338話 デパートでの出来事
灰川たちはタクシーに乗って銀座蔵立百貨店・渋谷に来た。
ここは渋谷にある高級住宅街にそこそこ近く、周りもセンター街のような賑やかさが強い場所と違って、落ち着いた高級感がある地域だ。
「ここが誠治の言ってたデパートねっ! なんだか高級感に気圧されちゃいそうだわ!わははっ!」
「気圧されてる感じがない声だよ由奈ちゃん~、すごい所なんだね~」
「銀座の本店よりは小さいそうだけどな、前に市乃と来苑と行ったデパートよりは小さいな。俺がバイトしてた所と同じくらいか」
「灰川さんって色々とやってるよね、高級ホテルで砂袋を運ぶ仕事もしてたって言ってたしね」
そんな話をしつつ入店するが、高級感溢れる内装に由奈が驚き、空羽も久しぶりにデパートに来たと話し、桜はショッピングモールとかとは違った香りがすると感想を言った。
「入り口の案内所から雰囲気が違うよね、エントランスも凄い立派」
「こういうお店って何を買っても高そうねっ! キャベツ1玉で3000円くらいしそうだわ!」
「3000円のキャベツが美味しくなかったら~、私だったら叫んじゃうかもだよ~」
「キャベツ3000円って事はないだろうけど、総じて高級品が多いだろうな。こんなとこで買い物するのに慣れちまったら財布が大変な事になりそうだぞ」
デパートは基本的には高級志向な商品が置かれてあり、サービスも非常に良いのが売りなのだ。
食べ物で言えば、1個10万円の桐箱入りのメロンとかが売られてたりするし、高級なマンゴーが一個1万円とかで普通に売られている。
そして客はそういった値段の物を当たり前のように買っていく人達が多く、灰川の周りでは四楓院家がそういった層に当たるだろう。
しかし以前に英明は『高級な物ばかりで生活してると体に悪い』と灰川に語った。身に付ける物や客人に出す物は高級品を使うらしいが、普段の食事とかは安全で健康だけど、そこまで高級な物とかは食べてないらしい。
「えーと、もらったカードにはSGブティック御利用カードとしか書かれてないな」
「フロアガイド看板にそういう名前のお店は無いね、どういう事なんだろう?」
「サービスカウンターで聞いてみるさ、そこにあるしな」
カードには蔵立百貨店と明記されており、渋谷の店でも使えるとサイトウから聞いている。なのに肝心の店が無い、もしかしたらサイトウの勘違いで別の店舗なのかと灰川は訝しむ。
「すいません、このカードのお店って渋谷店さんには入ってないんですか?」
「いらっしゃいませ、少しばかり拝見させて頂きます」
カウンター係に聞いて照会してもらい、少しばかり待たされる。
高級な場所に似つかわしくない安っぽいスーツを着た灰川だが、邪険にされる事も無く丁寧に応対された。
落ち着きのあるウッドカウンターに行き届いた言葉遣いのカウンター係、まさに高級な商業施設といった感じだ。灰川は思わず恐縮してしまう思いだった。
こういった店は若者が多い渋谷区には馴染みが無い気が灰川はしたが、渋谷区は隣接する港区からも人が来るし、政治家などが多い千代田区も遠くはないから、高級志向の店などもあったりする。
「大変お待たせ致しました、当店のプライベートブティックは初の御利用でしょうか?」
「プライベートブティック? SGブティックっていうショップじゃないんですか?」
「はい、SGブティックというのはスペシャル・ゲスト・ブティックという意味でして、当百貨店のサービスの一つなのです」
プライベートブティックとは同じ名前でも幾つかの種類があるらしく、ここでは特別顧客のニーズに合わせた商品を個室に運び、落ち着いて選んでもらうというサービスらしかった。
このサービスを受けるには何度も店で買い物したり通販サービスを利用したり、それでいて店のカードランクが一定以上の位置にならないと利用できないらしい。その他にも条件が多数ある。
デパートの外商サービスと同じような物だろうかと灰川は思う、有名人や政治家とか資産家が利用するのだろう。
灰川は利用条件を一切満たしてないが、伝手のパワーで利用できるようにさせてもらっていたらしい。
「ご利用は4名様でよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「ではご案内致します、ただいま係の者が来ますので」
すぐに係の人が来るらしく、灰川たちはそのまま近くの椅子に座って待つ。
まさか店の名前じゃなくてサービスの名前だったとは知らず、灰川は恐縮してしまった。
急な来店でも問題なく対応してくれたが、こういうサービスは事前に電話とか入れて予約するのが普通なのだろうか?、もし他の利用者が来てたなら断られていた可能性もあるだろう。
「なんだか想像してたより凄い感じの所なんだね、驚いちゃったかも」
「ここなら買えるかもしれないわねっ! 少しくらい高くたって買っちゃいそうだわ!」
「丁寧な接客だったね~、落ち着きがあったよ~」
「遠慮なく商品券は使うからな、どうせもらった物だし、俺には使い道ないんだからよ」
灰川たちはエレベーターに乗って上の方に行く、どうやらプライベートブティックの部屋として使われるサロンは12階にあるらしい。
そこはブティック利用だけでなく宝石のプライベートショップとしての利用、顧客の御用聞きなどの時にも使われる。SGブティックサービスとは衣服以外のプライベートショップサービスも含めた総称なのだそうだ。
「こちらでございます、どうぞ」
「うわっ、中は広いんですねぇ、流石デパートだ」
「プライベートサロンってこういう場所なんだね、私は初めて入ったかな」
「私も初めてよ空羽先輩! なんか大人な感じの空間ねっ!」
「良い香りだね~、薄いアロマを使ってるのかな~」
プライベートショッピングのサロンルームは思っていた以上に広く、高級そうなソファーとテーブル、カーテンの掛かった窓、部屋の中と調和した絵画や飾りなどで高級感が非常に感じられる部屋だった。
こんな所に日常的に来てたら金銭感覚が壊れそうな気がする、でも庶民である灰川は素直に凄いという気持ちも湧いて来る。
空羽と桜は高い収入はあるが、こういった場所に来るような年齢ではないし、そもそも忙しさもあるから外出はそんなにしないだろう。由奈は収入的には百貨店を日常利用するほどは稼いでないだろうし、やはり中学生だからこういう場所に来る機会はないだろう。
「では最初に御用聞きを致したいのですが、お客様方は今回、どのような品をお望みでしょうか?」
サービス係、いわゆるコンシェルジュの女性が灰川たちに聞く、その聞き方も誰か特定の者に聞く話し方ではなく全員に聞くような話し方だ。
その間に他の接客係がお茶を運んで来たりして、とても丁寧な扱いをされているのが分かる。ここまで良い接客だと背筋が心地よくなるような思いだ。
接客能力が高級店のソレなのが分かる、客に対して余計な事を聞かないし首を突っ込まない、要望は可能な限り叶えるし、時には業務外の相談ですら受け付けてくれる。
以前に灰川は旅行会社も経営してる渡辺社長に『意外とデパートからの旅行依頼が来る』と聞いた事があり、資産家の中にはデパートのコンシェルジュに旅行に行きたいからどうにかしてくれないか?、という依頼をする人が居るらしいのだ。
金持ち向けのラグジュアリートラベルプランの旅行はないかとか、豪華客船のチケットだとか、観光シーズンの高級ホテルのスイートなどは空いてないかとか、そういう依頼がデパートから来る事が意外とあると言っていた。
高級デパートは高級品を売ってるという以外にも高級たる理由がある、一般的な商業施設や企業とは一線を画すサービスがあるというのも高級の理由の一つだ。
まずは空羽がコンシェルジュに何が欲しいのかを伝える。
「実は今、流行りのノンギルティインナーという商品を探していまして」
「ノンギルティインナーをお求めですね、畏まりました。ではサイズなどをお教えいただけますでしょうか? 良ければ灰川様は別室でお待ち頂く事もできますが」
「あ、じゃあお願いします。俺は別の部屋で待ってるからよ」
「うん~、隣のお部屋だね~」
流石にインナー関連の相談とかは男が聞くべきではないと感じ、灰川はコンシェルジュに隣の部屋に連れて行ってもらった。
その後は灰川は少しの間は1人になる予定だったのだが、ノンギルティインナーは下着を付けてないと着用出来ない事が判明した。
それによりブラを持ってない由奈が初めてのブラも買うということになり、隣の部屋の灰川に『誠治!どういうブラジャーが良いと思うかしら!』とか聞いて来たりして灰川が『このツインテール娘は何言ってるんだ!?』なんて驚いた一幕もあった。
「採寸は終わりましたので、すぐに皆様の体型にお合いした商品を用意させます」
「お願いします、どんな感じなのか楽しみだね、ふふっ」
「むふふ~、私も気になってたんだ~」
「私はブラジャー初めて買うわ! どんな感じなのか楽しみよっ、わははっ!」
そのままコンシェルジュは用意のためにルームから出て行き、灰川を除いた3人が残る。
「由奈ちゃんはブラって初めてだったんだね~、良い物が買えると良いね~」
「桜ちゃんはもっと小さい時から着けてたのよねっ? 私は服屋さんに行ってもサイズが合うのが無かったわ!」
「3Sサイズなら由奈ちゃんの身長でも着けれるだろうけど、カップが育ってないし、そのくらいだと付けない方が育ちやすいって言われてるもんね」
「でも蔵ナントカデパートだと凄く良いのが売ってるって言ってたから、ぜひとも買いたいわっ! 桜ちゃんみたく大っきくなりたいわね!わははっ!」
そんな女子特有の会話、いつからブラを着けてたかとか、どんな素材が良いかなんて話もしつつ、サロンルームに商品が運ばれてくるのを待つ。
その他の衣服の話もしたりしていたのだが、会話の内容は自然と一つの事に向かって行く。
「灰川さんは今週末は空いてるって前に聞いたから、このまま行けば計画通りに出来るかな」
「後は誠治にしっかり話して、今週末に皆で行くのよねっ! 思い切りの良い計画立ててくれてありがとうございます、空羽先輩!」
「むふふ~、もう灰川さんは私たちの気持ち、知ってるもんね~」
今週末は偶然にも市乃や空羽たちのグループの全員が午後から休みが被っており、灰川も特に用事は無いことが確認済みだ。それに合わせて彼女たちグループが行動を起こす。
今日は桜と由奈が会ったのは偶然であり、空羽も隙間時間だったため買い物に来てるが、このお出掛けは彼女たちにとって都合が良かった。
「スマホとかで誘っちゃうと真剣さとかが伝わらない可能性があるもんね、やっぱり直接に誘いたかったから」
「そうねっ、市乃先輩たちからも分かったってメッセージが来たわ! 後は誠治がOKを出すだけねっ!」
「何だか今から緊張しちゃうな~、うぅ~」
グループ内では灰川は自分たちを異性として見ないように心掛けてる、という見解が皆で一致している。
仕事の繋がり、年齢差、立場の違い、そういった理由から灰川は頑なな姿勢を崩さない。
その懸念が自分たちにも全く無いかと言ったら嘘になる、もし灰川と強く親密な関係になれば仕事上で問題は出てしまう可能性もあるのは自覚している。
実際に過去にも今にも異性関係バレで痛い目を見た有名人なんて大勢が居るし、自分たちの業界だって他人事ではない。
しかし彼女たちは『灰川なら現代であっても大丈夫だ』という確信がある、少なくともバレで最悪の事態になることはないという確信があるのだ。
灰川は火遊び気分で異性と親密にはならない、何かがあってもどうにかする何らかの強い力を持っている。
もし自分たちが何らかの窮地に陥ったら全力で、何においても見捨てず助けようとするし成功させる力がある。
今まで灰川という人に関わって来て、その事が凄く分かった。彼は凡人に見えるけど、良い意味での凡人であり、それでいて非凡な部分も多く持っているのが分かった。
灰川に助けられたりして好感を持ち、一緒に居ると楽しいし落ち着くのが分かって好意に変わって行き、どんどん彼の良い所が見えて行った。
そうして今は『もっと、もっと親密な関係になりたい』と皆が思っている。
「灰川さんが誰を選んでも恨みっこナシって一応は協定してるけど、そうはならない予感がするかな。ふふっ」
「そうなると良いね~、でも私もそうなる気がするな~、むふふ~」
「皆で話した通り、そうなっても私は満足するわ!」
グループの皆は灰川の知らない所で様々な話をしている、その中には灰川が誰かと付き合ったらどう思うかとか、もし自分たち以外の誰かを好きになったらとかも話したりした。
その上で全員が灰川の事を諦めたくないという意見になったのだ。
市乃は灰川に最初に出会った時から助けられたし、史菜は灰川の考えや言葉に触れて強く惚れ、由奈はこれ以上は無いという相性の良さを感じ取っている。
空羽は最初は灰川を何とも思ってなかったが今は違う、来苑は実は小学生時代に灰川とネットで会っていた、桜は今は灰川の全てが好きと言いきれる状態になっている。
そんなグループの中に少し前にアリエルが加わっているが、皆の言うことを納得して仲間になっている。
皆が考えている全員が納得する結論、それは全員が~~……。
「灰川さんがその道を選んでくれたら、皆で協力して頑張って行こうね」
「うん~、なんだか出来る気がしてきたよ~」
「誠治なら大丈夫だわっ! 私が好きになった男なんだからっ、わははっ!」
その決断をするのは普通ならあり得ない事だ、しかし皆はその決断をする事に嫌悪感とかは湧かなかった。
女の勘なのか、第六感なのか、ある種の感知能力や予知能力なのか知らないが、灰川を相手にその結果となっても不幸な事にはならない確信がある。その道に進むのが正解だと全員の意思が一致したのだ。
そして皆のその決断と勘は、実は別の所で別の人間にも同じく持たれている事を、彼女たちは当然ながら灰川も知らない。
日本の秘密機関、国家超常対処局の局長は灰川の今までの活躍を見て、とある特別な隠された特例法を彼に適用するよう推薦申請を出していたりする。
太古から近年に至るまで続き、なお加速するオカルト危機への対処は水面下で限界を迎えている。日本で年間でのオカルト被害での死者と行方不明者は実は2万人を超えてしまい、国全体での年間死亡者数の1%を超えてしまっているという試算が裏で出ている。
その対抗策には少しでも強い力が欲しいという、切羽詰まった事情も関わっていた。
「商品が陳列されたわね! 思ってたよりいっぱいあるわ!」
「うん、サイズも丁度良さそうなのだけだよ、こんなサービスがあったんだね」
「良い手触りだね~、重ね着になっちゃうけど、蒸れたり窮屈になったりしなさそうだよ~」
蔵立百貨店が販売しているノンギルティインナーは高級品であり、機能性と実用性、ビジュアルも多彩な物が用意されていた。
売れ筋商品でもあるようで、若い層でもこういった物は高級品を購入する人は多いとコンシェルジュが説明する。デパートは金持ちだけが商売の相手ではない、重要な物には確かな品質の物を使いたいという人に向けた商売もしているのだ。
特にノンギルティインナーのような特殊な衣服は、実用性を考慮しなければ窮屈だったり蒸れて肌がやられたりなどの問題が起きる。
現に粗悪品も出回っており、普通にハミパンやブラ見えしてしまう物や、素材が悪くて肌に当たる部分が擦れてしまうなどの物があるため、百貨店が出しているノンギルティインナーは信頼性が高く人気を博している。
「じゃあ~、予定通りに灰川さん呼んでこよっか~」
「そうだね、コンシェルジュさんから一通りの説明も聞いたし、後は選ぶだけだもんね。灰川さん、どんな顔するかなっ?、ふふっ」
「誠治は最初は断ると思うわっ、でも私たちがしっかり言えば来てくれるはずよっ!わははっ!」
この衣服は下着ではない、普通に着用して外にだって出られる商品なのだ。そこを押して行けば灰川は来てくれるだろうというのが3人の算段だ。
サロンルーム内には既に3人の体形に合致した商品が並んでおり、後は選ぶのみとなっている。
その前に灰川を隣の部屋から呼んできて、一緒に選ばせつつ今週末の話をしようと話し合うのだった。
それと時を同じくして、外国にある世界的に有名なインターネットサービス運営会社、your-tubeなども深く関わる大企業のオフィスでは残業仕事をしてる社員が居た。
「ヘイ!ニック! ゴキゲンな残業の気分はどうだい? HaHaHa!」
「アンディかよ、まったく最高の気分だぜ! ソーセージの入ってないホットドッグを100ドルも出して買っちまった気分さ!」
「そうか、そうか! でもそろそろ仕事もエピローグだろ? 俺の部署も作業は上がったからな」
「まあな、後は用意されてたアップデートを済ませてエンディングさ。オリバーの奴め!俺に仕事を押し付けやがって!」
「オリバーはお前さんの上司だもんなぁ、今度は断れよな。終わったらホットドッグでも食いに行こうぜ、もちろんソーセージの入ったやつだぜ!」
「そりゃあ良いな、ピクルスもマスタードもタップリ乗せてもらうぜ!」
「さっさとケチなホットドッグみたいな仕事は終わらせちまいなっ、じゃなきゃホットドッグは~…」
「ちょ、待てって! 俺達ってホットドックしか話す事ないのか!? もっと色々あるだろ!」
ニックは作業を進めて何かのアップデート作業を完了させる、使用したアプリケーションはプログラマーがチェックして問題ないと断定されたモノだ。
そこまで重要な仕事でもないし、ニックは慣れていたから普段通りにミスなく作業を終わらせたのだった。
「ん?なんだコレ? アップデートがラスト1%でストップ?」
「おいおい、ジョークはよせよニック? いつも通りにやったんだろ?ノープロブレムさ」
「いや、こんな事は初めてだぞ、どういうことだ?」
普段通りに作業をしたのだが止まってしまい、彼らは何があったのか調べ始める。
この時、大きな問題が発生しかけている事に気付いてる者は、まだ居なかった。




