けている藤甲(とうこう)と呼ばれる鎧にある。

 この鎧は藤の蔓を編み込み何度も油を染み込ませ長い時間を掛けて作られる物で、完成すれば矢も刀も通さない程強固になる。

 この藤甲の鎧がある限り我が軍は向かうところ敵なしだ。


 今日も我が軍の猛攻に恐れをなした敵兵が一目散に狭い峡谷の中に逃げていく。

 私は側近である土安(どあん)奚泥(けいでい)のふたりの将軍に追撃を命じ自らもその後に続いた。

 諸葛孔明とかいう異国の将が率いる敵軍は我々から見ればひ弱な集団に過ぎなかったが彼らには我々にはない知恵があった。

 突然崖の上から大量の岩や木材が我々の行く手を阻むように落とされ我が軍は峡谷の中に閉じ込められてしまった。

 罠に嵌められたと気付いた時には手遅れだった。

 次の瞬間我が軍は敵軍が放った炎に包まれた。


「うぎゃあ、だれかこの火を消してくれ!」


 兵士たちの悲鳴が響き渡る。

 たっぷりと油が染み込んだ藤甲の鎧は驚くほど火に弱かったのである。


 烏戈国の人間は穀物の類を一切口にせず、生きた動物を捕まえるとそのまま生で食している。

 故に普段火を扱うことがない我々は誰ひとりとしてその弱点に気が付かなかったのだ。

 土安と奚泥も火達磨になりながら地面でのたうち回っている。

 既に私の身体も炎に包まれている。

 ここに至ってはもはやどうすることもできない。


「恐るべし、諸葛孔明……」


 私は覚悟を決め静かに目を閉じた。




◇◇◇◇




「ん……? ここはどこ?」


 私は木々に囲まれたどこかの森の中で目を覚ました。

 あの時確かに私は死んだはず。

 ここがあの世という場所なのだろうか。

 しかし今自分が発した声は何だ。


「どういうこと……?」


 自分の声を確認するようにもう一度呟くと私の喉から発せられたのはまるで少女のような可愛らしい声だ。

 やはり聞き間違いではなかった。


「お目覚めですか兀突骨大王」


 私の名を呼ぶ声に視線を横に移すと見覚えのない年端もいかない二人の少女が心配そうに私を見ていた。


「あんたたち誰?」


 目の前に少女たちに問いかけて私はハッと気付いた。

 何故だろうか、声だけではなく言葉遣いも以前とはまるで変わっている。


「大王、私です。土安です」


「私は奚泥です」


「土安に奚泥ですって? バカを言わないで頂戴」


 私が知っている土安と奚泥はどちらももっと厳つい顔をした髭面のおっさんだ。

 しかし彼らが身に付けている藤甲の鎧は間違いなく我が軍の物である。

 藤甲の鎧の詳しい製造方法は我々烏戈国の人間しか知らないはず。

 するとこの二人は本当に土安と奚泥なのか。

 二人の少女は跪きながら答える。


「戸惑われるのも無理はありません。我々はあの時諸葛孔明の罠に引っ掛かり火攻めによって皆焼け死んでしまいましたから」


「うーん、百歩譲ってあなたたちが本当に土安や奚泥だとして、どうして私たちはこの場に生きているの?」


「はい、大王が目覚められる前に女神様が我々の前に現れて説明をして下さいました。我々が死んだ後、女神様の慈悲によって異世界であるこの地での生を与えられたのです。もっともあの炎によって灰塵となった肉体を一から作り直す過程で姿が全く変わっていますが……」


 そう説明しながら土安は私に向けて鏡を向ける。


「な、なんじゃこりゃーー!?」


 私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 鏡に映っていたのは可憐な少女の姿だった。

 いくらなんでも変わり過ぎだ。

 あの山のように大きく強靭な肉体は一体どこへ行ってしまったのか。


「これじゃあ兀突骨大王というより兀突骨ちゃんって感じじゃない……」


 困惑する私を余所に土安は説明を続ける。


「ちなみに素っ裸で森の中に放り出すのも何なので我々が死ぬ前に身に付けていたものや手にしていた武器は運良く焼け残っていた似た様な物を適当に選別して送ってくれたそうです」


 右手を見ると確かにあの時握っていた物と同型の槍がしっかりと握られている。

 土安と奚泥も同様にそれぞれ斧と剣を握っている。


「それは助かるけど女神様は敗軍の将である私たちにどうしてそこまでしてくださったの?」


「我々が私利私欲ではなく他人の為に戦ったからです」


「なるほど、孟獲のことを言っているのね」


 私は諸葛孔明との戦いに赴いた理由を思い出した。

 私と同じく南蛮と呼ばれる地域の一部を支配していた大王孟獲。

 ある日彼は諸葛孔明率いる異国の軍勢の侵略を受け散々に打ち破られ我々に助力を仰いできた。

 困っている者を見捨てないのが私の大王としての矜持だ。

 私は彼の要望に応じ諸葛孔明と戦ったのだがその結果があの惨敗である。

 大して孟獲の力にはなれなかったがそれでも私の行動が女神様に評価されたというのならあの戦いは無駄ではなかったということだ。


「状況は分かったわ。じゃあどこかとりあえず人のいるところに行きましょう」


「そうですね、近くに町でもあれば良いんですが……」


 こんな森の中で女の子が三人いつまでも油を売っていても仕方がない。

 とにかくまずは森の外に出ようと腰を上げたその時だった。


「魔獣だ! 誰か助けてくれ!」


 森の奥から人の声が聞こえた気がした。


「大王、今の声が聞こえましたか?」


「ええ、聞こえたわ。あっちの方角よ!」


 私は土安と奚泥を引きつれて木々を掻き分けながら声がした方角へと急いだ。


「な……何あれ?」


 そこで私たちが見たのは人間を丸飲みする程の大きな口を持つ巨大な狼と満身創痍で地面に這いつくばっている数人の男女だった。

 その中の一人の青年はまだ意識があるようで私たちの姿を見て驚き声を上げる。


「こんな森の中に女の子が……? いや、それよりもとにかく早くここから逃げるんだ! 魔獣に喰い殺されるぞ!」


 しかし彼の懸命な叫びも虚しく、後方から現れた新たな獲物に気付いた巨狼が涎を垂らしながら飛びかかってきた。


「……遅いっ!」


 しかし私は落ちついて手にした槍でその喉元を突き刺す。

 手応えは充分だ。


「グワオォォォォォン!」


 巨狼は断末魔の悲鳴を上げながら崩れ落ちた。

 良かった、少女の姿になっても身体能力は()()のままの様だ。


「さすが大王様、お見事です」

「我々の出番がなかったじゃないですか」


「ふふん、まあ私の手にかかればこの程度の犬っころの一匹や二匹余裕だし?」


 苦もなく魔獣とやらを討ち取って調子に乗っているとまだ意識がある男がよろよろと近付いてきて言った。


「すごい、魔獣ガルムを一撃で倒すなんて……お嬢ちゃんはとても強いんだね。お陰で助かったよ。もしかしてお嬢ちゃんは伝説の勇者なのかい?」


「勇者? 何それ」


「聞いたことないかな。古の予言者が残した言葉があるんだよ。人間界の滅亡を目論む魔王によって世界が闇に閉ざされし時、異世界より伝説の勇者が現れ世界を救うであろうと」


「異世界? うん、確かに私たちはついさっき色々あって別の世界から転生してきたみたいなんだけど……」


「おお、それではやはりお嬢ちゃんたちは伝説の勇者に違いない!」


 男は私たちの前で両手を合わせてまるで神様でも見ているように拝み始めた。

 それを見て私たち三人は顔を見合わせて苦笑いをする。


「勇者かどうかは知らないけど、それよりも早く怪我人の治療をしてあげたら?」


「あ、そうでした……」


 男は倒れている仲間たちの元に戻ると傷口に手を翳して何やらぼそぼそと呪文のような物を呟く。

 呪い師が使う呪術の類だろうか。

 すると淡い光と共に見る見るうちに傷口が塞がっていくではないか。


「すごい、何今の?」


「治癒魔法のことですか? 実は私はこのパーティーの治癒士(ヒーラー)を担当しておりまして」


「パーティー? ヒーラー?」


「お嬢ちゃんたちが元いた世界には無かった概念かも知れないね。パーティーというのは共に冒険をする仲間たちの集まりのことで……。我々は冒険者パーティー【光の剣】といって、薬草採集の依頼を受けてこの森にやってきたんだよ。魔法というのは精霊の力を借りて様々な超常現象を発生させる力でね。その魔法の力で仲間の傷を癒す役割の者をヒーラーと呼ぶんだ」


 男が人差し指をピンと伸ばし呪文を呟くとその指先に小さな水の球が現れた。


「わぁ、すごーい」


「魔法は傷を癒すだけでなく、このように水を生成したり火や風、雷に至るまで様々な現象を操ることができるんだ。お礼代わりといってはなんだけど魔法の使い方を教えようか?」


「へえ、確かにそれは便利だね。じゃあ土安と奚泥は私の代わりに魔法とやらを教えて貰っといてね」


「え? 我々がですか?」


 突然の丸投げに土安と奚泥は目を丸くして戸惑いを露わにしている。


「だって私は小難しい理屈は苦手だし?」


「まあ大王のご命令ならば従いますが……」


 しばらくして倒れていた男女が一人ずつ目を覚ました。

 そしてヒーラーの男から一部始終を聞くと皆私たちの前に集まり順番にお礼を述べる。


「助けてくれてありがとうお嬢ちゃん。お名前を教えて貰っても良いかな?」


「私は兀突骨っていうの。それでこっちが土安でこっちが奚泥ね」


「勇者ゴツトツコツちゃん、それにお付き人のドアンちゃん、ケイデイちゃんか。変わった名前だね」

「そりゃお嬢ちゃんたちは異世界からやってきたっていうぐらいだから俺たちの常識で考えたらいけないさ」

「勇者様、我々が町まで案内するよ」


「それは助かる。でもちゃん付けは止めて欲しいかな」


 魔獣の脅威も去って空気が緩む。

 しかしその時私は突如強烈な殺気を感じた。


「えっ何!?」


 次の瞬間身構える暇もなく私は背中に大きな衝撃を受けた。

 背後から飛翔した何かが私の鎧に当たり砕け散ったのだ。

 即座に土安と奚泥が私を守るように左右について周囲を見回す。


「大王、ご無事ですか!?」


「平気。でも今何が飛んできたの?」


「あっ、あそこをご覧下さい!」


 奚泥が指差す方向、自分の後方やや上に視線を移すと漆黒の翼を羽ばたかせた恐ろしい顔の男が空中からこちらを見下ろしているのが見えた。


 男はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。


「ほう、今の攻撃を受け止めるか」


「何あいつ? 人間ではないみたいだけど。しかも何かキモい」


 見れば翼だけでなくその男の頭部には山羊のような角が生えている。

 明らかに人類とは別種の生き物だ。


「あ……あの魔族は……まさか魔王軍四天王の……」


 冒険者たちは男の姿を見て顔面を蒼白にしてその場にへたり込んだ。

 魔族の男は口元を不気味に歪ませながら言った。


「我こそは魔王軍四天王がひとり魔界侯爵ベルクシュターデンである。私の可愛い使い魔の気配が消えたかと思ったらネズミどもが森の中に紛れ込んでいたか」


 ベルクシュターデンと名乗った魔族の男が両手を天にかざすとその上に禍々しい暗黒の瘴気が集まりやがてそれが分裂して空を覆う程の数の漆黒の槍に姿を変える。


「くたばれ!」


 ベルクシュターデンが両手をこちらに向けると頭上の槍が私に向かって流星のように降り注いだ。


「うわああああ!」


 冒険者たちはその恐ろしい光景に思わず目を背ける。


 誰もが無数の漆黒の槍によって全身を貫かれハリネズミのようになった無惨な私の姿を想像しただろう。

 しかしそうは問屋が卸さない。


 カンカンカンッ!


 耳を劈く様な金属音が森に響き渡った。

 ベルクシュターデンが放った漆黒の槍は彼の思惑に反して全て藤甲の鎧に弾かれて粉々に砕け散った。


「は?」


 ベルクシュターデンは目を丸くしてぽっかりと口を開け間抜け面を晒しながら固まっている。


「ば……馬鹿な、あの神々が作りし金属オリハルコンですら豆腐の様に軽々と貫く私の闇魔力の槍雨(ダークネスレイン)を弾き返しただと!?」


 オリハルコンとやらが何なのかは知らないが、どうやら彼の作り出した槍では私たちが長い年月を掛け丹精込めて作り出したこの藤甲の鎧を貫くことはできなかったようだ。

 私も一瞬驚いたが、相手の攻撃が大したことがないことを理解した後でわざとらしく大きく溜息をついてみせた。


「はぁ、今のが攻撃のつもり? 魔王軍の四天王といっても大したことないのね。はっきり言ってザコすぎるんですけど」


「くっ……今日のところは見逃してやる!」


 形勢不利と見たベルクシュターデンはすかさず翼を羽ばたかせて空に飛んでいく。


「大王、あいつ逃げる気です!」


「逃がさないわよ」


 私は手にした槍を逃げるベルクシュターデンに向けて全力で投げつけた。

 槍は高速で飛翔しベルクシュターデンが避ける間もなく胸部を貫いた。


「ひっ……うぎゃああああ!」


 ベルクシュターデンは悲鳴を上げながら地面に墜落し動かなくなった。

 冒険者たちは恐る恐るその周りに集まり、完全に息絶えていることを確認すると一斉に歓声が上がった。


「あの魔界侯爵ですら相手にならないとは」

「さすが勇者様だ!」

「でもベルクシュターデンは四天王の中では一番の小物だと聞く。これから更に恐ろしい魔族がお嬢ちゃんたちの命を狙いに来るよ」


「こんなザコが何度来ても同じことよ。でも……」


 たった一つの懸念点は藤甲の鎧は刃物に対しては無類の強さを誇るがその反面火に対してはとても弱いということだ。

 魔王軍にその事実を知られる前に何とか対策を考えなければいけない。


 しかしその対策の目星は既についている。

 この世界にある魔法という力を使えば、例えば藤甲の鎧を魔法で生成した水で覆うなりすれば燃えることもなくなり完全に弱点はなくなるはずだ。

 土安と奚泥には一刻も早く魔法を修得して貰う必要があるな。


 そんなことを考えている間に冒険者たちは魔獣ガルムの亡き骸を解体して毛皮を剥ぎ取り、更にはベルクシュターデンを討った証としてその立派な角を切り落として回収していた。


「さあ勇者様、我々と町へ行きましょう。ああそうだ、国王陛下にも勇者様が現れたことを報告しないと……」

「今夜は国を挙げての祝賀会になるぞ!」


「いいね、今夜はとことん飲むわよ」


 私は右手でクイッと杯を持ち上げて酒を呷るようなジェスチャーをすると冒険者たちは苦笑いをしながら首を横に振る。


「だめだよ、勇者様といえども法律で子供にはお酒はお出しできないから……」


「いや、私こう見えても子供じゃないから! ねえ土安、奚泥?」


「うーん、どうでしょう? 中身はおっさんでも今は子供の身体ですからね……」


「ぐぬー……」


 私たちは助けた冒険者たちと和気藹々と談笑をしながら町へと向かった。


 こうしてこの世界の人々に勇者として受け入れられた私たち三人の長い魔王討伐の旅が始まったのである。










 to be continued



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