86話 女の子同士の恋の生霊 2
貴子さんを呼んで最初は事情を説明せずに来てもらった、すると由奈の部屋に入った途端にこう言った。
「あらあら、恋する女の子の香りがするわね~」
「「!?」」
さっそく分かったらしく、由奈にバラしたのかと聞くと違うと答えた。
「由奈のお友達がお付き合いしてる事は分かるわよ、女は恋に敏感だから」
「見ただけで分かるもんなんですね、ビックリしました」
「そうですよ灰川さん、それで確かめて欲しい事は何かしらね~?」
結局は貴子にも灰川が知るくらいの事を2人に話して貰い、何か分からないかと確認して貰った。
貴子は2人に近づき、失礼にならない程度の距離で霊嗅覚に集中して匂いを確認する。
「くんくん……う~ん、恋する女の子の甘酸っぱい香りと、恋が実った女の子のお花のような香りがするわね~」
「ぁぅぅ、なんだか恥ずかしいですねっ」
「私も…友達のお母さんに匂いを嗅がれるのは、少し恥ずかしいです…っ」
「大丈夫よ早恵美ちゃん美緒ちゃん! ママはお鼻が良いんだからっ」
恥ずかしがる2人にフォローになってない言葉を由奈が掛けつつ、貴子が確認を続行する。すると貴子が「あら?」と疑問の声を出した。
「あなたたち秘密を我慢しすぎてるみたいよ、このままじゃ上手く行かないかもしれないわね」
「えっ?」
「え……っ?」
「まずはね、幸せな事って誰かに話したくなるの、女の子に多いわね。それとお互いがどんな事を望んでるか素直に言ったりする事も重要よ?」
早恵美も美緒も付き合ってる事は由奈以外には誰にも言ってない、2人の間でも何をしたいとか何を望んでるとかの話も無いから、様々な欲求不満が溜まってる匂いがしたとの事だった。
「霊嗅覚ってそんな事も分かるんですか? だとしたらスゲェ…」
「分かるのは何となくという程度ですけどね、早恵美ちゃん美緒ちゃん、私達が聞いてあげるから誰かに聞いて欲しいと思ってる事を言ってごらんなさい?」
貴子はある程度なら感情や思ってる事を嗅覚に集中すれば感じ取れるらしく、2人の状況を言い当ててみせた。だがこの能力は相当に集中して上で、相手が大きな感情を持ってないと分からないらしく普段は役に立たないらしい。
同性愛とは今の時世であってもカミングアウトは簡単に決められる事ではない、ましてや中学生の女の子同士が付き合ってる事など親にすら言えないのは普通かも知れない。
そんな中で2人の間には誰かに幸せな気持ちを話したいという心が溜まってしまい、それが生霊の元になってるのかもと語った。
最初はこの場で話す事を躊躇ってた2人だったが、灰川と由奈と貴子が他言しない事を約束して話をする事に決めたのだった。
「私と美緒は幼稚園の時から一緒だったんですけど、気が付いたら好きになってたんですっ」
「私も同じでしたが、早恵美を明確に好きになったのは小学5年生の時でした」
同じ幼稚園に通って友達となり、それからどんどん仲良くなって幼稚園でも公園などでも一緒に遊ぶようになり、小学校も同じでクラスも一緒になって仲の良さは変わらなかったそうだ。
しかし小学3年生に上がる時にクラス替えがあり、そこで一旦は離れて互いにクラスの友達なども出来て距離が出来た。
「早恵美はその頃からサッカークラブで活躍し始めて、明るい性格もあってクラブでもクラスでも人気者になったから、話し掛ける時間も無いくらいでした」
「その時は私もサッカーに夢中でさ、正直に言うと美緒のことはあんまり気にして無かったと思う」
早恵美は実は女子サッカーではかなりの有望株らしく、今の時点で女子サッカー育成ジュニアユースから勧誘が来るほどなのだそうだ。つまりはプロになれる程の素質だ。
「美緒は3年生と4年生の時はサッカーに興味もなかったよね?」
「うん、私は勉強したり塾に行ったりとか普通の子だったと思うな」
こういう事もあって2年間は2人の間には会話すらまともに無かったらしい、そんな話を灰川たちはただ黙って聞く。
「5年生の時にまた一緒のクラスになったんですが…すっかり人気者になった早恵美に私は声をかける事はなかったんです」
「うん、あの時は私から話しかけても素っ気なかったなぁ、私が何かしちゃったのかって思ってたもん」
美緒は普通の子であり早恵美とは違って少し内気な子というのもあって、常に周りに人が居る早恵美には話し掛け辛かったそうだ。仲が良かったのは以前の話で、今さら友達面して話しかけるのも気が引けたという理由もあるようだ。
そんな時に美緒がクラスの男子からのイジメのターゲットにされてしまう、最初は早恵美は気が付かなかったのだが、だんだんと美緒の元気が無くなっていることに気が付き、心配して様子を伺ってたらしい。
「ある日に私がクラスの男子に廊下で足を掛けられて転ばされのですが、それを見た早恵美がその男子に殴りかかって…」
「あの時は許せないって思った! 美緒にあんな事する奴なんて見過ごせないもん! 今だって同じ事すると思うよ!」
その事件は大きな騒ぎになり、イジメ問題も表出化して解決したそうだ。
その時から不思議な事が美緒に起こった、それは早恵美を見ると心臓が速くなり、顔が熱くなり、胸の奥が温かい気持ちでいっぱいになるという現象が発生するようになったのだ。
「私もそれが恋だってすぐに気づきましたけど、でも女の子の早恵美に恋をするなんてという気持ちがあって、自分の気持ちを認められなかったんです」
「あの時から私のこと好きだったの!? ぅぅ、すごく嬉しい…」
それから2人は段々と昔のように話すようになり、一緒に遊んだり美緒が早恵美のサッカー試合の観戦に行ったりなどするようになった。
しかし美緒は早恵美に対する気持ちがどんどん大きくなっていく、同時に女の子が女の子に恋をしちゃいけないのにという気持ちも大きくなっていった。
一方で早恵美は美緒がそんな気持ちを自分に抱いてるなんて考えは一切持っておらず、サッカーをしつつ見に来てくれて応援してくれる美緒を大切な友達だと感じていた。
美緒はドリンクを用意したり試合の感想をファンのような視点で言ってくれて、かなり助かったし勉強になったとも言っていた。そんな早恵美にも意識の変化が訪れたそうだ。
「美緒が私の成績を気にして勉強を教えてくれてたんですが、だんだん美緒の事が凄く気になってきて…気が付いたら顔もまともに見れなくなっちゃってたんです!」
「中学1年生の終りの辺りまで、あんまり目を合わせてくれなくなっちゃってたよね、あの時は嫌われたのかなって思ってた」
「そんなワケないよ! 美緒のことが好きで好きでしょうがなかったんだよっ!」
「面と向かって言われると恥ずかしいかも…ぅぅ」
美緒は顔を真っ赤にするが話は続く、この話に同じ学年である由奈は興味津々に気切ってる。
「それで1か月前にどうしても我慢できなくなってしまい、早恵美に告白する事にしたんです」
「私も同じでした、あはは」
そんなこんなで一か月前、偶然にも同じ日に告白を決意した2人は、同じ日の放課後にお互いを校舎の裏に呼び出し合って告白をしたらしい。
『みっ、美緒っ、しゅ、しゅき、好きでしゅ! つ、付き合ってくださいっ!』
『さ、さ、早恵美さんっ、5年生の時から好きでしたっ!』
と同時に緊張で嚙みまくりながら言い合って、めでたく2人はお付き合いする事になったらしい。
「なるほどね~、2人ともおめでとう、うふふっ」
「良かったじゃん、両想いとか最高だと思うぞ」
「あゎゎ…うらやましいかも…っ!」
3人でそれぞれの反応で理解を示すと、早恵美も美緒も誰かに自分たちの幸せを話せた事に何かの憑き物が落ちたような表情を見せた。
「女の子同士ってのに気が引けてるかもしれないけど、今はLGBTとか多様性とかで世の中が変わってる最中の時代だから、気にする必要は少ないと思う」
「そうですよねっ! 気持ち悪がられたりしなくて良かったですっ」
灰川は自分は気にしないし良いと思うという感想を言うと、早恵美は安心したように胸をなでおろす。
「でも理解がある人ばかりとは限らないから、そこは注意が必要よ? 秘密にしておきたいなら誰かに、特に同年代の子に話すのはよく考えてからにしなさいね」
「はいっ、貴子さんたちに聞いてもらえて落ち着いた気がします」
「私たちのクラスの上川さんに話すのは止めといた方が良いわよ!」
「あはは…上川はね~、秘密は絶対に守らなそうだもんね」
やはり女の子は恋バナをしたがる生き物のようだ、灰川はほとんど喋らないが貴子と由奈はめちゃ喋ってる。
だがここでもう一つの問題が浮上する、まだ2人の『したいこと』が話題には上がってない。これを放置しても生霊は解決するかどうかは分からないし、後から膨れ上がって同じ問題に行きあたる可能性がある。
しかしここで貴子がその問題に切り込んだ。
「どうやらお互いに色々としたい事があるみたいね、最初は軽いものからしていけば良いと思うわよ? 例えば頬っぺたにチューとかかしらね」
「「!!」」
中高生の女の子が恋人と付き合ったらやりたいこと、その一つはキスだろう。早恵美と美緒がお互いにキスをしてみたいと思ってる事に貴子は気付いていた。
「あわわっ、でも私たち中学生ですしっ」
「ま、まだそういうことはっ、早いのではないかとっ」
図星を当てられたのか取り乱しながら顔を真っ赤にしてる、どうやら2人は年齢に真っ当な性意識を有してるようである。
「確かに早いとは思うわ、でも秘密にしておけば良いのよ、誰にも話さなければ無かった事と一緒なんだから」
貴子は中学1年生の頃に夫と付き合い始めた、その中には様々な秘密や人に話せない事柄があり、それ故の言葉だ。
子供の恋は大人同士の恋とは違う、様々な制約がある中での恋だからこそ、隠れて親交を深めるというのも大事なことなのだろう。
「俺も大人としては好きにしろとは言えんけど、生霊を飛ばし合うよりは良いはずだと思う。解決するかもだし試してみたら?」
「わ、私も賛成よっ! き、キスくらい中学2年生でもっ、ふ、ふつうなんだからっ!」
灰川も生霊を飛ばし合う危険度を考えたら、キスで互いの執念や強すぎる思いが緩和されるなら構わないと考える。
由奈は顔を真っ赤にしながら賛成し、クラスメイトである2人にキスを勧めた。
「ぅぅ…そ、そうですねっ、美緒と相談して決めたいと、お、思いますっ…!」
「私も、その…がんばりますのでっ…」
何を頑張るのか知らないが、取りあえずは対処できた可能性が高いだろう。
今の恋愛感情が本格的な執着意識に変わってしまったら、それこそ本格的な不調を互いに起こしてしまう。
まずは現状の回復をするのが一番だ、思春期の執着とは思いのほかに強いものだが、一回でも満たされれば自制心なども育って感情を抑える事が出来る。そうなれば生霊も出る事は無くなるだろう。
「貴子さん、由奈ちゃん、灰川さん、今日はありがとうございました!」
「私たちもお互いに執着や依存せず、関係を深めて行こうと思います」
こうして生霊は解決の兆しが見え、早恵美と美緒は飛車原家から帰って行ったのであった。
今までちゃんと口にしてこなかった思いや、好きになった経緯なども改めて詳しく話せて整理できたようで、2人の仲はより進んだように見えたのだった。
これからの事はまだ子供とはいえ彼女たち自身で決めていくしかない、家族や周囲にカミングアウトはするのか、人にどう思われるのか、様々な壁がある事は確かだ。
それを乗り越えなければならないのは彼女たちだが、恋愛なんて物はいつの時代もハードルはある。そのハードルは大人だろうが子供だろうが容赦はしてくれない、まるで配信者の世界のようだと灰川は感じつつ一件は終わった。
「早恵美ちゃんと美緒ちゃん、もう大丈夫かしら?」
「わからんけど大丈夫だろ、生霊の問題は厄介ではあるけど、執着とか憎しみに解決が付けば解消する事が多いからな」
飛車原家で昼食を頂いた後にリビングで由奈と話す、あの2人はとりあえずは放っておいて大丈夫な筈だ、青春の気持ちとは強いが故にああいう事は起こり得るものだ。
「灰川さんのおかげで年甲斐もなく恋バナに参加させてもらえて楽しかったですよ、うふふっ」
「ママも私達くらいの時にパパと会ったのよねっ? やっぱりキスとかしたのっ?」
「由奈には秘密よ、それより今日の事は誰にも話しちゃダメよ、人の恋の相談は秘密にしなきゃ友達が居なくなっちゃうのよ」
「分かってるわママ! 絶対に話さないつもりよっ」
貴子は上手い感じに娘の追及を交わし、灰川に冷たいお茶を出してくれた。
「そう言えば由奈は友達とかにVtuberをしてるって話してるのか?」
「話してる子と話してない子が居るわよ、先生には話してるけど」
由奈の学校はVtuber活動を知ってるらしく、企業に属してる事も了解済みらしい、今の時代はそういう事には学校は口出ししない事が多いのかもしれない。
「誠治やママは学生だった頃に配信とかVtuberをしてた子は居なかったの?」
「俺の時は居たとしても学校や友達には言ってなかった奴が多いと思う、配信とかのコンテンツは広まってなかったしVtuberも出始めくらいだったし」
「私の頃はVtuberという物がなかったわ、インターネットも今ほど凄くはなかったわね」
灰川も貴子も由奈が中学生として生きる今の時代とは違った時代を生きてる年齢だ、今のように誰でも配信して楽しんでる現代とは全く違う。
現代はテクノロジーが進むのが早く、技術や常識は数年で時代遅れになってしまうご時世である。そんな世の中でも恋の悩みは変わらず存在し続けてるらしい。
「由奈ちゃん、そろそろ配信の時間じゃなかったかしら?」
「あっ、そうねママ! そろそろ準備しなきゃいけないわ! 誠治は私の配信が終わるまで居る?」
「いや、俺もそろそろ帰るよ」
「分かったわ! なら家で私の配信を見なさいっ、笑わせてあげるんだから!」
自信満々で言う由奈は普段通りに強気な姿勢を崩さない、きっと学校でもこんな感じで周りを明るくしてるのだろう。
「ああそれと由奈、ハッピーリレーの仕事も増えるみたいだから、仕事が回ってきたら貴子さんと相談して受けるか受けないか決めてくれ」
「えっ!? それって企業案件ってことかしらっ!?」
「それだけじゃなく、コラボ配信とか企業コラボ、イベント出演とかオリジナル曲、上手く行けばCM出演なんかもあるかもな」
「由奈ちゃんがCMに!? 灰川さん本当ですか?」
「由奈本人じゃなくてツバサとしてですけどね、本人が出てもあんま変わんない気がするけど…」
貴子も由奈も驚いてる、まさかそんな仕事が来るとは考えても無かったのだ。
Vtuberとはネットで配信して視聴者と一緒に配信を楽しむものというような認識が飛車原母子にはあったようで、その気持ちは貴子の方が大きかったらしく驚きも大きい。
「まだ正式には伝えられてないと思うけど、破幡木ツバサに是非頼みたいって仕事も来てるから、受けるかどうかは話し合って決めて欲しい」
「ど、どんなお仕事っ?」
「ゲーム下手な奴が使うと上達が早くなるコントローラーの仕事」
「私がゲーム下手って言ってるようなもんじゃない! バカにしてるの!?」
「受けないのか?」
「ぜったい受けるわ!! ゲーム上手になりたいっ!」
そんなこんなで配信の時間が来て由奈は急いで自室に行った、灰川も帰ろうと思い貴子に挨拶をして帰ろうとしたが。
「灰川さん、由奈のことを気に掛けてくれて本当にありがとうございます」
「え? ああ、いや、娘さんは本当に良い子ですから、自分としても目を掛けたくなりますよ、見ていて面白いですしね」
「ふふっ、由奈ちゃんは忙しない子だから、迷惑を掛けてないか心配になる時がありますけど、そう言って頂けて嬉しいです」
母として由奈がハッピーリレーで上手くやれてるのか、Vtuber活動は辛くはないのか心配はあるらしい。
だが由奈は毎日楽しそうな顔で配信やハッピーリレーであった出来事を話したり、どんな配信をしたら良いか等を相談してくれるとの事だ。仲の良い親子であり、理解のある母親である。
変わらず灰川の話題も出るそうで、マイナスな事はほとんど言われないらしい。たまに言われるマイナスな事は「なんで誠治って配信の時はおバカになるのかしら…?」との事だそうだ。
「今後とも娘の事をよろしくお願いいたします、灰川さんも新しく始めたコンサルタント事務所の方も応援してます」
「ありがとうございます、娘さんには無理のないよう仕事を選ぶよう言ってあげて下さい、娘さんは頑張り屋だから頑張り過ぎないよう、自分も見てますので」
由奈はまだ中学生だ、Vtuberを頑張り過ぎて学業が疎かになり過ぎるのは良くない。
それに法改正もあって未成年でも夜10時以降に仕事が出来るようになってしまった、大人がしっかりしてないと頑張らせ過ぎる原因になってしまう。
灰川はブラック企業経験者であり、ハッピーリレーはブラック企業だった過去がある。自分のような目に遭う人が出ないよう、会社に目を光らせるし、配信者にも健康や生活に害をなすようなスケジュールにならないよう目を光らせるつもりだ。
「じゃあ自分はこれで~……」
「あっ、灰川さん、少し良いでしょうか?」
玄関に来てから貴子が何かを聞いて来る、灰川はまだ何かあるのだろうかと聞いてると
「由奈ちゃんの体操服は持って行きますか? 昨日は体育の授業があって、まだ洗濯して無かったんです」
「いやだから母親が娘の私物を人に渡しちゃダメですって!」
「じゃあバッグの中に入れておきますね~♪」
「やめなされ!」
こうして飛車原家での出来事は終わり、灰川は自宅に戻ってツバサの配信を見た。
この日も破幡木ツバサは絶好調で配信し、視聴者を楽しませファンを地道に増やしていったのだった。




