340話 現実的瑕疵はないけど気味悪い場所
木曜日になった、デパートに行った日の翌日である。
灰川は昨日は事務所に戻って大規模接続障害がもたらした予定変更に対応したり、渡辺社長や花田社長とトラブル対処について話し合った後だ。
「はぁ~、大変な事になってるみたいですね」
「そうですね、ユニティブ興行も仕事の延期や日時変更が相次ぎましたし」
午後になったばかりの事務所にて、灰川は前園と仕事に関する対処をやり切っていた。朋絵と砂遊の予定を組み直したり、佳那美とアリエルの仕事のスケジュール変更を1週間分は終わらせた。
結果としては1週間ほどスケジュールは空き時間が多くなり、特にやれる事もないという状態になる。
朋絵などはトラブル発生が発覚した時にはパニックになりかけたらしく、砂遊と一緒に大騒ぎしたらしい。何故か知らないが、にゃー子も大騒ぎしてオモチの腹に顔を埋めて泣いてたとか。
「でも復旧は確実だそうですし、ここは安心してドッシリ構えてましょう」
「そうですね、仕事の順延はありましたけど無くなった訳じゃありませんしね」
ユニティブ興行は特に問題なく業務は整理できたのだが、シャイニングゲートとハッピーリレーは所属者が多いから今も整理は終わってないらしい。だがそれも時間の問題だろう、2社は職員だって多いのだ。
とにかく昨日の時点で3社は色々と対応しており、ユニティブ興行は対処は終わったし、後は復旧まで待ちの姿勢で居るしかない。
灰川は今回の騒動で四楓院 英明が心配になり電話をしたが、障害が発生してる分野は動画サイトやSNSが多いため、ビジネス取引とかの影響は抑えられているし代替手段もあるから問題ないとの事だった。
持ち株やグループの株などにも大きな影響はなく、普段通りに業務をしているらしい。大騒ぎではあるが必須インフラが被害を受けた訳ではないし、復旧も出来るのだから問題ないと見ている。
「あ、渡辺社長から電話だ。はい、もしもし」
『灰川さん、スケジュールの調整が上手く行ったんだけど、ユニティブ興行は土曜日の夜から日曜日の午前までで空き時間って無いかい?』
「所属者全員のですか? ありますよ、こっちもスケジュール変更とキャンセルが相次ぎましたし」
『そっか、それなら良かった。実は土曜の夜から日曜午前にかけてシャイニングゲートの所属者も、時間が空いてる人が多いんだ』
シャイニングゲートも今回のネットのトラブルで割を食っており、スケジュールのキャンセルや延期は相当に出たという。
ハッピーリレーも同じであり、今回のトラブルはネットを活動の場にする者たちの行動を非常に強く制限するものとなった。
配信も出来ないしネット活動もほとんど無理という状態だが、そんな中でも自社のホームページで限定動画などを公開したりもしている。
しかしメインの活動の場ではないから話題性は上がりにくいし、そもそも話題に上がるためのSNSが使用不可なので、どうにも手応えが無い状態だ。
ネットに依存した活動の弱さ、プラットフォームが落ちたら実質的に何も出来ないという弱点が、今までで最大に浮き彫りになっている。
『この状況は来週くらいまでは続くって話だからね、この機会に3社で親睦パーティーを開きたいと思うんだ。その都合が良いのが土曜夜から日曜午前なのさ』
「前にも言ってましたもんね、じゃあこっちも所属者に聞いてみます。たぶん時間の都合は付くと思いますんで」
いずれは3社の間でそれなりの規模の親睦会を開かなければという話は以前からあり、予定が乱れた今しか機会がないと踏んだようだ。仮にハッピーリレーとユニティブ興行が参加できないとなっても、シャイニングゲート単体で何らかの親睦会はしたはずだ。
シャイニングゲートでは現在、所属者や職員の間で派閥問題や不仲問題が内部で出ており、その緩和を早めにしなければならないというのが経営層の認識なのだ。
その後は少し話を詰めつつ、経費はシャイニングゲートが大半を持ちつつ渡辺社長のポケットマネーからも出すと言い、ハッピーリレーと花田社長からも出すという事で落ち着いた。ユニティブ興行は新興事務所だし所属者も少ないため収益は2社に凄く比べて少なく、金は出さなくて良いと言われたのだった。
急な話だから全員が参加できるという事にはならなさそうだが、それでも今回ほど人数が集まれる機会はない。
ハッピーリレーの男性所属者はどうするかという問題もあるが、もしかしたらその問題も良い形に纏められるかもしれないとの事だった。
パーティーの件は所属者たち全員にメッセージを送り、とりあえずは全員参加という形の返事が来た。
夕方になり前園は退勤し、藤枝は今日は元から非番である。そもそも藤枝はそこまで多くシフトを組んでる訳ではない。
佳那美とアリエルは先程に近場のスタジオで新作子供服のフォトモデル撮影をしてきたが、特に問題なく撮影は終わった。
今回もカメラマンからベタ褒めされており、2人とも素晴らしく可愛いし、子供なのに撮影側の意図を汲んでるとしか思えないポージングをするから驚かされたと高評価だ。
子供服ブランドから雇われた敏腕カメラマンに、また是非にモデルとして撮影させて下さいと言われたりもして、2人は非常に上手く仕事をこなしてくれている。
仕事では問題はないのだが、時折にアリエルが灰川の方を見て変に緊張したりなんていう一幕もあったりした。
「はぁ~、さて、どうするかなぁ」
灰川は日曜日がどうなってしまうのかという心があり、それが頭から完全には離れてくれない。しかもその前に3社のパーティーがあるとか、思っていたより予定が詰まってしまった。
実は今夜も仕事が入っている、その内容はハッピーリレーのホラー系企画のロケハンだ。灰川の知る『怖いけど安全なスポット』を紹介して案内し、企画に使えるかどうかを見るという感じだ。
一緒に行くのは三ツ橋エリスと北川ミナミ、つまり市乃と史菜である。
灰川としては内心では日曜日のメンバーである2人に会うのが少し気まずい感じがするが、そこは大人としてキッチリと普段のように振舞おうと心掛けた。
「灰川さん、こんにちはー、今日はよろしくね、あははっ」
「こんにちは灰川さん、ホラースポットのご紹介、お願いしますっ」
「いらっしゃい、ちゃんと許可も取ったから問題なく行けるぞ。選ぶのに結構悩んじまったけどな」
市乃たちから出された動画などの企画撮影が可能なホラースポットの条件は幾つかあり、身体的な危険がない所、現実に悲惨な事件などが発生した場所じゃないこと、などが最初の条件として出された。
後にまで精神にダメージが残るような場所はダメ、まだ世に出てないスポットだとかもあるが、灰川はそういった場所も知っている。
「3か所ほど話は付けておいたからよ、さっそく行くか」
「車で行くんだよねっ? やっぱ車があると便利だよねー」
「灰川さんの運転って安心できて好きです、私のお父さんと同じような運転な気がしますっ」
事務所を出て2人を車に乗せてロケハンの場所に行く、今日は3か所ほど見ていく予定だ。
「なんだか2件とも普通の場所だったねー、怖いとかって感じはなかったかもっ」
「でも動画は取りやすそうな気がしました、怖さも演出できそうな気がしましたし」
灰川が2人を連れて行った場所は、1件目は目立たない場所にある倉庫で、2件目は今はスタジオとして使用されている家だった。
倉庫の方は特に事件もないが幽霊が出るという噂のある場所で、灰川が見ても特に危険はなかったため案内した。老朽化により1年後くらいには取り壊しが決まってるそうで、撮影にも問題ないと言われている。
2件目の撮影スタジオとして使用されている家は、幾つかの映像作品でも使われている物件なのだが幽霊が出るという話があり、少しばかり噂になっている場所である。しかし事件も危険もないし、灰川が見ても幽霊とかは特に居なかった。今はホラー系撮影のスタジオで売り出す事も考えてるとの事である。
どちらもワケアリー不動産関連の紹介で、今回の条件に合った物件を教えてもらえたのだ。
しかしホラー系の動画にするにはインパクトが薄く、物件自体にも怖さと言えるものが少なかったのは事実だ。夜の闇とかで怖さは演出できるし、そこはカバーのしようがあると2人は感じている。
「やっぱ市乃も史菜も活動には真面目だもんな、さっきの2件だとちょっと求心力が低いって感じちゃったか」
「そだねー、ホラーに振ってもエンタメに振っても、中途半端な出来になっちゃうかもって思ったかも」
「何と言いますか、条件を出した私たちが言うのもなんですが、事件や事故が無い心霊スポットというのは難しいかも知れませんね」
幽霊が出る以上はその場所で何かがあったという逸話が付いて回る事が多い、嘘であれ真実であれ、そういった話が心霊スポットを成立させる重要な要素なのは間違いない。
今回はワケアリー不動産には薄味な場所の紹介をお願いしたのだ、本当ならあの不動産屋はもっとヤバイ物件とか場所は揃えてあるのは灰川は知っている。
「ホラー撮影がしたいって言って許可が降りる所は幾つか俺の個人的な伝手でもあるんだけど、瑕疵が無いって条件が加わると少なくなるんだよな」
「そうだよねー、何も無かったんじゃ何も起こらないだろーしねー」
「ですが酷い事が本当にあった場所となると……会社や所属者のイメージ問題とかもありますから」
ガチの心霊系動画だったら曰くが無い場所なんて避けるだろうが、市乃たちはイメージの問題もあるから条件も厳しくなる。
本当なら曰くが無くても怖い場所は灰川はもっと知ってる場所や伝手があるのだが、距離が遠かったりなどの理由もあって今日は近隣に限られている。
「でも次に行く場所は少し毛並みが違うな、珍しいタイプのスポットだと思うぞ」
「どんな場所かは着いてからのお楽しみかー、先入観があるとダメって言ってたもんね」
「少し変わった場所ですか、私も気になりますねっ」
今回のロケハンは実際に事件とか悲惨な出来事があった場所ではないため、ユルい雰囲気で進んでいく。
市乃と史菜は動画企画に使えるかどうかを見つつ、撮影したらどんな動画になるかとか、演出はどのようにしたら良いかとかも話していた。
ハッピーリレーには過去にTSNテレビというローカル局でホラー番組を幾つか制作していた中本部長という人が居て、その人に相談しつつ動画制作をしていこうという事になっている。
中本部長が過去に制作した番組は全国局でも放映された事があり、灰川も視聴して非常に怖かったという思い出があるのだ。中本部長だったら大した事のない動画素材でも良い物に仕上げてくれそうな気がする。
「そういえば今週の土曜の夜から日曜午前の事って聞いたか? 親睦パーティーやるってよ」
「聞いたよー、ネット使えないし丁度良いから仲を深めようってことだよねっ?」
「私はそういう場は得意ではないんですが、市乃ちゃんも行くし空羽先輩たちも来るので行こうと思っています」
所属者にはメッセージや電話で連絡が行っており、もちろん市乃たちも知っていた。パーティー参加には前向きらしく、これを機にシャイニングゲートやユニティブ興行の所属者とも仲良くしたいと思ってる。
正直に言うと最初は灰川は皆がパーティー参加するかどうか危ぶんでいたし、3社の所属Vtuberの中には極力に人と関わらないようにしてる者も居るのも知っていた。インドア派の人達も多く、あまり盛り上がらないんじゃないかとも感じていた。
しかしパーティー参加に前向きな者は多く、結構な割合で参加する者が出て来そうとの見越しだ。
渡辺社長や花田社長、そして灰川の話し合いで所属者が参加したくなるような企画とかを急遽に提案し、それもあって参加に前向きな姿勢になった者も多いかもしれない。
「でもさー、日曜の午後には噛まないよね? 具体的には午後の3時くらいとか」
「そ、そうですねっ…! そっちの時間に行っちゃうと…そのっ、大事な予定が…」
「……! そ、そうだなっ、まあ大丈夫だろっ、ははっ」
日曜の午後には皆の大事な予定がある、何があるとは口に出さないが意識してしまうと緊張が出て来てしまう。
飄々としている市乃も少し緊張してる感じが見え隠れしており、それもあって車内に少し変な空気が流れたのだった。
市乃も史菜も、それどころか灰川も日曜に何があるのかは知っている。けれども知らないという風体は保つ、そうしなければいけない気が灰川はしているし、市乃と史菜もそうしないといけない気がしていた。
それは考える時間を双方が持つという意思の表れだ、ちゃんと考えて結論を出し、その上で実行に移すかどうかを判断するという時間を持つための行動なのだ。
だが市乃と史菜の意思は変わらない、既によく考えた結果での意志であり、今更に気持ちが変わるという事は無いと確信している。この猶予は双方というよりは灰川のために設けられた考慮時間という側面が大きい。
「よし到着だ、ここも持ち主には話が付いてるし自由に見てくれって言われてる」
「ここって何かの会社? ちょっと築年数ありそうな感じするねー」
「株式会社野田島産業って書いてありますが、何の会社なんでしょうか?」
「この会社は今は無くなってるけど、元々は飲食関係の物流とかの会社だったらしい」
到着したのは都内にある3階建ての雑居ビルで、周囲は小さな店とか住宅とかがある場所だ。夜7時になった現在の人通りは少なく、街灯はあるが暗い印象がある立地だった。
会社の看板はあるが5年ほど前に経営不振で会社は無くなっており、そのまま借り手が付かず持ち主は不動産屋に管理を任せている。看板は書き換え方式なので現在もそのままなだけとの事らしい。
「とりあえず入るか、電気は通ってないからライトを使ってくれよ」
「分かったよー、なんかライト使うってホラーって感じでドキドキするかもっ」
「暗いのは苦手ですがっ…! 頑張りますっ…!」
預かった鍵でドアを開けて中に入ると思いの他に暗い、窓にはカーテンやシェードがあり、外の明かりはあまり入って来ない。
古い使われてないコンクリート造りの建物の匂いがする、そこまで広くないビルだから空気も籠り気味になるのだろう。
「1階は普通の事務所って感じ? 机とか残ってるんだねー」
「机とかは備え付けらしいんだよ、夜逃げって訳じゃないから片付いてるっぽいな」
「給湯室とか応接室とかもあるみたいですね、暗くて不気味ということを除けば普通な気がしますけど」
曰くがあろうが無かろうが暗けりゃ怖い、人間はそういう生き物だ。暗ければどんな所でも心霊スポットっぽくなるし、明るければ大体の場所は怖さは少なくなる。
「一応言っとくけど、ここは事故物件だとか何かの事件の現場とかじゃないぞ、そこら辺はきちんと条件通りだからな」
「そうなんですねっ、ちょっと安心しましたっ」
「それとここは俺の親戚がお祓いして怪奇現象とかも起きなくなったんだ、俺が見ても今は特に何もない」
「幽霊とかも居ないし事件とかも無かったけど、過去に何かあったって感じ?」
この雑居ビルには瑕疵などは特に無い、しかし以前はオカルト的な問題が発生した物件だった。
3人はビルの入り口付近に居るが、そのままこの場所で何があったかを話す流れとなる。
「事故物件でもないし土地が悪いとかでもなかったんだよね? なんで変な事が起きたのさー」
「建物で怖い事が起きるとなったら、そういった理由が多いですもんね」
「そうだな、まあもったいぶってもしょうがないから普通に言うか、じゃあ話すぞ」
ここで誰かが亡くなったとかの話はない、入っていた会社だって正式に会社を畳んで廃業という形になったが、そこには人の命に関わる曰くは無い。
社長は結構な年だったらしく引退廃業、会社の借金なども返し終わってたから問題なく事業を畳んでいる。店を畳んだ当時は業績も振るっていなかったし、後継ぎも居なかったのでそのまま終わりという形だ。
しかし廃業においてオカルトが関わらなかったという訳ではなく、その事を灰川は2人に話し始める。
この話は当時の社長やオーナーにも会社名とか場所名を出さなければネットで話して良いという事になっており、市乃と史菜に話しても問題はない。
「会社は社長を含めて7人でやってたそうでさ、その中の3人の職員の仲が悪くなって~~……」
そこから灰川が話し始めた内容は、確かにこの場所では事件は発生しておらず、一般的に見れば瑕疵はない。
しかし気味の悪い話であり、既に解決済みとはいえ嫌な内容だった。
とある小さな会社で発生した話
野田島産業は食品流通関係の小さな会社であり、凄く儲けてる訳ではないが負債を抱えてる訳でもない会社だった。
職員は7名だったらしく、4名は運送係で外を回って配達をしていたそうだ。やがて客先が細って給料が低くなり、運送係が1人辞めて3名になった所から異変が発生する。
会社には少し前から小口の注文が入り、誰かが趣味でやっている小さな料理店に食材を届けるようになったそうなのだ。
その配達先を3人の運送係が『あそこは俺が受け持つ!』と言い張っていたらしく、当時の社長はその事に気付いていなかった。
段々と3人の仲が傍から見ても分かるほど険悪になって行くが、社長も事務員も詳しい事情は知らない。もちろん配達先の取り合いで揉めてるなんて知る由もなかった。
仕事の負担も特に偏っておらず、給金も全員が同じ時期に就職していたため同じくらい、3人が揉める要素は社内に無かったのだ。
それからしばらくして会社内で2階の保冷庫で足の無い子供を見たとか、他に誰も居ないのに事務所の入り口から奥に誰かが歩いて行ったなんていう話が出始める。霊能力が無い者でも感じ取れるレベルの怪奇現象だ。
社長は少しだが霊能力があり、何故かは分からないが怪奇現象が発生している事は分かっていた。神社の人を呼んでお祓いをしてもらったが効果はなく、どうすれば良いかが分からない。
運送係の3人の仲が悪くなったのも怪奇現象のせいだと感じ、有名な寺の御札とかも買ったが何も変わらずダメ。
遂には度重なった怪奇現象による体調不良で事務員の1人が退職し、もう一人も『もうここでは怖くて働けない!』と言って辞めてしまい、潮時だと感じた社長は年齢の事もあるので会社を畳んだとの事だった。
「解決してないじゃん!? しかも灰川さんの親戚の人も出て来てないし!」
「続きがあるんでしょうか? 灰川さんが解決したと言う以上は、絶対に解決してるんだと思いますし」
「信頼してくれてありがとな史菜、もちろん続きがあるぞ。ここから話の真相だ」
市乃と史菜はこの場所で何があったか少し話し合ったが良い答えは出ず、そのまま灰川が真相を話し始めた。
話の裏
野田島産業で発生した怪奇現象の原因は、実は運送係の3人だったのだ。彼らは互いに呪いを飛ばし合っていた。
運送係の3人が揉めた理由は配送先にある小さな料理屋への配送担当の取り合いが原因だった。
なんとそこの料理店の店主は『いつもご苦労さん。会社はもちろん、誰にも内緒だぞ』と言って、配送に来た係に1回ごとに礼金のチップを渡していたと廃業後に元社員から社長は聞かされる。
しかもチップは店主の機嫌にもよって違ったらしく、千円から3万円の間で推移していた。店主が好きなスポーツチームが勝った翌日は決まって3万円とか、その他にも高額になる理由は幾つかあったらしい。
そのため高額になると分かってる日は取り合いになり、低額になる日でも損はしないのだから自分が行きたいという風になる。
3人の仲はすぐに悪くなり、料理店の店主への彼らの擦り寄りが始まる。しかし店主は誰かを指名するような事は無く、状況は変わらない。
運送係の3人も立場的な上下は無く、性格的にも強気だし損得が掛かってるから譲らない。運送ドライバーの仕事なんて他に幾らでもあるし、別に犯罪してる訳でもないからクビになっても行く所はある。
運送係が言うには『後になって思えば指名なんて取ったら他の2人に会社にチクられるじゃないか』と思ったそうだが、当時は欲に目が眩んでそんな事すら考えられなかったらしい。
ある日を境に運送係の3人は店主から『嫌な奴を呪う方法がある』なんて話をされ、完全に金で飼い慣らされていた彼らは、店主の口の上手さも相まって実行したのだそうだ。
もし他の2人が退職したら指名されるかもしれない、そんな予感を多分に含ませる物言いだった気がした。
彼らは欲と互いへの憎しみで頭が変になっていた、店主の言う事は何でも信じて実行するような思考にされてしまっていたのだ。
そして呪いを実行して会社は怪奇現象が多発し、最後は店仕舞いとなった。
「その呪いっていうのはやり方は伏せるけど最低な呪いだったんだ。循環強化される呪いでよ、まるで蟲毒の呪いの大幅改造版みたいなものだった」
「ちょっ、そんなの怖すぎでしょ! ってか店主って何者だったの!?」
「会社がなくなった後に料理屋も消えたらしくてさ、今も完全には分からないってよ。多分だけど料理屋の店主は呪った本人じゃなくて、口先の上手い雇われ協力者だったんだろ」
「じゃあお金を出していた人とかの正体は分からなかったんですか?」
「いや、社長は心当たりあるって言ってたそうだけど、誰だかは聞かせてもらえなかったらしい」
会社を畳んだ後に社長は昔の同級生に霊能力があった奴が居たと思い出し、灰川の親戚に連絡を取った。
親戚が来た時に現場を見て何があったかを察し、運送係に連絡を取って話を聞いたとの事だ。
恨みとかで誰かが運送係を使って会社に呪いを掛けたのだろうが、全ては予想でしかない。なんとも気味の悪い話だったと灰川は親戚から聞いている。
3者で呪いを掛け合い、呪いが循環するように構築し、循環の中で呪いが強くなっていくというものだ。しかも丁寧に運送係には呪いの影響は出ず、会社だけが呪いを受け取るように、呪符が会社内の数か所に貼られていたなんて話もある。
やはり社長への何らかの恨みだった可能性は高い気がする。
「もう解決してるから安心だし、やっぱいくら見ても何も感じ取れない。ここは心霊的にも安全だ」
「確かに最終的には誰も不幸になってないし、運送係の人達が得したくらいだけど、気味悪いー!」
「なんだかオカルトの現場って、凄く生々しい厭さがあるんですね…影響は何もないんでしょうけど、怖いですっ…!」
この場所は闇霊能者などの関与はない、地上げするような土地ではないし、社長は裏社会系の人間から恨まれる覚えはないそうだ。
灰川の見立てではフリーの呪術師に依頼して、大金を掛けても確実に呪いを掛けられる手段を用いたのだろうと考える。
そこそこに呪いの腕も良いが、無駄に手が込んでおり、呪い以外の目的もあったのかも知れないと灰川は感じる話だ。
親戚が言うには人が死ぬような呪いではなかったらしく、会社が痛手を被るくらいの効力に留めていたと言う。
人を呪い殺すような術はリスクが高過ぎて実行する奴は少ない、それを鑑みても本当に力のあるプロだった可能性は高い。
しかし隠蔽術はお粗末だったとも聞いた、もし問題が発生していた当時に運送係を直に見たら、自分なら何が起きてたか分かった筈だとの親戚の談だ。
「なんか…凄く怖くなってきたっ…! 灰川さんっ、ここパスで!」
「わ、私もちょっとここはっ…!」
結局この場所は瑕疵はないけど怖さの質がVtuberに向いた物件じゃないという結論になり、話を聞いて気味の悪い怖さが強くなってしまったのでパスという事になった。
事務所の入り口付近でリタイアという消化不良な終わり方だが、確かにここは動画にするには地味な気がする。
ここであった話は内容をボカしたりフェイクを入れれば良い感じになりそうなのだが、3階建てで面積も小さく、どうにも絵面が地味なのだ。
この場所を動画にするには、事前に『こんな場所あってさー』みたいな感じで新規獲得には意欲を示さず、既存の視聴者に興味の種を持たせた方が良さそうという話に落ち着いた。
瑕疵はないし解決済み、記載すべき曰くも無いけど呪いの舞台となってしまった場所、そこは2人に今まで感じたことのないタイプの怖さをもたらしたようだ。
しかし動画として、ましてやVtuberの動画として面白い絵面に出来るかどうかは別問題、出来事の話も少しややこしい。そういった部分も2人は妥協せず考えている。
「じゃあ紹介してくれた社長さんに挨拶してくるから、ちょっと待っててくれ」
「えっ? 近くに住んでるの!?」
「確かに自営業なら自宅が近くにあっても不思議じゃありませんもんね」
ここに入っていた会社の元社長は近所に住んでおり、ビルのオーナーとは古い知り合いなのだそうだ。どちらも地元民らしい。
灰川は近くまで歩いて行って一軒家のインターホンを押し、市乃と史菜は近くで待つという事になった。
社長には連れは顔をあまり明かせないネット活動者だと説明してあり、最初は『なんだそれは!?』と言ったが、灰川家の者という事もあってOKを出してくれたのだ。
「どうもこんばんは、ビルを紹介して頂いてありがとうございます」
「良いってことよ! 大樹の親戚の子なんだろ? おいらも世話になったんだからな!」
かなり大きい声で喋るお爺さんで、今も普通に元気で暮らしているらしい。
商売を長らくやって、それなりに儲けたり損をしたり、恩を売った事もあれば恨みを買った事もあるという人物だ。
「入ってゆっくりしてきなって言いたいとこだが、お連れさんが居るんじゃダメだわな! どうせ若い可愛い子とか連れてんだろ?ニクイね、このっ!はっはっは!」
「はははっ、元気そうで良かったです。大樹おじさんも元気だって言ってたし、今度に近くに来た時にもう一度ビルの中を見てみるって言ってましたよ」
「そうかぁ、おいらにゃ幽霊とかは詳しく見れねぇからな! そんで清次郎君だっけか? お前さんの見立てじゃどうだったんだい?」
「誠治です、問題ありませんでしたよ。でも夜だし電気が通ってないから、少し怖かったですけどね。ははっ」
かなり明るい性格の老人であり、元気で健康、心身ともにピンピンしてる。
怪奇現象には昔からそこそこ遭遇して来たらしく、引退後もたまに変なモノを見たりしてるらしい。
従業員は会社を畳んだ時に、希望した者には次の仕事先を紹介したりもしたらしい。運送係の3人は今は別の会社で運転手をしているそうだ。
灰川の親戚とはあれ以来は仲良くなったらしく、たまに会って将棋を打ったりしてるらしい。
「あの3人は目先の欲に踊らされて呪いを運ぶ係にされちまったって大樹から聞いたよ、おいらが事が酷くなる前に気付けてりゃなぁ」
「仕方ないですよ、元から引退を考えてたって仰ってたそうですし、良い機会だったのかもしれません」
「かもな! おかげで今は思い残すこと無く仕事もやりきったし、楽しく老後を過ごしてっからなぁ!ははは!」
呪い被害に遭ったからといって、辛い目に遭ったからといって、必ずしも不幸になる訳じゃない。彼は今は楽しく老後を送れているようだ。
「そういや誠治君は怖い話が好きなんだってな、今度に教えてやるから遊びに来い! ジジイの暇つぶしに付き合いな!」
「良いんですか!? じゃあマジで遠慮なく聞きに来ますよ!?怪談とかメッチャ好きなんで!」
「おう!来い来い! また怖い所とか教えて欲しかったら教えるからな!」
この元気な会話は少し離れた所に居る市乃と史菜にも聞こえており、酷く不幸になった人とかは居ないと知って元気を取り戻した。
灰川は自分たちが出した条件を守ってくれていて、その上で怖いけど後味が悪くなるような場所は選ばなかった。その事が2人は嬉しく感じられたのだった。
こうして今日のロケハンは終了し、3人は車に乗って渋谷区へと戻って行く。
「市乃ちゃん、さっきのビルを動画にするなら、話はソフトにして説明した方が良いと思う」
「灰川さんが説明した呪いの詳しい事とかって、私らもリスナーさんも分かんないしねー」
あのビルは除外決定かと思われたが、やり方を考えれば良い動画が作れそうな気がするとの事で再考中だ。しかし最初に出す動画としては画的な面白みが欠けるのは否めない。
「でもさー、やっぱ私たちも元社長さんに挨拶しとけば良かったなー。礼儀悪い感じするし、なんかモヤモヤする!」
「そうですね、顔出しナシの活動とはいえ、お世話になった人には直接お礼を言いたい気持ちはあります」
「そうだよな、それに関しては考えなきゃだよな。礼儀とかって大事だもんな、そこが悪いと評判が落ちる可能性だってあるだろうし」
そこに関しては後でお礼の手紙を書くとかの対応もあるだろう、その辺はもう少し花田社長たちと話し合うべきだと感じる。
今回は灰川の伝手での下見という感じで、謝礼なども特に催促されていない。ワケアリー不動産の店主も灰川にはお祓いをしてもらった恩があり、快く話を聞いて話を繋いでくれたのだ。
「真面目に回ってたらお腹減った! 灰川さんっ、何か食べていこーよっ」
「私もお腹が減っちゃいました、私がご馳走しますから、食べて行きませんかっ?」
「じゃあ何か食べてくか! 奢ってもらっちゃって悪いな!」
奢ると言われたら奢られるのが灰川だ、市乃も史菜も稼いでるのは知ってるし、遠慮なく食べさせてもらう事にする。こんな部分を見ても灰川に幻滅しない市乃と史菜は、やっぱり変わってる性格なのだろう。
昨日はネットトラブルで配信が止まり、復旧に時間が掛かると判明して2人とも驚きで食が細くなっていたようだ。
ネットとかを調べても不安は消えなかったが、何も心配していない灰川を見て安心感が湧きだした。怖い場所に行って不安感が別の所に逸らされたという理由もあるだろう。
「そういや帰り道に面白そうな店があるんだよ、手羽先料理専門店のガルウィングって所なんだけどさ」
「面白そう! そこに行こうよー!」
「なんだかカッコイイ名前です! 料理のお店っぽくない感じですね!」
こうして今日のロケハンは終わって、市乃も史菜もノーマルな精神を取り戻して完了となったのだった。
ホラーが上手い感じに書けない期間に入ったかもです!
頭の中で考えてる時には怖い!って思えたんですが、文章にしたら分かりにくい話になっちゃいました!




