75話 史菜とお出掛け 2
長居できる穴場のカフェに入り、2階席に案内されて遅めの昼食を摂ってから休憩がてらに史菜と会話していた。
「灰川さんは私達が出来そうな新しいジャンルの配信のアイデアなどはありませんか? もし良ければ聞かせて頂きたいのですが」
史菜は視聴者をさらに増やすために新しいジャンルの開拓を狙ってる、それはアケゲーに限った話ではないようだ。
「そうだな~、北川ミナミが出来そうな配信だと、面白さに振った勉強配信とかどう?」
「面白さですか? でも最近は勉強配信だと面白くないのか、視聴者さんが集まらない事が多いんです」
「そこをネタとかに振る形になるだろうなぁ、配信で視聴者を稼ぐというより切り抜き動画で人目を引く作戦」
配信に人を呼ぶには面白い配信をするのが大前提となるが、視聴者を呼ぶ足掛かりは他にも多数ある。会社の宣伝、SNSでの投稿、何かしらの目立つ企画に参加、切り抜き動画だってその一つだ。
配信の面白い部分や感動的な一部分を切り抜いて編集したもので、かなり以前から人気あるジャンルの動画である。
「勉強配信だと勉強する内容は自分で決められるんだろ? どれなら視聴者が関心を持つ内容の勉強をして、そこに面白い発言やネタを混ぜるって感じかね」
「視聴者さんが関心を持つ内容ですか、例えばどんな物があるでしょうか」
史菜はこういう事は遠慮なく聞いて来るし、配信に生かそうと頑張ってくれるから灰川にとっても考えがいがある。
それに灰川は自分の配信での色んな配信内容を考えてたが、ほとんどが企画倒れの実行してない考えただけのアイデアが複数あった。
「例えばそうだな、史菜に向いてそうな内容だと戦略戦術学とかかねぇ、史菜って論理的思考タイプだと思うし」
「戦略戦術学? それはどういう勉強内容なんでしょうか?」
「簡単に言えば目標を定めて、それをどうやって達成するか考える学問かね、色んな応用も出来ると思うし勉強になると思うぞ」
戦略や戦術の学問は戦争だけでなく仕事や日常生活でも重要になる事が多いし、恋愛や人間関係にも応用が利く学問だ。
思考の柔軟性を上げる役にも立つし物事への分析能力も上がる、配信の形を整えれば視聴者の呼び込みにも有効かもしれない。
「例えば史菜が視聴者登録を増やしたいって目標が戦略目標で、そのためにアーケードゲーム配信をするっていうのが戦術、戦術実行のためにどのようなアーケードゲームがあるかを実際に見てゲームを決めるのが作戦構築って感じかね」
「あっ、そういう事なんですね、それだと普段から私達がやってる事ですね」
「その基礎や先の見通し方を学ぶのが戦略戦術学って感じかな、もちろん配信で面白くやるにはアイデアを磨かないといけないだろうけど」
ミナミが真面目に勉強するだけでは面白い配信にはならないだろう、エリスと一緒にやって笑いを取りながらやるとか、戦略ゲームとかで実践しながらとか考えなければいけない。
「俺だったら北川ミナミと破幡木ツバサを組ませて配信させるな、真面目なミナミとおバカキャラのツバサは一緒になれば面白さを引き立て合うと思うしよ」
「なるほど…それも戦略と戦術なんですね」
もちろんこんな事は希望的観測でしかない、パッと出ただけのアイデアだから深く考えなくて良いと史菜には言っておいた。
しかも配信なんてものは2,3回も同じ事を続ければ面白い配信でも飽きられる。それは念頭に置かなければならない。
「これだと視聴者の○○を実行したいけど、戦術が思いつかないから募集しますとか言って、面白いネタ戦術が送られてきたら笑いながら発表するとか応用が出来そうだ」
「頭の柔らかさも重要になりそうですね、そこを鍛えるには良いかもしれません」
史菜は少し頭が固い部分がある、それは一つの物事に集中して真面目に当たれるという良点がある一方で、バラエティに富んだ思考が回りにくいという難点もある性格だ。
「他には視聴者層を広められそうな配信だと、古典映画とか昔の特撮作品の同時視聴とかかね」
「昔の映画というと白黒映画とかでしょうか? 特撮作品は見た事が無いかもしれません」
古典映画には名作も多く、上の世代の年齢層には見た事がある人も多く、特撮作品も同様だ。
しかし古典映画はどうしても今は古臭いという先入観はあるし、特撮作品だと女性が付いて来れない可能性もある。
映画としてのジャンルも多く、時代劇、SF、ラブロマンス、戦争モノ、果てには戦時中のプロパガンダ映画も含まれる事だろう。
「もしやるなら見る作品は無難でファンが多いのとかだろうなぁ、変な思想作品とか見て炎上する可能性だってあるし、版権問題とかもうるさそうだし」
この配信形態はミナミには合ってそうだと灰川は感じる、真面目な性格の印象が強いミナミなら、このような配信でも視聴者は見に来ると思う。
「ぜひ前向きに考えてみたいと思います、貴重なアイデアありがとうございます」
「こんなアイデアで良けりゃ、いつでも提供するって、どうせ俺の配信だと役立てられねぇしさ」
灰川の配信でやっても誰も来ないし、やるだけ無駄という物だ。そもそも有名配信者なら何をやっても何かしらの成果は上げられるだろう。
それでも継続的に可能で視聴者人気も落ちず、登録者が上がり続ける配信内容なんて考えつくものじゃない、それがあれば誰だって既にやってる。
各配信者のイメージなどもあるから、それに大きく外れた配信内容は選べないなどの制限もあり、有名なりの苦労もあるようだ。
「そういえばどんな本を買ったんだ? やっぱり配信の本なのか?」
ここで何となしに史菜が書店で買った本について聞いてみた、史菜は本を結構読むらしいから、灰川はどんな本を買ったのか少し興味があったのだ。
「何冊か購入したのですが、今日は気分を変えてホラー小説も買ってみました」
「小説かぁ、最近はあんまり読まなくなっちまったな~」
史菜はテーブルに購入した書籍を並べた、ホラー小説の他にも時事情報が掲載された雑誌や、話術の本、アニメ雑誌、話題作漫画、色んな本が並んでる。
やはり最新情報の更新には余念がないようで、配信者としては流行や新しい話題の導入は大事にしてるようだ。
その中に幾つか経路の違う書籍がある、それは。
「ん? これは…」
「はい、恋愛指南の本です♪」
タイトルは『年上男性を振り向かせる10の必須テクニック』『絶対成就!20代男性の落とし方!』『年上を誘惑しちゃおう!JK編』などという本が並んでいる。
「こ、これは…」
「灰川さんは成人男性の霊能力者さんと、女子高校生のVtuberの恋愛についてはどのように思われますか?」
「い、いや~……はは…」
「賛成ですよねっ♪ もちろん女子高校生が意中の男性に好感を持ってもらえるよう、色んな努力をする事も許容して頂けますよねっ?」
史菜の言葉の端に言いようの無い、NOとは言わせない雰囲気と迫力が漂ってる。この子は何故か積極的な時とそうでない時のギャップが凄い。
「ど、努力って…例えば…?」
「そうですねっ、例えばちょっと大胆なスキンシップをしたり、特別なプレゼントを差し上げたりすることでしょうか」
「はは……まあ、程度によるかねぇ…」
灰川としては史菜が自分に強く好感を持ってることは理解してる、今までも何度かアピールされたし、直接的に言われた事もあった。今も史菜は笑顔で灰川を見つめながら、こんな話をしている。
しかし心の中では女子高生と恋愛する気は無いし、そもそも今は恋愛が出来るような余裕はない時期だ。
だが恋愛とはそもそも、する、しない、と決めて行うような事ではなく、感情的な動きによって意思に限らずなってしまう事象である。
「ツバサちゃんも灰川さんの事を悪しからず感じてる様子ですが、私も負けないように頑張りますからね♪」
「おいおい…何を頑張るんだよ…、それにツバサと付き合うなんてなったら、本格的にヤバイ奴になっちゃうっての」
ツバサこと飛車原 由奈は中学2年生だ、前はツバサにはあんな事を言ったが本心では妙な関係になるような事は無いと思ってる。
「そろそろ出るか、史菜も休む時間はあった方が良いだろうしさ」
「お心遣いありがとうございます、末永くよろしくお願いします」
「その返事は間違ってるぞ~」
その後は史菜を自宅のマンションにまで送り、灰川も自宅へと帰って行った。
「よし! 配信するかぁ!」
自宅に着いて早々にIQ低下からのパソコン立ち上げ、今は趣味となった配信を始めようとする。今日の灰川チャンネルの配信内容はFPSゲームにしようかと考えていた時、スマホに着信が来てしまった。
『灰川君、頼みがあるんだが』
「え? 頼みって何ですか?」
電話の主はハッピーリレーの花田社長で、開口一番に急な申し出である事を詫びながら言って来た。
『実はホラー配信が予想より好評でね、それを受けてエリス君が心霊スポットに実際に行ってみて、雰囲気などを配信で話したいと提案があってね、それに同行して貰いたいんだ』
「心霊スポットに同行ですか、候補地とか予定日時はあるんですか?」
『それがね、実は明日にエリス君をどこかしらの心霊スポットを案内して欲しい、仕事の予定もあるし配信というのは話題性がある内に実行しなくては意味がないんだ』
「明日ぁ!? 急ですって!」
『そこを何とか頼みたい! せっかくの休日をフイにさせて悪いが、埋め合わせは必ずする!』
結局は押し切られてしまい、灰川は翌日の日曜日に市乃と心霊スポット巡りをする事になってしまったのだった。
その後は配信どころではなくなってしまい、行けそうな場所やルートの確認をする羽目になってしまった。




