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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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28話 美術館の絵 2

 絵画題名『名もなき男の肖像』この絵を巡る話を灰川は聞かせる。


 この絵は外国の絵で、戦争に行く事が決まっていた父親を描いた物、戦場に行く前日に描き上げた物、戦場から父は帰って来なかった事……この絵を巡る悲しい歴史を市乃は聞いた。

 

「そんなっ……そんなのって、ないよ…っ! ぅぅ……ぐすっ…」


「実際にあった話だ、そして世界には似たような事情を持つ品が多数ある、誰かの形見とかな」 


 この絵には強い念が宿っていた、戦場から帰って家族と会いたかった父の念、戦場から無事に帰ってきて欲しいと願う家族の念、戦争を心から憎む念、様々な念が込められた絵だ。


「名もなき男ってのは、戦場では名もなき男として散った人は、私たちの大事な家族だったという意味で付けられたそうだ」


「……ぅぅ………ぐっ…」


 泣き出しそうになる声を抑えて市乃は下を向く、灰川は絵の近くにある休憩用ベンチに静かに連れて行った。


「涙が止まったらもう一度あの絵を見て来るんだ、今度はちゃんと見るんだぞ」


「……うんっ…ぐすっ…」


 たっぷり10分ほど経った後、市乃は名もなき男の肖像をもう一度見に行ったのだった。 




「ちゃんと見て来たか、さっきと違って見えただろ?」


「うんっ、人の念ってこういう事だったんだね、さっきと違って感じたよ」


 物事の裏にある物を知れば、そこに込められた人の念という物が見えてくる。それを知ってしまえば単なる無名の絵画でも素晴らしい芸術に見えるものだ。


「何も知らなかったら普通の絵だった、でもあの絵にまつわる話を知ったら凄い絵に見える、心霊スポットとかも同じなんだね」


 心霊スポットだって噂やそこであった話を知らなければ単なる場所でしかない、絵やその他の物も同じなのだ。


 物事にまつわるエピソードを知れば、自ずと念という物は感じられる。それを市乃は理解し配信にも生かそうと思ったのだが……。



「そうだろう、凄い絵だったろ? あれは版画(はんが)だけど、あれの実物のせいで10人の○○国の戦争を私欲で推進した人間が呪い殺されてるんだ、スゲエよな」


 「え?」



 何かに込められる念は強ければ強いほど呪いの効果は大きくなる、それこそ人間を呪い殺せるほどに。


「名もなき男の肖像、版画やレプリカは呪いは無くて、そのメッセージ性から色んな美術館に飾られてるが、真作は(ちゅう)(じょう)の呪物だよ。呪いの発動条件は……」


「は、灰川さん!?」


「ん? どうした?」


「あの絵って呪われてるの!? 物に込められた念を知ればどーのこーのって」


「超呪われてるぞ、本物には凄い念が(こも)ってる。なにせ某国の国民全員の戦争を起こした連中への憎しみを集約しちまった品だからな、呪われてるって知ったら念の感じ方も違うだろ?」


 何の因果かあの絵には戦争を憎み、その国の戦争から得る利益を享受する者達を憎む念が集まってしまった。


「その死んだ10人の死亡現場の部屋には、あの絵があったそうだ。気付くと消えて次の奴の所に出たそうだけどな」


「こわっ!」


 10人を殺した時点で呪いの効果は無くなったのか今は最後の現場から回収され、真作は外国の美術館に保存されている。もちろん普通の美術館ではなく宗教系の美術館だ。


「ちなみに作者の画家は今は結構有名なイラストレーターだ、このまえ日本に来て刺身美味しいってSNSで呟いてたぞ」 


「なにそれ!? ある意味怖い!」


 人を呪わば穴二つと言うがこれは例外だ、作者は意図して呪った訳ではないし、呪いを掛けたのは国民ほぼ全て。呪いが返って来ても分散されてしまう。


「外国のテレビ局が呪いの絵の作者って事でインタビューに行ったそうなんだが、作者は`呪いなんてあるわけねぇだろ、お前はバカか?`ってインタビュアーに言ったそうだ、本人がSNSで言ってた」


「あわわ…すごい強く生きてる…!」


「という訳で実物は呪われてるって知ったら怖くなったろ? もう一回見てくると良い、見え方は違うはずだ」 


「感動が台無しだよ! よく見たらあの男の人少しだけ笑ってるな、とか思って感動したのがバカみたいだよー!」


 内情を知ることで見え方が変わる事もある、それを市乃は思い知った。


「あ、呪いが発動すると男の表情が凄い形相の笑顔になるそうだぞ」


「こわっ! あの絵もう見れないよ! 次行こう、次!」


「どうした、怖い物を見たいんじゃなかったのかよ?」


「こういう感じで見せられるとは思わなかったよ!?」


 市乃としては霊や念を感じられない自分のために、怖くないもので優しさや平和への祈りといった念を込められた物を見せてくれたのかと思ったが、本物だったとは思いもよらなかったようだ。


 もっとも見たのは版画だし、市乃は戦争で儲けてる訳でもないから実物を見たってセーフだ。




「灰川さんのせいで美術品が全部呪いのアイテムに見えちゃったよ、このバカー!」


「いや、けっこう楽しそうに見てたじゃん、この絵キレイーとか」


 例の絵を見た後は二人で美術館を見て過ごした、市乃も楽しかったようで灰川をバカと言いつつ笑ってる。


 灰川は単純な性格だが市乃も多少そういう所がある、割と相性が良い性格だ。


「そろそろ帰るか、市乃は夜から配信なんだろ?」


「うん、今日はありがとう灰川さん、ちょっと変なホラーツアーだったけど楽しかったよ」


「そっか、なら良かった。まさか満足してくれるとは」


 例の呪いの絵以外にも何点か曰く付きの作品があり、灰川はそれらを解説していった。この美術館の常設展示にある曰く付きの作品は全て安全な物か、レプリカだから安心して案内できたのだ。


「訳アリの作品以外も、その作品のエピソード知ったら違って見えたろ? それも人の念の効果なのかもな、知らんけど」


 精神学に照らせばきっとナントカ効果とかいう名前があるんだろう、だがオカルト的な見方も出来る。人の心もオカルト同様に解明されてない事は多い。

 

「やっぱそういうの教えて、私のためになるような見方をさせてくれたんだね」


「まぁな~、見え方一つで物事なんて変わるよ、そこらの石コロだって誰かの大切な物になるかもしれねぇし、呪物になるかもしれない」


 怖い物、かつては怖かった物、これから怖くなる物、様々ある。だがエピソードを知らなければ場所も物も怖くない事が大半だ。


「逆にエピソードを知らないのにヤバイと思ったら絶対に近づくな、呪物やスポットの可能性があるからな」


「そっか、何も知らないのに危険だと思う事もあるもんね」


「かと言って何でもかんでも怖がるのも良くないけど、世の中加減が難しいよな~。本当に敏感な人は小さな念でも感じ取って気にするって言うし」


 敏感すぎてもダメ、鈍感過ぎてもダメ、儒教(じゅきょう)における中庸(ちゅうよう)という『過不足なく偏りのない状態』というのは理想の一つだが、こうなる事はとても難しい物だとされる。


 もし世の中の人々がこれに叶ってるなら、差別など無くなってるし、裁判官によって違う結果が出る事もない、偏らないという事は難しい事なのだ。


「……んぅ……眠い…かも…」


 電車の乗って座ると市乃は疲れが出たのか眠ってしまった、頭がカクンと落ちて隣の灰川の肩に乗ってしまう。


「まぁ良いか、着いたら起こすからな」


「……ぅん…」


 灰川に寄りかかって居眠りする市乃は年相応の可愛らしい少女だ、彼女を見ても誰も大人気Vtuberだとは思わないだろう。


 血の通わないCGモデルに命を宿す者、それがVtuberの中の人だ。市乃は三ツ橋エリスになり、今夜も視聴者たちを楽しませる。


 今の時代は便利だが疲れる世の中だ、厳しい仕事、難しい学問、望まぬ人間関係、そういった(わずらわ)わしい物を忘れさせて視聴者に楽しい時間を提供するVtuber達、いくら楽しくやれても疲れるに決まってる。


「っと…これで良いか」 


「………ん~…」


 灰川は市乃が寝やすいように肩の位置を調整してあげた、この16才にして多くの人の癒しになってる少女を、今は学びや仕事を忘れさせて休ませてあげたかった。




 エリスをマンションの近くまで送って行った後、灰川は自宅に戻る。その日は配信もせず、自分のこれからについて考える事にした。


「これからどうするかなぁ」


 ハッピーリレーのアルバイトには実は期限がある、オカルト配信を開始してから短期で契約が終わるバイトなのだ。


 短期間だが色々あった、まだ期間は終わってはいないがお(ふだ)も作って渡したから、実質やる事は無い。何かが起こる確率も低いだろう。


「結局、配信者としては何もモノに出来なかったな、まあそう上手くいくわけねぇか」


 配信者として学んだことは多いが、配信者としての何かしらのチャンスがあった訳では無い。人気Vtuberと知り合いになれたが、それも現場から離れれば消えてしまうだろうと灰川は思う。


 やる前は何かが起こる事を期待はしたが現実は甘くない、宝クジに当たってから宝クジにまた当たるような確率はゼロに等しいのだ。


 これから就職活動かと思うと嫌な気持ちになる、そんな悶々とした心で居るとスマホに着信があった。


 この電話は灰川にとって非常に大事な人生の岐路(きろ)となる。 


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