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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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73話 花田社長と灰川の道

「お疲れ様でした、社長」


「灰川君こそありがとう、これでやっと運営と配信者の溝が少しは浅くなりそうだ」


 会議は2時間ほどで終わり、灰川は花田社長に誘われて近場の居酒屋に来て、ささやかながら事務所開設のお祝いを二人でやっていた。


 灰川は配信者達の心情や会社への要望、今まで言えなかった文句などを包み隠さず喋り、それを聞いた運営部は反省を深めたようだった。


 元から運営は過去のブラック状態だった状況を反省しており、ちゃんとした経営コンサルタントに今までの状況を話した上で相談をしたそうだが、その時にもボロクソに言われたらしい。


 コンサルタントが話した内容は、労働状況としては劣悪極まりない、訴えられて当然、経営陣の考えが自己中心的かつ傲慢すぎる、上層部の責任感の欠如と経営者としての自覚の無さ、その他もろもろを忖度なく徹底的に言われたそうだ。


 今は経営陣は全員がそのコンサルタントの現代経営学セミナーに通い、人を雇い使役する上でやってはいけない事を、小学生レベルのメンタリティの内容から教わってる。


「良い事だと思いますよ、基礎の基礎から学ぶ事は多い筈です、時間が経てば基礎なんか忘れちゃいますから」


「そうだな、私もセミナーで現代の経営を一から学んでる、今更だが配信者の皆には申し訳なさでいっぱいだ」


 経営陣は最初はコンサルタントに「部下は上司に従うべきだ!」「会社の決めた事に反発する者など必要ない!」と言って反発したそうだ。 


 そこをコンサルタントに前者の反発は「正当な報酬の支払いも無く、労働法に反する命令に従う必要性はない。時代遅れの考えだ」と言われ、後者の言葉には「決めた内容が抽象的かつ稚拙な内容か実現性が無い無茶な要求であり、その失敗の責任すら現場に転嫁するのは異常な思考だ」と言われたらしい。


 そのコンサルタントから『何故ダメなのか』『何故下の者が付いて来ないのか』『何故配信者や職員が次々と抜けていくのか』を一から子供でも分かるように教えられ、その中で自分たちが何をしてしまったのか理解した。


 そのコンサルタントの元にはそういった基礎的な事を完全に忘れてしまってる経営者や、後を継いであっと言う間に会社を傾けた同族2世社長が教えを受けに来るらしく、手慣れた手つきで講義をされたらしい。


「調子に乗ってる者は自分の姿に気付けない、その事が身に染みたよ」 


「俺だって人の事は言えませんよ、前はいい年こいてみっともなくキレ散らかしたんですから、感情の制御は大事だって身に染みました」


 本来なら分かって当たり前のやってはいけない事すら分からなくなるほどに、ハッピーリレー運営部は調子に乗ってしまった。そういう例はいまだ多くある。


 上司に意見を言ったら左遷され追い出し部屋という退職させるための部屋にぶち込まれたとか、パワハラや超過労働を職安に通告したら名前がバレていい加減な理由でクビにされた、そんな話は多く聞く。


 そんな会社は今はすぐに名前が広がり、経営陣の横暴や労働法違反は拡散されてしまう世の中になった。そうなれば困るのは経営陣である。


 感情だけで動く事がどれほど危険か、灰川は個人単位の感情で、花田社長は集団単位の感情で動いて後悔する事になっている。


「もうブラックが生き残れる時代は終わろうとしてます、ハッピーリレーは以前のまま進んでたら経営陣を神格化して、崇めさせるカルト宗教みたいになってたかもしれないっすよ、キモッ!」


「ははは、やはり灰川君はブラック企業には厳しいな、そう言ってくれる人物が居たら我が社も道を間違わなかったかもしれんな」


 そんな話をしながら二人でビールや日本酒を飲みながら、談笑を交えつつ話はハッピーリレーの過去の出来事になった。


「ハッピーリレーは私がメディア業界で働いてた時の仲が良かった者達で立ち上げた会社だったんだ、これからの時代は動画配信とVtuberの時代だと言ってね」


 創業当初はまだ表に出てない面白い配信者を見つけて片っ端から声をかけて勧誘し、時間も労力も問わずがむしゃらに働いて名を上げて行った。


 その頃は非常に楽しく、黎明期であった配信事業は瞬く間に人心と注目を集め、ハッピーリレーの名は見る間に上がった。それはかつて業界2位とも言われる地位に上り詰めてた事からも間違いはない。


 配信者達も名前が売れて有名になっていくのが楽しく、寝る時間も飯を食う時間も惜しんで配信に励んでた。どうすればもっと上に行けるか、どうすればもっと注目を集められるか、所構わず議論に花を咲かせたらしい。


 それから時間が経ちハッピーリレーの名は業界で知れ渡り、確固たる地位を確立してたが……一定の時期から創業組と後発組というような派閥が出来ていた。


 創業初期の配信者含む創業組はイケイケの猛烈仕事組で、会社内の権限も強く、初期配信者を手厚く優遇して宣伝や企業案件を引っ張って来てたそうだ。


 後発組は会社に対しての発言や提案など一切聞きもされず、宣伝もまばらで企業案件のような金になり名が売れる仕事は全て先輩に独占されてるような状況だったらしい。


「創業組の特権階級による専横ですか、中世の貴族社会に逆戻りですね」


「今考えればそういう事になる、しかし私は今までの職場や経験からそれが当たり前だと思ってた、その考えを疑う事もしなかった」


 創業組は華々しい成果を上げる一方で後発組は視聴者獲得ノルマを達成する事も難しく、利益ノルマも達成できず創業組から無能、低能呼ばわりされて、教育という名の罵倒や不当な減給、法を無視した命令などが常態化していった。


 創業組でも事業部の中本部長のように現状を注意する人は居たがその意見は聞かれず、それに愛想をつかした後発組の配信者や職員が続々と抜けて、内情の暴露から大炎上、訴訟問題、大量のアンチの発生、その炎は視聴者にまで飛び火して『ブラック企業信奉者』呼ばわりされた。


 ハッピーリレーの名は業界2位からあっと言う間に転落し、業界5位という知名度的にも人気的にもパッとしない位置づけになってしまったのだ。そのどさくさに紛れて創業組の配信者は独立したり他社に移籍してしまった。


「そういう会社って多いみたいですよ、ネット情報ですけどね」


「そうかもしれんな、私が言う資格は無いが嘆かわしい事だ」


 花田社長は現在は過去を反省して企業是正に取り組んでる、以前のような経営を続けたら会社は成長しないどころか潰れてしまうという危機感を持ち、人材を大事にしないと会社は成り立たないと改めて考えた。


 今のハッピーリレーには一線級配信者はエリスとミナミしか居ない、その二人ですら登録者は伸び悩んでるのが現状だ。この二人が居なければ配信事業は藻屑と消えてただろうと社長は語った。


 実はハッピーリレーは現在、外部の配信者や個人勢Vtuberの動画編集などを請け負って稼ぎを得てたりする。その客の中には過去にハッピーリレーに所属して嫌な目に遭わせてしまった被害者もいるそうで、罪滅ぼしとしてハッピーリレーの直接の被害を受けた配信者の仕事は超格安で請け負ってるそうだ。


 過去の問題以外にも課題は多く、人員育成や配信者の運用法、具体的な今後の展開なども考慮すべき所は多い。それでも明るい展望も無い訳ではなく、シャイニングゲートと大きな繋がりが出来た事から会社としては幸先が良い方向に向かってるとの事だ。


「シャイニングゲートとの実質的な提携によって、参加に声が掛かってるイベントや案件も増える見込みが高い、これも灰川君のおかげだな」


「はは、そう言って貰えるのはありがたいですよ」


 ハッピーリレーがシャイニングゲートとの繋がりが出来たのは灰川が自由鷹ナツハを助けた事が始まりだ、それは自覚してるから否定は出来ない。


「シャイニングゲートの渡辺社長はどうなんでしょうね、凄い才覚を持ってるって感じですけど」


「渡辺社長は特別製の人間だ、メディア業界でも配信業界でもあそこまで才覚ある人は見た事が無い。彼は私のような間違いながら進む泥臭い生き方ではなく、正解の道を迷わず選べる人間なのさ」


 花田社長が言うには今まで人生や仕事の中で何人もの人を関わって来たが、渡辺社長は才覚もカリスマ性も人間性も抜きん出た人物だと言う。渡辺社長は年下だが、既に才覚も何もかも遥か上だと花田社長は語った。


「ハッピーリレーもきっと実を結びますよ、ブラック企業の社長と経営陣が反省してるってだけでも凄い事っすから」


「そう言って貰えると甲斐があったと感じるよ、同じ間違いは犯さんさ。そうならないためにも灰川君が配信者と運営の橋渡しになってくれ」


 組織ならではの問題なんて何処にだって存在するだろう、ホワイトな会社になったってきっと問題は出てくるはずだ。


 そんな話をしつつ灰川コンサルティング事務所の開設を祝いながら酒は進んで行く、そのまま結構な速さで二人の酒は進んで行った。


 灰川と花田社長の間には奇妙なシンパシーのようなものがある。お互いに完全完璧とは言えない人間同士というか、精神性がどこか似てるような、そんな感覚を覚えてる。




 居酒屋を出て社長と渋谷の街を歩いて酔いを冷ます、酒で火照った体に街の喧騒が良い具合に響いて来た。すると話は当然のようにオカルト方向に向かい出した


「そういえば灰川君、渋谷の有名な怪談は知ってるかね?」


「色々ありますよね、センター街の裏路地のマンホールの話とか、スクランブル交差点を歩てたら、いきなり行方不明になった人の話とか」


 渋谷は昔から嘘か誠か怪談話が多く、今も多くの怖い話の舞台となってる。


 中でも有名なのはコインロッカーベイビーだろう、赤ん坊をコインロッカーに遺棄するという都市伝説だが、これは実際にあった事件であり、近年でも同様の事件が発生している。


「これは怪談というよりは実際の事件ですからね、そこから派生した怪談も多いですが」


「私が子供の頃はコインロッカーから赤ん坊の泣き声が聞こえたら、怖いとか気のせいとは思わず警察に言いに行けと学校で教わったものだ」


「自分が小学校の時は山で赤ん坊の声がしたら大人に言いに行けって教えられましたよ、都会と田舎じゃ教わる事も違うんですねぇ」


 灰川は田舎の生まれであり、コインロッカーなど日常的には見ない場所で育ったため、そのような事は教えられなかった。


 しかし田舎だと赤ん坊が山や森に遺棄されるという事件が発生しており、注意喚起の形も都会とは違った形になってる。


「他にも若い頃には渋谷での芸能スカウトを装った者による連れ去り事件とか、アンケート調査を謳ったカルト宗教の勧誘などに気を付けろと言われたな」


「今では都市伝説みたいに言われてるけど、実際にはまだあるんでしょうね。知らない人には付いて行かない、これが鉄則です」


 知らない人には付いて行かない、小学校で習うような当たり前の事だが、その基礎の基礎を忘れて被害を被る人は後を絶たない。


 もちろん悪意ある甘言で人を騙す者が悪いのは当然の事だが、やはり基本の考えを疎かにすれば自分が痛い目を見るのはいつの時代も変わらないようだ。


「灰川君は渋谷に関する怖い話などは無いのかね? 酔い覚ましがてらにそこのベンチにでも座って聞かせてもらえないか?」


「ありますよ、市乃や史菜も居ないし折角だから普段はあんまりしない怖い話でも披露しますよ」


「おっ、期待させるのが上手いな灰川君、是非とも聞かせて貰おうか」


 駅の近くのベンチに座り、休みついでに灰川が渋谷にまつわる怪談を話し始めた。




  ラブホテルの行方不明者


 渋谷は若者の街、流行の発信地というイメージが強くファッションの街、オシャレの街というイメージがありますが、そういう街に付き物の場所も当然多数あります。


 それはラブホテルで渋谷にも多数存在して、探せば結構な数が見つかりますよね。近年では風営法の改正もあって認可がほとんど下りなくなりホテル数は増える事は無いそうですが、渋谷には結構あります。


 その中の一件で今も未解決の事件があるんです、とあるラブホテルの一室に宿泊したカップルが行方不明になった事件です。ある日に宿泊したカップルが部屋に入ったきり出て来ず、そのまま行方不明になってしまったという不可解な事件でした。


 警察も介入してホテル内の廊下の監視カメラを調べたり、聞き込み調査、鑑識を連れ立っての科学捜査まで行いました。その途中で幸か不幸か部屋の中から隠しカメラが見つかったんです。


 そのカメラは客の誰かが仕掛けたという事で落ち着いたそうなんですが、それに記録されていた内容が問題でした。カメラの位置は天井の照明の何処かに付けられてて、部屋の中を俯瞰して見れる位置に付いてたそうです。


 カップルが入室、荷物を置いたりして少し会話してから男性がシャワー室に入り、その後に女性がシャワーを浴びる。


 女性がシャワー室から部屋着姿で出てきてベッドに男性と座り、5分程会話してから行為に及ぼうとした所、突然カメラのフレーム内にカップルとは別の女性が入って来てカップルは謎の女性に気付く。


 普通なら大騒ぎするような事態であるにも関わらずカップルは静かに女性と対面し、3分ほどしてから立ち上がって出口などは無い部屋の奥側に謎の女性に連れられるように歩いて行き、そのまま行方不明。


 その映像を元に捜査は続けられたが結局発見に至らず、ホテル内の監視カメラを調べたり、他室を調べたりするも不明で今も解決してないそうだ。


 だが警察は気付いてた、その謎の女性は数年前にその部屋で殺害された女性と顔と衣服が一致しており、もういない筈の人物だったのである。


  


「こんな話を聞きました、まぁ創作怪談だと思いますけど、内容がアレなんで市乃たちに聞かせる訳にもいきませんからね」


「ははは、確かにそうだな」


 ラブホテルの怪談は昔から結構ある、人間の情欲や情念が入り乱れる場所で、昔から事件が発生したり心霊現象が発生したりと話題に上がる場所なのだ。


「いわゆる大人向け怪談ってのは中高生に話すのは気が引けるし、他にも人が過度に不幸になったり死んだりする話は、精神衛生上良くないと思ってるから市乃たちには話さないようにしてるんですよ」 


 怪談とは人の死にまつわる話や不幸な出来事が内容となる話が多い、その中には本当にトラウマになりかねない話なんかもあり、話す際には注意が必要になる。


「そうだな、まあ高校生にもなればある程度は大丈夫だと思うがね」


「でもラブホの話は出来ないっすよ~、まぁ話す機会がない怪談の供養ってことで」


「今の話は我が社のVtuber配信では出来ないしな、面白い話を聞かせて貰ったよ」


 怪談というのは文章を読むのと話を聞くのとでは大きな違いがある、文章だと大して怖くない話が声に出して読むと途端に怖くなったりする事があるのだ。その逆も当然多い。


「ところで灰川君、来週からマネジャー業務をしてもらう事になるから、ちゃんと業務資料を読んでてくれたまえよ」


「もう読みましたよ社長、結構色んな業務があるんですね」


 マネージャーと言っても本格的な物では無く、希望者のスケジュール管理や未成年配信者の外部業務の付き添いとか、その他の業務を広く浅くやるような感じである。


 シャイニングゲートの仕事も兼ねながらなので、しばらくは不慣れな環境で仕事をやって行かなければならない。


「ちゃんと頑張らせて貰いますよ、なんたって形だけとはいえ自営業ですからね」


「やり初めの頃は気を張ってしまうかもしれんが、肩肘張らずにやった方が良い。その方が灰川君は上手く行くだろうさ」


「はい、これからよろしくお願いします、花田社長」


「こちらこそよろしく頼む、今から忙しくなりそうだな」


 花田社長も灰川も完璧とは言えない人間だ、自社をブラック企業にしてしまったり、人の悪意を見抜けずブラック企業に入ってしまったり、感情で経営してしまったり感情をむき出しにしてしまったりと、およそ完成された人間とは言い難い。


 それを自覚できた彼らだからこそ奇妙な絆が生まれた、年が離れていながら互いをどっちが上とか下とか食って掛かる事なく、同じ人間として自分たちのペースを守りながら進もうと決めたのだった。


 励ましとこれからの挨拶を交わしつつ、その日は自宅のアパートに帰り事務所立ち上げの一日が終わったのだった。




 明日と明後日は休みで仕事はナシだ、ハッピーリレーも土日は可能な限り休む方針にしており、配信者は適宜に配信をするが職員は数人が週替わりで詰める程度になっている。シャイニングゲートも同様だ。


 灰川としては明日は2社から受け取った業務資料に再度目を通すくらいの予定しか無い、ひとまずはゆっくり休もうと決めていたが、そんな時にスマホに着信が入る。


『灰川さんっ、お願いします! 私にゲームを教えてください!』


 電話の主はミナミで、配信に生かすために今まで手を付けなかった新しいジャンルのゲームのやり方を教えて欲しいという内容だった。


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