335話 役の未練を晴らす
初めて会った中学3年生の女子、灰川 砂遊に佐嶋は衝撃を受けていた。
こんなに可愛くて綺麗で美人な人がこの世に存在したのか!
フワフワしてそうなボリューム感のあるヘアスタイル、常に下世話な事を考えてそうな可愛らしい目つき、クセになるような声、彼女の全てが最高の可愛さと美しさだ!
この子をもっと知りたい、この人と1秒でも長く一緒に居たい、この声をずっと聞いて居たい、砂遊さんに好かれるためなら何だってやってやる!
佐嶋は今まで女に貢ぐ男や、女に好かれるために必死になる男の精神がよく分からなかった。理解も納得も出来るのだが、何故にそこまで女に入れ込む精神になるかまでは分からなかったのだ。
佐嶋は女にモテるという面で苦労した事は無い身であり、女から金銭を渡される事はあっても渡した事はない。好かれようと思ったらイケメンパワーで簡単に好かれる事が出来る、そんな人生だった。
今は女に入れ上げて身を持ち崩した男の気持ちが分かる、好かれるためなら、振り向いてもらうためなら、金だろうが何だろうが渡してしまいたくなる、そうなってしまう男や女の気持ちが分かってしまった。
渡さずには居られない、差し出さずには居られない、何かを差し出してこの人と一緒に居られるなら安いものだ!
彼女を知れば知るだけ、見れば見るだけ、その気持ちは深くなる。これからも更に深くなるだろう、その確信が佐嶋にはあった。
そして何より、この気持ちを抱いてる事が心地よいのだ。こんな精神は危ないのは分かってる、それなのにこんな状態であることが気持ち良い、だから抜け出せなくなる。
この人に一刻も早く好意を持ってもらいたい、時間が掛かるなんて耐えられない、だから人は金とかのような目に見える力を使って、異性の目を自分に目を向けさせようとするのかも知れない。
「砂遊ちゃん、良かったら連絡先交換しようよ。俺の番号とSNSは~…」
「いやぁ、自分は遠慮しときますねぇ~、どっかに漏らしちゃうかもなんでぇ」
「っ…! じゃあ今度に何かプレゼントさせて欲しいんだっ、何が良いかなっ?」
「今度って、また会う気満々ですねぇ~、ちょっと光栄だけど、まずはお兄ちゃんと話をした方が良いですよぉ~」
佐嶋はクラブの女性に貢ぐ男のように砂遊の気を引こうとしている、こんなイケメンが見るからにオタクっぽい中学生の少女にムキになってしまっている。
水谷マネージャーは何を言っても止まらない佐嶋に焦るが、力ずくで止める訳にも行かず焦った表情で対応を考えている。
「佐嶋君、妹に絡むのを一旦やめてもらって良い? ちょっとお話しよう」
「はっ! す、すいませんっ、お兄さんっ! 砂遊ちゃんもゴメンねっ!」
「別に良いですよぉ~、黒糖あんみつ注文して良いですか? うししっ」
「もちろんだよ! 10人前くらい注文したって良いからね! ってか俺が注文するから!」
佐嶋は離れの客室にある注文用の電話で即座に注文する、もはや砂遊の言いなりの操り人形状態だ。彼のファンには絶対に見せられない、佐嶋純輝が中学生の女の子のパシリを買って出る状態なんて、もし表になったら名折れだ。
誠治は妹の砂遊に言い寄る佐嶋の姿に少しムカっとしたが、これは役霊魂の影響が強い事は分かってるので何か言ったりはしない。
砂遊は佐嶋に男性的な魅力は特に感じておらず、あまりタイプの男でもない。砂遊は自分がモテ系じゃないから恋愛とかに興味が薄く、男とかにも過剰に反応する事はない。
そもそも砂遊もこれが役霊魂の影響なのは見えており、佐嶋はお祓い対象としては見てるが、それ以外の感情は言い寄られていても特に湧かなかった。
「佐嶋さん、水谷さん、この状況をどう思いますか?」
「この状況って、それはもちろん砂遊ちゃんと仲良くなりたいと思ってますっ!」
「いや…私としては純輝のこんな状態を見るのは初めてでして…、どうしたら良いのか…」
水谷は過去には別の俳優などのマネージャーも多数を務めて来たし、その中には問題行動を起こした俳優なんかも居たのだ。
その時の俳優、何を言っても心に響かず自身や周りを省みない精神性になった者と今の佐嶋が被ってしまう。
中学生に手を出したなら、それも同業他社の所長の妹、しかも多くの有名企業や海外の大会社から高価な祝い品が届くような事務所の所属者に手を出したら、どんなに人気があろうとお終いだ!
水谷の焦りは強くなる、芸能事務所の職員を何年もやって来た中で今が一番の危機だと感じている。
「佐嶋さんがこんな状態になったのには理由があります、ここから先は信じるか信じないかはお任せします」
「うししっ、超人気イケメン俳優が、私みたいな髪の毛モジャモジャ陰キャに言い寄るなんて、普通じゃないですからねぇ~」
「いや、そんな事はっ…! 砂遊ちゃんは良い子じゃないですかっ」
「灰川所長、どういう事なんでしょうかっ? 今まで純輝はこんな事はありませんでしたよっ」
そこから灰川は自分たちが霊能力がありオカルトに詳しいこと、佐嶋には役霊魂というモノが憑りついており、それは彼が過去に演じたドラマの男性の役だと説明した。
「そんなっ…幽霊なんて信じられないですよっ…! しかも演じたドラマの役の霊だなんてっ…!」
「確かにそうかも知れませんが、今の状況は明らかに変ですよね? それに琉戯土イツキの嗜好が反映され過ぎてると思いませんか?」
「っ…! それは…確かにっ…」
水谷はオカルトはあまり信じていないのだが、今の佐嶋の状態には強い違和感を持っている。
中学生にガチで惚れてるとしか思えない程の情念が感じられるし、本気で異性の気を引こうとしてる所を初めて見た。
直接的な『好き』とか『付き合って欲しい』といった言葉は発してないが、明らかにそういった感情があるのが見て取れる。直接的な言葉を言わないのは、中学生にそんな事を言う訳にはいかないという自制心が働いてるからだろう。
しかし、その自制心だっていつまで持つか怪しいものだ。いまの状態を見れば3日すら持たない気が水谷はしている。
「佐嶋君、砂遊と親しくしたいと思ってもらえているようだけど、今までにこんな事ってあった?」
「いや、でも砂遊ちゃんは良い子ですし…っ」
「ありがとうございますねぇ~、うししっ」
佐嶋が言うには今まで女性に対して強い好感を持った事は、小学生の時以降は無かったらしい。
色々あってカースト上位系の女性が苦手であるが、かと言って陰キャ系の女性が特別に好きと言う訳でもなかった自覚がある。
むしろ自分の異性への好みが今も判然としておらず、俳優業に邁進してた事もあって頓着も無かったそうなのだ。
港区で遊んでいた時も美人な女性と遊んだりして楽しかったそうだが、熱中するほどに楽しめたという訳でもない。ここでは口に出さないが、自由恋愛で肉体関係を持った女性も居るんだろうけど、付き合うとかを考えた事は無かったのではないかと灰川は思う。
「佐嶋君、港区では佐嶋さんと付き合いたいと思うプロ彼女志望者だって居たでしょ?」
「そ、それは……まあ、たぶん…」
「そういう人達に魅力は感じなかったの? あの手この手で佐嶋君に好かれようとアピールして来たでしょ?」
プロ彼女とは芸能人や有名人と付き合う一般女性という意味合いで、大体は凄い美人で器量よしで口が堅く、その他にも色々と芸能人の彼女として立ち回る事に長けた女性たちである。
そんな人達に言い寄られて何も感じなかったのか、彼女にしたいと思わなかったのか?
超人気俳優である佐嶋を狙ったプロ彼女志望は並の者達じゃなかっただろう、恋愛の手練手管を知り尽くし、狙った男を落とす力に特に長けた上位たちだった筈だ。
狙った人物に近付くための手段を構築できる能力、その男を惚れさせて彼女になる能力、もはやハニートラップ専門のスパイですらやっていけるような者達だ。
「そんな人達から言い寄られて心が動かなかったのに、今日に会ったばかりの中学生に強い好感を持つなんて変じゃない?」
「いや、でもっ! 砂遊ちゃんは凄くっ、そのっ、なんて言うかっ…!」
「女優も港区美人も好き放題なヤツが、私みたいな子に言い寄るなんて普通じゃないですよぉ~? しかも会ったばっかりでなんてなぁ~、うししっ」
佐嶋の演じたドラマ“オタク女の私が超金持ちイケメンアイドルにガチ恋された”の琉戯土イツキは、主人公のオタク女子高生に一目で惚れて猛アピールをするというドラマだ。
アイドルとしてライブステージに立ってる時でも頭の中は主人公の子でいっぱい、テレビ撮影の時も脳内は主人公の事を考えてる。
連絡先を交換してもらった後は豪華な自宅で芸能人いっぱいのホームパーティーに呼ぶ、主人公が好きなキャラの声優に頼んで特別ボイスを収録してプレゼント、その他にもブランドバッグやプレミア品などをプレゼントして気を引くために奔走するという役だ。
「純輝!あのドラマは女性向けのドラマだったろ! 女の子が1度は夢見るシチュエーションの作品だ! イツキの役をやった時に純輝だって、最初はこんなアイドル居ないだろって笑ってたじゃないか!?」
「っ!!」
水谷はオカルト方面は本気では信じていないが、この状況を打破するために灰川兄妹の言葉に乗る事にした。
純輝は誰もが1度は夢見るシチュエーション、有名金持ちの容姿が整った人物に惚れられるという、シンデレラストーリーのドラマ脚本を最初は馬鹿にしてる部分があった。しかし真面目に演じてドラマは話題になったのだ。
主人公のイツキが港区で遊んでるという設定があるため、佐嶋は港区で遊びつつ女性不信を治したりなんかもしたし、このドラマの役作りには苦労や楽しい思い出も結構あって思い入れもある。
何度も脚本や台本を読んでオタクの女子高生を好きになるイツキの気持ちを理解したり、オタク趣味への理解を深めるために秋葉原や池袋のアニメショップなんかにも行ったのだ。
そんな役作りの中で佐嶋は『イツキが好きになるであろう陰キャのオタクの子』を頭の中で想像し、その子を相手にしながら演技のイメージを固めた。
「砂遊ちゃんってっ…あの時に想像してた子に凄い似てるんだっ…! しかもドラマの主人公の名前も早癒佳だったしっ…!」
「あの時の純輝は本気で役を理解しようと思って頑張ってたもんな…その影響が出てるんだよっ、だからお祓いしてもらおう!なっ!?」
佐嶋は本気でイツキの役を仕上げて撮影に臨み、ちゃんとした物が出来上がった。しかし佐嶋は満足していなかった、その理由は女優にある。
彼女が演じる早癒佳は佐嶋のイメージした理想像とは違い、佐嶋から見るとどうにも嘘くさかった。
その女優本人は陰キャでもなければオタクでもなく、明るいタイプの陽キャ女子、見るからに高校生時代はスクールカースト上位だったのが分かる性格だった。
ドラマの中の早癒佳は所詮は陽キャ美人のモテ女子がオタ女を演じてるだけ、演技も普通で佐嶋から見れば理想とは程遠い仕上がりだったのだ。
「佐嶋君、イツキ役をやってた時に何か未練とかがあったんじゃないか? もしくは役が嫌いだったとかさ」
「役が嫌いだったって事は…実は最初は嫌でした、理解が出来ないで苦しみましたし。ですが役を深堀していく毎に好印象を持って行くようになったんです」
最初は佐嶋はイツキが本気で嫌だった、佐嶋はスクールカースト上位っぽい女性は苦手だが、かといって陰キャの女性が好きと言う訳でもなかった。
しかしイツキを理解していく毎に佐嶋の中で早癒佳の姿形が固まって行き、段々とオタク女子に惹かれる気持ちが分かるようになったのだ。
「俺…イツキを演じた時に、主演女優の安藤万里子さんの演技に納得してなかったっ…!! 喋りも動きも仕草も表情もっ、どれもこれも作り物感が俺には見えたんだっ…!」
「純輝…あのドラマで、そんな感想を持ってたのかっ…!」
ドラマ視聴者がドラマを見て感想を抱くように、役者は自身や共演者の演技の感想を持つ。
佐嶋はイツキの演技を仕上げて来たが、早癒佳へのキャラクター理解が安藤万里子と大きく違い、本領を発揮できなかった。
安藤万里子は大手事務所の若手女優で、タレント活動やファッション方面での活動に精を出してるタイプの人気ある若手女優だ。演技は出来るが凄い上手いという訳でもなく、話題性を優先したキャスティングである。
安藤とは役について話し合いもした、オタク女子なら独特の暗さが欲しいとか、口調はオタクっぽさが欲しいからウェットな感じが良さそうとか、アニメを語る時はキモさが出つつ可愛い感じが良さそう、みたいな話をした。
しかし安藤は、佐嶋との話し合いでの事はのらりくらりと躱して有耶無耶にし、監督と話して佐嶋がイメージしていた主人公像とは大きく離れたキャラとなる。
「でも俺っ…撮影所の休憩中に安藤がマネージャーと話してたの聞いちゃったんですよっ…!」
安藤は自分のマネージャーに『こんなキモオタ女の役とか最悪なんだけど!?』『キー局ドラマじゃなかったらゼッテーやんねぇよ!』と言っていた。それを影から聞いてしまったのだ。
そしてマネージャーに、私のイメージが汚れないようにさせろとも言っていたらしい。
女優の安藤万里子は早癒佳を自身のイメージを損なわないことを優先して演じており、そのキャラ性は佐嶋が想像していたオタク女子とは掛け離れたものに仕上がった。
ドラマの早癒佳は明るくて可愛くて皆から好かれるオタク女子、化粧はバッチリでお洒落で気遣いも出来て、そのくせアニメやゲームの話なんてドラマのフレーバー程度にしかしないようなキャラとなる。
佐嶋は安藤の保身優先の演技や活動態度に怒りが湧いたが、怒りで我を忘れて仕事に支障をきたすような事は無かった。保身や先の活動優先で仕事をする事は佐嶋もあるし、ある程度は仕方ないのは理解している。
それでもこの時だけは大きな悔しさや未練が残る仕事だった、それだけ彼の中でイメージの早癒佳の存在は大きくなっていたのだ。
「くそっ…! なにが“コスメとか詳しくないし興味もないんですよ”だ…! ばっちりメイクした顔で、よくそんな事を言えるもんだよ…!」
「安藤さんは事務所専属のメイクスタッフまで連れて来てたよな…」
「どこが“私って陰キャだしオタクだから、オシャレとか興味無い”だよっ、陰キャ要素なんてほとんど無かったじゃないかよ…!」
「SNSでも叩かれてたよな…」
ドラマは若い層を中心に人気も出て話題にもなったが、オタク女子からの受けは全体的に良くなかった。
安藤は自分にオタクイメージや陰キャイメージが付く可能性が出るのが嫌で、事務所を通して監督に言って台本変更などもさせたのだ。監督は安藤の事務所の力が強いから嫌と言えなかったし、テレビ局からも安藤の要望を優先しろというお達しがあったのだ。
陰キャのオタク女子高生の解像度が低い作品になってしまい、世の中の本物の陰キャ達からは共感が得られなかった。
しかし人気女優と人気俳優をキャスティングしたこの作品は話題になり、陰キャ感が弱いゆえのポップさも出て明るい作品となり、多くの人に受け入れられたのも事実である。その現実にも佐嶋はイラ付いた。
「陰キャってさぁ!アニメとか見た事あったら陰キャって訳じゃないだろ! どんなに可愛くてもモテないオーラが出てるのが陰キャだろ!」
「ちょ、佐嶋君!? そりゃアニメ見てる全員が陰キャのオタ女子って訳じゃないだろうけど、分かりやすいイメージでもあるしさっ」
「陰キャの子のスマホのホーム画面が自撮り写真とかっ、普通はないだろっ…! しかも完璧にメイクして流行りのスウィーツと撮った写真とかっ…!」
「私もホーム画面を自撮り写真にしてた事ありますよぉ~、しかもケーキと一緒に撮ったやつ、うししっ」
「陰キャの子のスマホ画面は自撮り写真で統一すべきだ! ケーキと一緒に笑顔で撮影したやつで! 後でその写真送って欲しい!だから連絡先を教えて欲しい!」
佐嶋は陰キャに強い拘りを持つ性格になってしまっており、過去のドラマ仕事への不満が次々と出てきた。
この辺りで誠治は、彼は役霊魂の影響を受けてこうなったと言うよりは、元からあった嗜好が極端に増幅されている状態なんじゃないかと感じた。
今まで異性の嗜好を強く考えなかっただけで、ドラマの役の考察を通して無意識的に自分の好みのタイプを掘り下げていた。だから今でもこんなに未練が残ってるし、女優が作った役に憤りを感じている。
イメージしていた早癒佳は佐嶋本人さえ認知していない『好みの女性の明確な姿形、声や話し方、精神性』であり、その事に佐嶋は今も気付いていないのだと誠治は感じた。
「役霊魂を祓うには役に対する未練や嫌悪の解消が必要になります、祓えば演技は元通りになるでしょう」
「ほ、本当ですかっ? 純輝のあの酷い演技、本当に戻るんですかっ?」
「戻ります、どうしますか? 試しますか?」
佐嶋は灰川兄妹との会話中には役霊魂が出続けており、その間にしっかりと解析が出来ていた。
嫌悪感は解消されている、しかし未練が大きすぎて浄化できないタイプのモノだと分かったのだ。
役霊魂は相変わらずボヤけた姿で灰川兄妹に見えており、今も未練は解消されていない事が分かる状態だ。
「じゃあ砂遊、頼めるか? ホント悪いんだけどさ」
「良いよぉ~、お兄ちゃんの頼みじゃなかったら絶対にやってなかったけどねぇ~」
佐嶋はイツキ役をした時に大きな未練が出来ていた、それは無意識で作り出した理想の女性である早癒佳と、本来の脚本のラストを演じたかったというものだ。
料亭の離れの客室の中、その祓いの儀式は執り行われた。
砂遊と佐嶋は立ち上がって向かい合い、女優の都合によって変更されたシーンを再現する。
そのシーンは佐嶋が何度も頭の中でイメージした箇所であり、早癒佳のような女性にそんな風な事を言われてみたいと、無意識の中で強く思ったシーンだ。
もう佐嶋は自身の事が分かっていた、自分は陰キャなタイプの女性が好きなんだと。
明るい美人タイプの人も嫌いではないが、やはり理想は陰キャタイプの人なんだと理解していた。
何度もイメージした早癒佳のような、どこか暗くて独特で、でも好きなものの事になると明るくて、声が独特で、出来る事ならクセっ毛の子が良いんだと理解している。
そのイメージに合致する子、イメージした早癒佳より少し若いけど理想を体現したかのような子に会えた。そして彼女から、佐嶋が掛けてもらいたかった言葉が発せられた。
「イツキ君っ、私とお付き合いしたいならぁ…、これが出来たらOKするよぉ~…? うししっ…!」
「な、なんだい早癒佳ちゃん!? 何をすれば良いんだっ!? 何でもやるぜっ!」
「えっとねぇ~…1時間以内にぃ、私の良い所を50個くらい言って欲しいなぁ~、なんて…うししっ…」
早癒佳は陰キャでありモテた試しなど無かった、クラスの男からはいつもキモイ女という目を向けられ、陽キャ女子からは無条件で見下される存在だった。
アニメやゲームが好きでイケメンキャラが好き、容姿も優れておらず馬鹿にする目を向けられ続けた早癒佳は、自分という存在に自信を持てなくなっていた。
でもアニメもゲームも好きだという気持ちは変えられない、自分だって可愛いとか言われてみたいけど、オシャレをしたって馬鹿にされてるのは目に見えている。
そんな時に偶然にリアルのイケメンアイドルに出会って惚れられた、だが自分がそんな雲の上の人から好かれるなんて信じる事が出来ない。きっと罰ゲーム告白とか、イケメンの気まぐれや憐れみだと思った。
早癒佳は冷たくあしらったり、無茶振りして困らせたりして、イツキを離れさせようとしたけど、それでも彼は早癒佳の言いなりになってでも気を引こうとしたのだ。2人の関係のイニシアティブはずっと早癒佳が握りっぱなしだ。
イツキは度々に自分への好意をアピールしてきて、その度にネタバラシされて馬鹿にされるんだと考えていたけど、そうじゃない事に気が付いた。
そこから少しづつ早癒佳も彼に好意を持ち始めるが、それは表に出さず相変わらず早癒佳が優位なまま2人の奇妙な関係は続く。
時にはイツキが仕事で失敗して落ち込んだ時は早癒佳が彼の手を握って、オタクネタを交えながら励ましたらイツキが大笑いして元気になった。
早癒佳がクラスメイトのカースト上位女子から嫌がらせ目的で、『イケメンを連れて参加するパーティー』に無理に参加させられた際は、イツキが属するアイドルグループの5人を連れ立って早癒佳と参加してあげたりなんて事も。
そんな事を通して仲が深まっていき、遂には頑なだった早癒佳の心もイツキに振り向いたのだった。
「1時間で50個? おいおい、なに言ってんだよ?」
「や、やっぱり、私みたいなキモ女にっ、50個も良い所なんてないよねぇ…っ、何言ってんだろっ、私っ…」
早癒佳はイツキを好きになった後は強気になれる所が少なくなっており、関係は対等のような状態になった。前のように『変に近寄るなよなぁ、イケメンだからって調子乗るなってぇの』なんて言いづらくなっている。
「バ~カ、0が一個足りねぇんだよ。早癒佳の良い所を1時間で50個しか言わせてもらえないって罰ゲームかよ? 500個でやっと勝負になるって感じだろが」
「っ…! い、イツキ君っ…、本当に私のこと好きなんだねぇ…っ、う、うししっ…ぁぅぅ…」
「好きに決まってんだろ、ってか約束だからな? 良い所を50個言ったら俺と付き合う、500個言ったらキスだからな?」
「きっっ、き、き、ききすぅっ!? そ、そ、それはぁ、早いんじゃないかなぁってっ! わぁぁ~、もう私の良い所言い始めたぁ! 焦るけど嬉しいぃ~!」
こうしてドラマの幕は閉じる予定だったが、本番脚本は終止が早癒佳が優位なままで対等にはならず、イツキが一方的に惚れてる要素が強いままで終わったのだった。
この終わり方は女優の安藤の事務所が、あわよくば続編ドラマの制作を狙った形の脚本にしたという事であり、実際に人気も出たのだが続編が作られるか否かの微妙な判定の人気だったのだ。それでも凄い事である。
この芝居の中で誠治と砂遊は浄化の霊力を出しており、その上で誠治は小さな声で念仏を唱えて役霊魂の静めを促進していた。
その甲斐あって役霊魂は演じたかった箇所をしっかり演じられた事に満足し、既に浄化が始まっている。役霊魂祓いは上手くいった。
「うへぇ~、こんな歯が浮くようなセリフとか、まさにドラマって感じだなぁ~。世の中の女はこんなん言われると嬉しいんかねぇ~? うししっ」
「お前も世の中の女の1人だろうが…、まあ何はともあれ上手く行ったな」
砂遊も少し棒読み気味ではあったが上手いこと演じ切り、佐嶋も自身がイメージしていた陰キャ女子とドラマの元のラストシーンを演じる事が出来て未練は晴れたようだった。
佐嶋の演技は昼間のような酷い物ではなく、人気俳優の名に恥じぬ良い芝居だった。もう役霊魂の影響は心配しなくて良さそうだ。
「ありがとう砂遊ちゃん!灰川さんっ! なんか、演じ終わったらイツキの声が聞こえたような気がしましたよ」
「そうか、ならしっかり祓えたって事だな。もう安心だろうさ」
佐嶋は演じ終えた後にイツキらしき声が耳元でして『本当のラスト演ってくれてありがとな、続編があったら、またお前に演じて欲しいよ』と聞こえたらしい。
イツキの役霊魂は佐嶋の思い入れの強さもあって、しっかりとした自我があったようなのだ。そのイツキの自我にも佐嶋は認められたという事だ。
これだけ明確な自我があったという事は相当な強い念が籠っていたという事であり、放って置けば佐嶋は役者として再起不能の状態になっていたかもしれない。
「本当にこれで解決したんですかっ? でも確かに私にもイツキのような声が聞こえたような…」
「もし明日の仕事で問題があったら連絡して下さい、その時はもう一度調べますから」
誠治はそう言うが問題はないだろうと感じる、もうイツキの念は満足して浄化されたのだ。
イツキは『自分を演じ切ってないのに、最も大事な部分をやってないのに大仕事などさせない』というタイプの役霊魂だった。浄化された以上はもう影響は及ぼさない。
むしろ良念となって佐嶋に返ってきて、彼に良い影響を与えてくれる可能性が高いだろう。俳優・佐嶋純輝はまだまだこれからなのだ。
「砂遊ちゃん!ありがとう! 凄い満足いく演技が出来たっ、砂遊ちゃんのおかげだ!」
「うししっ、どういたしましてぇ~」
「それで連絡先はどうすれば良いかなっ? これからも仲良くして欲しんだけど良いかいっ?」
「うへぇ~、私みたいなのに言い寄っても良いことないですよぉ~、佐嶋さんはタイプじゃないですしねぇ~」
「それでも良いさっ! 俺は砂遊さんが幸せになってくれれば満足できるっ! この気持ちは好きとか嫌いとかの次元じゃないんだっ」
佐嶋は砂遊に好感を持っているし、付き合いたいとかの気持ちもあるが、それ以上の何かの感情、いわば『推し』みたいな感情が強くなったようだ。
「ちょっと調べたけど、砂遊さんってユニティブ興行さんの詞矢運モシィちゃんだよねっ?」
「えっ? いやいや、違いますっていうかぁ~、ど、どうしよっ」
「大丈夫、絶対に他に漏らしたりしないし、砂遊ちゃんが滅茶苦茶に可愛い陰キャだってことも言わない、神に誓って!」
「ど、どうなのかなぁ~? お、お兄ちゃん、どうする?」
結局はこれだけ話しておいて隠しようもなく、佐嶋には砂遊が詞矢運モシィだという事はバレてしまった。しかし絶対に他には漏らさないとも約束した。
佐嶋の理想の女性は砂遊という事は変わりないが、砂遊は佐嶋の事は特に何とも思っていないのが物悲しい。
その後は佐嶋が自分のyour-tubeチャンネルの本アカでユニティブ興行の全てのチャンネルを登録し、今度からは詞矢運モシィの動画と配信だけは可能な限り視聴すると約束する。SNSなんかでもユニティブ興行を宣伝して良いかと聞かれ、誠治と砂遊は了承したのだった。
「今日は疲れたねぇ~、あの佐嶋純輝が陰キャ女がタイプってのはビックリしたぜぇ~、うししっ!」
「砂遊も誰かに今日の事は言うんじゃないぞ、オカルト仕事は他言無用、灰川家の鉄則だからな」
「分かってるよぉ~、もっとも誰かに言ったって、一部の人以外には信じてもらえんだろうけどねぇ」
今回の事は誠治にとっても驚きだった、陰キャ相手に演技をすれば解決する可能性があると思って砂遊を連れてったが、まさか砂遊が彼のパーフェクトストライクだとは考えてなかった。
砂遊はすっかり佐嶋に気に入られ、今度にプレゼントとか送りたいし、全力でユニティブ興行を応援すると言ってくれてる。
「でもよ、俺は砂遊が佐嶋君に言い寄られた時は、普通になびくんじゃないかって思ったぞ。あんなイケメンだしよ」
「私は佐嶋純輝はムリだなぁ~、悪い人じゃないのは分かったけど、タイプが合わなさ過ぎるっての。それにゲームの嫌いなキャラの声とか当ててたしなぁ~、うししっ」
砂遊は佐嶋純輝の本人を前にしても、明らかな好意を示されても動揺はしなかった。イケメンではあるがタイプではないそうで、その気持ちは変わらなかったと言う。
そもそも砂遊は強い霊能力があり、付き合う男性には最低でも幽霊が見える程度の霊能力がないと、色々とキモがられて無理だろうと感じてる。
「そいうや砂遊ってどんな男が好みなんだ? アニメとかゲームの話じゃなくてよ」
「私の好みの男かぁ? そんなの超ブラコンなんだし、お兄ちゃんみたいな奴が好みだぞぉ。うししっ」
「ええっ? マジか、俺みたいなのとか、その辺にいっぱい居るだろ」
「居ないねぇ~、そもそもこんな強い霊能力ある人なんて、お兄ちゃん以外に知らんしなぁ」
ブラコンとは言ったが誠治は別に気にしてはいない、こういうのは兄弟ジョークだと知っているのだ。
「まあ折角だし、お兄ちゃん、私と禁断のラブロマンスしとくかぁ~? うしししっ」
「お前なぁ、何が折角なんだか、まったく」
「今なら妹のスカート捲り放題のオマケ付きだぜぇ~、うししっ!」
「嬉しくないオマケだなぁ、妹のスカートとか興味ないっての」
「おっ、じゃあ市乃先輩とか空羽先輩、由奈ちゃんとかのスカートは捲りたいって思ってるって事かぁ~、しかもデート中とかに」
「そんな訳ないだろが、ホント下世話なこと考える妹だな」
砂遊は割と下世話な感じの陰キャでオタクだ、誠治としては将来が心配になる。
「でもブラコンってのはホントだかんなぁ~、妹に好かれて嬉しいだろぉ? うししっ!」
「はいはい、嬉しい嬉しい。まあ俺もシスコンな所あるし、おあいこって事にしとくか、はははっ」
帰りの車の中で下らない話をしながら笑い合い、今日のオカルト案件は解決したのだった。
詞矢運モシィとユニティブ興行は凄い影響力のあるファンを掴み、エイミとリエルのドラマ撮影に関しても当面の問題は無くなった。これで一安心かつ、今後に期待が持てるというものだろう。
しかし、今日の話が砂遊から市乃たちに変な形で漏れてしまうという珍事が発生したのは、誠治は知る由は無かった。
砂遊は市乃に『お兄ちゃんとスカート捲りの話したよぉ~、うししっ』とか話しており、それが何やら変な形で皆に伝わってたりする。




