79話 パーティー騒動 1
エレベーターに乗って上階のパーティー会場に向かう、その道中も灰川は慣れない高級感がある光景ばかりで嫌な緊張感が高まっていた。
「ここが会場だね、結構参加者が多いみたいだ」
渡辺社長が3人分の受付を済ましてホール内に入る、すると即座にボーイが寄って来て銀のトレーに乗ったドリンクを選ばせてくれて、灰川と渡辺社長はシャンパンを、ナツハはアップルジュースを取って一口飲む。
「なんか俺だけ場違いな感じっすね、みんなこういう場に慣れてる感じがしますよ」
「ははは、慣れてるフリをしてる人も居るから、灰川さんもナツハも堂々としてれば良いさ」
「私はビジネスパーティーは初めてだけど、パーティーは何回か参加した事ありますよ」
自分を取り繕いながら灰川は渡辺社長とナツハと一緒に歩き、社長が行動を起こすのを待つ。
周囲を見ると美味しそうな料理やスウィーツ、各種アルコールとソフトドリンクがすらりと並んだテーブルがあり、大概の参加者は食事はそこそこにコネクション作りや名刺交換に勤しんでる。
「参ったな……」
「どうしたんですか? 参加者の3割は何かしらの呪い掛けられてるのに気づいたんですか?」
「えっ?怖っ…それって本当かい灰川さん? いや、そうじゃなくて」
灰川の発言に少し驚きを見せたが、渡辺社長は言葉を続けた。
「このパーティーの参加者は僕が思ってたより上の人達が集まるパーティーだったみたいだね…」
渡辺社長が言うにはこの場に集まってる人達は1流企業の幹部や、全国テレビ局や出版社の有力者、大手芸能事務所の社長、政治家と通じてる政商など、かなりマジな有力人物が集まってるとの事だった。
人脈を作りたい意識から各業種の重要人物の情報は入手してるらしく、ここに居る人達は会った事ないが顔と名前が一致する人が多いようだ。
「良いじゃないすか、そういう人達と話をしに来たんすよね?」
「会社やグループにはランクって物があってね…シャイニングゲートとライジングトラベルもここに集まってる企業には遠く遠く及ばない格なんだ」
「あの、社長…そもそもこのパーティーってどんなパーティーなんですか?」
ナツハが恐る恐る聞く、そういう場だと何か入場制限じみた一定ランク以下の企業は参加お断りみたいな感じで断られそうなものだ。
「実はこのパーティーの参加権は父の友人の引退した大手企業幹部から頂いた物なんだよ、まさかこんな重要人物たちが集まってるとはね…」
参加権は譲渡が出来るらしく、父の引退した友人という人は渡辺社長にここに参加できる人物だと押し測られての譲渡のようだ。
「TTBテレビの幹部が5人、全日本新聞の編集長、塩川芸能事務所の社長と専務、ZAKINO自動車の人も居る、この中ではシャイニングゲートは無名の一中小企業でしかないんだ」
「マジっすか…渋谷にデカいオフィス構えててもそんな感じなんすか」
灰川としてはシャイニングゲートは充分に大きな企業だが、ここに集まってる会社の重要人物たちに相手にされるランクではないとの事だった。
自社は有名と言ってもネットの世界の話であり、Vtuberに興味がない人には名前は通らない会社だ。テレビ出演の経歴があると言っても小さな番組のガヤ程度の出演、ここでは通用しない。
「まあ仕方ないか、腰が引けてても仕様がないさ、自分から動かないとね」
渡辺社長は気合を入れ直して自分を奮い立たせる、こういう場では自分から動かないとチャンスは掴めない。
早々に攻勢に出る事に決めて渡辺社長は動きだし、まずは軽快で人的魅力を感じさせる挨拶から話しかけ、自己紹介や会社の概要などを交えながらビジネストークを積極的にしていった。
「はぁ……」
渡辺社長が深い溜息をつく、大企業の重鎮たちへのコンタクトは見事に失敗に終わった。やり方は最初は社長が一人で話しかけて糸口を作り、ナツハと灰川を呼ぶという手法だったのだが、まず2人を呼ぶ部分になかなか辿り着けなかった。
最初は良い感じに接触出来てたのだが、会社名と名前を名乗ったら急に塩対応になり、名刺を渡しても相手からは名刺を渡されないなんて事が多々あったのだ。ここでは国民の8割は知ってる会社じゃないと相手にもされないらしい。
参加者の年齢層は40代で若手で50代以上が主なために、この中では若い渡辺社長は甘く見られて、弱小企業の社長ごっこをしてる奴が恥をかきに来た程度にしか見られなかった。
「食いついて来るのはナツハ目当ての男だけかぁ」
「うん…ちょっと気分悪いよ、偉い人ってちょっと怖いね」
ナツハは容姿のおかげで人目を引き、お近づきになりたい奴らが寄って来るが、あまり良い気分ではない。ナツハから見ればかなり年上の男性から声を掛けられるのは怖さだってある。
「俺も灰川って名前を出しても誰も反応しないし、こりゃ脈なしだ」
「ちょっと期待外れだったね、そんな美味しい話なんてあるはず無いよね」
灰川の持つ金名刺も現物を見せれば話は別かもしれないが、名字だけでは通らず灰川の雰囲気的にも権力者という感じは微塵も無く、その上スーツは安物で身に着けてる物でも舐められる要因しかない。
現物を見せれば話は違うのかもしれないが、それをすると嫌味が過ぎる気がしてやり辛い。その方法は渡辺社長も気が引けるようで、頼んでくる事も無かった。
「渡辺社長、ここはどうやら場違いみたいっすよ、雰囲気も良くないし」
「そうだね、もっと名前を各方面に通してから来るべきだった、僕の失敗だよ」
このパーティーの雰囲気は実際あまり良くない、マウントの取り合いみたいなやり取りがそこら中で行われ、かと思えばイエスマンを引き連れた大会社の重役が自慢話を披露してたり、とにかく参加者のコミュニティが出来上がってしまってるのだ。
既に完成されたコミュニティに分け入るのは非常に難しい事で、ビジネスの話なども知り合い仲間内企業のやり取りばっかりに聞こえる。外様企業の付け入る隙など無いし、集団心理も働いてるのか中小企業は仕事相手ではなく、見下す対象か付き従わせる三下みたいな雰囲気が流れてる。
「せっかくだからメシだけでも食べて帰りましょ、どうせパーティー券を譲られたって言ってもタダじゃなかったんでしょう?」
「はは、その通りだよ、高い勉強代になっちゃったな」
「私もちょっと残念だったかも、もう少し名前が広がってると思ってたんだけどな」
そんな話をする渡辺社長の声にはいつものような張りがない、やり手の社長として様々な経験を積んできた身でも今回は精神に来たようだ。
ナツハも登録者が400万人を超えてるとはいえ、ビジネスの世界では名前はまだまだ広まってないようだ。これには事務所のネームバリューや人脈なども関係して来るから、ナツハの頑張りだけではどうしようもない部分がある。
「まぁ良いじゃん、腹も減ったし、この肉美味いっすよ、タレが良い感じ!」
「灰川さん、こういう料理だとタレじゃなくてソースって言った方が良いと思うな」
渡辺社長は食欲が湧かないらしく飲み物を飲んでる程度だが、灰川はバクバクと料理を食べる。ナツハも少し食べてるが食欲は旺盛には湧かない様子だ。
周囲を見てもパーティー客は食事をしてる人はまばらで、ほとんどは何かよく分からないビジネス用語を使いながら話をしてる。
渡辺社長はすっかり意気消沈してしまい、近くの椅子に座ってうなだれてた。いかに優秀とはいえ最初から上手く行く事は多くないだろうし、これを踏み台に更に躍進してくれる事を願うばかりだ。
灰川は個人事業主だがビジネス方面にはさっぱり興味が湧かない、自分から話しかけたり周囲の声に耳を立ててれば後に役立つかもという考えも、こういう時には短絡的な思考が前に出るから聞き耳も立ててなかった。
「この黒い変なの乗ってるパンも美味いな~」
「それはキャビアだよ灰川さん、また食べ過ぎて動けなくならないでね」
ナツハも残念がってはいるが仕方ない事と割り切って食事に勤しむ、新境地への進出はお預けだが他業種へのアプローチをすれば新しい道は開けそうだと感じ、それだけでもタメになったと感じられるだけの強い精神性もある子だ。
「しっかし世知辛いもんだね、どいつもコイツも閉じ切った内輪で話しちゃってよ、誰か来たと思ったらナツハに色目使っちゃって」
「しつこい人を払ってくれてありがとう灰川さん、男の人に言いよられるのって慣れてないから怖いんだ」
灰川はあまりしつこく来る人には割って入って自己紹介したり会話に混ざり込んで、それとなく追い払ってたのである。
「そうなのか? ナツハなら道歩いてりゃ声掛けられそうな気がするけどな、俺だったら声掛けるね」
「ふふっ、灰川さんに声掛けられたら着いて行っちゃおうかな」
ナツハに言いよる男性は来たし彼女を視線で追う者は多い。自由鷹ナツハは声が魅力的なのはもちろん、仕草や表情、立ち振る舞いなど人を惹きつける部分が多々あり、そういう動きをVtuberになった際に学んで身に着けたのだ。
「そうなのか、どうりで動きが全体的に上品で綺麗な訳だ、良い女は仕草からってのは本当なんだな」
「良い女って言われるのは嬉しいな、さっきからべた褒めだね灰川さん、エリスちゃんとミナミちゃんが怒っちゃうよ?」
「怒らん怒らん、2人だって同じ感想持ったと思うしな~、それにミナミはともかくエリスは俺に特別な感情持ってないって」
パーティー会場の片隅で半ばヤケ気味に食事しながら会話してると、離れた場所で人だかりが出来ており軽い騒ぎが発生してる事に気が付いた。
「なんだあそこ? 酔っ払いでも倒れたのか?」
「そんな感じには見えなかったけど、何かあったのかな」
「もしかして今日の特別料理とか来たのかっ?」
「料理食べてるの私達くらいだから、人だかりは出来ないんじゃないかな」
もしかしたら凄い料理が来たのかもしれないと予測し、人が少なくなったら行こうと思っていた所に。
「あっ! おじちゃんだー! こんばんわっ!」
「え?」
いきなり5歳くらいの女の子が灰川の前に来て挨拶をしてくれたのだ、思いがけない出来事に灰川は戸惑う。5歳くらいの子供だと知り合いの子だろうかと思うも、誰だかパっと見当が付かないでいる。
「八重香ちゃん! こういう所では走ってはいけないですよ! え?あれ? 灰川先生?」
「え? えっ? 八重香ちゃん? って事は……」
「灰川さんのお知り合いの子かな? 誰か知ってる人が来てるんですか?」
八重香と呼ばれた子の後を追うようにスーツを着た男性が灰川に気が付いた、その人には見覚えがあり、四楓院の屋敷で何度かすれ違った付き人の一人と思しき菅谷さんという人だったのだ。
「え、八重香ちゃんと菅谷さんって事は、四楓院さんの関係者が来てるって事ですか…? ってか八重香ちゃん元気になったなぁ、ご飯ちゃんと食べてるか?ん?」
「たべてるっ! はぃかわおじさんよりたべてるっ!」
まさかの言葉にナツハは思わず「えっ?四楓院って…」と口にしたが、本当なのかどうかは判断が付かない様子だ。
「そっかそっか、ちゃんと食べて大きくなるんだぞ~」
「うんっ! はぃかわおじさんもっ!」
「俺もか~、そうだなっ!」
八重香の頭を撫でながら灰川は笑顔で応対する、その時に少し霊視をしてみたが今は特に霊的に何かがある訳でもなく健康に見える。
「灰川先生、ただいま当主と次期当主、奥方様をお呼びしました、私の名前まで覚えてて下さり恐縮です」
「陣伍さんと英明さんと晴美さんも来てるんですか、こっちから挨拶に行きますって!」
「いえいえ、先生にご足労願うなど失礼に当たります、何せ灰川先生は四楓院家初の血判金名刺をお渡ししたお方なのですから」
「いやいや、そんな」
何かあったのかと気付いた渡辺社長も来て、だんだんと灰川の周りに人が集まって来る。ナツハも何事か測りかねてる様子で言葉を発せずに居た。
1分程度のやり取りだがパーティー会場内の衆目が集まり始めていた、四楓院家の子と付き人っぽい人が若い男に話し掛けている。これは四楓院家を知る者にとっては異例の事だったのだ。
四楓院家の人は公の場では顔を知って貰おう、取り入ろうとする者が後を絶たないため、話し掛けられる事はあっても自分たちから誰かに話しかける事は少ない。
「もしかしてあの人だかりって四楓院さんの追っかけですか?」
「追っかけ…まぁそんな感じですね、特に今日は次期当主だけじゃなく当主も来られてるので、なおさら人が多く感じます」
その追っかけの輪が一瞬にして2つに割れる、まるでモーセの海割りだ。その中から3人の見覚えある人物が出てきて、灰川もその人物の前に歩いていく。その時に渡辺社長とナツハも空気を感じ取り後ろに着いて行った。
「これは灰川大先生、その節ではお世話になりましたな」
そう言って深く頭を下げたのは四楓院 陣伍、様々な業界や企業を裏から牛耳る家の当主にして、政財界の裏の超有力者である。
「まさかこのような場でお会いするとは思いませんでした、挨拶が遅れ申し訳ありません、灰川大先生」
「この度は八重香が大変お世話になりました、今後とも四楓院をよろしくお願いいたします」
当主と同じく灰川に頭を下げたのは四楓院 英明と妻の晴美、次期当主として様々な経営業を営む身にして、既に四楓院家の当主となっても問題ない手腕と人脈やビジネス力を持ち、その能力は現当主であり父親である陣伍をも上回ると陰ながら言われる程の人物だ。
この二人の灰川への態度に会場内が大きくざわつく、四楓院家が大先生と呼び深々と頭を下げたのだ。そんな場面を見たのは全員が初めてで、灰川としても会場内の空気が変わった事は気が付いた、
「そ、そんな頭を上げて下さいよっ、大袈裟すぎますって!」
「大袈裟ではありませんぞ灰川先生、ところでそちらのお方とお嬢さんは灰川先生のお連れの方ですかな?」
陣伍に上手い具合に話を逸らされたが、紹介が先なのは目に見えてる。灰川は渡辺社長とナツハを紹介した。
その間にホール内に居る人達の灰川たちを見る目がどんどん変わっていく、さっきまで遥か格下と見ていた一行への評価が一気に変化してる最中だ。あの3人は何なのか、特にあの男は何者なのか、そんな注目だった。
「ふむ、灰川先生が懇意にされてる企業の社長と従業員の方ですかな?」
「そんな感じですね、市乃が居るハッピーリレーと業務提携してる会社の渡辺社長と、市乃と同じVtuberで業界ナンバーワン人気の自由鷹ナツハさんです」
「となるとシャイニングゲートさんですか、四楓院 英明と言います。よろしくお願いします渡辺社長、自由鷹ナツハさん」
「よろしくお願いいたします、シャイニングゲートの渡辺です」
「自由鷹ナツハです、初めまして」
噂に聞く四楓院家と対面して社長もナツハも緊張してるが表には出さず雰囲気の良い笑顔を浮かべてる。英明の方は灰川と関りのあるシャイニングゲートも知ってるようだ。
英明は晴美に八重香を連れて食事をして来るよう言い、八重香は「はぃかわおじさん! あとであそぼー!」と言いながら母に連れられて行き、そこから話が始まった。




